第10話 はじめての術式発動

 ということで帰りの道中。

 車で術式の特訓が始まった。


 ただし、教えてくれるのは基本的に母だ。


 父は術式をすべて攻撃系統に特化させたので、車内という閉鎖空間での指導に向かないというのだ。

 俺が遠見の術式を自在に扱えるようになって、攻撃系の術式を学んだら教えてもらうことになった。


「いい、ソラ。術式ってのはつまりレシピなの」

「レシピ?」

「そう。たとえばミートソースは何でできてる?」

「お肉と、トマトと、玉ねぎと、ニンジン」

「それと愛情もね!」


 うりゃうりゃーって感じで母が俺の頭を撫でまわす。

 今日の母は少しテンション高めである。


「つまり霊力ってのはただの材料なの。そこに、霊力をどうするかを決めて、ミートソースって術を完成させるの」


 なるほど。

 だいたいわかった。


 となると、術式の理解度と練度が上昇すれば、応用が利くっていうのはつまり、レシピにアレンジを施せるってことか。


「じゃあ、レシピっていう術式はどう確認するの?」

「それが最初の試練。ソラ、術式はどこに刻まれた?」

「んーと、胸の、この辺」


 俺は胸のど真ん中あたりを、軽く握った拳で小突いてみせた。


「よく覚えてたね、偉いよ。じゃあ、今度は、そこに意識を集中してみよっか」

「む」


 それでできるなら、刻まれたタイミングで気づけそうなものだけど。


「大丈夫。最初は、そうだね、両目を閉じてみよっか」

「両目を?」

「世界の8割を目で確かめるのが人間なの。目を閉じれば、内側に意識を向けられるでしょ?」

「むむ」


 言わんとしてることは理解できる。

 つまり、視覚情報をあえて捨てることで、術式の認識精度を向上させようって話だ。


「でも、お母さんもお父さんも目を開けながら術を使えるよね?」

「その辺は慣れだね」

「そっか」


 あれかな。

 最初は補助輪付きじゃないと自転車に乗れないけど、慣れるにつれて補助輪なしで大丈夫になるみたいな。


 とりあえず、目を閉じてみる。


「むむむ」

「どう、何か感じる?」

「なんにも」


 霊力は感じ取れるのだけど、術式となるとこれがてんでダメ。

 霊力を足掛かりに探れないかと試してみもしたけど結果は同じ。

 よくわからない。


 視覚のほかは意識的に遮断できる感覚は、無いか。

 とりあえず、耳と鼻でも塞いでみようかな?


「じゃあ、次は呼吸を整えてみよっか」

「えっ?」

「難しい言葉だと精神統一とか、瞑想とか、雑念を祓って……うーん、なんて言えばいいかな」


 なるほど、だいたいわかった。


(『術式を見つけよう』。その意識そのものが、術式を探す妨げになっているんじゃないかな)


 求めれば求めるほど遠ざかる、そんな矛盾。


 理由は簡単。

 最初から手に入れていると気づかないから、そんなことに苦しむ。

 仏教とかでそんなこと書いてた気がする。

 俺は無宗教だから詳しくないけど。


 術式は既に刻まれているんだ。

 とっくに俺の一部と化している。


 術式を探すのではなく、すでにある術式に気付く。

 それが術式の理解に対する第一歩……!


「見つけた」

「え⁉」


 なんだ、わかっちまえばどうってことはない。

 目を開いても見失わない。

 どうして気づかなかったんだとさえ思う。


「ほ、本当に見つけたの?」

「うん、たぶんだけど」


 両親が顔を見合わせる。

 ん?


「ソラ、あのな、初めての術式ってのは、1年とか2年とかかかって、やっと自覚できるものなんだ。人によっては10年かかることもある」


 あ、あれ?

 もしかして信じてもらえてない?


 見栄張ってほら吹いてるって思われてる?


「じゃあ、試してみましょう。本当に術式を認識できてたら、遠見の術が使えるはずよ」

「どうすればいいの?」

「術式に意識を集中して。どこかに、始まりの点があるはずよ」


 始まりの点、これかな。


「始点を見つけられたら、そこから霊力を注いでいくの。最初は少しずつでもいいから」


 こうかな。


「ん、見えた」


 これは、俺の部屋かな。


「ほ、本当に?」

「うん。お母さん、縁つなぎで確認してみてよ」

「そうね……それが、一番確実ね」


 親指の腹を切り、母が俺の額に一文字を引く。


「うそ、これって本当に、遠見に成功してる?」


 震える声でつぶやく母に、父親が狼狽する。


「そんなまさか! 術式の会得は年単位で掛かるものだぞ⁉ 初めて刻印されたその日に使えるようになったなんて話、聞いたことが無い!」

「ですが実際に、間違いなく発動しています!」


 母は父の額にも親指の血玉で筋を一本引いた。


 俺の視覚を母が認識して、それを父と共有しているのだろうか。

 器用な人である。


 俺も、もっと遠見の術式を勉強しないと。


「ほ、本当だ。これは、ソラの部屋か?」

「そのようです」

「まだかなりの距離があるぞ。これほど遠くに視覚を飛ばして、霊力は大丈夫なのか?」


 霊力?


「霊力が足りなくなると気分が悪くなったりするんだ。そういうことはないか?」


 ああ、術式はレシピで、霊力は材料だ、なんて言ってたっけ。

 遠見という術が完成した料理だとするなら、術を長く発動すればするほど、材料――つまり霊力を多く消費するということだろう。


「大丈夫! 人より霊力量は多いみたいだから!」

「あ、ああ。そうだったな」


 実際、ほとんど減っている気がしない。


(とりあえず、暇さえあれば常時展開しておいてみるか)


 バスケ初心者が最初にやるべき練習は、バスケットボールの感触を手になじませること、なんて話を聞いたことがある。

 それと同じで、常時遠見の術式を展開しておくことで理解度と熟練度も上昇していくんじゃないかな。


 攻撃系の術式にするべきか悩んだけど、実戦に出れない幼いころはこういう補助系を極めた方が効率良い気がしてきたぞ。


 よし、霊力は有り余るほどあるんだ。

 もっともっと遠見を扱いこなせるように、練習するぞ!

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