『お団子聖女』ですが、なぜか『銀竜公』こと王太子殿下と世界一周グルメ旅へ行くことになりました。~周囲から婚前旅行とか言われているのですが、これってお仕事ですよね!?~

雨愁軒経

1.食べたくなるではないか!!

 春の朝のうららかな日差しがカラーグラス越しに柔らかく差し込む謁見の間で、アネット・アンドレアナは冷や汗をだらだらと浮かべながら跪いていた。


「聖女アネットよ、今日呼び出された理由は解っているな?」


 苛立ちの籠ったような低く響く声に、アネットは視界いっぱいの赤絨毯が白く染まっていく錯覚を覚えた。


「え、ええっと……」


 おそるおそる視線を上げた先におわすのは、ズィーニスハルトの王太子・ザッカリー殿下その人である。

 絹のようにしなやかに流れる長い銀髪に、何物をも射抜くような鋭い双眸。眉目秀麗な容姿に加え、若くして様々な改革を打ち出している辣腕ぶりもあって、民からは畏敬の念を込めて『銀竜公』と呼び慕っている。


 しかしそれは、として在ってくれている場合のみ。怒られるだろうことが確定している今のアネットには、彼の荘厳さは冷たい槍の切っ先のように見えて仕方がない。


「せ、先日赴いたハジカミ村の報告書について、でしょうか……?」

「うむ。その通りだ」

「(や、やっぱりぃ……)」


 ザッカリーが手に持つ紙束の表面をコンコンと指で叩く音に合わせて、アネットはぎゅ、ぎゅっと首を竦める。


 この国では、治癒や鼓舞を担う光魔法を扱える者は『聖女』として教会での奉公をすることになる。お役目は大変であるけれど、ただ光魔法を使えるだけでは認められないそれに選ばれることは、魔法師の憧れでもあった。


 そんな聖女の見習いとして研鑽を積んできたアネットに、初めて従軍のお役目が任せられたのが先週のこと。

 王都から比較的近いところにありながら、近代化を拒み農村としての形態を続けるハジカミ村が魔物の襲撃に遭ったため、その救援に向かったのだ。


「余計なことを書いてしまい、申し訳ありません……」


 自らしたためた報告書の内容を思い返して、アネットは肩を落とす。


 先輩聖女から「被災地の状況は事細かに記すこと」というアドバイスをもらっていたから、自分なりにその意に沿ってみたつもりだった。

 けれど今朝、アネットを叩き起こしに来た教会長が開口一番に言った「『お団子聖女』にも程があるでしょう!」の一言で、あれが誤りであったことを悟った。


 そう、騎士団の精兵たちと行動を共にできることで「出会いが多い」という理由から憧れの的である『聖女』の中にあって、色恋よりもお腹いっぱい食べることの方に幸せを見出すアネットは、花より団子の『お団子聖女』と呼ばれている。


「まったくだ。こんなことを書いてきたのは、お前が初めてだよ」


 報告書を突きつけるように翻してきたザッカリーに、アネットはびくっと肩を竦めた。


 終わった……。お父さん、お母さん。私は今日でお役目をクビになりそうです。


 しかし、そんなアネットの予感は、斜め上の形で外れることになった。


「こんなに美味そうに書かれたら、食べたくなるではないか!!」

「……えっ?」


 予想外に発されたザッカリーの叫びに、アネットは一瞬、自分が何を怒られているのか飲み込めずに目を瞬かせる。

 そんなこちらをよそに、彼はずびしっ! と書面に指を突き付けて続けた。


「『ハジカミ村の名産である山椒は、ピリリとした辛味に加えて、鼻に抜ける柑橘のような爽やかな香りが特徴です』? なんだこれは、胡椒とはどう違うのだ!」

「えっ、ええっ?」


「まだあるぞ。『お肉やお魚、お野菜と食材を選ばず合わせることができ、中でも味噌に混ぜて白米に塗った焼きおにぎりが絶品でした』だと? 食べたのか!?」

「ええっと、その……騎士団の皆さんへの食事として、村の人が差し入れてくださったもので」


「極めつけはこれだ! 『村の水で育った麦を練った麺を甘辛く焼いて山椒をかけたものは隠れた名物とのこと。戦火が薄れて美しい水が戻り、人々がこれを求めてやってくるようになれば、復興は一年とかからないかと存じます』……まったく初めて聞くことばかりだ!」


 興奮冷めやらぬ様子のザッカリーをいつしか冷静な気持ちで見ることが出来ていたアネットは、彼の声に怒りの色が見えないことに気が付いた。

 どちらかといえば、おやつの時間を逃して「晩ご飯が近いからダメ」と母親に叱られた子供が悔しさに地団太を踏んでいるような……。


「……食べたかったんですか?」


 思わず訊ねると、ザッカリーは「そう言っているだろう!」と本当に地団太を踏み始めた。

 一方、銀竜公のこんな御姿を初めてみたアネットは、どういう反応をすればいいやら頭が混乱している。


「だというのに、一年後まで待たねばならないとは……っ!」


 ああっ、と天を呪うかのように振り仰ぐザッカリーに、アネットはおずおずと手を挙げる。


「いえ、そのう……召し上がるだけでしたら、別にいつでもできるかと思いますよ?」

「……本当かっ!?」


 風に聞くゾウのように耳をぴくぴくさせて、ザッカリーはぱあっと表情を明るくさせるのだった。






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