式神殺人事件
洞廻里 眞眩
陰陽師 呪術を用ひて人を殺す事 序文
密室ミステリ。
今でこそ目新しくもない、ポピュラーな小説ジャンルの一つではあるが、そんな密室ミステリの原型、言わば「史上初の密室ミステリ」として知られる作品のタイトルを皆様方は御存じだろうか。
エドガー・アラン・ポー 著作
「モルグ街の殺人(The Murders in the Rue Morgue)」 1841年
おそらくだが、この短編小説が最も「密室ミステリの第一号」として名高いと思われる(諸説あり)。
作中で扱われているトリックに難癖をもつ者も多いと聞くが、「密室ミステリ第一号」という、所謂ところの「文学における歴史的価値」に比重を置いて評価されることもままある。
私個人の意見としては、本作のトリックは現代においてもその独創性は十分に発揮されるだろうと考えているし、トリックの「アンフェア」さも、取り立てて申し開きのいたす所は無いだろうとも考えている。つまり、単純に「第一号」だからというだけでなく――そのような色眼鏡を外してフェアに批判するにしても――私は「モルグ街の殺人」は非常に非凡で優れた密室ミステリだと評する、というわけだ。
とはいえ、私がこの作品を見知ったきっかけがそもそもの話、何を隠そう「密室ミステリの源流を辿ってみようか」という知的好奇心からであるわけであるからして、ある分野における「パイオニア」という肩書がその作品の評価、批評に与える影響は甚大であり、「モルグ街の殺人」の世間における評価もその色眼鏡による恩恵を全く得ていない、また私自身がその影響を全く受けていない、とは必ずしも言い切ることができないのであった。
何が言いたいのだというと、「パイオニア」「第一号」という肩書は非常に重要であり、作品にとっての何よりの箔となり得る、ということである。
そしてその栄誉は、その歴史的付加価値の極めて高い事実を発掘した者にも、多少なりとも与えられる。と、少なくとも私はそう考えている。
いや、もう回りくどい話はすっかりよして今回の主題の種明かしをしてしまうと、前述した「モルグ街の殺人」の密室ミステリ第一号の名誉は、実のところ既に、とある密室ミステリ研究者(そのような阿保らしい職が存在し得るのかはともかくとして)の手によってはく奪されてしまっているのだ。
そして、私は再び彼の研究者から、彼がそうしたのと同様にして、密室ミステリ第一号再発見の栄誉を今一度はく奪し得る機会を得ることが出来たのだ。
というワケである。
さて、時はさかのぼり。
私が母方の祖父母の家の蔵を、持ち主から許可を経て色々と漁っていた時のことだ。
というのも、母の実家は代々から受け継がれてきた(らしい)呉服屋を経営しており、そういう訳で、というワケでもないのだが、所有していた蔵も、いや中々立派なものだった。とはいえ、祖父の話によると件の蔵は少なくとも江戸中期頃には既に立てられていたらしく(祖父がそう言っているだけなので、信憑性には欠ける)、蔵の屋根やら外壁やらがボロボロと崩れかけていたために、近隣住民からの訴えを受けて来月には取り壊して駐車場にしてしまおうと思っている、とのことだった。その際に、中にしまわれたものも一括処分してしまう、とも言った。
もしかしたら、途轍もないお宝でも眠っているかもしれない。話によると江戸の頃には立っていたそうであるし、徳川埋蔵金の在りかを示した書物やら、名立たる戦国武将直筆の書簡、等など。高々地域ではそれなりに名の通った、という程度の呉服屋にそんな大層なものが眠っている尤もらしい事由が果たして存在するかは兎も角、それでも可能性は万に一つ無きにしも非ずやというワケで、折角の機会だし、これは探してみないに越したことはない。
もしかしたら、値打ちの品もしまってあるかもしれないし。なんて。
如何にも留年大学生の考えそうなことだった。
そんなこんなで、つもりに積もった塵に塗れながら埃と小一時間格闘した末に見つけた、いくつかのめぼしい品の中にそれはあったのだ。
そのほかにも、明治の頃曾祖父が帯刀していたらしい軍刀やら(海水に長期間晒されてしまったらしく、刀身は信じられない程錆び切っているため、さやから抜くことすらできない)、火縄銃の一部品やら、そこそこ歴史的価値のありそうな品物は見つけ出したが、専ら私の興味をそそったのは、ミミズののたくったような文字で描かれた、非常に古めかしい和紙に描かれたとある小説、古文書であった。
当然だが、その当時の私には、それに何が描かれているのかまったく判別できなかったし、その時点ではそのほかのガラクタやら骨董品やらと、興味の度合いはさほど変わらなかった。
ちろりろとつまらない微動を続けていた興味のバロメータが、パイプの詰りでも捕れたみたいに一気に突き動かされ始めたのは、私が何の気なしに大学にそれらを持ち込み、懇意の教授に解読を依頼したその時であった。
教授もやけに乗り気で解読に走り、それから二、三日後に、どうやらこの小説は、小説というよりはどうも平安中期辺りに編集された歴史資料の一部であるらしいと聞かされた辺りで、何やら教授の、私の持ち込んだ古文書を見る目が、サバンナで今しがた獲物を狩り終えて休憩中のチーターを見つけたハイエナのそれのように、爛々と輝きを増し始めたあたりでどうも雲行きが怪しくなってきた。
私には古文の読解技術など皆無なので、小説本文の現代語訳を頂けるよう教授にお願いしたその時には、既に教授の瞳から「どうやってこの資料を彼から強奪してやろうか」といったニュアンスの思念が見て取れたため、私は教授から資料を受け取り次第、早々に大学から退却、そして大学近辺のアパートで借りた独り暮らし用の自室に戻り、ひとり黙々と教授の用意してくださった現代語訳に夜なべして噛り付いた。
それから数日後。
私はある大学の友人であり、奇人である
小説の内容は、教授の翻訳が正しいのであれば、ではあるのだが、どうやら当時実際に起きたであろうとある殺人事件を取り扱ったものであり、更に言えば密室が題材になっているようである。
もしこれが密室ミステリに該当するならば、この物語が描かれたのは平安中期、つまり西暦にしてだいたい900年頃。
密室ミステリ第一号と名高い「モルグ街の殺人」でさえ、発表は1841年。もしこの小説が密室ミステリに該当するならば、「密室ミステリ第一号争奪戦」における、ぶっちぎりのコースレコードであり、他の追随を許さぬ圧倒的記録更新である。と同時に、この事実を世間に公表すれば、一介の学生とはいえ私の名をミステリ界隈に深く刻み込むことができる、破格の名誉となるだろう。うへへ。などと言う浅薄な考えに囚われていたりもした。
しかし、私はこの小説が「密室ミステリ」に該当するのかどうか、一抹の不安もあった。というのも、この小説にはミステリの結末に必要な「解決編」がなく、未解決事件を取り扱った小説であったからであった。
作中で事件が解き明かされない。所謂迷宮入りの事件を取り扱った推理小説があっただろうか。
ぱっと思いつくのは夢野久作の「ドグラ・マグラ」くらいだが……。
ある程度ミステリを嗜むとはいえ、私にはこの小説がミステリなのか否なのか、はっきりとした判別が下せるほどの自信がなかった。
そもそも、推理小説に限らず小説の分類というのは得てして非常に曖昧なものである。
そこで、私は前述した友人の春明の元を訪ねたのである。
彼は、少なくとも私よりは推理小説に対して人並外れた知恵を持っているであろうし、何より私はこの物語の解決編、つまり事件の真相を、ミステリファンとして知りたがった。
というのも、彼は推理小説の結末を呼んでいる途中に当ててしまうことで定評のある人物だったのだ。
彼とミステリ系の映画を観賞しようものならたちどころにネタバレを喰らうこと必至なので、普段は煩わしいとさえ思っていた彼の特技だが、今は寧ろそれが頼りだった。
彼なら、物語の探偵のように、この物語の真相もたちどころに解決してくれるかもしれない、という期待が、そこはかとなく私の胸の内にあった。
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