武智 梨奈 8
今年のシュステーマ・ソーラーレ卒業者も発表され、事務所内も落ち着いてきた頃。
忙しい仕事の合間に所用で事務所に戻ると、廊下で美久里ちゃんと遭遇した。
いや、仕事で会ってはいるのだけど他のメンバーがいない時に会うのは久し振りだ。
「あっ、梨奈さん。おはようございます♪」
「おはよう、美久里ちゃん」
「今日はどうしたんですか?」
「ちょっと、書類を出しに」
「ああ、アレですか。ちょっと書き方がわかりにくいですよね」
彼女にも、当然同じ書類の提出がある。
見本が添付されていたが、担当の社員に聞きながら記入した方が間違いが無くていい。
「……そうだ。ちょっと、今時間ある?」
「ええ。大丈夫ですよ」
「それじゃ、休憩室に行きましょうか」
「はい」
ちょうど良い機会だ。
今度、共演する北尾さんの事を話しておこう。
+++
内部グループのシュス・ソーラが主に使用している休憩室は、ちょうど無人だった。
流石にもったいないから、私たちが利用する予定が無い時は他の人も使っているとは思うけど。
「それで、どうかしましたか?」
「うん。今度、内川先輩と一緒にドラマに出るじゃない、美久里ちゃん」
例大祭の人気投票第二位と三位が、同じドラマに共演者として出る。
シュス・ソーラファンなら、絶対に視聴したいと思うだろう。
でも、あまり親しいとは感じない二人の間がどうなるか少し心配だが、それは付くマネージャーが対応する事。
それより、問題は共演予定の男性アイドルである。
美久里ちゃんも内川先輩も、アイドルとしてスキャンダルはダメだとわかってはいるはずだけど、少し前に四期生が問題を起こしたばかりだから心配になるのは当然だ。
その彼女は正直人気が低かったから、そこまでシュス・ソーラに付いた傷が大きくなかった。
でも、私たち一軍格のメンバーともなればもっと問題になっていたはず。
「はい」
「そのドラマに、共演者として北尾さんが出るでしょ?」
「……ああ、梨奈さんもちょっと前に映画で共演してましたね」
私が要注意人物の名前を出すと、彼女は少し考えた後に納得したような表情となった。
「やっぱり、何かありました?」
「……噂通りの人だった。正直好感が持てない人、かな」
「そうですか。本当でしたら、多分共演する機会は無かったと思うんですけどね」
確か、フォルテシモの若手女性芸能人の共演相手としてはNGリストに入っていたはず。
それでも、事務所の力関係とか関係者との貸し借り・義理人情とかで断れない時も出てくる。
流石に私と彼女たち、連続で共演させられるのはどうかと思うけど。
「そうね。……多分、いえ、絶対に近づこうとしてくるはずだから気をつけてね」
「もちろん、わかってますよ。マネージャーさんからも一番に注意されましたから」
やっぱり、運営からも話は伝わっているようだ。
本当は、最初から共演なんてなければ一番良いのだけど。
「撮影中はまだ大丈夫だと思うけど、帰りとかが危ないかも。後は、プライベートの連絡先を渡さないように」
「はい。まぁ、彼の事は正直嫌いなので仕事以外で関わりたくありませんから」
「ええ。梨奈もそうよ」
美久里ちゃんも、私と同じように北尾さんに好感を抱けないようだ。
それなら、まぁ、大丈夫かな。
多分、彼女もプライベートで同じような経験を積んでいるのだろう。
私たちみたいな子に近づいてくるのは、自分に自信がある男の子が大半だ。
そういう子は顔に自信のある子でもあって、そういう男子にはたくさん苦労させられた経験がある。
だから仕事で顔を合わせる男性アイドルに、どうしても苦手意識があるのだ。
もっとも、顔や態度には出していないと思うけど。
「それじゃ、ドラマの撮影がんばってね」
「はい。ありがとうございました♪ 新曲もがんばりましょう」
「ええ。じゃ、またね」
席を立つと、美久里ちゃんを置いて休憩室から出る。
内川先輩には、上から言ってくれるでしょう。
まぁ、先輩なんだから私たち以上にわかってはいると思うけど。
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