武智 梨奈 4

『──あんなことがあったけど、先方への返答は急がないといけないから、できるだけ早く決めてね』

「わかりました。権藤さん」

『梨奈ちゃんが断る場合、うちとしては萱沼さんを代わりに出す考えだから』

「はい……」

『本当にちゃんと考えてね。役的には難しくないし、梨奈ちゃんなら問題無く演じられるというのが、トレーナーたちの意見だから』

「……わかってます」

『……このままだと、来年萱沼さんに抜かれると私も思っているから。何か動かないと駄目よ? それじゃ、明日は朝一で事務所に来てね』

「はい」

『身体をきちんと休ませるように。お休みなさい』

「おやすみなさい。権藤さん」


 通話が切れたスマホを枕の横に投げ出すと、大きな息を吐いた。


(ドラマか……)


 ほぼ専属マネージャーと化している、権藤さんから渡された漫画の単行本を手にしてパラパラとめくる。

 現在、巷で話題の人気漫画で、世間への発表は未だだが実写ドラマ化が決まった作品だ。

 とある高校の天文部を舞台にした恋愛漫画で、絵で男性にストーリーで女性に人気の作品らしい。


 その天文部の副部長役で、私にオファーが来たのだ。

 軽く読んだが、確かに演技仕事の経験が無い人でも演じられそうと考えてしまうキャラクターである。


 無表情で声の抑揚も無い、登場人物で一番の美少女。

 軽く想いを寄せられる程度で恋愛事には深く絡まない、アイドルとしてファンから炎上しなさそうな役。

 客観的に見ても、私にオファーが来て不思議ではない案件だ。


 とはいっても、やはり演技には拒否感が強い。

 今までなら、即答で断っている仕事だ。


 今日の例大祭での人気投票のことが無かったら。


 確かに今年の人気投票でも私は一位となり、シュステーマ・ソーラーレで一番人気なのを再び証明した。

 だが来年はとなると、自信が無くなる。


 理由は二位に入った、萱沼 美久里ちゃん。


 私に匹敵する美少女で、初めての人気投票であっても内部グループのシュステーマ・ソーラーレに入ってくると予想していた。

 だけど、内川先輩を抜かして二位に入ってくるまでとは思っていなかった。


(可能性は極小だけど良くて三位。五位から七位辺りと思ってたんだけど)


 しかも、得票数でも大した差を付けれなかった。

 多分、投票期間中のドラマ出演が理由だろう。

 私も視聴したけど、彼女の美少女っぷりは他の出演者よりも突出していた。


 演技に関しては役柄的に難しい役では無かったので、あまり巷では評価されていない。

 でも、シュス・ソーラ内でこれまでトップの演技能力と言われていた、二期生の先輩にも負けず劣らずとの話だ。


 勉強と経験の一年間を終え、本格的に芸能生活を送り始めるこれからは、その才能を発揮してくるだろう。

 そうなれば、ドラマや映画には出ない私より、世間の目に触れる機会が多くなる。


「……順位には、固執していないと思っていたんだけどな」


 正直、人気投票の順位なんて一軍に入れる九位以内なら変わらないと考えていたけど、いざ一位から落ちる可能性が出てくると思っていた以上に不安が押し寄せてくる。

 そのまま、落ち続けるだけなんじゃないかと。


 実際は、そんなことにはならないとわかっている。

 七期生を見て、スカウトやオーディション募集がうまくいっていない話が本当だというのがよくわかった。

 八期にフォルテシモ社員家族である期待の妹枠が入ってくるらしいけど、その子を計算に入れても九位より下に落ちるわけがない。


 そう理解しているけど、一度芽生えた不安の種は成長を続ける。

 例大祭の後でトラブルを起こした、あの人みたいに順位を下げ続ける恐怖。

 あり得ないと思い込ませても、勝手に不安が湧き起こってどうしようもない。


(せめて、彼女以外に仕事が回れば……)


 断れば、エースを争うはずのライバルに仕事が行く可能性。

 それを考えれば、簡単には断れない。

 でも、演技の仕事はできればしたくない。


 始めるべきか始めないべきか。

 考えが堂々巡りで、何度もループを繰り返している。


 連覇を達成した輝かしき日に、こんなに悩むなんて。

 話を持ってきた権藤さんに理不尽な不満を覚えつつ、ベッドの上で眠れずに悩み続けた。


「はぁぁぁ。一体、何が正解なんだろう……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る