斎 乃莉子

「──いえ、芸能界に興味は全くありませんので」

「せめて、お話だけでも」

「時間もありませんので、失礼いたします」


 軽く会釈して、粘るスカウトから離れる。


(……久しぶりだな~)


 美久里ちゃんのブースを出て直ぐ、シュス・ソーラの事務所関係者から話し掛けられた。


 実は初めての経験では無い。

 これまでも、梨奈ちゃんの握手会に来た時に二度ほどスカウトされたことがある。

 最近は顔を覚えられたのか、声を掛けられることが無くなっていたので予想していなかった。


「……スカウトさんが代わったのかな?」


 同じミニライブ後の握手会だから、スタッフも変わらず同じだと思っていた。

 まぁ、何度スカウトされても答えは変わらないんだけど。


(可愛いアイドルは大好きだけど、私自身がそうなるのはね……)


 先ほどまで美久里ちゃんと握り合っていた両手の感触を思い出して、変な手と指の動き方をする。


「可愛かったな~」


 梨奈ちゃん単推しの私が流されたくらい、美久里ちゃんも魅力的だ。

 最初はのぞみちゃんと握手しに来たつもりだったのに、ステージを見ている内に並ぶ列を変更してしまった。


 彼女もこずえの家でチラッと顔を合わせた私を覚えていてくれて、満面の笑顔で歓迎してくれた。

 もちろん他のファンも、特にあまり魅力的とはいえない男性ファンにも充分な対応をしていたけど。


 アレを見ると、私にはアイドルなんて絶対に無理だと思える。

 不特定多数の人たちと、握手という接触をするなんて考えるだけで鳥肌が立ってしまう。

 増して、それを笑顔でこなすなんて仕事でも不可能だ。


 だから、私にとってアイドルという存在が光り輝く。

 私とは、全く違う世界の人間だから。


 つまり、梨奈ちゃんだけでなく美久里ちゃんという眩しい存在が増えたのは単純に嬉しい。


「あの子、可愛くない?」

「すげえ、並のアイドルなんて目じゃないな」

「シュスソーラに入ればいいのに」


 梨奈ちゃん目当てで通い慣れたライブハウスから出る途中、シュス・ソーラファンと思われる男性たちからジロジロと見られ賞賛する声が耳に入る。


 確かに、私の外見は恵まれているだろう。

 それこそ、梨奈ちゃんや美久里ちゃんにも負けないぐらいに。

 でも、それが私には苦痛である。


 こずえが、私の顔に複雑な感情を覚えているのはわかっている。

 彼女が大企業グループのお嬢様ではなかったら、恐らく付き合いも浅かったはずだ。

 親族とは言うものの、かなり遠い関係なのだから。

 或いは、父がその大企業グループに勤めてなかったら。

 それなら、それなりに対等に近い関係を築けたかもしれない。


(いまさら、か……)


 こずえがのぞみちゃんに向ける感情と近い物を、彼女から向けられる頻度が高まっている。

 それを我慢し続けないといけないが、一体いつまで続くのだろう。


「はぁ……」


 思わず溜め息をつくと、周りの男性から注目が一段と増すように感じる。

 それに、またストレスを感じてしまう。


 そのストレスが、アイドルに目を向ける理由の一つかもしれない。

 可愛いアイドルの笑顔を見る時。

 可愛いアイドルが歌って踊る姿を見る時。

 その時は、この心の中のモヤモヤを忘れることができるのだから。


「そうだ」


(のぞみちゃんに頼んで、美久里ちゃんのサインを頂かないと)


 この前みたいに、彼女がこずえの家にお泊りした時に私も参加させてもらうのもいいかもしれない。

 先ほどの握手会を思い出すと、私に良い印象を持っているはずだから。


「よしっ!」


 何とか、のぞみちゃんとの仲も深めないと。

 こずえの目を盗んでするのは面倒だが、美久里ちゃんと友達になれるかもしれない。

 そう考えるだけで、私の心はウキウキと羽ばたいていく。

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