シンデレラと筋肉使いのおばあさんとプロテイン、そして何よりもパゥアー!!!!!!
戯 一樹
第1話
むかしむかし、とある西の国にシンデレラという心の優しい貴族の少女がいました。
シンデレラは元々父親と二人暮らしをしていたのですが、新しい母との再婚をきっかけに、同じ家で一緒に住むようになりました。
ですが、義理の母は父の前では良妻を演じ、父がいないところではいつもシンデレラに意地悪な事をしてくるのです。
それは義理の母の連れ子である二人の娘も同じで、シンデレラよりも歳が上なせいもあってか、毎日のようにシンデレラをいびり倒していました。
それでもシンデレラは、父に心配をかけまいと、一度も抵抗する事なく耐えていました。
家政婦がいるにも関わらず、一人で邸宅の掃除を頼まれたとしても、義理の母と義理の姉二人の買い物に付き合わされて重い荷物を持たされたとしても、健気に言う事を聞いていました。
そんなある日の事。
いつものように家の掃除を一人でやっていたシンデレラに、義理の母と義理の姉二人が普段よりも着飾った姿で歩み寄って来ました。
「シンデレラ。今からワタクシ達はお城に行ってくるから、それまで留守を頼みましたよ」
「お城、ですか?」
義理の母の言葉に、シンデレラは
「どうしてお城に? お城で何かやるのですか?」
「パーティーよパーティー。わたし達は今からお城に行ってパーティーに参加するの。言っておくけれどドラッグパーティーではないわよ」
「乱交パーティーでもなくてよ」
姉二人のブラックジョークに顔を引きつらせながらも、シンデレラは「パーティー?」とオウム返しに呟きます。
「羨ましい……私も行ってみたいです……」
「ほほほほほ! 冗談キツイわあ、ねえお姉さま?」
「ええ、ええ。とんだお笑い草だわ。お母さまもこのおバカさんに何か言ってあげてくださいな」
「シンデレラ。あなたみたいな見すぼらしい女がお城のパーティーに出れるわけがないでしょう。身の程を知りなさい」
ピシャリと言い放つ義理の母に、シンデレラはショックのあまり、肩を震わせて俯いてしまいました。
そんなシンデレラに、義理の母や姉は一度も振り返る事なく、家の前に停めてあった馬車に乗ってお城へと行ってしまいました。
「はあ……」
一人残されて、大きな溜め息を吐くシンデレラ。
その顔からは十代半ばの女の子とは思えないほど濃い疲労の色が出ていて、見るからに苦労を背負い込んでいそうな感じでした。
そうして落胆しつつ、言い付け通りに掃除を再開しようとしたところで、コンコンとドアがノックされました。
「あら、一体だれなのでしょう。お客さまが来るなんて話は聞いていないのですが……」
などと疑問に思いつつも、シンデレラはゆっくりドアを開けます。
ですが、そこにはだれもいませんでした。
「だれもいない……? たしかにノックする音が聞こえたはずなのですが……?」
小首を傾げつつ、シンデレラはドアを閉めました。
「──アタイなら後ろだよ」
「!?!?!?」
突如家の中から聞こえてきた女性の声に、シンデレラは弾かれたように背後を振り返りました。
そこには紫のローブを羽織った筋肉隆々のおばあさんが仁王立ちしていました。
「い、いつの間に私の後ろに……?」
「これくらい、筋肉使いのアタイなら造作もない事だよ」
筋肉使い? と問い返すシンデレラに、おばあさんは鷹揚に頷いてニヤリと笑みを見せます。
「そう──アタイは筋肉使い。あんたの望みを叶えるためにここへ来たんだよ」
「私の望み……?」
シンデレラはキョトンと目を丸くしました。
願いを叶えてもらえるような事なんて、なにひとつとして身に覚えがなければ、初対面であるはずのおばあさんに願いを頼んだ覚えもなかったからです。
「どうして私なんかの望みを?」
「あんた、三日前に財布をなくして困っていた老婆を助けた事があったろ? あれ、アタイの妹でね、その恩返しに姉のアタイが来たってわけさ」
と自信満々に胸を張るおばあさんに、シンデレラは言いにくそうに「あのう」とおそるおそる切り出しました。
「それ、たぶん私じゃないです……」
「えっ」
「えっ」
「…………いや、あんた三日前に町で老婆を助けたはずじゃあないのかい?」
「いえ、三日前はずっと家事をしていたので、一歩も外に出てないです……」
「…………………………」
「…………………………」
「こまけぇこたぁいいんだよ!」
おばあさんが逆ギレしました。
これには、日頃継母達から理不尽な真似をされるのシンデレラでさえも「えぇ……」と困惑を隠せません。
「人違いにしろなんにしろ、アタイが願いを叶えると言った以上は絶対叶えなきゃいけないんだよ! でないとストーリーが進まないじゃあないかい!」
メタい事を言うおばあさんでした。
「は、はあ。では、本当に私の願いを叶えてもらえるのですか?」
「女に二言はない!!」
「まあ。なんて頼もしい」
シンデレラは感激しました。
世の中にはこんな赤の他人のために助力してくれる人がいるのだと知って、とても嬉しくなったのです。
「それでは、さっそく叶えてもらってもよろしいでしょうか?」
「任せな! どんと来い超常現象だよ!」
上田次郎かな?
「さあ、願い事を言いな。アタイがこの筋肉で叶えてあげるよ!」
ムキムキ! とボディービルダーのごとくサイドチェストポーズを取るおばあさんに、あえてシンデレラはスルー力を発揮して、それから祈るように両手を組みました。
「どうか世界中の恵まれない人たちが、等しく幸福になれますように……」
「つまんねぇ事言うなよ!」
なぜか叱られました。
わけがわかりません。
「そういう良い子ちゃんの模範解答みたいな願い事はいいんだよ! あんた個人の願いを聞きたいんだよアタイは!」
「はあ。今のではダメという事でしょうか?」
「ダメだね! ていうか、そういうグルーバルな願い事は専門外だから無理!」
専門外とか言われてしまいました。
話を聞くに、なんでも願い事を叶えてくれるというわけではないようです。
「あらまあ、それは仕方がありませんね。ですが、私個人の願いと言われましても……」
そこまで言って、シンデレラは先ほどまでの義理の母と姉との会話を思い出しました。
「パーティー……お城のパーティーに行ってみたいです……」
ポツリと無意識に漏らしたようなシンデレラの呟きに、おばあさんは「へえ」と微笑しました。
「なんだ、ちゃんとあるんじゃあないか。あんたの心からの願いが」
「で、でもいいんでしょうか? 私なんかがお城に行きたいなんて……」
「結構な事じゃあないか。
「
なにかルビがおかしいようなと訝しむシンデレラに対し、おばあさんは「ああ、
「なにせ今日はお城で武闘会が開かれているからね」
聞き間違いだろうかとばかりに、シンデレラは「舞踏会?」と訊ね返します。
「いや、武闘会。天下一武闘会とか暗黒武闘大会とかそっちの方の」
どうやら、おばあさんは少年マンガが好きなようです。
「つまり、
「試験ですか?」
「その通り。試験内容は城の門前に置いてあるパンチングマシーンで270キロ以上出すのが条件さ」
「そんな! 那須川天心レベルじゃないですか!」
シンデレラは驚愕します。シンデレラは割とプロの格闘家に詳しい方でした。
「無理ですよ、270キロ以上なんて……。私には絶対無理です……」
「そうだね。今のあんたには絶対無理だ」
「だったら、私がお城に行くなんて……」
「アタイがあんたを鍛えれば、話は別だけどね」
思わず俯いてしまったシンデレラに、おばあさんは自信満々に言い放ちました。
「鍛える? 私をですか……?」
「ああ。アタイは筋肉使いだからね──あんたをムキムキのマッチョにさせる事なんて朝飯前さ」
「それは、魔法かなにかで私をマッチョにしてくれるという事ですか?」
「甘ったれた事を言うんじゃあないよ!」
おばあさんが怒鳴りました。
まさにプンスカプンプンプンと言った感じです。プンが一回多いのは気にしてはいけません。
「そういう他力本願な考え、アタイは嫌いだよ! なんでも自分の力で叶えないと意味なんてないんだからね!」
「で、でも、今からどんなに必死で鍛えたところで、
「そこは安心しな。アタイに考えがある」
言って、おばあさんは唐突に「ムキィ!」とダブルバイセップス(両腕を上に曲げるポーズ)を取りましたた。
すると、どういう事でしょう。
おばあさんの目の前に、突如として謎の扉が現れたではありませんか!
「こ、この扉は……」
「精神と時と愛しさと切なさと心強さのルームだよ。ここに入ると外での一時間が一か月に変わる。つまりトレーニングし放題というわけさ」
「トレーニングし放題……。じゃあ私もここに入って鍛えれば……」
「今より確実に強くなれるだろうね。ただ単に鍛えるだけじゃあダメだよ。良質な筋肉を作るにはトレーニングだけでなく食生活も大事だからね」
特にこれは最重要だよ、とおばあさんはおもむろに懐をまさぐって、中から袋のような物を取り出しました。
「それは?」
「プロテインさ。これには筋肉を作るのに必要なタンパク質がたっぷり入っているからね。ムキムキになりたいのなら持ってこいの物なのさ」
「では私もそれを飲めば、おばあさんのようにムキムキに……?」
「ああ。アタイのトレーニングメニューを受けさえすればね」
ただし、とおばあさんはここで註釈します。
「アタイのトレーニングはキツいよ。途中で音を上げる者もいるくらいだ。それでもやるかい?」
「やりたいです!」
シンデレラは間髪入れずに答えました。
その表情はやる気にみなぎっており、先ほどまでの暗い雰囲気はすっかりなくなっていました。
「私もお城に行って武闘会に参加してみたいです。そこで色々な人と戦ってみたいです! そして自分の世界を広げてみたいです!!」
「良い面構えになったじゃあないか。気に入ったよ。じゃあさっそく精神と時と愛しさと切なさと心強さのルームに入るよ!」
「あ、少しだけ待ってください!」
おばあさんはずっこけました。
それはもう吉本新喜劇もかくやと言わんばかりのキレのあるずっこけ方でした。
そんなすっかり出鼻を挫かれたおばあさんは、
「……なんだい。なにか忘れ物かい?」
とジト目でシンデレラを見やります。
「あの、着替えてからでもいいでしょうか? さすがにこの清掃服でトレーニングするのは……」
なんて薄汚れた清掃服の裾を掴みながら言うシンデレラに、おばあさんは仕方ないとばかりに嘆息を吐きました。
「……三分間待ってやる。四十秒で支度しな」
三分なのか四十秒なのかどっちなのだろうと疑問に思いつつ、シンデレラは「はい!」と元気に答えました。
それから、精神と時と愛しさと切なさと心強さのルームでのトレーニングが始まりました。
まずは初心者向けに腹筋、背筋、腕立て伏せ。ランニングマシーンでの走り込み、懸垂などを繰り返します。もちろんプロテインも欠かさず飲みます。
徐々に体がトレーニングに慣れてきたところで、スクワット、ダンベル、バーベル、逆立ち、ツイストクランチなど中級レベルに移行します。すかさずプロテイン!
そしてある程度筋肉が付いてきたところで、キックボクシングや空手、カポエイラなどの武闘会に向けた格闘技のメニューをこなします。そうだねプロテインだね!
そうして、一ヵ月後。
「見事に仕上がったじゃあないか……!」
精神と時と愛しさと切なさと心強さのルームの中で一ヵ月間のトレーニングを耐え抜いたシンデレラを見て、おばあさんは満足げに頷きました。
「良い筋肉だ。どこに出ても恥ずかしくない立派マッスルボディーだよ。よくアタイのトレーニングに耐えたね! よくやった!」
「いえ、これもすべて師匠のおかげです」
すっかり見違えたシンデレラは、筋肉でミッチミチになったトレーニングウェア姿で折り目正しく一礼しました。
「ありがとうございました。師匠が付きっきりで鍛えてくれたおかげで、私は過去の弱い自分と別れを告げる事ができました」
「アタイはなにもしてないよ。それはあんたがひたむきに努力した結果さ。アタイのトレーニングを耐え抜いた自分を存分に誇りな」
「師匠……!」
シンデレラは感激しました。
まさに師匠の鑑と言うべき貫禄がそこにはありました。
「さてシンデレラ。いよいよ武闘会に挑むわけだが、その前にこれだけは伝えておくよ。アタイがあんたに送れる最後のプレゼントだと思ってよくお聞き」
と、腕を組んで真顔になるおばあさんに、シンデレラも神妙な面持ちで頷いて次の言葉を待ちます。
「力こそパゥアーだ!!!!!!」
「力こそパワー……!」
シンデレラはおばあさんの言葉に深い感銘を受けました。
『力とパワーで意味が重複してね?』
とか、
『そもそも意味が全然わからなくね?』
とか、そういうこまけぇこたぁ気にしてはいけません。いいね?
「とても良い言葉ですね。今のを聞いて、私もひとつ悟りました」
「ほう。それはなんだい?」
訊ねるおばあさんに、シンデレラはリンゴを握り潰すような雄々しい仕草で片腕を掲げながら言い放ちました。
「もはや愛などいらぬ! 力……! そう、力こそすべて……!」
「よぉ言うた! それでこそ
おばあさんは拍手で賛美しました。
というか、シンデレラは紛れもない女の子なのですが、おばあさんはテンションが爆上がりするあまり、この世界の設定を忘れかけていました。
「よし。そうと決まったらさっそくお城にお行き。こっちだと一時間は経っているが、まだ武闘会には間に合うだよ」
「ええ。ちょっと今からひとっ走りで行ってきます」
「お待ち」
と、おばあさんは玄関の前でクランチングポーズを取ろうとしていたシンデレラを呼び止めました。
「シンデレラ、あんた、もしかしてそのまま走って行くつもりかい?」
「その通りですが?」
「せめてトレーニングウェアを着替えからお行き。それだと汗まみれだろう?」
「なるほど。これは失念していました。しかしこれ以外のトレーニングウェアは……」
「安心しな。この日のためにアタイが特別製のトレーニングウェアを用意してあげたから」
「おお、これはありがたい!」
「それと走って行くのはおやめ。武闘会のために少しでも体力を温存しておきな。今からスマホでタクシーを呼ぶから」
「重ね重ね、ご厚意痛み入ります」
シンデレラは90度の角度で一礼しました。
むかしという設定なのになんでスマホとかタクシーとかがあるの? という疑問は一切持たないシンデレラなのでした。
そもそもパンチングマシーンが出ている時点で、時代設定に対するツッコミとか今さらなんだけどね!
一方、その頃。
お城ではすでに武闘会が開かれておりました。
そこでは、出場者たちが自慢の武芸を披露するかのように激しくリングの上でぶつかり合っていました。
「アチョー! アチャー!」
「アタタタホワタァ!」
「ユーアーショォォォォォォクッ!!」
「ピコピコピコピコピコピコ!」
だれかひとり、ゲームをしている奴がいるな?
それはともかく、武闘会で城内が熱気に包まれる中で、玉座から退屈そうにリングを眺めている金髪の少年がいました。
「じいや。今日の出場者はこれだけかい?」
「はっ。その通りでございます王子」
そばに控えていた側近のじいやがかしこまりながは答えると、金髪の少年……もとい王子は退屈そうに頬杖を突いた。
「そうか。今回の武闘会はどうにもパッとしないな。貴族以外にも声をかけたんだよね?」
「はい。腕に覚えのある者を何名か。ただその中には連絡がつかなかった者もおりまして……」
「住まいがわからなかったのかい?」
「住まいというより、そもそもハローページを捲っても連絡先が載っていなくて……」
「そうか。……この令和の時代にハローページ?」
おじいちゃんやおばあちゃんは、基本的にスマホのような精密機械は苦手だからね。しょうがないね。
「王子! 大変です!」
と、そこで、門番をしていた兵士が慌てた様子で城内に駆け込んで来ました。
「なんですか騒々しい。王子の御前ですよ」
じいやが王子の代わりにたしなめます。
すると門番の兵士が、汗だくの顔で後ろを指差しました。
「ですが大変なんです! パンチングマシーンを一撃で破壊した者が現れたんですよ!」
「破壊? もしかして鈍器でも使わせたんですか? いけませんよ、あれだけ鈍器はいけないと注意したではありませんか」
呆れ顔で言うじいやに、「違うんです!」と兵士は声を荒げて否定します。
「ちゃんとグローブをはめさせました! なのに一撃でパンチングマシーンを破壊したんです!」
「いやいや、そんなバカな事が……」
「だれがバカだって?」
と、そんな時だった。
ひとりの筋肉ムキムキの少女が、不敵な笑みと共に王子の前に現れました。
言わずもがな、シンデレラその人です。
「へえ。きみがパンチングマシーンを破壊したという者かい? 名前は?」
「名乗るほどの者ではない。この武闘会に参加する者たちのひとりに過ぎん」
「きさま! 王子に向かってその口の利き方は失礼であろう!」
「じいや、構わないよ」
いきり立つじいやに、王子が終始落ち着いた様子で諫めます。
「君がパンチングマシーンを破壊したというのが事実から確かに参加する資格はあるね。けど僕はその瞬間を見ていない。その証拠を見せてもらえないかい?」
「つまり、我の実力を疑っていると?」
「そういう事になるね」
「よかろう。で、我はどうすればいい?」
「そうだね、とりあえず、一度この参加者のだれかと戦ってもらおうかな」
「王子! そのお役目、どうかわたくしめに!」
と。
そこでひとりの貴婦人が、王子の前でかしずきながら声を上げました。
しかも驚く事に、その貴婦人とはシンデレラの義理の母親だったのです!
「僕は別に構わないけれど、本当にいいのかい?」
「もちろんでございます! パンチングマシーンを壊したなどと、不敬にも王子の前で虚偽を働く不埒者にわたくしが正義の鉄槌を下してみせましょう!」
我は一度たりとも嘘なんて吐いていないのだがなと苦笑するシンデレラを横目に、王子は「わかった」と頷きました。
「そこまで言うなら二人でリングに上がっていいよ」
「ありがたき幸せ! さあ不埒者! リングにお上がりなさい!」
「言われるまでもない」
と、シンデレラは鷹揚にリングへと歩みます。
対する継母も、二人の娘に「がんばって!」と声援を送られながらリングの上に上がります。
「さあ、どこからでもかかって来なさい」
どうやら目の前の少女がシンデレラという事に気付いていない様子の継母に、
「ほう。本当にいいのか?」
と問い返します。
「ええ。もっとも空手三段、キックボクシングの大会でも何度も優勝しているわたくしにちょっとでも触れられたらの話ではありますがぐべへえェェェェェ!?」
それはまさに一瞬の出来事でした。
継母はペチャクチャと余裕をかまして軽口を叩いていた間に、瞬時に肉薄したシンデレラが継母の額にデコピンを放ったのです!
その勢いたるや、継母はデコピンの衝撃でリングが勢いよく飛ばされ、そのまま固い床へと強かに背中を打ち付けてノックダウンしました。
「マ、マンマミィヤァァァァァァ!?」
「お母さま! お母さんしっかりなさって! いけない口からエクトプラズマが出ているわ! お塩よ! だれかお塩を持ってきて!」
それ、逆に成仏しちゃわない?
なんて継母と義理の姉が騒ぐ中、シンデレラはすでに興味をなくしたとばかりにロープに背を預けて、
「ふん、なんと他愛のない。これでは準備運動にもならんわ」
「なら、次は僕がお相手しよう」
と。
シンデレラが勝負にもならない継母との相手をさせられて呆れていると、王子がマントや王冠などを取って悠然とリングに上がってきました。
上半身裸になったイケイケメンメンの細マッチョッチョに、城内にいる女性たち全員が「きゃあ♡」と色めき立ちます。
んもう。女子はこういうイケメンの細マッチョに弱いんだから〜。
「王子!? いけませんぞ! そのような危ない真似は見過ごせません!」
「じいや、僕なら心配ないさ。それに、僕の強さはじいやもよく知っているだろう?」
「そ、それはそうでありますが……」
「それに、きっと彼女の相手ができる者なんて僕くらいしかいないだろうしね」
「ほう……そこまで言うからには、我を楽しませてくれるのだろうな王子?」
「それは君自身の手で確かめたらいいよ」
言いながらファイティングポーズを取る王子に、シンデレラはニヤリと笑ってロープから離れました。
「いいだろう。いつでもかかってくるがいい」
「では、遠慮なく──」
次の瞬間、一気にシンデレラとの距離を詰めた王子が、俊敏にパンチを繰り出しました。
ですが、シンデレラはそのパンチをあっさり防いでしまいました。
「そんなバカな! 僕のパンチを片手で掴んで防ぐなんて……!」
「なんだ。これがお前の全力か? 大口を叩いたわりには大した事はないな」
「くっ! なら、これなら──!」
次は上段蹴りを放つ王子でしたが、その時にはすでにシンデレラは姿を消していました。
「なにいィィィ!? 確かに僕の蹴りは彼女の体を捉えたはず! なのに一体彼女はどこに……!?」
王子の言う通り、シンデレラは一体どこに消えたの言うのでしょう?
「──バカめ。あれは我の残像だ」
「!?!?!? いつの間に僕の背後に!?」
まさかの残像でした。
「残像……残像だって! き、君はどこでそれだけの力を……!?」
「お前に教える義理はないな。それよりも、まだ続けるつもりか? これ以上は無駄だと思うが?」
「…………そのようだね」
忠告するシンデレラに、王子は大人しく拳を収めました。
今のやり取りだけで、王子はシンデレラとの実力差がありすぎると悟ったのです。
それは周りにいる人たちも同じで、だれひとりとして不平不満を漏らす者はおらず、むしろとんでもない強さにだれもが息を呑んでいました。
そんな時です。城内に設置されていた柱時計が夜の12時を差し、高らかに鐘が鳴り響きました。
「……もう12時か。もう帰らなくてはな」
「! そんな、今から帰るというのかい? 君ほどの強者が帰ってしまったら、武闘会が退屈な催しにまた戻ってしまう!」
「我と対等に戦える者がいない武闘会など、もはや興味はない。それにタクシーも待たせているしな」
タクシー業界も客商売のため、長々と待ってはいられないのです。
「ではな、王子」
「待ってくれ! せめて名前を! 名前だけでも聞かせてくれないかい?」
呼び止めようとする王子に、シンデレラは一度返しかけた踵を止めて、後ろを振り返ってニヒルにこう言いました。
「言ったろう? 名乗るほどの者ではないと」
あれから、10日ほど経ちました。
その間、王子はあの武闘会で出会った少女……もといシンデレラがどうしても忘れられず、日々城の兵士たちと共に町中を探し回っていました。
本来、王子自ら街で出向くのはよくない事ではあるのですが、王子たっての希望というのもあり、じいやを始めとした側近達もしぶしぶ了承しました。
そうして心当たりのある家を当たってはシンデレラの行方を訊ねていたのですが、困った事に、みんな一様に自分こそがシンデレラだと言い張ってしまうのです。
そこで王子は、一発だけ自分のパンチを受けてさせて相手の力量を試す事にしました。
もしもこのパンチを避けられないようなら、それはシンデレラではないという見分け方です。
そんなある日、王子たちはとある貴族の豪邸の前ににいました。
そこでも例によって自分こそシンデレラと言い張る女性三人にパンチを繰り出してみると、三人ともあっさりパンチを食らってしまいました。
「きゃあああッ!?」
「ああ! 王子さまのパンチでマミィの右腕が折れてしまったわ!」
「大丈夫! 人間には206本もの骨があるわ! 一本くらい平気よ!」
「そっか! じゃああと205回はいけるわね!」
「殺す気ィ!? 別の意味で逝きますわよ!?」
すかさず母親が突っ込みました。
なかなかキレのあるツッコミ方でした。
「はあ……君たちでもなかったか」
露骨に溜め息を吐きつつ、王子は続けます。
「他に女性はいるかい?」
「それは……いると言えばいるような?」
「でもいないとも言えるような?」
煮え切らない返事をする娘二人に、王子は眉をひそめます。
「他にいるのかいないのか、一体どっちなんだい?」
「私なら、ここにいます」
と。
それまで家の中に引っ込んでいた少女は、不意に玄関を開けて姿を現しました。
「シンデレラ! あなたは引っ込んでいなさいとあれほど言ったでしょう?」
「すみません。外が騒がしかったものですから」
「失礼。あそこにいる可憐な少女はだれなのかな?」
王子の問いかけに、
「わたくしの娘です。もっとも義理のですが」
と継母が嘲笑混じりに返します。
「あの子は別に気にする必要はありませんわ。あんな細い子が王子の探し求めている少女なわけありませんから」
「そう、だね……」
頷きつつも、王子は怪訝に眉をひそめます。
確かに全然風格が違うはずなのに、不思議とあの武闘会で出会った少女と重なって見えるのです。
「違う……はずなんだけど、なぜだろう。なぜだかあの子から目が離せない……!」
「ほう。感覚で我の正体に気付いたか」
と、シンデレラが呟いたと同時に、それまでなんともなかったはずのシンデレラの清掃服が一瞬で千々に破れ、中からムキムキの筋肉でパツパツになったトレーニングウェアが出てきたではありませんか!
「! そのトレーニングウェア、あの時武闘会で着ていた……!」
「そう、我こそお前が探し求めていた人物だ」
「そうか! 君が……シンデレラがあの時の少女だったのか!」
ずっと探していた少女が目の前に現れ、王子は思わず興奮します。
「そんな! シンデレラが王子の探していた少女? ありえませんわ! そもそも、どうやってその筋肉を今まで隠していたと言うんですの!?」
「このトレーニングウェアは全身に力を入れさえしなければ華奢に見えるように作られているんですよ、母君」
筋肉使いのおばあさんからもらった特殊なトレーニングウェアとまでは言いませんでした。
筋肉使いのおばあさんに口止めされていたのもありますが、言ったところでどうせ信じてもらえないと思ったからです。
「つまり、あの武闘会が終わってから、ずっとわたくしたちに正体を隠していたと……?」
「騙されないでママ上! シンデレラがあの時の少女だなんて嘘に決まってるわ!」
「そうよそうよ! 今すぐその化けの皮を剥いであげるわ!」
言うや否や、義姉のひとりがシンデレラに向かって飛びかかりました。
ですが結論から言うと、義姉の突撃は空振りに終わりました。
というのも。
「な、なにィィィィ!? 壁の上に立っているだとォォォォォ!?」
そうなのです。
義姉が飛びかかる前に、シンデレラは家の壁に立っていたのです。
「バカな! どうやって地面に落ちないで壁に上に立っていると言いますの!?」
「チャクラですよお義姉さま。チャクラを足の裏に集める事によって、壁の上に立つ事もできるのです」
「チャクラだとぅ!? いつの間にそんな遙かな高みにまで……!」
「人は日々成長するものですよ、お義姉さま。もっとも、お義姉さま方はとっくに成長が止まっているようですが」
「お、おのれシンデレラァァァァァァァァァァ!!」
「どうやら、間違いなくシンデレラこそが僕の探し求めていた少女のようだね」
と。
激昂する義姉の横で、王子はキラキラと瞳を輝かせながら言いました。
「この日が来るのをどれだけ待ちわびた事か。今日こそ君にリベンジできる……!」
「ずいぶんな自信じゃあないか。我に手も足も出なかった事をもう忘れたか?」
「ちゃんと覚えているさ。脳裏に焼き付くほどにね。だからこそ僕は、君との再戦を望んで、今日まで鍛え続けてきたんだ!」
そう言って。
王子も北斗の拳のケンシロウばりに、上着を筋肉の隆起だけでビリビリに破きました。
「ほほう! そのマッスルボディー……確かに相当鍛えてきたと見える。以前とは別人のようだ」
「君こそ初めて見た時よりもいっそう筋肉が洗練されているじゃあないか。あれからも鍛え続けていたんだね」
「むろん。我の辞書に限界という文字はないからな」
「なるほど。武闘家にとって至言のような言葉だね。でもそれは僕だって同じだ。君に勝つために、僕はトレーニングメニューを倍に増やして、プロテインも飲むようにしたからね!」
「きさまもプロテイン愛飲者だったか。どうりで美しい筋肉なわけだ」
「その口振り、君もプロテインも愛飲しているね?」
「もちろんだ。あれは筋肉愛好家にとって、なくてはならないものだからな。いわば運命共同体だ」
「運命共同体か。しっくり来る言葉だね」
「さあ、雑談もここまでだ。あとは拳で語り合おうではないか!」
「そうだね。もはや僕らに言葉は不要。いるのは肉体言語だけだ!」
その言葉を皮切りに。
王子とシンデレラは上空へと躍り出ました。
「良いジャンプじゃないか王子! 鍛えてきたというのは嘘ではないようだな!」
「お褒めに預かり光栄だ。だけど、僕の筋肉の凄さはここからさ!」
言葉を発したと同時に、王子は「シュ!」と鋭い蹴りを放ちました。
その蹴りをシンデレラは同じように上段蹴りを放って防ぎ、その勢いに任せて回転後ろ蹴りを繰り出します。
しかし、王子もその回転後ろ蹴りを事前にわかっていたように腕でガードし、すかさず連続で拳を放ちます。
シンデレラも負けていません。王子の連続パンチを手で払いながら受け流しつつ、隙を狙って突きや掌底を素早く打ち込みます。
ちなみにこれ、全部空中でのやり取りです。
え? そうはならんやろって? 実際になっとるやろがい!!!!
それはともかく。
この少年ジャンプのバトルマンガのような様相に、地面にいる継母や義姉はもちろん、護衛で来ていた兵士たちも唖然とした表情で見上げていました。
というか、もはやだれにも止められそうにないほど凄まじい応酬でした。
「あははははははは!! やるじゃあないか王子!! 我は今、最高の気分ぞッ!!」
「僕もだよシンデレラ!! 僕もこの煮えたぎる闘争心を満たしてくれるのは君だけさ!!」
「ふっ──ずいぶんと楽しそうにやり合っているじゃあないか、シンデレラ」
シンデレラと王子が激しくバトルしていた中。
遠くにある木々にて、筋肉使いのおばあさんと二人の少女がそれぞれ太い枝の上に立ちながら、シンデレラと王子の激しい戦闘を眺めていました。
「よく見ておくんだよ、赤ずきん、白雪姫。あれがお前たちの姉弟子であるシンデレラさ」
「あの方が噂に聞くシンデレラですか。なるほど、確かにオレが戦ったオオカミよりも強そうだ」
「赤ずきんの言う通り、手前どもよりも良い筋肉をしている。よほどおばあさんの指導がよかったのでしょうな」
「アタイは大した事してないよ。あれはシンデレラの努力の賜物さ」
「少し気になって様子を見に来たが、あそこまでの強さまで行けば、もうなにも心配はいらなさそうさね。どうやら、王子という互いに高め合う存在を見つけたようだし」
「よろしいのですか、おばあさん。せっかくかなりの実力者に育ったというのに」
「赤ずきんの言う通りです。いつか最強の筋肉ばかりを揃えたスーパーマッスルチームを作るのがおばあさんの夢だと以前に聞きましたが」
「構わないよ。今のシンデレラには最高の居場所がある。その場所を奪うほど、アタイは野暮な女じゃあないよ」
そう言ったあと、筋肉使いのおばあさんは踵を返しました。
「さあ行くよ、赤ずきん、白雪姫。次なる筋肉を探しにね!」
「「応ッ!!」」
こうして。
シンデレラと王子さまは、末永く互いの筋肉を思う存分にぶつけ合いましたとさ。
☆☆☆めでたし、めでたし☆☆☆
シンデレラと筋肉使いのおばあさんとプロテイン、そして何よりもパゥアー!!!!!! 戯 一樹 @1603
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