紙上で踊る

冠城唯詩

プロローグ なもなきせかい

古き友がくれたからの世界にて

余生を君と共に過ごさん


――黄金きんの時代。


灼かな陽と大地とは君がため

間にまに流るる風は暖か



花も麦も育てるのが好きな君だ

豊潤な大地を気に入ってくれた


ささやかに風が吹き 

静かな雨は小川のせせらぎ


同胞に会うのが好きな君だ

たくさんの客を呼んだ


ささやかに交わされる会話

時折きこえる笑声のさざめき



平穏の時代とき

だが君はこれもひと瞬間ときと明日を危ぶむ


ここには文明も 明文もない

だがそれこそまさに 理想に見た憧憬


俺と君は文に 文字に 紙に書かれたものに縛られてきた

だがそのままでは 紙上に踊らされるだけではないか


法という条文から解放された俺たちは

せめてこの世界では 自由に生きようではないか


俺はこの世界に名をつけない

ただ君にも見せぬ記録として ここに書きつけるのみ



――白銀ぎんの時代。


眩い陽が花を散らせ

冷たい雪が落葉を枯らす



平穏は何故 無慈悲にもひとときか?

君の予言の通りになった


四季は美しいが 移ろいは安寧ではない

客人は農耕を始めた 土地の争いも絶えない


それでも俺は この世界を愛したい

それは君と送る この世界の日々を愛しているから


色とりどりの花に囲まれ 鳥とうたう君

照りつける陽のもと 小川に足を伸ばす君


鮮やかな風の香り 揺れる稲を刈る君

天から降り注ぐ白を 暖炉のもとで眺める君


そうしてまた花は咲き 陽は照り 薫風が吹き 吹雪が来る

美しきものが好きな君だ 世界に芽生えるもの全てを気に入ってくれた


時が流れ、四季が巡るのも悪くないと思えた



――青銅どうの時代。


美しき時がひととせ流れても

それでも待たぬあの鬨のこえ



我が天秤は裁き量るもの

水神の水瓶は酒を生むもの


君の剣は罪を抑止するもの

決して血では染まらない


私の世界では当然のことだ 誓いを立てるまでもない

しかし起こされてしまったのだ もっとも忌むべき「戦争」が


幾度の戦争で君と私は離されてきた

せめてこの世界の今生ではと その祈りも虚しい


花も鳥も血に染まり 川には死人が流される

風は過ぎゆく諍いの中に 月はそれをただ眺むのみ


そうして天から降るものは 雪か遺灰か?

寒さに耐え眠る君 遠くから今日も鬨のこえがする


私は征かなければならない 君と私の世の永遠の平和のために



――鋼鉄てつの時代。


さよならの間もなく君をおいていく

終に潰えるこの世の果てに



身体が重い 寝床から起き上がれない

世界が変わりゆく 私も変容した


私に代わって君が征く 

戦禍 陰謀 欲に溢れてしまったこの世へ


君は正義を説き続ける しかし誰も耳を貸さない

国が生まれ滅び 生が生まれ死に ただ花だけは枯れたまま


私も世界も 幾年も生きた

生きすぎたのだ 我が身がふるのはその代償か


私はこの世界とともに、命を果てるのだ



――髪を切ったのか。綺麗な花飾りだ。泣かないでくれ。私は幸せだった。私と君だけの世界で、安らかに終わりを迎えられるのだ。

どうか、花咲く春を浴びるように、笑っていておくれ――

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