落ちこぼれの淫魔は魔女に飼われている

笹塔五郎

第1話 媚薬スライム

「これはここに置いて……っと」


 金色の髪を後ろに束ねてゆらゆらと揺らし、可愛らしい顔立ちをした少女――レンナ・トルティーナは散らかった部屋の片付けをしていた。

 目を離すと、すぐに散らかってしまう。

 ここは魔女の家――魔術師として最高位に君臨する者に与えられる称号であり、現状では七人の魔女がいる。

 そのうちの一人である、アイリン・ヴェスキールの家なのだ。

 そんな魔女の一人として数えられるアイリンの家で、普段は身の回り世話や雑用などを任されているよがレンナである。

 もっとも――レンナはアイリンに雇われているというよりは、飼われているという方が正しいのかもしれない。

 何せ、アイリンが作った物の実験台にされることもあるし、そもそもレンナはとある理由から、アイリンの傍に置かれているのだ。


「レンナ、ちょっといい?」


 部屋の置くから姿を見せたのは、白衣に身を包んだ少女だった。

 肩にかかるくらいの黒髪――レンナと比べても、幼さの残る顔立ちをしているが、彼女こそが魔女の一人であるアイリンだ。


「はい、何でしょう――」


 アイリンの方を見て、レンナは思わず押し黙った。

 ピンク色の液体が入った瓶を持っているが、それは何やら静かに動いているように見える。

 どうしてレンナのことを呼んだのか、すぐに察しがついてしまったのだ。


「えっと、その瓶に入っているのは……?」

「これ? 媚薬スライム。試してみたいから付き合ってほしい」


 ――やはり、呼ばれたのはそういう理由だった。

 アイリンは魔術師として最高位の魔女と呼ばれる実力がありながら、変なキメラや薬を調合するのが趣味である。

 しかも、よりにもよって変態的な生物を作ることにハマっているのだ。

 それを、レンナを実験体にして試そうとしているのだから、なお性質が悪い。


「今は部屋のお掃除をしていて……」

「普段から掃除してないとそうなる」

「あなたがすぐに散らかすから片付けているんですけど!?」

「ああ言えばこういう――とにかく、今の優先順位はこの媚薬スライムの実験だから」

「だ、第一、媚薬スライムってなんですか……!?」

「ん、一人でも楽しめる用に開発した。安全性も見たいから」

「私で安全性を確認しないでくださいっ!」

「大丈夫――これの素材には、レンナの体液だって含まれてるから」


 ――そう、アイリンの作る媚薬などといった薬に使われているのは、レンナ自身の体液だ。

 ただの人間の体液などは、混ぜてもあまり意味はない――重要となるのは、レンナが淫魔サキュバスと呼ばれる種族であることだ。

 淫魔の体液には、人を発情させるような媚薬の効果があると言われており、実際――アイリンの作る多くの薬に使われている。


「レンナの体液を採取するついでに媚薬スライムの試験もできる――一石二鳥だね」


 ――媚薬スライムを使ってアイリンから体液を採取し、またそれでキメラや薬を作るということだ。

 この前も、作った媚薬の試験をさせられて――そこから体液を取られたことは記憶に新しい。

 レンナはちらりと、アイリンの手に持った瓶を改めてみる――蠢く桃色の液体を、これからレンナに使うつもりなのだ。

 彼女が作るものなのだから、当然エロいことをしてくるのは違いない。

 思いつきで作った物の実験に付き合わされるから、レンナも心の準備が一切できていないのだ。

 ――とはいえ、基本的にレンナには拒否権などない。

 衣食住は保証されているし、何よりレンナは淫魔としては落ちこぼれと言われていて――こうしてアイリンに拾われて生活できていること自体、運がいいくらいなのだ。


「……はあ、分かりました。着替えてきますから――」

「大丈夫。これは服も溶かす仕様がある」

「本当に大丈夫なんですか!?」

「それも含めての試験だから。でも、レンナに危険がないようにしっかり配慮はするから」

「……っ、分かりました、分かりましたよっ! やればいいんですよね!」


 半ば自棄になりながら返事をすると普段、無表情のアイリンがわずかに笑みを浮かべ、


「ありがとう、いつも助かる」


 そう、言ってくれた。


「……いつものことですから」


 レンナはそっけない態度で答える。

 だって、これからやることには納得していないのだから、そういう態度にもなるだろう。ただ、


(……ったく、どうして私はこんな人を……)


 好きになってしまったのだろう――レンナは一人、心の中でそんな風に考えながら、彼女の実験に付き合うことになった。

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