私のオアシス

宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中

私のオアシス

 最近、暑い。

 とにもかくにも暑い。

 太陽に晒されれば暑いのは当然だが、仮に室内にいたとしても扇風機すらまともに回らない場所では暑くて仕方がない。

『死ぬ……』

 髪をストレートに下ろしていると真っ黒な面積が増えてしまって太陽光を吸収したり、内側に熱気を閉じ込めたりするようになってしまう。

 頭皮や首元、背中周りに酷く汗をかいている気がして、私は軽く髪を括った。

 額の汗を拭い、ダラダラと廊下を歩く。

 ところで、どうしようもなく暑いと頭に血が上り、無性にイライラとしてしまうものだ。

 意味もなく舌打ちをしかけていると、不意に視界にのんびりと歩くイケメンが入り込んだ。

『あれは、私の天使でありオアシスであり神であらせられる彼氏の田中君!!!』

 夏の熱気に晒されて汗だくになってもなお、麗しく爽やかな私の彼。

 ニコリと目元を和らげる優しい笑顔には、小さなツボミでさえもパッと花開いてしまうような魅力と輝きがある。

 学校というものは非情で無情で残酷なので、私と彼が付き合っていることを知っておきながら、それぞれを別クラスに振り分けている。

 新学期、彼と別々のクラスになってしまって絶望する私に放った担任の、

「勉強に専念してもらうため、あえて別クラスにしました」

 という言葉と、ふんぞり返ったドヤ顔が忘れられない。

『田中君と教室を別にされたからって勉強なんかに集中するわけないだろうが! 田中君が同じ空間にいれば田中君をガン見するし、その場にいなければ田中君の様子を妄想して脳の八割を持っていかれるに決まってるでしょ!』

 私の精神年齢を見くびってもらっては困る。

 肉体は十七歳だが中身は小学五年生から中学二年生の間くらいだ。

 しかも、気の荒い小、中学生だ。

 そんな私に、素直な小学生向けの捻くれた教育が通用するわけがない。

 担任の無駄な一言により怒りが急上昇し、むしろ勉強意欲が減退してしまう。

 それなりには成績の良い私だが、当てつけにわざと成績を落として自爆してやろうか!? と、割と本気で思ってしまう。

 まあ、実際に勉強や学校生活をかなぐり捨てて全身全霊で反抗しても、別に担任にダメージがいくわけではないし、私が自滅して終わりになってしまうからしないが。

 だが、それでも例の担任は嫌いだ。

 外で歩いているのを見かければ、今すぐ高めのパンプスをへし折ってコケちまえ! と呪詛を送る程度には嫌いである。

 不祥事を起こして別の学校に転入して欲しい教師№1だ。

 ともかく、担任の計略によって最愛と引き剥がされた私は彼と長時間一緒にいられる放課後を愛しており、コレを迎えるために日々を消費していると言っても過言ではない。

 今もようやく訪れた放課後によって学校生活から解放され、意気揚々と彼の教室へ向かっている最中だった。

 イライラと暑さによってブチ上がっていた私の体温が、そのまま彼への愛情と興奮へ変換される。

 自分でも驚くほど上機嫌になって口元に笑みを浮かべ、軽やかな足取りで彼の元へと駆けた。

「お疲れ、田中君! 今日はホームルーム終わるの早かったんだね」

 明るく声を掛ければ彼の下がっていた目線がスッと上がる。

 私を視界に入れた瞬間、少しだけ目を丸くしてからはにかんでくれるのが堪らなく愛おしかった。

「お疲れ、鈴木さん。そうなんだ。珍しく先生の話が短かったから。せっかくだし、たまには俺が鈴木さんを迎えに行こうかと思ったんだけれど、結局、鈴木さんの方が早かったね」

 田中君は少しだけ眉を下げて軽く後頭部を掻いている。

 かわいい。

 私は基本的に衝動で生きているので、腕を上げることで大きく空いた油断だらけのわき腹にムギュッと抱き着いた。

「鈴木さん、暑いよ?」

 ぶっちゃけ、私も暑い。

 メチャメチャ暑い。

 当然だろう。

 高体温の人間がワイシャツ越しの温い人肌にピトッとくっついて甘えているのだから。

 だが、田中君は私の崇高なる天使であり心のオアシス。

 一滴も水を飲めない砂漠の中で草木の茂るオアシスを見つければ、例え水がぬるま湯だったとしても有難く、冷水のごとく感じるだろう。

 ちょっと暑い程度で簡単にオアシスを手放すつもりはない。

 むしろ積極的に摂取していく。

「鈴木さん、顔を押し付けられちゃうと余計に暑いよ? あと俺、けっこう汗かいてるし止めとかない?」

 やめない。

 私は決して、田中君のわき腹や脇付近を嗅ぐという行為をやめるつもりはない。

 理由は洗濯物の匂いと田中君の匂い、そしてわずかにクーラーの匂いが混ざった香りが最高だからだ。

 私は荒くなる自分自身の鼻息に顔面を蒸し焼きにされてもめげず、そのまま軽く田中君のわき腹を噛んだ。

「鈴木さん!?」

 突然の暴挙に田中君がギョッとして少し裏返った声を出す。

 田中君の困り眉が愛らしい赤面を見ることができないのは残念だけれど、今、顔を上げてしまったら引き剥がされるのでしない。

 私は学習型の人間。

 田中君を堪能し尽くす方法だけを常に考えて生きている。

 そんな私の予習復習は完璧だ。

 ところで、どんなにオアシスに癒されようと、やっぱり暑いものは暑い。

 主に自分のせいで暑い。

 そのため私は、冬場でも暖房の効いた室内でコタツに入り込んでいればアイスが最高に美味しい血論を適用しようと考えた。

「田中君、このままクーラーの効いた教室に戻ろっか」

「なんで? 今日は雑貨屋さんに寄って帰るんじゃなかったの? いつまでも学校にいても仕方がないし、早く行こうよ」

「オアシス休憩しないと死んじゃうからヤダ!」

「駄々っ子! オアシス休憩って、鈴木さん、たまに変なこと言うよね」

 すっかり呆れている田中君のわき腹を軽く額で押すと、彼は仕方がないなと笑って教室の方へ歩き出した。

 優しすぎる。

 なんて可愛い天使なんだ!

 私は既にマックスだった機嫌を限界突破させて彼の歩く方へ足を進めた。

 しかし、こういう気分が最高潮な時に限って水を差す輩が現れるものだ。

「よぉ、田中。彼女とラブラブじゃん。お前みたいな体力も根性もねぇカスに彼女いるとか、マジで毎回驚くんだけど、まだ別れてなかったの?」

 嫌味ったらしい陰湿な話し方。

 時折イキって高くなる口調に鼓膜やヤスリ掛けしてくるようなザラザラとした不快な声。

 表情を見ずとも伝わってくる自信過剰な姿。

 田中君の先輩であるイキリ山カス男だ。

 カス男はカスなので、中学時代に同じサッカー部に入っていた田中君などの気の弱い男子を虐めていたわけなのだが、カス男はカス過ぎて同じ中学のカスDQN仲間しか友達がいないため、暇になると当時の後輩の元へ手当たり次第に攻めてくる時がある。

 また、カス男はカスだが人見知りをする上に一人で複数人いるところには攻めていけないチキン系のカスなので、基本的に高校でもボッチぎみになってしまっている後輩を狙っているらしい。

 そのため、私という恋人がいる田中君の所にはあまり来ないのだが、それでもたまにやって来ることがある。

 カスなので後先考えずにやって来て、彼女とラブラブな後輩を僻み、ケンカを売ったりもする。

 本当にカスなので。

 私は田中君に顔を押し付けたまま舌打ちをした。

『来やがったな、カス! 大体、田中君はもうテメーの後輩じゃねえだろうが! いつまでも中学の後輩んとこに来てボス猿気取りだからお前はカスのままなんだよ。イキリやがって、クソが!』

 脳内のお口が悪くなっていけない。

 だが、イキリ山カス男が私の愛おしくて天使でオアシスで堪らない田中君を見下し、あまつさえ過去には苛めていたのだと思うと、どうにも腸が煮えくり返る。

『なんで私の田中君がお前のような屑に馬鹿にされて、飲み物だのなんだのを買って来させられて、怒鳴られて殴られなきゃいけねぇんだ。頼むからくたばってくれ。今すぐ目の前でくたばってくれ』

 強い殺意が芽生える。

 可能ならばぶん殴りたいし刺してやりたいしゴミの様に這いつくばらせて土下座させたい。

 しかし、だからと言って私の細っ来い腕でではカス男にダメージを与えるこてゃできないだろう。

 しかも、カス男はこの令和の時代において昭和くらいのヤンキー漫画と同じ価値観を持って生きているので、一切の恥ずかしげもなくお礼参りを実行する可能性がある。

 いや、絶対にやる。

 カス男はカスでバカだから絶対にやる。

 そのため、どんなに痛めつけてやりたいと思っても実行するのは得策ではない。

 定額や退学が怖くない、絶対的な馬鹿に出会ってしまった人間のとれる行動は一つ。

 逃げることである。

「ちょっと走り込みさせられただけでゲロ吐いて、ちょっとデカい声出されただけで涙目になってたヤツがよく恥ずかしげもなく彼女なんか作れるよな。あ、あんとき漏らしてたんだっけ?」

 ギャハハと笑う声が醜い。

 大丈夫だから離れよう、と私は田中君の腕を揺らした。

 しかし、田中君は硬直して動けなくなってしまっている。

『それも当然か。カス男は田中君のトラウマなんだから』

 自分よりも背の高い人間に殴る蹴るの暴行を加えられて恫喝されたら恐ろしいに決まっている。

 多分だが、田中君の表情は恐怖に歪んでいる。

 だからこそカス男は勢いづいて、愚かなマシンガントークを飛ばし続けているのだろう。

 前に田中君は、

「それでも俺は酷いことされてない方なんだ。酷い子は学校に来れなくなるほどだったし、怪我した子もいたんだから。プロレスごっこで済んだ俺はマシな方だったんだよ」

 と気丈に笑っていた。

 そんなわけあるか。

 程度の問題じゃない。

 こういうのは、程度の問題じゃないのに。

 田中君が訳もなく苛められたことが問題なのに。

 私は愛しい田中君のわき腹から顔を上げると中腰の姿勢を止めてスクッと立ち上がり、再度、腕を引いた。

 田中君がギギギと油を刺していない機械のような動きで首を動かし、私の方へ顔を向ける。

 無表情に見えるそれは泣き出す寸前の顔にも見えた。

「田中君、帰ろう。雑貨屋に行きたいな」

 田中君がコクリと頷いた。

 無言で手を取り、スッと足を動かす。

 どこかぎこちない、無理をした動きだが、田中君は体を動かせるようになったようだ。

 せっかく私の方に寄こしてくれた視線だ。

 油断した拍子に屑の方へ戻させて、再び硬直させるなんて真似はしたくない。

『気を引けるといいんだけど……』

 願いを胸に、つま先立ちになって田中君の頬にキスをする。

 すると田中君は目を丸くして固まった後、はにかみ笑いを浮かべた。

「待たせてごめんね、帰ろうか」

 ニコリと笑った田中君は完全にカス男に背を向けていて、まっすぐ歩き始めていた。

「あ、おい! テメー、無視すんなよ!」

 背後からカスの遠吠えが聞こえる。

『水を差すな。くたばれ』

 私は聞こえるように舌打ちをして、クルリと後ろを振り返り、思い切りカス男を睨みつけてやった。

 すると、カス男が一瞬ビクッとしてから舌打ちを返してくる。

 しかし、それ以上は何もしゃべらず、固まったままで私たちを見送った。

『後輩の彼女に舌打ちをされて、ついで睨まれたからお礼参りをしたいです、なんて流石に仲間には言えないだろ。この程度の傷で過剰に報復したら、むしろ馬鹿にされる。ほんと、矮小で惨めで底の浅い、ゴミの役にも立たないプライドだわ』

 少し廊下を歩き続けると、田中君の足音も落ち着いてくる。

 カス男から離れて一度は平静を取り戻したようだが、まだ彼の心は傷だらけだ。

『フォローしなきゃな』

 チラリと目線を動かすと、学習用に開放された空き教室が見えた。

 静かな空き教室は生徒たちの間で人気になりそうなものだが、扇風機しか置かれていないので実は人が集まらない。

 勉強という行為自体がストレスのかかるのだから、大抵の生徒は少しでもマシな環境を用意したがる。

 今日も空き教室は空っぽで真っ暗だった。

「田中君、疲れちゃったから寄って行きたいな」

 教室を指差すと田中君は頷いてくれた。

 カラリと引き戸を開けるとムワッとした熱気が私たちを襲う。

「暑いね。扇風機回そっか。それでさ、風がよく当たるところに行きたいな」

 ニコッと笑うと田中君は俯いたまま頷いて、ポテポテと扇風機をつけに行った。

 扇風機の前で座り込む田中君の腕を開いて中に入り込む。

「……鈴木さん、暑くない?」

 特等席にニヤニヤしていたら、モソモソと問いかけられた。

 うん、暑い。

 暑いけど、やっぱりここが一番心地良い。

「私はココが好き!」

 額の汗を拭って二ッと笑ったら、鈴木君が呆れ笑いを浮かべた。

「田中君のね、優しいところが好きなんだ。田中君も暑いのに、暑くない? って聞いてくれて。ここがいいって言ったら抱き締めたままでいてくれるのがね、凄く優しいと思うんだ」

「うん」

「あんまり人を攻撃しない所も好きなんだ。田中君は怒鳴ったり人を睨んだりしないでしょ? やっぱり優しくて好きだと思う」

「……弱いんだよ」

「優しいんだよ。殴られたら痛いからって人を殴れないのは、優しいんだ」

「違うよ。殴り返されるのが怖いから止めとくんだ。睨まれたり、怒鳴られたりするのも嫌だし。俺の友達、やり返されたら倍にされてたから、やめとこうって思った」

「そっか。なら、賢いんだよ」

 田中君は私を上から抱き締めたまま黙りこくった。

 多分、田中君はあんまり私の言葉に納得していない。

 でも、田中君に掛けた言葉は本心だ。

『私は、力があったらカス男を捻り潰すと思う。殺してもいい世界だったら、多分、殺す。拷問して良い世界だったら拷問するし、まあ、できるなら多分、何でもする。報復する。私はそういう攻撃性を持ってる。でも、田中君は力があってもしないんじゃないかと思う。できないんじゃないかと思うんだ。そして、できないなら多分、一番の理由は優しいからなんじゃないかなって思う』

 私は、私みたいに攻撃的な人間が好きじゃない。

 攻撃を返すこと自体はそんなに難しい事じゃない。

 殺してやる、くたばれって唸ることも簡単だ。

 傷つけられた分だけ相手を痛めつけるって激高だけに意識を向けて、体と理性の制御を捨てる。

 そうしたら実は大抵、何でもできてしまう。

 攻撃を取りやめるのは、相手の身体を考えるから。

 相手にも大切な人がいるかもと考えるからだ。

 攻撃をする人間は、そこをすっぽりと抜かしてしまう。

 私みたいな人間は、相手の気持ちとか傷とか、考えているようで考えていないんだ。

 ただただ、傷つけてやろうと思ってしまう。

 攻撃性は、そういう身勝手さだ。

 ナイフを向けられた時に向け返すよりも、許してやったり逃げたりする方がずっと難しい。

 相手にも周囲にも馬鹿にされたままで膝を抱えている方がずっと難しい。

 でも、だからこそ、そうやっていられる方がずっと格好良いんだと思う。

『私がこんなんだから、男らしい男の人って大っ嫌いだしね。そういうの差し引いても、やっぱり田中君は可愛くて優しくて格好良いよ』

 実はカス男、カス男のくせに割と常に彼女がいるらしい。

 理由はカス男が格好いいからではない。

 とりあえず目立って自信満々にしておけば、男女問わずハリボテの魅力に惹かれてくる異性が一定数いるからだ。

 身勝手な振る舞いで周囲の注目を集めやすい学生時代は特にそれが顕著だろう。

 詳しくはないがDQN界隈も、もしかしたらそうなのかもしれない。

 本当は田中君の方が格好良くて、優しくて、誰よりも強いのに。

 田中君の方が周囲を笑顔にできて、幸せを振りまけるのに。

『本来なら田中君は、私如きじゃ捕まえていられないほど素晴らしい人間なんだけどな』

 この世には可愛い人間は可愛い人間しか捕まえられないという地獄の法理がある。

 田中君のように優しくて愛らしい人間を捕まえているためには、私自身も優しくて可愛い態度をとり続けていないといけない。

 だからこそ田中君の前ではあまり舌打ちをしたり、攻撃的な言葉は使わないようにしたりして気を付けているのだが……

『田中君にかわいく見えてるといいんだけど。粗雑な事とか乱暴なことして、鈴木さん嫌い! って言われたら死んじゃう。その場で死んじゃう!! もう駄目!! 嫌!!!』

 さっきはカス男に舌打ちをしたし睨んでしまった。

 つい、田中君と繋いだ手に力がこもっていた気がする。

 田中君は私が嫌になっていないだろうか。

『うっかり噛むし、際どい所は触りたくなるし、真っ赤な顔は大好物だし、思いっきり抱きしめたくなるんだよな。でも、別に意地悪してるつもりはないんだよ。田中君、不快に思ってないかな……』

 どうしよう。

 ありえないくらい不安になって来た!

 カス男のせいだ。

 別に因果関係は無いが、それもこれも全部カス男のせいだ!!

 小さくため息を吐くと、田中君がポスンと頭に手を置いた。

「鈴木さん、あのね、聞こえてる……」

 顔を上げると田中君が真っ赤な顔で俯いているのが見えた。

 触れたところの体温も暑い。

 田中君、インドアだからお肌が真っ白で赤面が分かりやすいんだよな。

 最高です。

 まあ、言ってる場合じゃないんだけど。

 目を丸くしていると、はにかみ笑いの田中君が少しだけ悪戯っぽく口角を上げた。

「鈴木さんって、集中すると考えてること全部言う癖があるよね。多分、俺の前でだけだけど」

 自分の顔が真っ赤になって熱を持ち始めるのを感じる。

 そう。

 田中君の言う通り、私は気を許した存在、すなわち田中君や飼い猫の目の前でブツブツと独り言を言う癖がついている。

 猫なら、

「可愛いね~。大好きだよ~。ちゅっちゅっ!」

 と、気持ちの悪いことを言っても「にゃー!」で許してくれるが、相手が田中君の場合はそうもいかない。

 必ずまともな反応が返ってくる。

 何度恥ずかしい思いをしたかもわからないのに、気を付けていたはずなのに、またやってしまうとは……

 私が放心していると、田中君が赤い顔のままギュッと抱きしめてくれた。

「鈴木さんは俺のこと、そんな風に思っててくれたんだね。嬉しいよ。それと、俺は鈴木さんのこと好きだよ。優しくて強くて、それで、かわいいと思うから」

 ギュッと胸板に顔面を押し付けられているので見ることはできないが、弾んだ田中君の声から屈託のない笑みを浮かべているのだと想像できた。

 照れがちで無邪気な笑顔……

 メチャメチャ見たいが物理的な問題と恥ずかしすぎるという精神的な問題で見ることができていない。

 不覚だ……

「癒されたい」

 ボソッと呟くと私の天使が「いいよ」と、快く許可してくれた。

 ありがたい。

 本当に。

 私はワイシャツ越しにキスを繰り返すと、スルスルとワイシャツのボタンを外した。

 それから腹をモチッと甘噛みし、スベスベな白い胸板に直接ほっぺをすり寄せる。

 軽くキスもしまくる。

 甘い、うまい、かわいい!!

 これがオアシスでの癒され方、完全版だ。

 私は今、綺麗なビーチで真っ白い椅子に寝そべり、パレオを着て水色のカクテルが入ったグラスをクルクルするご婦人と同じ気分を味わっている。

「鈴木さん!? そこまでは許可してない! そこまでは許可してないよ!! お尻を触らないの!! 揉まない!! ベルトに触んないで!」

 聞こえない。

 聞こえない。

 オアシスでは都合の悪い事は何も聞こえない。

 そういうものだ。

「違うに決まってるでしょ!」

 あ、これも口に出しちゃってたのか……

 結局、私は廊下に人間が現れるまでオアシスを堪能していた。

 ちなみに、時間的な問題で雑貨屋には行けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私のオアシス 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中 @SorairoMomiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ