顔が歪む

佐々井 サイジ

第1話

 美佐子は義祖母の背中に向けて聞こえない程度に舌打ちした。

「やっぱ女の子みたいな名前やさかい、こんな大人しい色白のもやしみたいになるんやろか」

 義祖母は美佐子の六歳の息子、陽向に対して愚痴のようにこぼした。昔の世代の言うことは適当に聞き流した方がいいで、と夫には言われているが、息子の悪口を言われると身体の奥から感情の小波が生まれ、ざわめき立つ。

 義祖母は今年九十歳になる。夫と結婚して七年経ち、義祖母は以前より僅かに腰が曲がった気がするが、活動的な性格はむしろ年々増していた。定年まで食品会社で勤めており、役員にまで上り詰めたという。株式投資も若いころからやっていて資産もそれなりにあるおかげか、定年後もゴルフによく行っている。最近は友人が続々と死ぬからゴルフ友達がいない、と夫や美佐子に冗談っぽく言い、夫をよくゴルフに誘う。休日は陽向の面倒を一人で見るのは大変だから誘いを断ってほしいと夫に言うが、断ると機嫌を損ねるらしく、聞いてくれない。

 義祖母の最近の趣味はスマートフォンでSNS上に写真を投稿することらしく、ことあるごとに写真を撮っていた。時おり美佐子や夫に無断で息子の写真を投稿しており、美佐子はこれも夫を通じて控えてもらうように言うのだが、ゴルフのときと同じく機嫌を損なうので強く言えないらしい。美佐子から直接義祖母に言おうとすると夫に止められる。

「なんでそんなにおばあちゃんに過剰に気を遣う必要があるの?」

「それは……」

 旦那は顎の力が抜けたように口が開いた。唇の間から意図が引くのが見えた。美佐子の頭の中に納豆が思い浮かび、胃にむかつきを覚えた。美佐子は納豆が嫌いだった。

 夫が言うには、義祖母は義母や夫に毎年百十万を振り込んでいるらしい。贈与税のかからない限度額ということだ。趣味を堪能しているように見えて義祖母はまだまだお金を余らせているらしく、遺産に相続税がかかるのであれば今のうちから少しでも節税しておきたいから始めたのだ。

 そんなに余らせているなら私も欲しいと思うのだが、義祖母は絶対に断るはずと美佐子は確信した。美佐子は義祖母に好意的に接してもらえてはいる。しかし、義祖母主催の親戚一同でご飯会のとき、義祖母の近くに座る夫や陽向と違い、美佐子は末端の席に座らされる。隣席や向かい合った外様たちとたいして盛り上がらない話を聞き流し、手前の方に座る夫が陽向を世話できているかしきりに覗き込むことしかできなかった。義祖母は表面的にはどんな人でも手厚くもてなすが、やはり血縁者を重要視するのが明らかであった。

 とはいえ夫も百十万を自分のものにしているわけではなく、ローンや自家用車にかかる費用へ出してくれているからさすがに美佐子も強く言うことができなかった。それ以降、夫がゴルフに行こうと陽向の写真をSNSに投稿されようと美佐子は夫と同じくヘコヘコするしかなかった。

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