祓星のステラ★スタディーズ : ~天才陰陽師♀、"血まみれ聖女"を嫁(弟子)にする。どうやらこの聖女、「陰陽師の才能」があり過ぎるようです~

桜川ろに

第1話 血まみれ聖女、毒牙にかかる


 ◇ ◇ ◇



「……"謙虚さ"、"思いやり"、"おもてなしの精神"……古くから私たち日本人の中には、そんな精神が引き継がれているんですね」


 微かに耳に届くのは、点けっ放しのテレビの音声だった。

 テレビ画面には異国の観光客をもてなす旅館の女将が映っている。日本人の伝統、引き継がれている精神性……テレビのレポーターが語るのは、大体そんなところだ。



 ──『死ね』『ブス』『早く消えろ』『お前キモ過ぎ』『ゴミ』


 学校の机には、油性のペンでそう書かれていた。クスクスと聞こえてくるのは、クラスメイトの笑い声だ。



 ──ビュウウウウ。


 風が顔面に吹き付ける。ここで、全てを終わらせよう。ビルの屋上で少女は靴を脱ぐと、縁の上に立つ。


 ……光あるところに陰あり。

 ……陰あるところに光あり。


 これは陰陽おんみょうの理であって、決してを否定することはできない。


 ──人の世はかくも美しく、そして醜い。


(……怖いコワイこわい! ああ、飛び降りるんじゃなかった……!)


 私は馬鹿だ。死ぬのは怖いことだって、飛び降りてから気づくなんて。

 痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。


 やがて来るであろう苦痛に、私は体を強張らせる。

 しかし──幾ら待っても、痛みはやって来なかった。 


「良かった、ちゃんと受け止められた……あなた、大丈夫?」


 驚いたことに、自分の身体には傷一つ無かった。

 私は恐る恐る目を開ける。


(あ……綺麗な人……)


 その姿はまさに「純真無垢な乙女」という言葉がふさわしかった。くりっとした可愛らしい目。長いまつ毛。穢れを知らない白い肌。

 化粧っ気がないにも関わらず一級品の美少女たり得ているのは、きっと元の顔の造形から既に完成しているからなのだろう。


 そう、天使だ。まるで天使のような人だった。


 ……なのだが。



 ──血。血。血。



 ……その額からはドクドクと血が噴き出ていた。


 しかもその勢い的に、明らかに致死量の!


「良かった……大丈夫みたいね」

「そっちこそ大丈夫ですか!? 血がドバドバ出てますけど!?」

「ああこれ? 多分大丈夫……」

「絶対大丈夫じゃないですよ!? ごめんなさい、ごめんなさい! 私のせいでっ!」


 猛烈な勢いで謝る私にまるで聖女のような笑みで返すと、優しく地上へと降ろす。


「靴、履いてないわね。私の靴を貸してあげるから。命は大切にね」


 そして彼女は自分の履いている靴を脱ぐと、私に履かせた。聖女のような──というが、これではほとんど聖女そのものだった。


 ……少なくとも、助けられた私にとっては。


「あのっ! ありがとうございますっ! そ、それと、もう二度とこんなことはしませんっ!」

「その様子だとこっちの方も大丈夫そうね。……それじゃあ私は帰るから、お気を付けて」


 そして"血まみれの聖女"は、静かにその場を立ち去る。


 少女を助けた彼女の名前は『天草 茜』。その首元には、"真紅のロザリオ"が揺れていた──



  ◇



 ここは平和の国、日本。

 時はグレゴリオ暦2024年、現代。


 そして私こと天草茜は、住宅街の道路をとぼとぼと歩きながら、一人ため息をついていた。


(うう……わ、私は意気地なしですっ。せっかく助けたんだから、もう少しお話とかすればよかったのに! ついカッコつけちゃったりして。はぁ……可愛い女の子だったから、もっと仲良くしたかった……)


 ──天草茜はコミュ障だった。


 人に声を掛けるのが苦手で、人と唯一普通に接することができるのが人助けをしている時だけ。

 自分の身の危険も顧みず人助けをする、そして結果大怪我をしてしまう。そんな私に付いたあだ名は『血まみれ聖女』。あまり可愛いあだ名ではないと思うけど、それでも自分では結構気に入っている……のだが。


「ママー、何あれー。血まみれのお化けかなー?」

「シッ、見ちゃいけません!」


 小さな子供が私のことを指さし、母親に視線を遮られる。

 ……ああ今日も、周りの視線が痛い。


 御浦の町を歩いていると、小さなアパートが見えてきた。

 あれが今、私の住んでいる場所だ。通っている大学からも徒歩圏内で、その上家賃も安い。その代わりに築何十年とかで、所々建物に傷みが目立つのが玉にキズというそんな物件だ。


 そして私は誰も居ない自宅のドアを開ける。


「うう……社会って辛い……」


 そう呟くとベッドの上に倒れ込んだ。このところずっと体がだるい。かのような……。


 私は首から下げていたロザリオを外してお守りのように握りしめる。十字架の付いた真紅のロザリオ、これはお爺ちゃんの形見だった。

 お爺ちゃんに教えられたことは、今でも昨日のことのようによく覚えている。「何か一つだけでいい、大事な事を信じ抜くんだ」って、口癖のように言ってたっけ。


 そして私が信じたのは、「自分のできる範囲で人助けをすること」だった。

 拾われっ子だった私を助けてくれたのは、悪太郎お爺ちゃんだ。人は誰しも助け合って生きている。今度は私が誰かを助ける番だから……


「……茜、お前にこのロザリオをやろう。この先どんな不運があっても、このロザリオがきっと吹き飛ばしてくれる。なんせかく言うこの俺も、何度このロザリオに救われたか分からんからな。俺が居なくなっても、元気でいるんだぞ……」


 そう言ってロザリオを私に託してくれたお爺ちゃん。

 お爺ちゃんには不思議な力があった。医者でもないのに他人の病気や怪我を治したり、怪奇現象がらみのトラブルを解決したり。


 でも私は血が繋がっていないこともあって、他人より多少傷が治りやすいぐらいで。お爺ちゃんのような強い力はなかった。だからお爺ちゃんは、私にこのロザリオを遺してくれた……と私はそう思っている。




「あ……封筒が届いてる。どこから?」


 郵便受けを見ると、見知らぬ差出人の封筒が一つだけ入っていた。

 差出人の住所は、『丑三日月郷』……読み方は『うしみかづきごう』、だろうか。聞いたことのない場所だ。



 ──丑三日月郷、移住者大募集。

 ──移住者には先着で、無償で衣食住を保証します。



 ふむふむ。地方の過疎地が、地域活性化のために移住者を募集している……みたいな話だろうか。


「なんだかものすごーく、怪しいんですけど……」


 露骨だ。あまりに露骨すぎる。衣食住が無償だなんて、こんな美味しい話がある訳がない。特にこの私、『天草 茜』に限って。

 お生憎さま、こういう見た目をしてますけど、誰かも知らない人から届いた手紙を真に受けるほど私はのほほんとしていないので。

 そして私は手紙をゴミ箱の中に捨てようとする。


 しかし、その時だった。



「──この手紙に従え。そうすれば楽になる」



 ここは自分以外誰も居ない部屋の中。

 なのに誰かの声が聞こえてきたような、そんな気がした。


 


 そして私は謎の言葉に導かれるまま、目の前の契約書に自分の名前をサインしてしまった。



 ──そして私は今、見知らぬ家の中にいる。

 ──奥の部屋には、私のお見合い相手がいる。


 !?


 丑三日月郷、御影村。ここは周囲を山に囲まれた盆地に位置する、土と草と木ばかりの寂れた田舎町だった。


 封筒に入っていた乗り換え案内と地図と睨めっこをしながら、それに従って移動すること六時間。

 道中苔むした岩肌と、白の水しぶきが健康的なマイナスイオンをこれでもかとまき散らす見事な滝なんかがあったりして。

 あの……ここ、どこの秘境ですか? と思わずキョロキョロと挙動不審の私を村で出迎えたのが、案内役らしき老夫婦だった。


 どうやら私の知らない内に、話が色々進んでしまっていたみたいで。


「……それでは、あとはお若い二人で」


(え? え!? い、一体、何が起こっているのでしょうか……!? お、『お見合い』って……唐突過ぎて理解不能ですっ……!)


 思えば『あの封筒』が届いてからここ数日、私はボーっとすることが多かった……気がする。

 もしかして、その時私が変な返事をしてしまったのでしょうか?


「……困りました。本当に困りました。これが田舎の『地域活性化策』なのですね。どうしましょう、お爺ちゃん……」


 私は薄暗い廊下の隅で縮こまりながら、祈るように手を組んで考える。その姿はさながら「聖母マリア像」のようだった。


「決めました。申し訳ないですけど、断りましょう。話が急すぎます。……勇気を出せば、何とかなるはず……」


 私はコソコソと身を隠しながら、ほんの少し向こう側が見えるくらいに小さく襖を開けた。そして小さく空いたその隙間から、向こう側にどんな恐ろしい妖怪がいるのだろうと、恐る恐る覗き込む。

 

 そして──その瞬間、『』が起こった。



(っ……! なにこれ、貧血……? じゃ、ないみたい……ううっ、体が……)


 辺りに甘い香りが微かに香ったかと思うと、私の体から力が抜け、くらりとする。

 この感覚……少しだけ、覚えがある。

 それは過ぎ去った遠い昔の記憶。お爺ちゃんが怪奇現象を解決する時、いつも少しだけ甘い香りがするのだ。


「霊力の"匂い"が分かるのか。茜、もしかしたら才能があるのかもしれんな……」


 その時お爺ちゃんはそう褒めてくれた。

 でも……どうして今、私はそんなことを思い出しているのだろう。そして私の眼がゆっくりと閉じていく。


 意識を手放すその直前に、私が目にしたのは。



 ──飲み込まれるように綺麗な、"深紅の瞳"だった。


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