第4章 血族 第17話

 陽はまだ高く見上げる空には雲も殆ど浮いていない。

 官庁舎で指揮を執るベルナルドはゾンビ達から壁を死守する騎士団を鼓舞し続ける、矢も尽きたがゾンビの足を止められるのならと石であろうが何であろうが構わず壁の上より投げさせた…


ベルナルド(オリビア達も頑張っているのだ…)


 ベルナルドは遥か南に見える紅い霧が何であるかを知る数少ない一人だ、実際に眼にするのは初めてだが昔オリビアから聞いたことがある…『バンパイアの王がバンパイア族を守る為の最終手段』だと。


※※※


 バカ隕石は刻一刻と地表との距離を縮め、ライオネルと言う枷を失ったゾンビ達は生き物だけでは無く建物であろうが家具であろうが見境を無くした破壊モードへと移行していた。


ヴィンス「良いだろう貴様の口車にのってやる!」

ベクター「…クククッ良かろう!此度だけは手を貸してやろう!(チッ!グズグズすんなし!私まで巻き添え喰らうではないか!!)」


 ベクタースカルは散乱する核の欠片をスカルの額に載せ詠唱を始めるとスカルの頭蓋の上に魔術紋が二段三段と積み重なり金色の柱が上空へと走った。

 柱が上空へと消えると魔術紋から先ほど霧散した筈のライオネルの身体が頭の先から徐々に湧き続け腰の部分まで湧き出ると其処で動きは止まった。


ラヴ「下半身が無いけど良いのかしら!?」

ベクター「あんなの飾り…下半身などは要らぬは!わざわざスカルから離れて寄生し直すよりこの方が早かろうが!」


 ライオネルの上半身はスカルドラゴンの額から角の様に突き出た状態である、骨伝いに寄生したいベクターには都合の良い格好だった。

 

ベクター「では参る!雑魚ゾンビ共が私の邪魔をしない様に周りを警戒しておきなさい!」

ヴィンス『全員聴いての通りだ!頼む』


 ヴィンスの指示でワンチームの面々は不測の事態に備えてスカルドラゴンの周りに散らばる、ひょんな事からベクターを護衛する事態となったのである。


ベクター「あーあー…僕ライオネル!魔術士だよ!僕が馬鹿でゴメンナサイ…」


 スカルドラゴンの額の上でライオネルの身体が操り人形の様に両手を挙げたりお辞儀をして言った。


ラヴ「お前ふざけとらんで早うせんかい!!」

ベクター「ふ…ふざけとらんわっ!感覚を掴まんとしとるだけだわ!!」


 ふざけていた訳では無いベクターはライオネルの両手をバカ隕石へ向け魔術の同調を試みる、そしてワンチームはベクターの邪魔にならぬ様にスカルドラゴンの周りでゾンビ達を足止めしていた。


ベクター(グヌヌヌ…中々同調せんな…)

アスル「オリビア!シッカリして!もう少しの辛抱よ!」


 性も根も尽き朦朧とするオリビアは薄れ行く意識の中で幸せだった幼い頃を思い出していた。

 キャンベル一族はオリビアから見て四代前の当主が当時のバンパイア王の妹を娶った事でバレンタイン一族と血縁となった、バンパイア王が当時下級層であったキャンベル一族に妹を嫁がせたのはキャンベル当主の才能を認めたからだ。

 理由はどうあれ王族の末席に加わったキャンベル一族はバンパイア王の為にバレンタイン一族の為に遮二無二働いた…例え汚れ仕事だとしても、それは三代後のオリビアの両親の代でも変わらなかった…王の血族としての責務なのである。

 最後の王・フェルディナンド・バレンタインは魔族軍に反旗を翻し人族と同盟を結び滅びたのだがオリビアの両親はフェルディナンドに誰よりも忠誠を誓いフェルディナンドと城で最期を共にしたとオリビアは伝え聞いた。

 父と母は血族の責務からフェルディナンドに強制され謀反人に名を連ね滅んだと信じていた、伝え聞いた事など真っ赤な嘘だと頑なに拒絶していた。

 オリビアが意識を失う…バカ隕石の落下を辛うじて抑えていた紅い霧が徐々に薄まり消えてなくなった…


『ドォォォンッ!』


 そんな衝撃音が聴こえたわけではない、たがそんな音が頭の中に響いたと思わされる程にバカ隕石は急激に落下速度を上げた。


ラヴ「ど!ど!どうすんのよさ!」

ベクター「グヌヌヌ…同調せんのだ!私も此処までの大規模魔術は初めて…何かコツの様なものはないのか!?」


 今はまだ雲の高さにあるバカ隕石は先程までとは違いその姿をグングンと大きくしてゆく…此方に向かって落ちているのが誰の目にも明らかだった。


ラヴ「丹田よ!丹田!魔術士に聞いたことがあるわ、其処に魔力や力を集中するのよ!」

ベクター「そんな事は疾うにやっている!」


 バカ隕石は更に落下速度を上げているのであろう、最初は人の頭の大きさだった影が今は成人男性程の大きさに膨らんで見える。


ヴィンス「力の入れる感覚が大事なんだ!」

ベクター「どんな感覚なんだ!教えろ!」

ヴィンス「……いや…あれだ…こ…股間を蹴られた時の…感じだ…」

ラヴ「…股間…蹴られた…!解ったわよ!!」


 男性諸氏ならおわかり頂けるであろう…『ヒュン』である。

 そこの貴方!これは異世界での話である、現世で試しても魔術は発動しないので試しても無駄ですよ!


ベクター「こ…高貴は私にそんななどがわかる訳が無かろう…が…?!」

ラヴ「あんたセントルアのコロッセオでアスルに喰らったでしょうが!」


 以前の魔石密売事件の折にセントルア王国のコロッセオに誘い込まれたヴィンス隊は稀有な存在である混血種アスルを拉致しようと目論んだベクターと抗戦している、その際にベクターは人生初のを経験していたのである。


ベクター「グギギギギ!そうだ思い出したぞ小っパイ娘!あの時はよくも!」

アスル「お前!もう一度殺ってやろうか!!」


 こんな時なのに二人は睨み合う…


ヴィンス「二人とも状況を考えろ!ベクターあの時の感覚だ!」

ベクター「…くぅぅ…私としたことが…お前の始末は後だ…ヒュンだな…ヒュンだ…ヒュン…hyun」


 気を取り直したベクターはを思い出しながら丹田への集中を始めた!


ベクター「…これか!?…きた!きたぞ!同調したぞ!」

ラヴ「なら早くアレを停めなさいよ!」


 落下速度をグングンと上げてバカ隕石が地表に迫る!


ベクター「…い…勢いがつき過ぎたのか…停まらん…」

ラヴ「なんですと!?」

ヴィンス「な…なら方向を変えろ…海だ!海の方に!」

ベクター「えーいっヤケクソだ!アッチいけーっ!!」


 ライオネルの身体だけでは無くスカルドラゴンさえも両手を振ってのポーズをとっていた!

 この時ナルバに居る全ての人心がと一つになった、恐らくゾンビ達でさえ思ったに違いない!


黒傷「…そ…それ始めたぞ!」


 落下するバカ隕石は初めは微かに…今は徐々に海岸線の方へと流れ始める…


ベクター「ヒィィィ!アッチいけ!アッチいけーっ!!」

『ゴゴゴゴゴゴゴォォォ』


 誰もが間に合わないと思った…頭の上まで迫ったバカ隕石は城のように巨大で陽の光を遮り辺りは暗闇と変ずる…

 官庁舎から観ていたベルナルドや騎士団達は巨大な隕石が横切る様を見て放心するしか無かった。

 そのバカ隕石がナルバの街の頭の上を掠めて轟音と共に海岸線の方へと流れていき海へ着水する!

 海面ではバカ隕石の熱で蒸発した水蒸気と海水が衝撃で噴水の様に立ち昇った!津波も発生はしたが防御壁を含む街の外壁のお陰で街の中はそれ程影響を受けずに済んだようだ…


アスル「助かったのね…」

ラヴ「間一髪ね…」


 空高く打ち上げられた海水が降り注ぐ中、歓喜に沸くナルバに取り残された人達やワンチームの面々…それを横目にベクターは隙を伺い静かにフェードアウトを開始していた。


ローサ「みんな!スカルドラゴンが!!」

ベクター「クククッ…クククッ…アーハッハッハッ!愚民どもサラバだ!ライオネルの身体も手に入ったからな!」


 街の外壁まで辿り着いていたベクタースカルは高笑いしながら壁をよじ登る!

 しかしそんなベクターを注視警戒し続けていた男がいた!


黒傷『逃がす訳が無かろう!隊長さんよ後は頼んだぞ…これが聖属性付与の断罪コンデムネーション!』

ベクター「コイツいつの間に!?させるか!」

ヴィンス「黒傷!!」


 遮二無二手脚をバタつかせるスカルドラゴンの真上に現れた黒傷の両手には白く輝くデスサイズが握られている、振り降ろされるデスサイズの軌道上には黒傷には似合わない虹のように七色に輝く光跡が伸びスカルの腰骨の繋ぎ目の魔力糸を一刀両断し其処に寄生虫ベクターの実体がみえたのだが!


黒傷「ガハッ!」

ヴィンス「黒傷!!」

黒傷「俺に構うな!ここで決めろ!」


 断罪コンデムネーションを放った黒傷は先刻の発言通り動きが止まりスカルドラゴンの攻撃を躱せずに喰らってしまったのだ…胸に風穴が開くほどの…


ヴィンス「…ここで決める!」


 ヴィンスのその身体は金色に発光しベクターへと迫るそのスピードは音速を越える!フラッシュライトの様に点滅するたびに瞬間移動するかの如くスカルドラゴンの攻撃を躱しながら急接近する!


ベクター「くそっ!過放電オーバーディスチャージ! 」

ヴィンス「これがからの!雷牙ライガ!」


過放電オーバーディスチャージをも難無く躱しながらベクターの実体に迫ったヴィンスが右腕を一杯に伸ばすと指先から金色の光線が真っ直ぐにベクターの実体を貫く!


ベクター「ギッギギギギギ…」


 雷牙ライガとは雷を纏った剣の様なもの、感電させながら毛先ほどの小さな穴も逃さず貫きその傷は焼け焦げる。

 黒焦げたベクターは異臭と黒煙を撒き散らしながら腰骨の空洞からずり落ちた…ベクターの実体は微動だにしない…

 寄生虫ノーマン・ベクターは死んだのだ。

 


 

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