TOMGIRL

掃き溜めに駄犬

第1章 ロックウェラ事件

 炭鉱の街ロックウェラ、イリス王国の王都から北東に馬を丸2日程走らせると『ゴッズジャッジメント』と呼ばれる巨大な地割れが有った。

 幅は数十メートルから2キロ程とバラバラだが全長は東西に10キロを越える巨大な地割れだ、この地割れの側面より掘り進むと鉄鉱石と石炭が豊富に採れ、更には稀少である魔石も採れるために100年近い昔から鉱山の街ロックウェラとして栄えていた。


※※※


 ロックウェラの街が静かに眠る時刻、地割れ側面の無数にある出入口の一つから二つの人影が何者かから逃げる様に駆け出してきた。


アスル「ローサ!足場だ左へ進んで階段で上へ!」


 相棒のローサを先に行かせたアスルは今出てきた坑道の奥に向かって指先を向けて叫ぶ。


アスル「ダークバレット!」


 そう叫ぶやアスルの指先から黒い弾丸が飛び出す、弾の向かった先では悲鳴と共に追手の動きが一瞬だが止まった。


ローサ「アスル早く!」


 階段を上まで上がれば地上(地割れの外)なのだ。


追手の男「クソ!これでも喰らえ!」


 追手の男は階段の中頃を駆け上るアスルに向かって橋の向う側から詠唱を始めた!それに気付いたアスルは男に向かって指を向けた。


アスル「やらせない!」


 アスルは男に向かってダークバレットを放つと黒弾は男の膝を直撃した。


追手の男「ファイヤーバーニ…ガアッ!」


 膝を砕かれた男は詠唱を中断出来ずに後ろへ倒れたまま魔法を放ってしまっていた、アスルは倒れて動きの取れない男を見てこれ以上は追ってこれないとまた階段を登り始めた。


アスル「ローサ、帳簿は?」

ローサ「無事だよ」


 ケラケラと笑いながら左手に持つ帳簿を振ってみせていると次の瞬間地響きと共に大きな爆発音が鉱山に鳴り響いた。

『ドオオォォォン!』

 アスルとローサが地割れの方を振り返ると大きな火柱が上り周辺の木製足場を吹き飛ばしていた、追手の男が倒れながら放った火炎魔法が火薬に引火したのだろう。


ローサ「あちゃぁぁ……」

アスル「…………」


 二人は青ざめて見つめ合い街の方へと振り返ると見なかったことにして再び駆け出した。


アスル「と……兎に角一度王都へ向おう」


 ローサが頷くのを確認し街に向かって振り向いたその時!二人の目前に大きな火の球が迫ってきた!


ローサ「アスル!下がって!」


 ローサはアスルと火の球の間に割込むと愛剣『ローズウッド』で火の球を一刀両断にする!


アスル「ファイヤーボール?!魔術師か?!」


 二人が術の発動された方向に目を凝らすと、そこには数本の松明の明かりと等しく銀色の甲冑を装備した人集りが視えた。


ローサ「……王国騎士……?」

アスル(鷹の紋章が何故?!)


 二人が身構え動きを止めた一瞬だった。


騎士らしき男「小汚いこそ泥が!放て!」


 号令と共に複数人の魔術師達が一斉に詠唱を開始した。


アスル「ヤバイ!逃げろ!」


 二人は今来た方向(地割れ)へ駆け出した。

 逃げる二人の背面に様々な系統の魔法弾が放たれ迫ってきた!


アスル「ローサ底に飛んで!」


「ドゴゴォォォ!」

 火・水・土・風すべての系統が各々を干渉しあい二人の背後で大きな爆発となった。

 黒煙と土煙が舞い上がり落ち着いた頃には二人の姿は無く消えたその場所にはススで汚れた一冊の帳簿だけが置き去りにされていた。


騎士の長「取り逃したか……それは私が預かる証拠品になるやもしれぬ!他の者は二人の行方を追え!」


 団長らしき男の号令で隊員達は散開して二人の行方を追っていった。


※※※

 

 イリス王国は大陸の南半分を有する大国である。

 北東には長年にわたり衝突と休戦を繰り返してきたムーア帝国があり、北西には幾つかの中小国があった。

 イリス王国王都イリスノリアは大陸の中央を横断するカザフ山脈の南側(大陸のほぼ中央)に有り、山脈から流れる豊富な水は河や湖となり街に繁栄をもたらしている、人口は50万人を越える世界一の大都市で文化・経済の中心都市として長年にわたり君臨してきた。


 王都の中央に位置する広場の一角にアスルとローサが所属する冒険者ギルドが有った、一階にある受付には依頼を受注する者達でごった返している。

 その建物の二階にあるギルドマスター執務室のドアが来客を告げる為にノックされた。


マリー(秘書)「マスター失礼します、王国第一騎士団長フロイス様がお越しになられました」

フロイス「失礼するよ」


 この王国にはおよそ1000名近くの騎士が居るがその頂点に立つ騎士団長三名のうち最強を謳われる男が今回訪れた男『ロイス・フロイス』だ。


ガルバン(ギルドマスター)「これはこれは、ロイス殿の様な高貴な方がこの様な下賤な処へいかようで?」


 丁寧に話してはいるが何かを含んだ言い方をする。


ロイス「今日来たのは先日のロックウェラ鉱山での事件に関してだ」

ガルバン「何故ロックウェラの事でうちに?」

ロイス「大方の察しは付いているのだろう?」


 ガルバンは何とか話をはぐらかそうとする、しかしソファに座りガルバンを正面から見据えるロイスの眼光は相手に一分の隙も見せない。


ロイス「ガルバン……お互い忙しい身だ!余計な事は考えずに正直に話せ……」


 ロイスは騎士団で、ガルバンは冒険者ギルドで、両名共にその道では名の知られた人物であった、しかしこの二人が王都に住みつくまで同じパーティーで冒険者をしていたと知る者は少ない。


ガルバン「……変わらんな……わかったよ………」


 ガルバンは一冊の記録書をロイスに渡し説明を続けた。


ガルバン「二人は七日前に別の依頼を終えた……その後の依頼受注等の記録は無い」

ガルバン「だが二人はその後何者かと話した後ロックウェラに向かった……その事は偶然みた数名の職員と一般市民から証言を得ている」

ロイス「…………」


 腕を組み目を閉じたロイスは沈黙を続ける。


ガルバン「その何者かは身元も足取りも不明だが身なりはしっかりとした人物だったらしい、事件との因果関係も不明と手詰まりだ!ギルドとしても更に調査をするつもりでは有る、だが俺は何年もあの二人を観てきたがあの二人が金にならない事をするとは思えないし俺自身はあの二人が悪党だとは思えない」


 ガルバンの話を一通り聴くと目を開いたロイスは立上りドアに向かって歩き出した。


ロイス「情報と言ってもそんなところか……お前には悪いが現状では悪党の可能性しかみえないな……たがお前が言うのなら……」


 ロイスはドアノブに手をかけて立ち止まった。


ロイス「……イヤ……協力感謝する……」


 ロイスは一礼して退室した。


ガルバン(相変わらずだなロイス……しかしあのお転婆共……)


 ロイスは子供の頃から変わらず余計な言動を嫌う、事務的なロイスに呆れたガルバンは立ち去ってゆくロイスの後ろ姿を窓から見つめるのだった。


※※※


 小窓からは森の木々を抜けて陽光が射し込んできていた。

 黒髪の少女はベットに横たわり丸2日眠り続けている、ベットの横には赤い髪の少女が椅子に座り看病疲れの為かウトウトと船を漕いでいた。


アスル「……………………」


 気が付いた黒髪の少女アスルはゆっくりと瞼を開こうとする、しかし窓から差し込む陽光が眩しく開ききれないでいた。

 自由のきかない身体に不安を感じながらもひとつずつ体の状態を確認する。


アスル(指は……腕、脚……動く……痛みもな……?!!)「痛っ!!」


 上体を起こそうとすると脇腹に激痛がはしった。

 その声に反応して船を漕いでいたローサが目を覚ました。


ローサ「アスル!目が覚めたのね良かった!」


 目を覚ましたアスルにホッとしたのかローサの眼には涙が溢れていた。


アスル「痛いっ!」


 起き上がろうとするが身体を捻ると傷口が痛んだ。

 アスルの肩をローサが優しく抑え横にさせる。


ローサ「動いちゃ駄目だよ!脇腹をケガしてるから!」


 ロックウェラで無数の魔法弾から逃げ延びる為にアスルとローサは地割れの底を流れる水流に身を投げた、激流に流される中でアスルは脇腹を負傷したようだった。


アスル「帳簿……ローサ帳簿と証拠品は?」

ローサ「証拠品は何とか無事だよ……でも帳簿は……」


 帳簿は爆風で飛ばされたときに手から離れた様だった、他の証拠品は革袋に入れてあったので無事だったのだ。


ローサ「それよりアスルは酷い裂傷だったんだよ!小屋のお爺さんに助けてもらえたから良かったけど!」


 アスルの左脇腹には10センチ程の傷があるが丁寧に縫合されていた、小屋の老人は狩人で獲物に傷を負わされた時は自らの手で縫い付ける事もしばしばあると笑って話してくれた。

 老人が用意してくれた温かなスープを頂き息をついたのも束の間、二人は今後について話し合わなければならなかった。


アスル「帳簿と証拠品を奪う所迄は問題なかった」


 当時の事を順序立てて整理しようと思ったのだ。


アスル「証拠品としては暗号だらけの手帳と書類、それにレア鉱石……」

ローサ「それにしても結構腕のたつ奴等が多かったね……」


 ローサは頬を膨らませながら難しい顔で当時の事を思い返していた。


アスル「鉱山を後にしようとした時に王国騎士団と鉢合わせた……」

ローサ「あいつ等容赦無くぶっ放してきたよね〜」


 ローサはケラケラ笑いながら他人事のように話した。


アスル(何故あの時あの場所に騎士団が……ハメられた?)


 現状では全ての人が敵にしかみえないアスルだった。


 アスルとローサは鉱山へ向かう前日依頼者の代理人に面会していた。

 代理人の話ではその日鉱山で極秘の取引が行われる事が判明した、取引には以前よりマークしてきたモーリスと言う男が現れる。

 モーリスは鉱山での取引内容の管理や帳簿係を務める男である。

 依頼はこの取引の内容を調べる事と、マークされていたモーリスが持っているであろう裏帳簿やその他の証拠品の奪取であった。

 話の内容から煩わしい依頼以外に何物でもなかったが高額な前金と成功報酬が約束された事、それにローサがやるときかなかった事で依頼を受ける事となり今回の事件へと繋がった。


※※※

 

 食事を終えてひと息ついていると小屋の老人が急ぎ足で小屋に駆け寄りドアを開けて入ってきた。


老人「山の麓に騎士団らしき男たちをみかけた!あんたらだろう!逃げるなら道案内するが?」


老人は肩掛け鞄に食料と水袋を詰めながら言った。


アスル「追手が……仕方無いお爺さん色々と恩にきます」


アスルは痛い脇腹を押えながらローサに肩を借りて立ち上がった。

 老人は騎士団が見えた方向と逆方向に歩き出し道無き道を進んだ、しかし道の無い山を進む事に老人は何の迷いもみせなかった。


ローサ「さすが狩人だね!」


 アスルに肩を貸しながら老人を見失わない様に付いてゆく、負傷したアスルの歩調に合わせてゆっくりと移動していたが老人が長年の経験で培ったルートは山の素人には気づくことすら叶わなかったようだ。


 どのくらい歩いたか定かでは無いが陽は大分傾きかけてきていた。


老人「此処までくればさっきの奴等には付いてこれまい、この先に地割れは有るが底が浅く渡りやすい場所が有る、渡った先の森を抜ければお前さん等の足でも2日もあれば宿場町に着けるだろう」


 老人はその方角を指差しながら二人に説明した。


ローサ「お爺さんありがとね!」


 ローサは屈託の無い笑顔で礼を言う。


アスル「助かりました」


 アスルは深々と頭を下げた。


爺さん「あんたらには昔の恩を返しただけじゃ!これも持って行け!」


 昔ギルドの依頼でこの周辺の魔物出没状況を調べに来た事があった、その時に足を負傷して倒れていたこの老人をアスルとローサが発見し助けた事があったのだ。

 老人はぶっきらぼうな口調で食料と水袋が入った鞄を突き出した。

 アスルとローサは山の中に消えて行く老人が見えなくなるまで頭を下げ続けた。


老人「やれやれどおしたものか……」


老人は二人への恩と王国民としての責務の間で悩んでいた。


※※※


 宿場町に到着したアスルとローサは代えの下着と必要な物を調達し宿屋で部屋を借りた。


アスル「取り敢えずひと息つけたね」


 傷口を消毒し包帯を新しく変えたアスルがローサに話しかけた。


ローサ「手当も終わったし美味しいモノ食べに行こうよ!」


 ここ数日乾いたパンとスープしか食べられなかったローサは宿屋の向いに有る酒場に行きたくて我慢ならない様子だった。


アスル「余り人目に付くのは避けたいけど……しょうが無いか……」

ローサ「行こうアスル!」


 嬉しさの余りアスルに抱きつきキスをしようとするローサを制しながら一度言い出すと聞かないローサにため息をついてアスルは承諾した。


 酒場は沢山の客で溢れていた、それもそのはずで王都から宿場町まで四日、宿場町からガムダーラまで更に三日はかかる、その為王都とガムダーラを行き来する旅人や商人は必ずこの宿場町でひと息つくのだそうだ。


給仕の亜人女「注文はお決まりですか?」


 アスルとローサのテーブルに注文を聞きに来たのは犬の亜人だった。

 この世界は殆どが人族ではあるが人族以外の亜人種が総人口の2割ほど確認されている。

 迫害を受けている訳では無いが少数種となればそれなりに差別的問題も表れる。

 イリス王国でも数年前より亜人種への差別等の禁止を法に定めたところだが他国では根強く差別意識が残っていたり奴隷として扱う国も少なくはない。


ローサ「鶏揚!それとエール!」

アスル「私は……ステーキを血が滴る程の超レアで!それと私もエールで……」


 ローサは酒好きでアスルは血が滴るほどの肉がすきだった。


ローサ「美味しぃ!やっぱ温かい肉じゃ無いと食べた気しないよね〜!!」


 暫く待って料理がテーブルに並ぶとローサは夢中でがっつき始めた。

 アスルは静かに半焼けのステーキに舌鼓を打ちながら周りの人達の噂話に耳を傾けていた。


商人「ロックウェラ鉱山の復旧はかなり遅れるらしいな、鉱物の価格が跳ね上がりそうだ」

旅人「鉱山が停止じゃあロックウェラの住人も大変だな」

冒険者「それも大変だが聞いたか?」

旅人「なんだ?まだ何かあるのか?」

冒険者「何でも長年採掘量が誤魔化されてたのが発覚して採掘管理を任されてた貴族が打首にでもなるんじゃないかって」

商人「それが事実なら陛下も大層ご立腹だろうな」

冒険者「まぁ下々の俺達には関係無いけどな……」

アスル(採掘量詐称だけ?証拠品を渡しに王都に戻りたいけど王国騎士に追われてる……でも遅くなる事で依頼人の身に影響しても困る……でもでも……)


 王都に行かない限りこれ以上の情報が聴けないのは明らかだった、しかしアスルはそのリスクと自身の状態を考えると王都へ強行する事に踏み切れないでいた。


※※※


 ロックウェラ事件から七日がたったこの日、王城の審議の間では一つの審判が下されようとしていた。

 各々の報告を精査し各大臣と有力とされる貴族からの意見も考慮した査問委員会はロックウェラ鉱山の管理者であるデルソーレ・ウィンザー伯爵を国家反逆の罪で処刑とし伯爵家の取り潰しを決定した。


ロンデリオン(色々な意味で無能な連中だな……)


 たった一人ロンデリオン公爵だけは判断を下すには証拠も不十分で早計すぎると反対したのだがその他の貴族の主張を抑えきれずウィンザー家を救う事は敵わなかった。


※※※


 明くる日の昼前、アスルは宿屋のベッドの上で傷痕の処置をしていた。


アスル(傷はほぼ塞がったな、さすがに安物ポーションじゃ傷痕までは消え切らないけど……)


 酒場に居た商人にポーションの余を期待したが王都で卸したばかりで他人に譲れる物がコレしか無いと個人用の安価なポーションを譲ってもらったのだ。


アスル(まだ内側に痛みは感じるが馬での移動なら問題はない……)


 昨晩酒場から戻ったアスルとローサは話し合いの結果この宿場町にも長居は出来ないと結論を出した。

 先ずは王都に戻り依頼人に連絡を取らなければならないと判断しそれに向けて行動する事とした。

 二人は王都にさえ潜入出来れば依頼人に連絡を取る方法と頼りになるツテを持っているのだ。


ローサ「只今!馬は手配出来たよ!」


 ローサは移動用に馬の手配をしに出かけていたのだ。


ローサ「ただ悪い知らせが有る!騎士団が街に来ている!猶予がなくなったよ!」

アスル「物資の方は?」

ローサ「パンと干し肉位は確保出来てる」


 まだまだ準備不足ではあるが二人は宿屋を後にし厩へ急ぎ足で向かう事にした。

 宿場町の出口付近にある厩までの街道は天幕が張られ色々な屋台が立ち並び多くの人が行き交っていた。

 人が溢れる街道を目立たぬ様に進むアスルとローサだったが、間が悪く二人は呼び止められてしまう。


騎士団の男「おいそこの二人待て!」


 アスルとローサは厩まで今少しのところで呼び止められそうになった。


アスル(まぁこうなるよね……)

ローサ「私に任せて先に走って!……」


 ローサはアスルを先に走らせると体術『加速』を発動し一瞬にして天幕を支える木材を数本斬り倒した。


騎士団の男「待て!!」

街道の人々「きゃあ!」「なんだ!」


 天幕が落ちてくると辺りはパニック状態となり騎士団の男も身動きが取れなくなった。

 何とか厩へ辿り着いたローサの目の前には準備の終えたアスルが騎乗のままローサを待ち構えていた。


アスル「ローサこっち!」


 もう一頭にローサが跳び乗ると二頭の馬は揃って駆け出した。


ローサ「危なかったね!」


 無邪気なローサはイタズラっぽく笑う。


アスル「気を抜くのはまだ早いわよ!……きた!」


 二人を追って先程とは別の騎士が馬で追いかけてきた。


ローサ「どうするアスル?迎え討つ?」


 鉱山以来鬱憤の溜まっていたローサは剣に手を掛けウズウズしていた。


アスル「今は駄目!そのまま進んで!」


 アスルは後方の騎士に右手の指を向けて狙いをつけた。


アスル(弱い目にしてあげるから死なないでよね……)


 狙いをつけたにダークバレットは騎士が身に着けている甲冑の右肩に当たった。


「ドンッ!!」

騎士「ガァ!!」


 甲冑が凹む程度で済んだが強烈な衝撃で騎士は落馬した、その音に驚いた馬は明後日の方向へと逃走していった。


ローサ「上手く行ったね!」   


 ローサはニカッと笑って親指を立ててウィンクをする。


アスル「やはり直線的に王都に向かうのは無謀だな……南へ迂回してから向おう!」


 アスルとローサは辺りに人が居ないのを確認すると王都への街道をそれて大きな森林の中を南へと向かう事にした。


※※※


 二人が宿場町を発ち三日が経った、森林を抜けて暫く平野を往くと峡谷が有りその峡谷を横切ると二人が目指す街ブランチが有るのだ。

 普段は静かな地域なのだが魔物が出る為に商人や旅人はこのエリアを通ろうとはしなかった。


「ドーン!ドーン!」


 森の中から凄まじい衝撃音が鳴り響きその音と同時に森の木々が打倒されていた。


「ぎゃあぁぁぁ!!」


 その衝撃音の前には叫びながら全速力で走るアスルとローサの姿があった。


ローサ「アスル!なんとかして!!」

アスル「何とか出来る状態か!」


 宿場町を出てから干し肉でやり過ごしていた二人だったが我慢の限界を迎えていた。

 そんな時ローサの眼前に猪型の魔獣ボアの子供が現れたのだ。

 アスルならば子供の近くには必ず危険な親も居るはずと警戒しやり過ごそうとするのだがローサは違った。


ローサ(肉!!)


 体術『加速』を使い子猪の背後に詰め寄ったローサはローズウッドを振りかぶったのだが。


ローサ「!!!」


 子猪のその向こう側に全長三メートル程の親らしき巨大な猪型の魔獣ビッグボアが此方を見据え地響きのような唸声を発していた。


ローサ「!!ヤバ!!」


 ローサは咄嗟に逃げ出したがアスルなら突然逃げ出しはしなかっただろう、何故ならボア種は背中を見せて逃げる者を追い掛ける習性があるからだ。


ローサ「アスル!逃げて!」


 逃げながら目の先に居たアスルに叫ぶ。

 アスルも一目で全てを察して走り出した、ボア種と追いかけっこを始めてしまうとひたすら逃げ続けるしか手が無いのである。


 森を抜けてしまい障害物が無くなるとビッグボアの速度は上がり続ける。


アスル「アンタ何とかしなさいよ!」

ローサ「無理無理無理無理!」

アスル「アンタが引き連れてきたんでしょ!」

ローサ「無理だって!あれだけ勢いついてたら斬るより先に弾かれちゃうよ!」


 森という障害物が無くなり速度を増したビッグボアはアスルとローサの二人を至近距離にまでとらえていた。


「トガッ!」


 二人がすり抜けた岩をビッグボアが粉砕した音だった。


アスル「もぉぉぉ!あの大岩に向かって走るわよ!」


 二人はすぐ後ろに鼻息荒く追ってくるビッグボアの気配を感じながら懸命に走った。


アスル「ギリギリで避けて!ギリギリよ!…………今だ!」


 岩山の直前で二人は左右に別れる、その直後平原に大音響が響き渡った。


「ゴオンッ!!!」


 岩山と激突したビッグボアはフラフラと千鳥足で後退して倒れた。


ローサ「今なら殺れる!」


 ローサは剣を片手にビッグボアにかけ寄る!


アスル「えっ?殺るの?!」


 アスルはしょうが無しにローサを追い掛けた。


「ズサッッ!」


 ローサの一撃はビッグボアの急所である首の下(腹)側を大きく斬り裂いた、ビッグボアは悲鳴を上げる間もなく息絶えたのだった。


ローサ「よっしゃぁっ!ビッグボアゲットだぜっ!」


 ローサはビッグボアの上に立ち剣を掲げ大喜びだった。


アスル「はぁぁ……」


 走り疲れたアスルは体内の空気を全てはき出す位の大きなため息をついた。


ローサ「お肉!お肉!」


 ローサは小躍りしながらビッグボアを解体しようとしている。


アスル「馬鹿ローサ!!」


 アスルは激怒して叫びローサはその声に硬直した。

 昨晩の就寝時、馬の手綱を大木に括り付けたのはローサだったが括りが甘く逃がしてしまっていたのだ。

 更には今回のビッグボア騒動だ!一つ間違えれば怪我で済まない事体になっていたやもしれない。


ローサ「怒んないで〜ごめんなさい〜……」


 実の所ローサは冒険者達の間では凄腕の剣士として有名である意味恐れられていた、しかし一方幼馴染のアスルにだけは昔から頭が上がらないのだった。

 コッテリ絞られたローサは泣きながらボアの後ろ脚を胴体から切り離していた、日も陰ってきたので今夜はこの場で夜営する事に決めた二人は持ち運べるだけの量を切り取りギルドで買い取ってくれるボアの牙を抜き取った。

 腹一杯にボアの肉を堪能した後は逃亡生活の疲れもあってか幸せそうに深く眠りに就いた事は言うまでもなかった。


※※※


 時は三日ほど遡る、王都からの勅令を携えて使者がウィンザー伯爵邸へ訪れた。

 邸内の一室には当主のデルソーレをはじめ妻のミレッタや愛娘サレンと従者達が皆涙ながらに当主への感謝と最後の別れを惜しんでいた。


デルソーレ「皆今まで尽くしてくれたこと心より感謝する……」


 別れを終えた従者達は主一家最後の夜の為に三人を残し退室していった。


デルソーレ「ミレッタ……不甲斐ない私を許して欲しい……」


 妻のミレッタを強く抱きしめながらデルソーレは言った、ミレッタは言葉にならない言葉でデルソーレを抱きしめ返していた。

 その傍らにまだ十歳に満たないサレンが両の目に涙をためて佇んでいる。


デルソーレ「サレン……愛しいサレン……最後の夜だパパに沢山キスをしておくれ……」


 デルソーレがサレンの顔の高さまで屈むとサレンは両手を大好きなお父様の首にまわし何度も何度もキスをした。


ミレッタ「貴方……私も一緒に逝きます……」


 サレンのキスを受けるデルソーレの背中を抱きながらミレッタが言った。


デルソーレ「ミレッタ……良いかいミレッタ!サレン!君達の事は義父上にお願いした、決して私の後を追おうとしてはいけない!どうか私の分まで幸せになっておくれ……それに……」


 デルソーレは何かを言いかけたが辞めた。

 最後の夜を家族三人で過ごしたデルソーレは次の朝には使者と共に王都へと旅立って行った。

 その哀しい後ろ姿を見えなくなるまで見送ったミレッタとサレンは僅かな従者と共に実父であるトーマス男爵領に向うのだった。


 ミレッタ一行がウィンザー領を出る手前で王都からの使者が待ち構えていた。


使者「ウィンザー伯爵夫人で間違いないか?!」


 使者としては甚だ強い口調で言い放ってきた。


エリオット(従者)「伯爵夫人の御前である無礼は許されぬぞ!」

使者「王都執行部よりの指令である!ミレッタ夫人及び娘のサレンは先ずはロンデリオン公爵領に立寄り執行部より沙汰が有るまでロンデリオン公爵の保護の下待機されたし!以上である!」


 エリオットの言葉に反応するでも無く眼の前に高く掲げられた指令書は確かに執行部からの物であった。

 デルソーレを連行して行った使者とは別の使者とは何故?と少し不審に思うミレッタだったが


ミレッタ「致し方有りません、命令に従いましょう……少し寄り道になる程度です」


 ロックウェラの事件以前は両家の間を行き来する程懇意にしてくれていた公爵である、悪いようにはならないはずとこの時のミレッタは思っていた。


※※※


 アスルとローサは背の高い岩山の上で一夜を過ごした、ビッグボアの死骸に肉食の獣が群がって来る可能性があったからだ。

 空が段々と白んできた、遠くに見える東の山の間から太陽が登り始めたからだ。


アスル(まぶしい…………)


 先に目を覚ましたのはアスルだった、ローサはまだ起きる様子も無い。

 アスルは岩山の上から今日進む積りの峡谷やその反対の方を見渡していた。


アスル(……?何だ?……)


 北の方角から峡谷の方へ馬車が似合わない速度で向かって走って来ている。


アスル(貴族の馬車……)


 無駄に飾った装飾と家紋の様なマークがみえた。


アスル(此方に来るな……?!追われているのか?)


 馬車の後ろに数頭の馬が剣で切り合いながら進んできていた。


ローサ「ありゃ盗賊にでも襲われてるのかな……」


 アスルの肩越しに覗きながらローサが言った。


アスル「無視だな」

ローサ「助けよう」


 二人は同時に言ったが言葉の意味は正反対だった。


アスル「人目に付くのは駄目でしょ!」


 現在の二人の状態なら正論である。


ローサ「でも本当はアスルも見逃せないんでしょ」


 馬車の方向を共に見ている二人の顔は正反対!ローサはニコニコと笑っているがアスルは苦虫を潰した顔だった。


アスル「……もぉぉ!!」


 アスルは岩山を飛び降りると馬車の方へ駆け出した。


ローサ「そんなアスルが大好きだよぉぉ!」


 後を追って叫びながら飛び降りたローサだったが直ぐにアスルを追い越して行ってしまった。


  野盗に追われ三人の従者が馬車を追走しながら応戦していたが一人が首を切り付けられると抵抗虚しく力無く落馬した。

 相手の野盗は数を減らされたとは言えまだ十騎程は残っていた。


御者の男「奥様駄目です!これ以上は車輪が保ちません!」


 馬車は二頭の馬が引き全速で駆けるも車輪の方が限界を迎えていた。


ミレッタ「(逃げ切れませんか……)やむを得ません!馬車を停めなさい!」


 主人であるミレッタの指示で御者は馬車を停めた。


野盗「やっと諦めたか!」


 馬車が停止するのを確認した野盗達はグルリと遠巻きに包囲した、馬から降りた従者は囲まれ馬車に近寄れないまま口惜しそうに剣を構える。


ミレッタ「アニタ!サレンを頼みます」


 短剣を持ち震えているメイドのアニタにサレンの事を託すとミレッタは意を決してキャビンから降り立った。


ミレッタ「お金が必要ならば渡します!ですがこれ以上の狼藉はウィンザーの名の下に許しません!」


 ミレッタが出てきた事を見て野盗側も首領格の男が手下を引き連れ前面に出てきた。


野盗の長「金目の物は当然頂く!女は売れるが男は皆殺しだ!」


 野盗たちに慈悲などある筈もなく長の号令と共に全員で襲い掛かってきた。


従者達「痴れ者が!」


 僅か二人となった従者達は最後の気力を振り絞り応戦するが多勢に無勢である。

 直ぐに取り囲まれ従者の一人エリオットが左腕を切り付けられた、其処より離れてミレッタにも三人の野盗が迫り御者を切り付け押し倒す。


「ガキンッ!」


 ミレッタの構えた剣を弾き飛ばした野盗の長はそのまま剣先をミレッタの喉元に突き出した。


ミレッタ(貴方……)


 恐怖のあまり目を瞑った瞬間、一陣の風が砂塵を巻き上げた。


野盗の長「ガハッ……」


 そのうめき声を耳にしたミレッタは薄く目を開くと目の前に小さな空気の渦らしきモノがみえた。


「ズサッッ」


 次に音を耳にすると眼前まで迫っていた野盗の長は目を見開き口から吐血している、その後ろにほくそ笑みながら付いて来ていた部下二人は仰け反りながら地面に転がっていた。


「バスッバスッバスッバスッ!」


 かたや従者達の方では四回鈍い音が鳴り響くと周りで四人の野盗達が気を失った様に力無く倒れた。

 驚いて立ち尽くしているミレッタの前で小さな渦は回転を止めユックリと人の形に変わってくる、その影はミレッタに笑い掛けていた。


ローサ「安心して!助けてあげる!」


 そう言うとローサはミレッタに背を向け残りの野盗達の方へ身構えた。

 従者達の方では頭を射貫かれた四人を置き去りにし残りの残党は逃げ出し始めていた。


残りの野盗「ヒ……ヒィィ!」


 逃げる野盗達と従者達の間にサッと長い髪の少女が現れる。


アスル「見逃すわけないじゃん!」


 そう言うと逃げる三人の内二人は頭を射貫かれ残りの一人は背中を射貫かれていた。

 背中に当たった者は暫くフラつきながら歩を進めたが直ぐに力尽きて倒れた。


ローサ「アスル!まだ岩山に人影が!」

アスル(あの距離では届かないか……それに逆光で……)


 岩山の人影は暫く此方を観ていたが直ぐに逃走していった。


アスル(追ってこないことを祈るしか無いか……)


 アスルも岩山まで追ってみたが辺りに其れらしき影も見当たらなかった為に追うのを辞めた。


  先程迄の喧騒が嘘のように静まり返っている、先ずは気を取り直した従者のエリオットが口を開いた。


エリオット「君等は敵か味方か!」


 ほんの数秒間で十数人もの野盗を葬ってしまう得体のしれない二人に警戒は解けないでいた。


アスル「私達は見て見ぬ振りが出来なかっただけだから!じゃあ!」


 アスルは突っ慳貪に言い放つと背を向けて峡谷の方へ歩き出した。


ローサ「そうなんだって!じゃあね!」


 続いてローサは笑いながら手を振って駆け出した。

 立ち去る二人の恩人を呆然と見送る大人達に業を煮やした少女が大人達を押し退け二人にかけ寄る。


サレン「お姉様達!ありがとう!」


 今起きている現状に戸惑う大人達に任せておけずサレンが叫んだ。


ミレッタ「そ……そうね!お待ち下さい!」


 サレンの声に気を取り直したミレッタが二人を必死に呼び止めた。

 ミレッタは二人を呼び止めると何か飲み物出すようメイドのアニタに指示をした。

 その間に御者にはエリオットの応急処置を頼みもう一人の従者アルチュールには周辺の見廻りを指示した。


ローサ「貴族だよねぇ……」


 周りを伺いながらコッソリとアスルに呟いた。


アスル「馬車をみれば一目瞭然だった……面倒だな……」


 アスルは焚き火で湯を沸かすアニタの背を見つめていた。


ミレッタ「お待たせして御免なさいね」


 馬車の中から紅茶葉を見つけ出してきたミレッタは二人にそう言いながらアニタに葉の入った缶を手渡した。


ミレッタ「改めて先程はありがとう御座いました、生命の対価としては少ないけれどコレは心からの謝礼ですどうぞお受け取り下さい」

ローサ「えへへ〜……じゃあお言葉に甘えてぇ……」


 アスルの顔を伺いながらローサは手を伸ばした。


アスル「……要らない、私達が勝手にやった事だ……」


 その言葉にローサは謝礼を受取ろうと伸ばしていた手を咄嗟に要らないの手振に変更し照れ笑いで誤魔化した。

 ミレッタの横で(要らないの?)と言う顔でローサの顔を覗くサレンが何かを考えている。


アニタ「紅茶が入りました」


 アスルとローサに紅茶の入ったカップを手渡し頭を下げたアニタにアスルとローサも頭を下げ返した。


サレン「じゃあ良い考えがあります!そのお金で私達の護衛を依頼されてはどおかしら?お母様!」


 サレンはあどけなく笑うと手を打った。


ミレッタ「それは良い案ね!ではコレは手付けとして!無事街まで着ければ更に倍の報酬をお渡ししますわ!」


 同じく手を打ったミレッタが言う。


アスル「断る!紅茶も頂いたし私達はこれで失礼する」


 アスルに釣られて立ち上がったローサだったがミレッタやサレンを、次いで傷を負ったエリオットを見渡して言った。


ローサ「この人達困ってる……可愛そうだよ!」


 アスルの袖を引っ張りローサが上目遣いにアスルの顔を覗き込んだ。


アスル「これ以上の面倒事はゴメンよ!」


 振り返りもせずこの場を離れようとするアスルの前にローサが立ちふさがった。


ローサ「可愛そうだよ、アスルっ!」


 再び嘆願する顔をアスルに向ける、その顔を睨み立ち止まるアスルの手を後から小さな手がそっと握った。


サレン「御姉様お願い…………」


 不覚にもアスルは上目遣いで手を握る少女を可愛いと思う。


アスル「…………クッ♡…………」


 アスルは可愛い少女やローサのお願いには甘い自分を叱ってやりたかった。

 ローサは小さな頃から困った人を見つけると放おっておけない娘だった、アスルは小さな頃からそんなローサを放おっておけない娘に慣らされいた。


アスル「なら……ならこんな所で時間を潰している暇はないな」


 照れを隠したいのかぶっきらぼうに言い放つアスルだがその手はサレンの頭を優しく撫でていた。


※※※

 

 二人の護衛を得た一行は日が沈む前に峡谷を抜ける為にひたすら突き進んだ。

 陽の高い間は峡谷もそれ程脅威ではない、明るいうちは小さなラット系の魔物位しか見当たらないからだ。

 しかしついていない時には問題がたて続けに起こるものだ。


アスル「停めて!」


 御者の横に座っていたアスルが馬車を停めるように指示した、目線は前方の彼方先を凝視する、アスルは視力が他者よりずば抜けて良かった。


アスル「最悪だ……」

ローサ「アスルどうかした?」


 アスルの様子を見てローサも前方に目を凝らした。


ミレッタ「何かございまして?」


 馬車が急停車した為に心配したミレッタが窓から覗いて問い質した。


アスル「最悪です、これから全速力で突っ切りますが何があっても窓やドアを閉め切ってください!狼の群れです!」


 陽がある時間帯は暑さを避けて姿を見せないはずの狼たちが何かの気配に気付いたか馬車を遠巻きに囲み始めていた。


ミレッタ「解りました!貴女方に頼るしか無い私達をお許し下さい……」

アスル「ローサ!キャビンの上で迎撃して!私は手綱を持ちながら前方を撃つ!」


 云うやいなやアスルは馬にムチを打ち渓谷の出口へと馬車を走らせた。


アスル(狼だけならなんとかなるけど……)


 馬を走らせながらまだ包囲しきれていない狼の群れにダークバレットを乱射した、群れの内の数匹は運良く頭に直撃し倒れた。

 自分達に向かってくる馬車の迫力に一瞬怯んだ狼の群れだったが指示役の遠吠えが鳴り響くと一斉に襲い掛かってきた。

 狼達は馬車を囲む様に追い縋り次々と飛び掛かってきた。


「ズサッズサッ!!」


 飛び掛かる狼達をローサの剣が一匹また一匹と切捨ててゆく。


ローサ「アスルは前だけを見て!後ろは私が何とかするから!」

アスル「ローサ!頼りにしてるよ!(峡谷さえ抜けられれば……)」


 アスルは祈る様に手綱を握る。

 狼達からすれば全力で走る馬車を止める手立てとしては馬を狙うしか無い、しかし馬に飛び掛かっても届く前にアスルに撃ち落されるのだった。

 徐々に数を減らしてゆく狼の群れは諦めたのか次第に速度を緩めていった。


ローサ「諦めてくれたみたいだね」


 額から流れる汗を拭いながらローサは笑った。

 それでも馬車の速度を緩めることなく暫く走り続けたがアスルが何かに気付いて急に手綱を引いた。


ローサ「どうしたのアスル?」

アスル「最悪の最悪だ……ウェアウルフ……」


 アスルの顔は青ざめ嫌な汗が身体中から溢れ出てきているのを感じた。

 心配して窓から顔を出したエリオットもウェアウルフの姿を発見し全てを察した。


アスル「エリオットさん!馬車はアンタ達に任せる、私達が奴の意識を引き付けている間に方向なんて気にせずに全力で逃げるんだ!」

エリオット「しかしいくら貴女達でも………」


 言われたエリオットは片方の腕が未だ治癒しきれず戦闘に参加出来ずにいる自分の不甲斐なさに唇を噛み締めていた。


「アオォォォ!」


 止めた馬車の前方では見た目は狼なのだが二足歩行で巨躯の魔獣が雄叫びをあげていた。


『ウェアウルフ』その巨躯は人間の二倍〜三倍程あり体毛は硬く楔帷子の様に攻撃を防ぐ、更に両腕の長い鉤爪は鋼の剣の様に人の身体など軽々と斬り刻んでしまう。


ローサ「アスル!何か手はある?」

アスル「有るわけ無いじゃん……私達の実力じゃ見つかる前に逃げるしか生き残るすべは無い……」


 ウェアウルフは此方を凝視したまま動かないが動けないのでは無い、どの順番で蹂躙してゆくのかを思案しているだけなのだ、余裕である。


アスル(兎に角抗うしか無い……)


 アスルは周りの地形・状況等から切り抜ける術を考えるのだが一向に手立てを思い付けないでいた。


ローサ「私が引き付けるから!」


 アスルの指示を待たずにローサはウェアウルフに突進していった。

 二人がかりでも倒し切る事は不可能だろうと考えたアスルは今の自分達でも可能性が有るウェアウルフの視覚を奪う事に賭ける決意をした。


ローサ「どりぁぁ!」


相手が動く前にローサが雄叫びをあげながらウェアウルフに突進する、ウェアウルフは如何にも脆弱で狩られる側の獲物が向かってくる事に少し驚いた様子だったがローサの渾身の一振りをいとも容易く左腕の鉤爪で受け止めた。


ローサ(加速!)


 ウェアウルフは右手でローサの首を刈取ろうと振るもローサは身を伏せて躱した、ウェアウルフの攻撃を剣で受け止めたとしても弾き飛ばされ体制を崩される、下手をして転倒させられれば次の一撃は致命傷になるだろう。

 ローサは後手に回らぬ様に『加速』を多用し正面を避けながら手数で勝負する、しかしローサの攻撃はウェアウルフの鋼の様な体毛に弾かれダメージを与える事が出来ずにいた。


アスル(アイツは突進力は有っても横の動きは速くない、一瞬で良い動きが止まれば……それに早く決めないと……)


 視覚を奪うために眼に照準を合わせたいが動きが早く狙いをつけられずにいた。


 そんなアスルとローサの闘いを岩壁の上から観察している二人の男達が居た。

『ヴィンス・カーバインとラヴ・ガーナー』今朝の野盗との一戦を遠目に観戦し姿を消したのは彼等だった。


ラヴ「ヴィンスどうすんの?アレじゃ殺られちゃうわよ!」

ヴィンス「……背に腹は代えられないか……止む終えんな……」


 男達はそう言うとウェアウルフに向かって駆け出した。


ローサ(もお駄目……酸…欠に……)


 暫く善戦していたローサだったが体技『加速』は身体的なスピードを異常なまで上げてくれる、それにより攻撃速度や回避速度を上げられはするのだが注意しなければならない事があった、余りにも連続で使用すると心肺機能がついて行けず酸欠を起こしてしまうのだ。


「ピタッ」


 攻撃を繰り出していたローサの動きが余りにも突然に止まってしまう、顔は青ざめチアノーゼを引き起こしていた。

 突然の奇妙な間に驚き後へ下り身構えたウェアウルフだったが獲物は動けなくなったと瞬時に見破った。


アスル「ローサ!!『ダァァン!』」


 アスルは狙いをつけられないまま兎に角ウェアウルフに向かってダークバレットを放つしかなかった。

  ウェアウルフが右腕を大きく振りかぶり目の前の獲物を切り捨てようとした瞬間、自身の顔に向かって何かが飛んでくると察知し再び後へ下りその何か(バレット弾)をやり過ごした。


アスル「(避けられた!!)ローサァァ!!」


 アスルは悲鳴にも似た声で叫んでいた。


ローサ(あれ、私死んじゃうのかな……)


 ウェアウルフは獲物にとどめを刺さんとにじり寄ってきている。

 ローサがこれ迄と観念した時、ウェアウルフの更に向こうに動く影がみえた。


ヴィンス「雷(いかずち)!」

「パァァァッン」


 轟音と共にローサの眼の前でウェアウルフが光ったと思うと生き物が焼け焦げる臭いが広がっていく。

 一瞬の静けさがあった、次にウェアウルフから黒い煙が静かに登り始めた。


ローサ(何?コイツ焦げてる?)


 まだ動けないローサは焦げたウェアウルフを呆然と眺めるしかなかった。 


アスル「ローサ!そいつまだ生きてる!!」


 振りかぶっていたウェアウルフの右腕が微かに動き始めたのだ。


ローサ「だめ……まだ動けない…」


 酸欠を起こしているローサには迫るウェアウルフがスローモーションの様にゆっくりと映り、頭の中では死への秒読みの様に一つずつ減ってゆく数字が見えていた。


ラヴ「もお終わったんだよワン公!」


 ローサの目の前には再び動こうとしたウェアウルフが何者(ラヴ)かに羽交い締めされた。


ラヴ「アイアンメイデン!」


 その掛け声と同時にウェアウルフから無数の針の様な物が飛び出てきた。

 『アイアンメイデン』捕捉した相手に鋼の硬度になった伸びる体毛で全身を刺し殺す技だった。


 力無く崩れ落ちるウェアウルフの後から現れたのはタンクトップに短パンの髭オヤジだった。


アスル「ローサ!!」


 助かった事に安心してへたり込んだローサにアスルは駆け寄っていった。


アスル「助けてくれてありがとう、でもあなた達……」


 アスルはローサの肩を抱きながら兎に角礼を言った。


ヴィンス「行くぞ!」

ラヴ「……だって!じぁあね♡」


 そう言って男達はアスルの問い掛けに何も言わず去っていった。


ミレッタ「お二人共大丈夫ですか!」

サレン「お姉ちゃん達!さっきの人達は」


 心配そうに皆が駆け寄ってきた。


アスル「判らない……けど助かった……」

ローサ「アスル〜全身痛い!」

アスル「無事で良かった、無茶させて御免なさい」


 男達の加勢が無ければ何も出来ないままローサを見殺しにしていたであろう自分自身の不甲斐なさにアスルは涙を堪えられずにいられなかった。


ローサ「大丈夫だよアスル!いい子いい子……」


 全身の痛みに耐えながらローサは泣きじゃくるアスルの頭を撫でていた。

 九死に一生を得たとは言えこの場にユックリとはしていられない事は明白だ、一行は気を取り直し再びロンデリオン公爵領を目指して進んで行くのだった。


※※※


 ウェアウルフとの戦いから丸一日程掛けて進みロンデリオン公爵領の都市マリチュードに到着したのはその日の陽が西に傾きかけた頃だった。


エリオット「奥様、あれがロンデリオン公爵の御屋敷の様です」

ミレッタ「やっと到着したのですね」

エリオット「では私は門番に話をつけてまいります!」


 そう言うとエリオットは馬車から降りて門番の所へ駆け出していった。

 門番も事の次第を知っているようで確認を取ると門を開け屋敷の方へ案内してくれた。

 門をくぐると見事な庭園が出迎えてくれた、庭園の中央にある大きな丸い噴水を通り過ぎると綺麗な花壇が続いていた。


 ロンデリオン領にある都市マリチュードは大陸の南方で海岸線に位置し気候は温暖で人が住みやすい環境にあった。

 王国は大陸の真ん中に位置する、王国の東にある国も西にある国も王国を通らなければ行き来が出来なかった、大陸の中央に鎮座し交易の利権により繁栄しているのがイリス王国でありその経済の中心都市がこの交易都市マリチュードだった。


執事「お待ち申し上げておりました、執事長のオマールと申します」

オマール執事長「長旅でお疲れのところ申し訳御座いませんがミレッタ様とサレンお嬢様は執務室へ、主がお呼びするようにと……お付きの方々は大広間にておくつろぎください」


 アスル達が通された大広間には豪華な装飾品が所狭しと飾られている。


アスル(無駄に贅を尽くした大貴族の大広間って感じだな……)

ローサ「うわぁ〜凄いねぇ!お金持ちって感じだねぇ〜!」


 一つ一つが眼を引く絢爛豪華な装飾品にアスルは嫌悪感を抱きローサは単純に物珍しい品々に目を輝かせていた。


 一方のミレッタ夫人とサレンの方はロンデリオン公爵の執務室へ通され挨拶を済ませた後今後の事についての話が始まっていた。


ロンデリオン「ロックウェラでの出来事は残念でしょうがない、もっと私が目を光らせてさえいればこんな結末には至らなかったと深く後悔している」


 ロックウェラ鉱山はデルソーレ伯爵が中心となり営われていたが、ロンデリオン公爵も監査役として経営に携わっていたのだ。


ミレッタ「その様な事は仰らないでください!公爵閣下だけが最後まで主人を庇い立ていただいた事は聞いております……」


 溢れる涙を拭いながらミレッタは感謝の弁を述べていた。


ロンデリオン「昨日の今日で此の様な話を持ち出すのは時期早々なのは百も承知なのだが聞いてもらえるだろうか?」


 傷付き癒やされる間もない二人を前にロンデリオンは話し始めた。


ロンデリオン「今回の不幸の裏で国王にお願い申し上げている相談事があってね」

ミレッタ「相談事……ですか?」

ロンデリオン「そうだ!此度の件でウィンザー家が一旦取潰される事は免れなかった、しかし私は戦友でもあるデルソーレ・ウィンザーの血を絶やしてしまうには余りにも忍びないと考えているのだ」

ロンデリオン「そこで国王に上申したのだ、我が三男であるエノールをサレン姫と縁組し婿養子としてウィンザーの家を再興し継がさせていただきたいと」


 寝耳に水な話ではあったがミレッタにすれば代々引き継がれてきたウィンザー家が自分の夫の代で無くなる事は死しても償い切れない事と絶望していた事だった。

 そんなウィンザー家に公爵は手を差し伸べ続けてくれている、ミレッタに公爵からの慈悲を拒む理由など見当たるよしも無かった。


ロンデリオン「たがウィンザー家に領地を残す等は周りの貴族の手前許されない」

ロンデリオン「そこでウィンザー家を仮で継いだエノールには暫くロックウェラ鉱山の経営のみに従事してもらう、当然私も人の親!ウィンザー家には個人的にでも助力はさせてもらう、そこで実績を重ね国王や周りの貴族達が認めてくれれば元のようにとはいかずとも領主として取り立てて頂けるやも知れぬと言う話だ!」


 ミレッタは歓喜の余り号泣し嗚咽で言葉が出せなかった。



 大広間に通された従者一行は小一時間ほど待たされたが涙を拭きながらもにこやかに戻ってきたミレッタとサレンを見て安堵した。


ミレッタ「皆さんお待たせしてすみません、公爵閣下は快く私達を受入れ保護して頂けるようです」


 従者達はロンデリオン公爵領への長旅が本当の意味で終わったのだと心底安堵するのだった。


アスル「ミレッタ夫人!では私達はこれにて失礼します」


 アスルとしては少しでも王国公人から遠ざかっていたいと思っている。


ミレッタ「アスルさん!それなんだけど、閣下に旅の顛末を話したところ貴女達には閣下自らも御礼を述べたいので私達の歓迎を含めた晩餐会に出席して頂きたいとおっしゃるのよ……閣下の善意にお断りするのもどうかと思って……御免なさい」


 ミレッタとしては公爵の発言を拒否する事は出来ない。


アスル「あ……まぁ……」


 自分達が王国のお尋ね者だと暴露するわけにもいかず返事に困っていた。


ローサ「やったね!じゃあ今夜は豪華ディナーじゃん!」


 脳天気なローサは豪華なディナーを堪能出来るのだと大喜びである。


アスル「あ……でも私達……晩餐会に出られるような衣装も持ち合わせてはいないので……」


 何かと理由をつけて欠席したいアスルだったがそうは問屋が卸してはくれなかった。


オマール執事長「お嬢様方ご安心ください、お衣装は当方にて御用意させて頂きます……が、その前に皆様には旅の疲れを癒やしていただきますよう浴場の用意をさせて頂きましたのでご案内致します」


 有無を言わせずドアを開き手を指し示した。


サレン「御姉様方!一緒に入りましょ!」


 アスルとローサの背中を嬉しそうにサレンが押した。


ローサ「やった!お風呂お風呂!」


 今の状況を全く鑑みない、いや全く理解しないローサに呆れるアスルだった。


 入浴を済ませくつろぐアスルとローサの部屋へ衣装箱を抱えたメイド達を引き連れオマール執事長が入室してきた。


オマール執事長「ではおふた方には此方を御用意させて頂きました、後は此の者達が手伝わせて頂きます」

オマール執事長「用意がお済みになったら部屋へ御案内なさい」


 メイドの娘を残し執事長は部屋を後にした。


ローサ「凄いドレスだね!」

アスル「まさかこんな場所でこんな格好をさせられるとはな」


 ローサには白地にフリルをあしらったドレス、アスルには黒地でボディコンシャスなドレスが渡された。


 衣装に着替え部屋へ通され席について暫く待つとミレッタとサレンが案内され入室してきた。


ミレッタ「まあ!お二人共なんとお美しい!見違えましたわ!」


 ミレッタとサレンは着飾ったアスルとローサの変貌振りを自分の事の様に喜んでいた。

 暫く歓談していると執事長の紹介と共に館の主であるロンデリオン公爵がユックリと入室してきた。


ロンデリオン「皆さんお待たせしましたな」


 公爵は今でこそ好々爺を感じさせるが魔族軍との戦いでもその後の帝国軍との戦いでも常に武功を上げていた猛者であったらしい。

 年寄の自慢話ほど退屈な時間は無いと感じる一行ではあったが、交易都市マリチュードに相応しく王国外よりの珍しい食材を織り交ぜた料理に舌鼓を打ち、これまた王国外からの珍しい種類の酒類に皆が酔いしれていた。

 ロンデリオンは話の途中にアスルとローサの身の上話や、どの様な経緯でミレッタ達と出会したのか等探りを入れてはきたがアスルも上手く真相ははぐらかしながら受答していた。

 最後のデザートも食べ終え少しでも早くこの場を下がりたいアスルは壁際に鎮座する大きな時計に目をやった。


アスル「もうこんな時間!公爵閣下ミレッタ夫人!私達はそろそろ部屋へ下がらせて頂きます、この度はお招き頂き心より御礼申しあげます」


 アスルは早口にそう言うと酔ったローサを抱えながら寝室へと向かう、その様子を観ながら執事長へと目配せをするロンデリオンに気付かずに。


※※※


 部屋へ戻るとローサをベッドへ寝かしアスルは窓から見える景色に目をやった。

 館は小高い丘の上に建てられてはいたが、広い庭に立ち並ぶ樹木で街並みは見えなかった、ただ街から発せられる灯りだけは木々の頭越しにぼんやりと確認できた。


ヴィンス「交易都市ならではの料理は堪能できたかな?」

アスル「誰っ!」


 声がしたドアの方を向くとウェアウルフから自分達を救ってくれた男が一人腕組みをしながら此方を観ていた。


アスル「貴方あの時の!でも何故此処に?!」

ヴィンス「説明は後だ、それよりお前達がロックウェラから大事に持ち歩いている物は無事なのか?」


 アスルは急いで今の状況を分析するが少しの酔いが頭を鈍らせる。


ヴィンス「窓の外を見てみろ」


 ヴィンスは庭を見ろと言った。

 暗くて良くは判らないが幾つかの人影らしき動きが見えた。


ヴィンス「目標はお前等、目的は荷物、黒幕はお前達の素性に気付いた公爵、どうする?時間は無い俺を信用するか?」


 ヴィンスは簡潔に説明する。

 これだけの状況が整えられていれば、いくら鈍った思考回路でも答えはすぐに出た。


ヴィンス「答えも反応も上出来だ!物を持って俺について来い!」


 ヴィンスは発言しながら眠るローサを一瞥だけした。


アスル「駄目よ!ローサを置き去りにはしない、置き去りにするなら此の話は無し」

ヴィンス「……しょうが無い、早く起こせ」


 強く睨みつけるアスルの眼にヴィンスが折れてくれた。

 アスルがローサを叩き起こし隠してあった物を抱えるとヴィンスの後を追うように部屋を出た。


 部屋を出ると複数の男達が階段を登り迫って来ていた。


ヴィンス「俺が足止めする!この階の突き当りの右の部屋へ行け!」


 ヴィンスは男達の方を向くと右手を開いて前に突き出し静かに唱えた。


ヴィンス「タービュレント」


 掌から放たれた雷撃は乱れた蜘蛛の巣のように廊下一帯に拡がり追手の男達を感電させた。

 指示された部屋へ駆け込んだアスルとローサのもとへヴィンスが追いつく。


ヴィンス「窓から隣の建物の屋根に降りろ、屋根を真っ直ぐ進め!地面に降りても真っ直ぐだ!塀にぶつかるとその辺りに人が通れる穴がある」


 その方向を指し示しながらヴィンスが言った。


ヴィンス「街の東地区不夜街に『か……可愛い子猫亭』と言う店がある!そこへゆけ!」

アスル「アンタは?!」

ヴィンス「俺の事は気にするな、こんな事は日常茶飯事だからな」


 屋根へアスルとローサが降りるのを確認するとヴィンスは館の中に姿を消した。


※※※

 

 アスルとローサは路地から路地へと渡り歩き半刻ほどしたところで指定された『可愛い子猫亭』を見つけた。

 夜も更けていたがその一帯はまだまだ人が多かった、夜遅くとも欲望に飢える男達を満足させる為の店が建ち並んでいるからだ。

 子猫亭の入口には酔って上機嫌の男と店の女らしき二人がイチャつきながら話している、横をすり抜けて入口のドアを開けようとするとイチャついていた女が声をかけてきた。


女「あんたら何の用だい?冷やかしならお断りだよ!」

 突っ慳貪に言い放つ。

アスル「ミルクを差入に……」


 アスルは屋根に降りる際、ヴィンスに言われた通りに言った。

 女は訝しげに二人を睨んでいたが次の瞬間ニッコリと笑いカウンターに座るように耳打ちした。

 カウンターに座ると身長が二メートルは有る筋骨隆々なバーテンダーが注文を聞いてきた。


ローサ「私!エール!」


 ローサはマダマダ呑む気であった。


アスル「私はミルクの差入に来ただけだから」


 これもヴィンスが指示した通りに一言一句正確に答えた。

 暫くするとローサには泡まで美味しそうなエールが、アスルの前には陶器のコップに波々と注がれたミルクが置かれた。


アスル(……えっと……飲めば良いのよね……)


 ミルクが余り得意で無いアスルは目をつぶり鼻をつまんで一気に飲み干した。

 そこまではヴィンスに教えられた通りだったがその後は教えられていない。


アスル「……えっと……」


 不安な面持でバーテンダーを見るが向こうは知らん振りだ。

 アスルはどうして良いか判らず店内をキョロキョロとしだした、ローサは隣で何も考えずエールをゴクゴクと呑んでいた。

 暫くしても何も起こらなかった、眼の前では呼んでも返事すらしないバーテンダーがグラスを高く掲げては片目で覗き込むようにチェックしていた。


アスル「ちょっと!」


 痺れを切らして少し大きな声でバーテンダーを呼ぶと、これまたさすがにバーテンダーも痺れを切らしたのかアスルをひと睨みするとまたグラスを高く掲げてはチェックしだした。


アスル「……あっ!……」


 これにはアスルも気づいたのであろうコップの底を覗いてみた。


アスル「…………ご……ちそうさま……」


 顔を真っ赤にしたアスルは嫌がるローサの襟を掴んで二階へと上がっていった。


 二階に上がると真っ直ぐな一本道の廊下が有りその両ワキに等間隔で部屋へのドアが並んでいた。


アスル(えっと……208……)


 コップの底に書かれていた208の数字が部屋番号だと予想したアスルはローサを引き連れ208号室のドアをノックした。

 中からは返事がなかったのでドアノブを回してみると鍵は掛かって無かった。


女「きゃあ!」


 部屋の中央に大きなベッドが鎮座しその上に座っていた女が小さく悲鳴をあげた。


女「貴女達なに?!」


 女は少し怒った口調で問い質してきた。


アスル「御免なさい、私達ある人に言われてこの店でミルクを頼んだらこの部屋に行けと……」


 アスルは不安気に答えた。


女「ある人って?」

アスル「えっと……ヴィンスって人……」

女「……解ったわ!」


 女はそう言うとドアの鍵を閉めた後、何も無い壁に向かって呪文を唱えだした。

 呪文を唱え終わると壁がうっすらと光り無かったはずのドアが浮かび上がってきた。


女「どうぞ……」


 女はそれだけを言ってそのドアを開けるでもなくまたベッドに座り自分の髪を解き始めた。

 ドアを開くと直ぐに下りの階段が続いていて建物の二階分位降りるとまたドアが有った。

 ドアノブに手を掛けローサの方を振り向くと降りてきたはずの階段は消えそうにぼやけていた。

 アスルは意を決しドアを開けると小部屋でその中には見知った男が二人ソファにくつろいでいた。


ラヴ「アンタ達遅かったわね!待ちくたびれちゃったじゃ無いのよ♡」


 相変わらずのタンクトップに短パン姿のラヴが優しく二人を出迎えてくれた。


ローサ「ランニング親父!」


 ローサは反射的に口走ってしまった。


ラヴ「乙女に向かって何が親父じゃい!」


 先程とは打って変わってラヴは顔を真っ赤にして激昂した。

 ラヴはマッチョな中年オヤジだがわかり易く言えばオネエだった。


ヴィンス「もう良い、ややこしくなるからラヴは黙っててくれ」


 ヴィンスが激昂するラヴを制した。


アスル「貴方達には何度か助けられた、改めて礼を言うわ……ありがとう」


 礼儀をわきまえるアスルにラヴは頷きながらニッコリと笑っていった。


ラヴ「ちゃんとお礼が言えるのは良いことよ♡」

ヴィンス「ところでロックウェラについてのブツは大丈夫なのか?」

アスル「……先ずは貴方達が何者で何を企んでいるのかちゃんと話してくれないかしら」


 当然だった、名前以外の情報を知らない相手に機密事項は話せない。


ヴィンス「俺達は王国の役人だ、とある事件の容疑者として公爵をマークしている」

ラヴ「私達もロックウェラでの取引現場で証拠を押さえる予定だったのよ!貴女達の邪魔が無ければね!」


 ラヴはウィンクをしながら言った。


ヴィンス「君達をロストした後、ギルドや孤児院で二人の事は調べさせてもらった、我々は君達が巻き込まれた被害者だと思っている、君達の無実を証明するためにも協力して頂きたい、故に証拠品を渡してほしい」

アスル「それだけで貴方達を信用しろって言うの?確かに貴方達には何度か助けられたし敵では無いと思うけど……ダマされているのかもしれない……」


 言われた事を鵜呑みにしてもまだ信用に足るには至らなかった、生命が掛かっているのだから当然だ。


ヴィンス「アスル・フルニエ、フルニエは孤児院の院長の名字を貰った」

ヴィンス「まだ寝返りも出来ない頃に王都の北にある山中で冒険者に偶然拾われ孤児院に運ばれる」

ヴィンス「院では面倒見が良くシスター達の手伝いを率先して行っていた」

ヴィンス「成人(此の世界では14歳)すると6歳の頃に偶然覚えたスキルを武器として冒険者ギルドの門を叩き今に至る」

ヴィンス「……どうする?ローサ・フルニエの方も言うか?」

ヴィンス「俺達の狙いは飽くまでロンデリオン公爵だ、協力してくれるのなら君達に危害を加えるつもりは無い」

ヴィンス「更に言えば君達の立場を救えるのも此処で全てを終わらせられるのも我々しか居ないと思っている」

アスル「……貴方まさか私達が敵のアジトかもしれない様な場所に大事な切札を持ち込むとでも思っていないわよね……」


 アスルの言葉に一瞬ではあるがその場の空気が重くなった、男達は身動き一つしないがその重圧は今迄経験してきた窮地がまるで子供の遊びだったかのように感じられた。

 アスルはヴィンスの眼を真っ直ぐに睨みつける、選択を間違えれば此のさき命を落とす確率が極めて高くなる事を全身で感じていたからだ。


ローサ「アスル……私とアスルは一心同体だよ!」


 その冷静な口振りはいつもの元気だけが取柄のローサのものとは違った。

 暫く考えたアスルではあったが此の先眼の前の二人を敵に回して立ち回れる自信はみつけられなかった。


アスル「判ったわ!貴方達を信用する」


 そう言いながらアスルはバックをテーブルに置いた。


ヴィンス「切札は持ってきてなかったんじゃ無いのか?」


 少し嫌味を含めてヴィンスが口を開いた。


アスル「貴方達が本気になればいつでも私達から証拠品を奪えてたはず、それに私達だけじゃ既に手詰まりになっていた……シスター達にも内緒にしていた事まで調べ上げられるなんて……もお貴方達にかけるしか無いじゃん……」


 度胸を決めた女は強い、その眼は男達を信じると決めた強い眼だった。


ヴィンス「良い判断だ」


 ヴィンスはバックの中身を見ながら話を進めた。


アスル「書類の方は一目瞭然な物ばかりだった、但し公爵の名は一つも無かったわ」

アスル「でも一緒に入っていた会計士の古びた手帳、暗号だらけで怪しさ満開よ!手帳の最後に解読の鍵になるようなページが有るわ!……ただ今のところ何一つ解けていない……」

ヴィンス「解く鍵は手帳の方か……この暗号さえ解読出来れば……」


 ヴィンス、ラヴ、アスルにローサの四人は時間も忘れて手帳を睨み続けそして夜が明けた。


ヴィンス「クソッ!文章は明らかに何かの取引情報に間違い無いはずだ!」

ラヴ「でも、暗号を翻訳するキーが無ければ説得力も無いに等しいわね……もおこんな時間!珈琲でもいれるわ」


 地下室だった為に陽光は直接入ってこないが空気を通す為の小さな穴から微かながらの明りが見て取れた。

 ヴィンスとアスルもひと休憩と身体を伸ばす為に席をたった、早くから寝落ちしていたローサもそれに気付き慌てて起きると枕代わりにしていたバックがテーブルから落ちた、落ちた拍子に中にまだ残っていたガラクタが床に散乱した。


アスル「もお……ローサ……」


 アスルは床に散らばったガラクタをバックに戻す。


ローサ「アスルこれも……」


 アスルは手渡されたバックの底敷に違和感を感じ見つめていた。


アスル「(これ底敷……穴……!!)これ!底敷!!」

ヴィンス「うるさい!大声を出すな……」


よどおしで疲れたヴィンスが気怠そうに言った。


アスル「これ!底敷!穴!!」

ヴィンス「見たまんまだろ!底敷だよ!……穴?」


 ヴィンスは底敷を取り上げるように掴むと高く掲げ見つめた。


ヴィンス「穴か!」


 ヴィンスは最後のページに底敷をあてて穴の空いた文字を読み上げてゆく


ヴィンス「この文字をこれに置き換え此方はこれに置き換え!……こうすると文章が読めるんじゃないのか?!」


 文字を置き換えながら記載された文章を解読してゆく、皆の顔が明らかに晴れ渡った空のように明るくなっていった……が……


ヴィンス「なんだこれは……」


 文章を翻訳してゆくにつれてヴィンスの顔は青ざめていった。


ヴィンス「これじゃ黒幕はウィンザー伯爵と言ってる様なものじゃないか!!」

アスル「何バカな事言ってんのよ!貸しなさいよ!」


 ヴィンスから手帳を奪ったアスルがもう一度解読してゆく。


アスル(◯月◯日、レアメタル、量、取引額、ウィンザー……△月△日、レアメタル、量、ウィンザー……)


 暫く手帳に穴が空くように睨み続けたアスルの手から底敷が滑り落ちた。


アスル「何よこれ……折角解読出来ても……これじゃ私達が悪の片棒担いだ証拠にしかならない……」


 その時店先で見張りをしていた仲間のビレイがドアを叩く。


ビレイ「公爵から使いが来たわ!公爵邸で保護下にあった夫人をロックウェラ事件の関係者として処刑する事が決まったから急遽見届人として参加しろとのことよ」


 ヴィンス達が王国の公人と言うのは全くの嘘では無かったが少し事情が違う、表向きの所属こそは外交省なのだが実在は諸外国の情報収集及び諸外国が絡むような案件の調査・対応等を主とする言わば陰の工作員だった所属は国王直属諜報局『D.I.O.(ディオ)』と言う。

 その存在は表向きの外交省情報分析官として広く知られてはいるが裏の任務内容は王族と一部の上級貴族しか知らない、ロンデリオンはその内容までを知る数少ない一人でもあった。

 

 何とも言えない静けさが漂った、アスルの額には汗が粒のように湧き出てきた。

 眼の前のヴィンスとラヴはジッと此方を睨みつけるように観ている、状況が変わったのだ二人からすればロックウェラ事件の容疑者が証拠品を持って眼の前に座っているのだ。

 ヴィンスとラヴがお互いを見る、アスルは逃げ出すにはこの瞬間しかないと感じたが二人の発する重圧の恐怖から思うように動けなくなっていた。


ラヴ「貴女達には悪いけど此処で終わりのようね……」


 巨体のラヴが此方を見てユックリと立ち上がるとアスルとローサの方へ歩きだす。


ヴィンス「電撃!」


  ヴィンスの叫びにアスルとローサは目をつぶり身を縮こませた。


アスル(…………?何とも無い……)


 目を開くと眼の前では巨体のラヴが電撃で痺れ、頭の先から黒煙を上げていた。


ヴィンス「お前等!逃げるぞ!」


 ヴィンスはビレイを突き飛ばしドアを開くとアスルとローサを呼んだ。


ラヴ「アンタ……裏切るの……殺されるわよ………」


 階段を駆け上がる三人に聞こえるようにラヴが叫んでいた。

 三人を逃してしまったラヴがロビーへ降りると公爵からの使いの者が立っていた。


オマール執事長「ラヴ殿ですな!公爵邸執事長のオマールと申します、貴方方には見届人として公爵邸へ御招きするはずだったのですが揉め事ですかな?」

ラヴ「大丈夫よ!見届人役は私ラヴ・ガーナーが請負う!……ただうちのバカが裏切ったわ!」

オマール「事情はどうあれ公爵家からの命です至急対応頂きたい、歴戦の勇士ラヴ殿であれば主も納得されますでしょう」


 そう言うとオマールは待たせていた馬車に乗込み館へと帰っていった。


ラヴ(一か八かになるが仕方ないわね……)

ラヴ「おら!全員武装の上整列よ!」


 掛け声に応え待機していた情報局の隊員達が整列した。


※※※


 アジトを逃げ果せた三人は暗い路地裏で息を整えていた。


アスル「ぜぇぜぇ……アンタ……良いの?」


 三人の中では一番体力の劣るアスルが息も絶え絶えにヴィンスに問い掛けた。


ヴィンス「……やっちまった事は仕方無いだろ……だがお前達は此の後どうするつもりだ?」


 ヴィンスだけは息も乱さず壁に持たれて二人を見下ろしていた。


ローサ「サレンちゃん達を助けなきゃ!」

アスル「ローサ、気持ちは……気持ちは解るけど……」


 証拠の品々はデルソーレ伯爵が黒だと物語っていた、自分達は知らず知らずの内とは言えその片棒を担いでいる。

 更に処刑されようとしているミレッタを救おうものなら上手く逃げ果せたとしても生涯日陰者として陽のあたる場所では生きて行けないであろう。


ローサ「アスル……私達は知らなかったとは言え悪者になっちゃったから罰は受けなきゃイケないと思う……でもサレンとお母さんはそうじゃないと思うんだよ……見殺しにしちゃ駄目だって!アタシの中のアタシがそう言うんだ!」


 ローサの思考は理屈では無い、いつも自分自身で観て・聴いて・感じるままに生きてきた。

 その反対側で生きてきたアスルにはローサの思考や行動が時折理解出来ない時がある、だがその思考と行動に振り回されながらもそんなローサを心の何処かで羨ましくも思ってきた。


アスル「ヴィンスさん……私達はロンデリオン邸に行く!結局捕まるか最悪殺されるかもしれない……でもサレン達を救おうとする事が間違いじゃないと私も思うから……」


 膝に手をつき息を整えながら、しかしその眼は力強く輝いていた。


ヴィンス「わかった……なら俺も行ってやる!」


 そう言うとヴィンスはロンデリオン邸へと向かう道を進み始めた、だがその時のヴィンスの口元が少し微笑んでいた事にアスルとローサは知る由もなかった。


※※※


 ヴィンスはロンデリオン邸より少し離れた建物の陰から門の様子を確認していた。

 門は閉ざされ四人の門番が立っている、館の様子は庭にある背の高い木々に遮られ確認する事は出来なかった。


ローサ「アスル一人で大丈夫かな〜」


 ローサは心細そうに呟く。


ヴィンス「無理にでもやってもらわなくてはな!」


 ヴィンスも静かに呟いた。


ヴィンス「作戦はこうだ!俺と赤髪……ローサが正面から陽動する、アスルは前に使った抜け穴から密かに潜入し館の何処かに幽閉されている二人を救出、俺達には構わず二人を先程教えた隠れ家に連れ去れ!あそこは俺が独自に用意していた家だからラヴも知らない」


 ヴィンスは小枝で地面に館の図面を描きながら話した。


ヴィンス「これだけ単純な作戦なら素人のお前等でも間違わないだろう!但し危険極まりない事には違いないからな、特にアジトで見た顔とは極力応戦せずに避けろ俺が対処する!お前等では刃が立たない!以上だ!」

ヴィンス「行けアスル!」


 ヴィンスは図面を足で蹴るように消した。


※※※


 アスルは抜け穴が視える位置に辿り着いていた、此処までは怪しい人影の一つもみていない。


アスル(抜け穴に変化は無い……中も人の気配は殆ど無い……)


 アスルは秘密工作員でもなければスパイでもないがギルド内でも隠密や探索に優れていた事やこれ迄冒険者として数多の依頼を熟してきた経験があった。


アスル(……中の気配が慌ただしくなった!)


 ヴィンスから合図はない、だが気配で判るはずだと言われていた。

 館内を巡回していた者達も館の正面から聞こえる爆音に吸い込まれる様に集まりだしていた。


アスル(今だ!)


 アスルはヴィンスに指示された通りに先日逃げたルートを逆に進んだ。

 

 正面から突入したヴィンスとローサはロンデリオンの私兵達を倒しながら庭園中央の噴水まで辿り着いていた。


ヴィンス(傭兵も混じっているのか思ったより数が多いな……しかしこの女も思った以上に役に立つ……)


 ローサの想定以上の働きにヴィンスは感心していた、だがそれ以上に剣筋を観て思っていた、我流ゆえの粗さが目に付くがあの御仁が手を加えれば大きく化けるのにと。


ヴィンス「ローサ!俺が時間を稼ぐ、一旦息を整えろ!」 


 噴水の周りには倒されたロンデリオン兵達が倒れ込んでいる、ヴィンスもローサも並の兵では足止めさえ出来ない程の腕前を持ち合わせていた。


ラヴ「二人共そこまでよ!」


館の二階部分にあるバルコニーから二人を見下ろす人影が叫んだ。

 そこには館の主ロンデリオンとラヴに首を掴まれたサレンの三人が立っていた。


ロンデリオン「ヴィンス君、君はもう少し頭の良い男だと思っていたが残念だよ」

ロンデリオン「王国に仇なす君に一度だけチャンスをやろう、デルソーレの悪事の証拠品を渡せば今日の事は見逃してやる(生かしてはおかないがな)」


 ロンデリオンはヴィンスを指差しながら高笑いをあげていた。

 庭園内に音が消えた、すべての耳がヴィンスの返答を聞き逃さない為だ。


ラヴ「駄目よ!そんな事じゃ手緩いわ!」


 突然口を開いたのはラヴ・ガーナーだった。


ラヴ「ヴィンス!アンタよくもアタシに雷撃をくらわせてくれたわね!」


 隣りに居たロンデリオン公爵もビックリした様子で目をパチクリしていた。


ラヴ「見てみなさいよコレ!全身の毛がチリチリになっちゃったじゃないの!絶対に許さない!」


 確かに毛髪は縮れてアフロヘアーの様になっていたし、豪快な腕毛もコルク抜きの様にクルクルと巻いていた。


ロンデリオン「ラ……ラヴ君今はそのような話を……」

ラヴ「アンタうるさいわよ!」


 逆上したラヴは事もあろうに目上の公爵に目を血走らせながら怒鳴りつけた。

 ロンデリオンは知っていた、魔族軍との大戦末期ラヴ・ガーナーは前線で指揮する現国王チャールズ・フィリップ・イリスの傍らで護衛の任を熟しながら時には陛下に戦闘の術を師事し、時には戦略・戦術の相談役となる。

 相手が例え陛下であろうとも間違いを正す為になら言葉も礼儀も鉄拳制裁さえもお構い無しな男だと言う事を。


サレン「く……苦しい……」


 怒りに我を忘れかけたラヴに首根っこを締められたサレンが苦しそうに言った。


ロンデリオン「ラ……ラヴ君!少し落ち着いて……そうだ!この小娘を母親の処へ連れて行ってくれ!」

ラヴ「はあっ?!……そ、そうね!判ったわ!任せて頂戴!」


 サレンの様子に気が付いたラヴは慌てたようにサレンを抱きかかえてミレッタが監禁されている部屋へと下がって行った。


 その頃アルスはミレッタとサレンを探して地下へ続く階段を覗き込んでいた。


アルス(上の階には居なかった、残すはこの下か……)


 地下への階段は小さな灯りしか無く薄暗い、空気は湿っており今にも何かが出てきそうな雰囲気だった。


ラヴ「アンタ何してんのよ!」


 アスルは不意に真後ろから声をかけられ驚いたが、咄嗟に距離をとった。


アスル(見つかってしまった!!)


 アスルは咄嗟にラヴへと指を向け戦闘態勢をとったが、そのラヴがサレンを抱えている事に気付き硬直してしまった。


ラヴ「アンタ!こんな所でぶっ放さないでよ!」


 ため息混じりに言いながらラヴはサレンにアスルの方へ行くよう手振りした。


ラヴ「ビレイ!居るんでしょ!地下の夫人を連れてこの子達と脱出しておいて!」


 その言葉と同時にビレイがミレッタを連れて地下から階段を上がってきた。


アスル「え?なに?どういう事?」


 意味がわからず困惑するアスルにラヴが言った。


ラヴ「私達は公爵が国賊だとほぼ突き止めてはいる!アジトでの証拠品は更なる決定打になればと期待した程度なのよ♡」

ラヴ「それにアジトでヴィンスが裏切ったのはこの公爵邸で内と外に人員を配置して動く為!先ず優先すべきはこの二人の救出だと思っただけよ♡」

アスル「じ……じゃあ何?私達も騙されてたの?」

ラヴ「兎に角アナタはビレイと共に二人を脱出させといて!私は外にいる公爵の私兵達を片付けてくるから♡」 

アスル「待って!外にはローサも居る!私も手伝わせて」


 その言葉にラヴは振返りアスルの眼を睨みつけた。


ラヴ「まぁ良いわ付いてきなさい!ビレイ二人は頼んだわよ♡」

ビレイ「ハイハイ、たのまれました!」


 ビレイはミレッタとサレンに防御結界を施すと二人を先導して裏口の方へと消えていった。


※※※


ロンデリオン「相手は二人だろうが!何故始末できん!」


 庭園中央の噴水の周りには所狭しとロンデリオンの私兵達が戦闘不能となり倒れていた。


ローサ「ヴィンスさん未だですか?そらそろ限界なんですけどぉ」


 ロンデリオン邸へ突入してから半刻近く戦いっぱなしの二人はそろそろ限界が近づいてきていた。


「ドガッッ!」


 その時邸宅の玄関口から人影が飛び出しローサの周りの私兵達を数人蹴り飛ばした。


ラヴ「おまたせ♡」


 飛び出すしたのはラヴ・ガーナー、イリス王国屈指の格闘家である。

 ヴィンスとローサの二人だけでも手に余る状態だった私兵達はラヴが参戦すると瞬く間に撃破されるのだった。


ロンデリオン「き……貴様!何をしている!!」


 ロンデリオン公爵はラヴを指差しながら怒鳴りつけた。


ラヴ「ロンデリオン観念おし!お前さんの悪事は調べ尽してあるのよ!」

ヴィンス「アフロ親父の言う通りだ!コレが何だか判るだろう!」


 ヴィンスの右手には赤く歪な形の鉱石が光っていた。


ロンデリオン「クッ!……」


 鉱石をみたロンデリオンの顔色がみるみる青ざめてゆくのが見て取れる。


ヴィンス「裏も取ってある、後は陛下に御報告すれば貴様は終わりだ!」

ロンデリオン「裏も取ってあるだと……、後は報告するだけだと……」


 青ざめていたロンデリオンの顔色が次第に赤く高揚してゆく。


ロンデリオン「消してやる……この場にいる全ての者を消して無かったことにすれば良いわ!」


 愚考であった、既に進退窮まりつつある者は物事を冷静に考え判断する事もままならなくなるのである。

 ロンデリオンは懐から黒いモヤを纏った掌大の紅い鉱石を取出し戦闘が行われている噴水の方へ石を投げつけた。


ロンデリオン「全員消えてなくなれ!◯◯◯◯◯アンスィーリング!」


 ロンデリオンが何かはっきりとは聴き取れない呪文の様な言葉を叫ぶと投げられた石は直視出来ない程の眩しい光を発光しながら噴水の手前に落ちた。

 眩しすぎた光は次第に落ち着いてゆくがそれと並行して光の中心に人影の様な物体が浮かんできた。


ロンデリオン「さあ魔物よ暴れろ!そしてそこに居る愚か者達を一人残らず葬り去れ!」


 魔物の身の丈は人の倍は越えていた、剣と盾を持ち簡略的ではあるが各部が鎧で防護されている。


ラヴ「ダークナイト!」


 ラヴは魔族との戦争時に何度も遭遇した事がある、骨を砕けば攻略の進むスケルトン系の魔物ではあるがダークナイトは骨自体の強度が鉄の様に高い、更に鎧を纏っているために他のスケルトン系とは攻略方法が変わってしまう。


ラヴ「貴女達前に戦ったウェアウルフの様にはいかないわよ!直撃を喰らったら最後だと覚悟なさい!」


 悠長に説明をしている暇はない、初めて眼にした敵に対し困惑するアスルとローサにラヴが叫んだ。

 ダークナイトには敵味方の区別等無い、現在の主であるロンデリオンの命令のまま視界に入る生物を皆殺しにするのみであった。

 ロンデリオンの私兵達は右往左往の中一人また一人とダークナイトに蹂躙されていった。


ヴィンス「アスルお前はローサと違って遠距離系だったな!奴は俺達がひきつけ続ける、お前は決して近づきすぎずに距離をとってヤツのみぞおちにある核を狙え、一発では効果は微量だが地道に当て続けろ」

アスル「わかった近づき過ぎずね!アンタも気をつけて」

ヴィンス「ローサ!お前は下がってアスルを守りつつ呼吸を整えとけ」


 ダークナイトに一番近づき何度か核に剣を突くまで善戦していたローサだったが、球形の核に剣先が払われる様にいなされていた。

 二人には距離をとらせアスルには遠距離攻撃を、戦い続けで疲労の目立つローサには小休止を指示する。


ラヴ「相手が単体ならなんとでもなる」


 ヴィンス隊のメンバーは隊長ヴィンスを含め・ラヴ・パン・ビレイの四名だがビレイはサレン達を連れてアジトへと向かったのでここには居ない。

 ヴィンス隊の格上単体相手の戦闘スタイルは決まっている。

 タンク役はパン、全身を鉄化するスキルを持つパンはその防御力を活かし相手の眼前に陣取り敵の注意を引き付ける、因みにアジトにいたバーテンダーである。

 遊撃役のラヴは隙を見ては打撃を撃ち込む、その動きと打撃力は魔族との戦争を生き抜いてきた歴戦の強者そのものだ。

 隊長であるヴィンスは動きも素早く敵の眼の前で活躍する事も出来るが相手が格上の場合や長期戦が考えられる場合は一歩下がり全体の指示を出しながら雷撃で牽制とイレギュラー時のフォロー役を請負う。


ヴィンス(雷撃も一瞬動きは止まるがダメージを与える迄はいかないか……)


 今回の敵は何時ものソレとは違っていた、ヴィンス得意の雷撃が骨を伝って地面に流れ込んでゆく為にみぞおちにある核にダメージを与えられずにいた。


ローサ「アスル……ジリ貧だね、このままじゃ先に息切れしちゃうよ……」


 ヴィンス達三人の戦う姿を見ながらローサが呟いた。


アスル(骨が邪魔して核を狙えない……すこしでもズレてくれれば……ズレて?!……)


 ヴィンスに言われた通りに距離を取り狙ってはみるものの敵のガードは硬い上に素早い為に腹部の核を狙い撃つ事が出来ずにいた。


 どの位攻め続けているのだろう、ヴィンス隊とアスルとローサは何度もアタックを繰り返しその度に弾き返される。


ロンデリオン「この木偶の坊が!お前にどれだけの金を使ったと思っておるのか!」


 業を煮やしたロンデリオンがダークナイトに大声で叫ぶとその声に反応しダークナイトはロンデリオンの方向を見上げて一瞬だが動きを止める。

 それと同時にヴィンスの雷撃が二発三発とダークナイトを直撃し動きを鈍らせた。


ヴィンス「今だ!」


 ヴィンスの号令に先ずパンがダークナイトの正面から腰に抱きつき下半身の動きを止めた。


ラヴ「どっせい!」


 次にラヴがダークナイトの上半身の自由を奪うべく背後より羽交い締めにする。


ヴィンス「アスル!……!?」


 距離をとって狙っていたはずのアスルに指示を出そうとしたヴィンスはアスルの行動に目を見開いた、アスルが全速で走り既にパンの直ぐ後方に居たのだった。


アスル「ここしか無い!」


 アスルがパンの背中に跳び乗るとダークナイトの核が眼の前で鈍く輝いていた。


「バスッ」


 懸命に右腕を伸ばし人差し指の先から放たれたバレット弾はダークナイトの核に直撃した。


アスル(!?……威力が足りない!)


 直撃はしたものの核は硬く小さなヒビをつけるのがやっとだった。

 アスルは全身の血の気が引いてゆくのが判った、此の後くるであろう反撃に耐えられないと諦めかけたのだ。

 だが次の瞬間、風を切る音が右の耳に近づき通り過ぎていった。


ローサ「ここしか無いね!」


 風を切るローズウッドの音に続いてアスルの右の耳にローサの声が響いてきた。

 ローサはアスルが付けたヒビに目掛けて懸命に腕を伸ばしローズウッドを突き出した。


「ビィィィン!」


 確かにローズウッドは核に突き刺さったのだが貫き破壊する事はできなかった。


「グォォォォォ!」


 心臓とも呼べる核に痛恨の一撃を喰らったダークナイトは胸を突き上げ悲鳴にも似た咆哮を上げた。


ヴィンス「(だがこれなら殺れる!)ローサ!剣はそのままに!全員離れろ!!」


 核に剣を突き立てられたダークナイトはヴィンスの叫びに呼応して散開する人族達をオロオロと見渡すだけだった。


ヴィンス「(二人共良くやった!)雷(イカズチ)」

「パァァァン」


 ダークナイトの頭上より落ちた落雷は避雷針となったローズウッドを撃ちその雷撃は腹部の核へと吸い込まれる様に綺麗に流れていった。


「パリンッ」


 核は意外にも綺麗な音でそして弾けるように砕け散りダークナイトの身体は霧が晴れるように散っていった。


全員「やった!!」


 パンは両の拳を握りしめる

 ラヴは両腕を高々と突き上げた

 アスルはへたり込み

 ローサは跳びはねた

  個々に違った歓び方をしたのだが全員で勝ち取ったこの勝利は全員が忘れられない出来事となった。


 ロンデリオンは縄で縛られ騒ぎを聞きつけ到着した駐在騎士団に引き渡された。

 ヴィンス隊一行はロンデリオン邸の地下に隠されていた証拠品を持って王都への帰路につくのだった。


※※※


 ヴィンス達六人は平伏していた、先頭にヴィンスが一人一歩下がって五人が横並びの一列となり平伏していた。

 ヴィンス達六人の前方にはイリス王国の宰相である『フリュードリッヒ』と玉座に座るイリス王国国王『チャールズ・フィリップ・イリス』が居た。


フリュードリッヒ(以降フリュー)「皆、面をあげよ」


 フリュー宰相の声にヴィンス達六人とその右前方で平伏していたミレッタとサレン、左前方でロンデリオン公爵の計九人が頭をあげ次の言葉を待った。


フリュー「先ずは情報局所属ヴィンス・カーバイン、先のロンデリオン公爵の嫌疑及びロンデリオン公爵邸での一件だがヴィンス君からの報告書を読ませて貰ったが今一度この場で読み聞かせよ」

ヴィンス「畏まりました」 


 ヴィンスは報告書を読み上げる、感情を表に出さず事務的に淡々と読み上げていった。


フリュー「では次にロンデリオン公爵閣下、此等の嫌疑に反論があれば発言されたし」


 ロンデリオン公爵に対する嫌疑をヴィンスがひと通り話し終わると続いてロンデリオンが反論を始めた。


ロンデリオン「陛下に申し上げます、此等の申出ですが私には全く以って身に覚えのないこと、この者たちは怪しい怪しいと言うばかりで証拠など一切展示出来ないではありませんか!」


 確かにロンデリオンの言う通りだった、複数ある嫌疑の中でも数件ほどは頼りない状況証拠を提示出来たが容疑者をロンデリオン以外の者に置換えても話の通るものばかりだった。


ロンデリオン「だいたい最後のロックウェラの件に至ってはウィンザー伯爵が名指しの証拠品まで出る始末!まったく誰の為の裁判なのか怒りを通り越して呆れるしかありませんな!」

ロンデリオン「それにそこな二人の娘はロックウェラで盗みを働いた上に鉱山を爆破したと聴く上に話を精査していけばそれを依頼したのがデルソーレ・ウィンザーとは!何を思ってこの場に居るのか!凡人の私には理解に苦しみまする!」


 確かにロンデリオン邸での公爵自らの発言を証言する者など一人として居ない上にロックウェラから持ち出した暗号帳簿はデルソーレ・ウィンザーが国賊である証拠にしかならない代物なのだから。


ロンデリオン「ここに至っては陛下からこの者たちに厳しい処罰をお願いしたいものですな!」


 謁見の間は静まり返っていた、誰も何も言わずただ静かな時間だけが流れていた。


国王「公爵以外に物申す者は居らぬのか?発言を許すぞ」


 チャールズ国王が静かに言葉を発し辺りを見渡した。


アスル「あの〜……」


 辺りを見渡すチャールズの目線が自分の方向にくるのを待ち構えていたアスルが不安気に手をあげた。


国王「おお!そこな娘……アスルと言ったか、良いぞ発言を許す」

アスル「国王陛下ありがとうございます、では言わせていただきます」


 王族だけでは無くこのような場での礼儀作法など皆無のアスルは何となく直立して発言しようとした。

 其れをみたフリューが何かを言おうとしたがチャールズ国王が左手を上げ制した。


アスル「さっきから其処のおじさんが好き勝手言ってますけど、私わかっちゃいました!」


 そのものの言い方に冷汗を流しながら周りの者たちはアスルと国王の顔を交互に見るしかなかった。


国王「うむよいぞ!して何がわかったのじゃ?」


 チャールズ国王は不敬など気にも止めず発言を続けさせた。


アスル「私達が……あっ!私達って私とローサなんですけど、ロックウェラから持って逃げた帳簿の秘密に!」

ロンデリオン「何を言う!その帳簿はどこをどう見てもウィンザーが犯人だと!」

国王「ロンデリオン!今はそこな娘アスルに発言を許しておる控えよ!」

ロンデリオン「へ……陛下……くっ……」


 謁見の間に現れてから終始にこやかに微笑んでいたチャールズ国王が声を荒げてロンデリオンを黙らせた。


国王「アスル、よいぞ!話を続けよ」


 謁見の間の緊張は更に何段階も上がり壁際に整列する騎士団員達も冷汗が鎧の中で流れ落ちるのを感じていた。


アスル「ありがとうございます陛下!では続けます」

アスル「証拠品の暗号帳簿は御座いますか?」


 その問いかけにフリュー宰相が帳簿を左手に掲げ応えた。


アスル「閣下の眼の前で結構ですので最後の確認をさせて頂いて宜しいでしょうか」


 チャールズとフリューはお互いに如何なものかと暫く見つめ合った。


国王「許す、近うよれ」


 確認を許されたアスルは暫く帳簿と底敷を見つめ数回合わせた後チャールズの眼を見て言った。


アスル「やはり思った通りでした……これはやりながら確認して頂くのが手っ取り早いので……」

アスル「では宰相閣下、私の申し上げる通りに底敷を重ねて頂けますか!」


 フリュー宰相は腰の高さの小さなテーブルを用意させチャールズ国王にみえるよう眼の前でやってみせた。


国王「アスルとやらよ、そなたの言う通りやるとウィンザー卿が犯人となるようだが?」

アスル「はい!私達も最初は同じ様に騙されていました」

国王「最初は騙されていたか…良い続けよ」

アスル「良く見て頂きたいのですが、全ての日付の終りに句読点があります」

アスル「最初は只のクセなんだと思って気にもしてませんでした、でもよく見ると『 、』と『 . 』の二種類有るのが見て取れます」

フリュー「微妙ではありますが確かに違いがあります」

アスル「それにより底敷の裏表どちらを使うかを示しています」

アスル「後は暗号宛名の中にある数字を足した分だけ暗号表の段数をズラせば……」


 フリューが言われる通りに底敷を持ち暗号表に合わせ、底敷の穴から浮かび出る文字を別の紙へと書き写していった。


フリュー「陛下……」


 書き写した紙を手渡されたチャールズはワナワナと震え顔面は見る見る赤くなるのが見て取れた。


ロンデリオン「へ……陛下!何処の馬の骨ともわからぬ小娘の言う事など……」

国王「馬鹿者!ロンデリオン、ワシがロックウェラでの事のみで王国の支柱でもある公爵家へ疑いの目を向けたとでも思っているのか!ここに至っては王国の重鎮として潔く罪を認めよ!!」


 広い謁見の間にチャールズの怒声が響き渡りそこに居る全員が硬直したまま視線だけを国王へと向けていた。


国王「ロイスにヴィンス!ソナタ等に発言を許す、此奴の悪行をもう一度全て並びあげるがよい」


 先にロイス第一騎士団長が、続けてヴィンスが是迄調べ上げてきたロンデリオンへの調査報告が行われた。


フリュー「物的証拠が少ないとはいえ良くもまあ此れだけの悪行が行えたものです、もはや怒りを通り越して笑うしか御座いませんな」


 呆れ顔のフリュー宰相は最終判断をチャールズ国王へ委ねた。


国王「では判決を言い渡す、ロンデリオン!数々の悪事……中でもロックウェラでのレアメタル魔石の横領と国外への密売だけでも極刑に値する……ましてや帝国への密輸は国家反逆罪……否それ以上である」

国王「よってロンデリオンは称号剥奪の上絞首刑とし前後二代の血族は国外追放とする、尚ロンデリオン家は財産没収の上取潰しその領土は然るべき統治者が決まるまで国の管理下とする……以上」


 重い刑ではあった、しかしチャールズ国王は他の貴族たちの手前ロンデリオンを公爵家として王族との血縁者として厳しく罰せねばならないのであった。

 判決を言い渡されたロンデリオンは何も言わず肩を落とし騎士団に囲まれたまま地下の牢獄へと連行された。


※※※


国王「さてそれでは今回の騒動で活躍した者達への報酬と被害を被った者たちへの謝罪と賠償が必要であるな!」


 チャールズは辺りを見渡し初めにミレッタとサレンに向かった。


国王「先ずはソナタ達に謝らねばならんな、二人には辛い思いをさせてしまった……」


 チャールズは神妙な面持ちで話しかけた。


ミレッタ「陛下より謝罪など恐れ多う御座います!」


 ミレッタは何よりも先ず自分達に謝ろうとする国王への感謝とデルソーレの無念を晴らせた事に緊張の糸が切れ大粒の涙をボロボロと流しながら応えた。

 その涙を流す姿を見てオロオロとするばかりのチャールズにサレンが言った。


サレン「陛下!誰よりも忠義に厚い父上は王国の為に命を捧げられたと彼の世で悦んでいる筈です……」


 気丈に振る舞ってはいても童女である、サレンもまた大粒の涙でボヤけた目線を玉座に向けていた。

 そこに居る誰もが眼の前に居る賢明な少女の未来が明るいものであらん事を願わずにはいられなかった。


フリュー「陛下そろそろ打ち明けませんと……このままでは許されるものも許されませんよ!」


 玉座の隣に立つフリュー宰相がチャールズに耳打ちした。


国王「あ、ああっ!二人共違うのじゃ!」


 チャールズの叫び声と同時に謁見の間への出入口の一つから人影が飛び込んで来た。


デルソーレ「ミレッタ!サレン!」

ミレッタ・サレン「貴方!御父様!」


 飛び込んで来たデルソーレはミレッタとサレンに駆け寄り二人を強く抱きしめた。


デルソーレ「すまなかった!本当にすまなかった!」

 

 事の顛末は以下である。

 ロックウェラでのロンデリオンの悪行を知ったデルソーレは先ず国王と宰相に相談を持ちかけた。

 相談の結果、別件でも調査を開始していた国王側は証拠になる物はないか秘密裏に事を調べるよう命令する。

 デルソーレはその後証拠を得る為に冒険者へ依頼するが爆発事故と暗号帳簿により話はデルソーレ犯行説方へと進んでしまった。

 査問会がデルソーレを容疑者としてしまうがそうではない事を知っている国王側はフリュー宰相が手を回しデルソーレを処刑した様に偽装し匿うのだった。

 処刑執行により動きを見せるであろうロンデリオンの監視、更にはミレッタ・サレンへの陰ながらの護衛としてヴィンス隊が派遣され峡谷の盗賊騒ぎに出会す。


 顛末を説明するフリューの話を聴きながら三人で再会を喜んでいるデルソーレ達を観ると周りの者達も温かな気持ちで包まれていた。

しかしそんな空気をブチ壊す様にローサが口を開いた。


ローサ「説明で事の次第は解ったけど〜……ミレッタさんとサレンが危険な目にあったのは謝まられるだけじゃ割が合わないんじゃないの?」


 何となくイイ話で終わりそうな雰囲気だったがローサの一言で全員の動きが止まった。


アスル「だよねぇ!二人は何度も殺されかけたし護衛役を付けたからって許される範囲じゃなくない?」


 確かにその通りである、謁見の間に居るすべての人が心の何処かで思ってはいたものの口にできなかった話をアスルとローサが始めてしまったのだ。


フリュー「お……オホン!その件に関しては私の至らなさであった、御二方には改めて謝罪させて頂きたく……」


 思わぬ場の流れにフリューが口を挟んだ。


国王「待て!それに関しては宰相ではなく国王であるチャールズの責任である!直ぐにとは言わぬゆっくり考えて何也と申し出るが良い」


 その言葉を傍らで聴いていた国王の長女であるルシーナ王女が口を挟んできた。


ルシーナ「陛下!発言しても宜しいでしょうか?」


 チャールズ国王が静かに頷くとルシーナは改めて話し始めた。


ルシーナ「私はサレン姫を大変気に入りました!そこで貴女を私の侍女見習として迎え入れとうございます、更に見習と致します事情としてサレン姫を王都の学校へ通わす時間を作る事が前提だからです!その為の資金等は全額私がみてもかまいません!それを持って御詫びと褒賞としては如何でしょうか」


 王族のそれも王女の侍女などは誰しもがなれるものではない、更に王都の学校ならばこの世界の最先端を学ぶ事も可能でありサレンの両親にとっては何にも増して有難い褒賞であった。


ルシーナ「サレン姫!私の下で王国の柱となれる様励んでみませんか?」


 ルシーナは微笑みながらサレンの返答を待った。


サレン「陛下、ルシーナ殿下!私などには身に余る光栄でございます!何卒よろしくお願い申し上げます!」


 チャールズは何度も頷きルシーナや周りの者達は手を叩きながら各々が心から祝福の声をあげていた。


※※※

 

 ウィンザー親子は別室に下りいよいよアスルとローサ二人の出番がやってきた。


フリュー「では最後になってすまなかったがアスル君ローサ君について話を始めよう」

ローサ(どんなご褒美かなぁ?御馳走かな?)

アスル(金貨百枚以下ならゴネる……)


 ローサは子どものお使いの様な褒美を想像し、アスルはこの機を逃すまじと気合を入れ直していた。


フリュー「二人はデルソーレ卿より代理人を通じて依頼を受けた、後に出会した騎士団の攻撃を躱すため鉱山を流れる…………」


 フリューはアスルとローサの足跡を恰も間近で見てきたかのように詳細に話し終えた。


フリュー「以上はソナタ等の足跡だが何か付け足すことや訂正したい事はあるか?」


 フリューの問い掛けにアスルもローサも異存無く「ありません」とだけ答えた。


フリュー「陛下!この様に無意識的とは言え王国の利になる事をしてきていたのも事実です」


 日頃褒められたり功績を讃えられることが少ない二人は胸を張って聴いていた。


フリュー「が!!不慮の事故とは言え鉱山爆破炎上による再建までの王国が被る損出は計り知れません」

フリュー「更に此の度の王国史上稀に見るスキャンダル及びその関係者や王国情報局員の存在を知ってしまった等……」

アスル(ちょっとなに?何か雲行き怪しくなってない?!)

フリュー「諸々の事象を精査・考慮致しました結果、心苦しくは御座いますが二人には極刑もやむ無しと判断致します……」


 宰相の話が終わり無音の時間が流れた。


アスル「ちよっ……ちょっと待ってよ!確かに色々有ったけど夫人やサレンを助けたり事件解決の役にもたったじゃない!報酬どころか極刑てなによ!極刑って!!」


 静まり返っていた謁見の間にアスルの叫び声が響くと壁際に列んでいた騎士達がアスルとローサを取り囲む様ににじり寄ってきた。

 チャールズ国王もフリュー宰相も静かに目を閉じ微動だにしない。


アスル「ちょっと!辞めてよ!こんなのおかしい!」


 数人の騎士に囲まれたアスルとローサは抱き合いながら青ざめた顔を玉座に向けていた。


ヴィンス「陛下!発言をお許しください!」


 ここで静かにヴィンスが語り始める。


ヴィンス「宰相閣下の仰った事は確かです、鉱山操業停止や秘密事項の漏洩防止、この二人を始末してしまった方が話が早く確実でしょう」

ヴィンス「しかし今殺してしまったところで、再建費用が湧いてくるでもなし損害が減るでもない、それに今回の事件解決に尽力した事や公人御二人を窮地よりお救いした事は大きな功績と言えましょう……ウィンザー家の方々も二人にはたいそう感謝されてる御様子……、以上の事から処刑するのは忍びなくいっそ此の二人を我々の監視のもと諜報員として一生働かせては如何かと愚行致します」

 その場にいるすべての目がヴィンスに集まった。


フリュー「何を言い出すかと思えばヴィンス君!私にはそこの二人が諜報員として役に立つ様には到底思えないのだが?」


 フリューは冷たい目で二人を眺めながら言った。


ヴィンス「今回の事件で私は行動を共にし彼女等の思考・行動力等をみましたところ粗削りではありますが諜報員として見どころはあると判断いたします」

ヴィンス「ローサの剣術は我流ながら騎士団に入団しても遜色なくそして何よりアスルは稀少な闇系統の魔術を使用できます、お許しいただけるのなら私めが責任を持って二人を教育したく説にお願い申し上げます」


 謁見の間は再び静まりかえった、チャールズ国王の裁決がくだされるのを待っているのだ。


国王「この様にヴィンスは申しておるが娘達はどうするかね?」


 チャールズが静かな声でアスルとローサに問いただした。


アスル・ローサ「やりますやります!何でもやります!!……うぅ……」

フリュー「二人共!諜報部員とは常に死と隣り合わせの職であり、軽はずみになる職ではないし簡単に抜けられるものでもないがそれでも良いのか?」


 先程までとは変わり少しニヤけた笑みを浮かべながらフリュー宰相が念押しをした。


アスル「やらなきゃ殺られるんでしょ!良いわよやるわよ!この歳で殺されるなんてまっぴらゴメンよ!」


 半ばヤケクソのアスルと余り理解していないローサは何度も揃って頷いた。


チャールズ「良かろう二人の面倒はヴィンスに任せるとしよう、二人はヴィンスに従い職に励むが良い」


 そう言うとチャールズは玉座を立ち退室しようとした。


国王「あぁフリュー!二人には褒美も兼ねて支度金を用意してやるが良い」


 国王はニヤニヤとした顔で退室しそれに続きヴィンス隊以外のすべての者達が退室して行った。

 

 極度の緊張と極刑を免れた安堵から床にへたり込んでいたアスルとローサにヴィンス隊の面々が声を掛ける。


ビレイ「二人共殺されなくて良かったじゃない!これからもヨロシクね!」

パン「ホントよがったなぁ……」

ラヴ「まぁ何ていうか……頑張んなさい……」

ヴィンス「明日からみっちり扱いてやるから覚悟しておけ」


 放心状態のアスルとローサを残してヴィンス隊の面々も手を振りながら退室していった。


アスル(な……なんでこうなった……)


 青ざめた顔で何処でどう間違ったのかを考えるアスル。


ローサ「アスル〜お腹減ったねぇ……」


 特に気にもせず生きていればなんとでもなるとローサ。

 こうしてアスルとローサの二人はイリス王国情報局ヴィンス隊に所属する事となったのだ。


※※※


フリュー「本当に宜しかったのですか?ありのままを打ち明けたうえで厳重に保護する事も可能ですが?」

チャールズ「確証がなければ今は仕方あるまい、万一そうだとしてワシはあの娘を今更薄汚い政治の世界に巻き込みたくは無い」

フリュー「其処まで仰るのであれば御心のままに……」

チャールズ「ところでもう一人の方はこれで良かったのだろうか?」

フリュー「はい!あの者はヴィンスの言う通り希少な闇魔術使いで恐らくは稀に見る魔族との混血種でしょう、今はまだ本人も気付いていない上に覚醒途上と思われます」

フリュー「ならば今のうちから手懐けて手駒にしておけば王国の大きな戦力になるのは明白です」

チャールズ「解ったそちらはソナタに任せよう、良きに計らえ」

フリュー「と言う事だ!良いなラヴ・ガーナー!ヴィンス・カーバイン!」


 二人は何も言わずただ敬服していた。

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