第33話 徐々に……
ふと頭に柔らかい感触がして目が覚める。
「……」
俺の瞳いっぱいに映し出されたのは八雲の不安そうな顔であった。
「おはよう、八雲」
朝、一発目の挨拶を彼女へ放つと、ホッと安堵の息を吐かれる。
「おはよう、世津」
「昨日は眠れた?」
「誰かさんが思いっきり抱きしめてくるから、息苦しかったわ」
「いやー、八雲は良い抱き枕だよ」
「そうやって調子の良い事言うくせに、本当に私を抱かないなんて、世津ってヘタレよね」
「ちょ、まっ、それはあれだお」
「どれだお?」
「俺はそういうのは大事にするタイプというかなんというか」
ふふっと笑われてしまう。
「まるで私の彼氏みたいなセリフね」
「一緒のベッドでねんねデートしたんだから、ほぼ彼氏では?」
「ばぁか。そんなことで私を恋人にできるなんて思わないことね」
言いながら八雲が起き上がる。
「私を恋人にしたいなら、ロマンチックな告白をしなさい」
「流石は──」
流石は、なんだ?
俺、なんて言おうとしたんだっけ。八雲と違う名前が出そうになったけど……。
「世津?」
こちらが急に言葉を止めるので、八雲が首を傾げてくる。
「んにゃ。なんでもない」
自分がなにを言おうとしたのか思い出すのを諦めて、俺も起き上がる。
「なぁんか異様に腹が減ったな」
「そうね。昨日、きびだんごしか食べてないし」
「きびだんごだけでよくもまぁ朝までもったもんだ」
「長旅の疲れもあって、食欲はあまりなかったわね」
「だなぁ。飯、どうする?」
「このホテルは朝食バイキング付よ」
「やりぃ」
そんなわけで、俺達は早速とホテルのレストランへと足を運んだ。
そういえば時間を気にしていなかった。レストランにある壁時計は朝六時過ぎを指していた。
すげー早起きだな。
日曜日の朝も早い時間だってのに、ホテルのレストランには結構な人で賑わっている。
朝食バイキングと言っても、必要最低限の食事しか用意されていなかった。
ご飯と味噌汁と焼き魚。パンとゆで卵。あとはサラダ。
うん。料金に見合ったバイキングだね。
それでも十分に美味しいから全然良いんだけど。
朝食を済ますとチェックアウトの準備を済ます。準備って言っても、突発旅行なもんで、秒で支度を終えた。
さっさとチェックアウトを済ますと、俺達は駅のロータリーの方へと歩いて行く。次の目的地は出雲大社だ。
さて、どうやって行くのか。電車か、タクシーか。ふたりしてスマホで調べているところで行先に、『出雲大社』と書かれた路線バスがロータリーにやって来た。
ふたりして、「絶対あれだろう」って見つめ合って、あははと笑い合うと、その路線バスに乗り込んだ。
適当な後ろのふたり席に腰を下ろす。
「窓際が好きでしょ」
なんて彼女が俺へと窓際を譲ってくれた。
ここで遠慮をしても仕方ないため、素直に相手の好意を受け止めて窓際に座る。
朝も早い時間なのに、車内は結構の人で埋まっている。満員ではないが、みんな行動が早いなぁと感心しちまうね。ま、俺達も人のことは言えないが。
バスが発車して島根県出雲市の街並みを見て回る。
街の風景としては高槻に似ているような、似ていないような、そんな感じだ。ショッピングモールもあるし、大きな病院もある。
そんな風景を見ながら、ふと、疑問に思う。
俺はどうしてここにいるのだろうか。
「うっ……」
なんだか突然、頭が痛くなる。
「世津?」
隣に座る彼女が心配そうに俺の名前を呼んでくれる。
あれ? この美女って……。
「バス酔い?」
「い、いや……。そうじゃなくて……」
この美女の名前は?
一瞬、彼女のことがわからなくなってしまう。
「や、くも?」
「ん、なに?」
名前を呼ぶと優しく首を傾げてくれる。
そんな彼女の顔を見ると、罪悪感にさいなまれる。
でも、今はそんな余裕なくて、手のひらで自分の額の辺りを押さえることしかできない。
「バスを降りてどこかで休みましょう。ね?」
彼女は切り替えるようにこちらへ優しく問いかけてくれる。
「いや、大丈夫」
「無理はしないで」
「無理なんかはしてないよ」
うそをついてしまう。さっきから心臓の鼓動と共にズキズキと頭が痛む。
でも、俺の頭痛なんて大したことはない。問題なのは、彼女のことを一瞬でも忘れたこと。
どうして名前が出てこなかったんだ、どうして……。
このまま、もしかしたら……。
「ごめんな、八雲。もう大丈夫。大丈夫だからさ」
八雲は、このまま押し問答をしても意味を成さないと判断したみたいだ。
「しんどくなったらすぐに言いなさいね。約束よ」
「まるで子供に言い聞かせるみたいな言い方だな」
「世津は子供でしょ」
「なるほど。俺みたいな子供が欲しいと」
「こんな子供は嫌よ」
やれやれとため息を吐いてから、小さく言ってのける。
「子供は欲しいけど」
「俺との子供?」
ジトーっと睨んでくると、少しばかり寂しそうな顔をする。
「世津となら……」
「へ」
予想外の反応の後に、くすっと笑われる。
「冗談に決まってるでしょ、ばぁか」
「本当のくせに」
「脳内がお花畑になったところで、頭痛いのは治ったかしら」
「あ、治ってる」
「単純な頭ね」
ふふっと楽しげに笑う彼女の笑みはどこか曇りが見えている気がした。
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