第18話 またキャッチボールができるな
改めて検査をしたが、やはり異常は見つからなかった。怪我が治ったというよりは、消えたって感じのことを言っていたな。
医者からするとたぬきに化かされたとか、魔法の類でも使ったのか。それを医者達が冗談抜きで発言していたので、今の俺の状況ってのは相当な異常事態だということが伺える。
野球ができるか問うと、今からでもできるという返答をもらえた。しかし、少しでも異常を感じたらすぐに病院に来ることって言われた。
「随分と待たせて悪かったな」
病院を出てから、改めて日夏に謝罪を入れると涼しい顔をして返される。
「私が待っていたかったから気にしないで。それよりも、肩、本当に治って良かったわね」
「ありがとう」
改めての言葉に感謝の言葉で返す
「日夏。待たせて本当に悪いとは思っているんだが、親に連絡して良いかな」
「当然よ。今すぐ連絡しなさい。待っててあげるから」
当たり前と言わんばかりに日夏が言ってくれるため、遠慮なく俺はスマホを取り出して父さんのスマホへ電話をかける。
プルルルルと三コールほどで、『もしもし』と聞き慣れた父さんの声がスマホ越しに聞こえてくる。
「もしもし父さん。今、仕事中?」
『いや、今日は休み。どうかしたか?』
「あ、いや、その、なんて言ったら良いかわからないんだけど……」
今まで心配かけた親にシンデレラ効果のことを話した方が良いのかどうか悩む。
俺はそれが原因だと思っているけど、確証はない。そんなややこしいことを言うのなら、シンプルに告げた方が良いよな。
「今日、病院に行ったらさ、肩が治ってた」
『肩が、治った? 世津の?』
電話越しの声は落ち着いているように聞こえるが、俺には父さんが相当焦っているのがわかった。親子だからな。それくらいはわかる。
「俺の肩が治った」
『そうか』
父さんは驚いているようで、その短い返事以降、声を出して来ない。
「父さん。俺──」
言いかけた言葉を途中で止めてしまう。
また野球がしたいと言ったら酷く心配されるだろう。これまでもずっと心配かけていたんだ。これ以上心配かけるわけにはいかないよな。
『世津』
父さんが優しく俺の名前を呼んでくれた。
『また、キャッチボールができるな』
父さんのその一言が俺の心に突き刺さる。
その言葉は、また野球ができるなって言ってくれているのだろう。
俺の言いたいことなんて父さんにはお見通しだったみたいだ。そりゃそうか。俺達は親子なんだから声だけでバレてるか。
いつの間にか右目から涙が出て来ているのがわかった。だけど、そんなことを気にすることもなく父さんとの電話を続ける。
「大丈夫? 俺の球、めっちゃ速いよ」
『俺の方が速いっての』
「じゃあ、今度スピード勝負しよう。負けた方がラーメン奢りね」
『ああ。約束な』
多分だけど、父さんも泣いている。俺のことで泣いてくれていると思うと更に涙が加速する。
あんまり泣きながら電話するのも恥ずかしくなってきた。電話はここまでとしよう。
また父さんと母さんが帰って来た時に、面と向かって話をしよう。
今は肩が治ったという事実だけで良いと思う。
スマホをポケットにしまうと、目の前にハンカチが差し出される。
「使って」
ハンカチから視線を日夏へ向けると、なんだか優しい顔をしてくれていた。
遠慮なく彼女からハンカチを借りて涙を拭くと、再度手を差し出される。
「いや、汚れたから洗って返すよ」
「見せてみなさい」
彼女は有無言わせず、俺からハンカチを取り上げると、まじまじとハンカチを見た。
「汚れてなんかいないじゃない。とても綺麗なハンカチよ」
言いながら日夏はハンカチを丁寧に畳んだ。それが彼女の優しさだとすぐに気が付く。小さく、「ありがとう」と礼を言ってから彼女へ話しかける。
「長いこと待たせちまったな。なにかお詫びでもしないといけないよな」
「気にしなくて良いわよ。デートなんかよりこっちの方がよっぽど大事でしょ」
それを当たり前だとナチュラルに言ってくれる日夏は、女としてではなく、人として出来ていると感心しちまう。
「いや、やっぱりなにか詫びを入れないと。なんでも言ってくれ」
「そんなこと言われても……」
少し困惑しながらも、日夏は少しだけ考えて声を出す。
「明日、野球愛好会の試合って言ってたわよね?」
「え? あ、ああ」
「四ツ木くんの肩は本当にもう大丈夫なの?」
「医者が言うにはなんの問題もない。ま、それこそが医者からすると問題なんだろうけど、俺自体にはなんの問題もないみたいだな」
「だったら、明日の試合見に行くから試合に出てってお願いはどうかしら?」
「それで日夏を待たせたのがチャラになるなら」
「自分で言っておいてなんだけど、本当に大丈夫?」
「日夏に言われなくても野球愛好会に連絡してたよ。また野球ができるんだからな」
「そ。なら明日、試合を見に行かせて」
「それは良いんだけど、本当にそんなので良いのか? 試合って言っても相手は草野球チームのおっちゃん連中とだぞ」
「試合の内容とか、相手チームとかじゃなくて、四ツ木くんの野球している姿が見たいのよ」
言いながら、ジッと俺を見つめてくる。
「なにが起ころうとも嫌いになることはない、大好きなものをしている四ツ木くんの姿を見たい。それで私は……」
なにかを言いかけて途中でやめた。なにが言いたかったのか俺にはわからないか、彼女からどこか覚悟のようなものを感じ取れる。
「わかった。俺の超高校級のスーパープレイを見せてやるよ」
「ふふ。期待してるわね」
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