第9話 ケンカをしよう

トキから全てを聞いた3日後、ソラは市街地のとある民家の前に立っていた。


「あの〜。隊長。ここは?」

「まあまあ。いいから私に任せて」


トキが扉をノックする。しばらくすると扉の向こうから「ゲッ!」という男性の声が聞こえた。


「トーカ!いるのはわかってるぞ!出てこないなら扉を蹴破る」


トキの脅しに慌てて扉が開けられる。出てきたのはトキより少し年下の男性だ。明るい色の髪の下に気まずそうな表情が見えた。


「………トキ。どうやってここに………」

「それはほら、ね」

「………シキさんか」


どうやらこの場所はシキが教えたらしい。彼女の情報力なら容易いだろうとソラは納得した。


「とりあえず軍人が家の前にいたら目立つ。中へ入れ」

「ありがとう」


わざと軍服で来たんだなと、ソラはだんだんトキのやり方がわかってきた。


「あれ?お前……そうだ!ソラだ!久しぶり!」


中に入るとヒスイがいた。ソラの姿を見て嬉しそうにする。


「ああ。ヒスイ君久しぶり。こないだはありがとう」

「ヒスイでいいよ。本当に軍人だったんだな。軍服カッコいいな!」


ヒスイの周りでピョンピョン跳ねる少年は、とてもトキの話で聞いた重荷を背負ってるようには見えなかった。


「ヒスイ。今日はイッカとウノと会う約束してるんだろう。早く用意しないと、アルアが迎えに来た時に怒られるぞ」

「そうだった!じゃあな、ソラ!今度お前の町の話を聞かせてくれよ!」


手を振ってヒスイが部屋へ入っていくのを見送り、ソラはトキとトーカのほうへ向き直った。


「彼が君の後任かい。素直そうな可愛い子じゃないか」

「そう。あれがうちの可愛いヒスイくん。絶賛反抗期中。そっちこそ真面目そうな部下をつれてるじゃないか」

「うちの可愛いソラ君だよ。絶賛成長期中のね」


2人はプッと笑いあう。ケンカをしに来たと言うわりに、2人に流れるのは親しい者同士が持つ相手の全てを許容する空気だった。


「で、今日は何しに来たの。まさかただ会いに来たってことはないだろ」

「そうそう。うちのソラ君がね。ちょっと会いたい人がいるんだよ」


2人の視線がソラに移る。ソラは緊張しながらトーカにルリのことを説明しようとした。


「あの、俺の幼馴染にノゼ・ルリという人がいて」


しどろもどろに話すソラにトーカが「あっ!」と声をあげた。


「お前、クキが言ってたルリの幼馴染か!」


どうやら事情は全て筒抜けらしい。説明する手間は省けたが、ソラはどこか気恥ずかしさを感じた。


「ルリにはもう会わないって言われたんだろ」

「だから覚悟を決めて全て知って、改めてルリ様の役に立てるように会おうとしてるんです」

「ソラが言ってた貴族の友達って、ルリのことだったのか」


いつのまにか用意を終わらせたヒスイがソラの隣にいた。


「会わないって?何?ケンカでもしたの?」

「ケンカ………ができたら良かったんだけど………」


ケンカどころか話すらできない。ルリの完全な拒絶を思い出してソラは少し落ち込んだ。


「なんだよ。ルリも大人気ないな。なあ、トーカ。ソラをルリに会わせてやろうぜ」

「お前、そんな勝手に。だいたいソラは軍の人間なんだからミリッサ達に頼めばいいだろ」

「いや〜。私も協力者を抜けた身だから彼女達には頼みにくくてねぇ」

「ほら。ソラはこないだ俺を助けようとしてくれたんだし、お礼だと思ってさ」


結局助けられたのはソラのほうなのでそこまで言われると恐縮してしまうが、ルリに会えるなら何にでも縋りたい。ソラはヒスイのお願いが通るように祈った。


「はぁ。わかったよ。お前は言いだしたら聞かないんだから」

「やった〜。良かったな、ソラ!」

「うん。ありがとう、ヒスイ」


我が事のように喜んでくれるヒスイに、ソラは精一杯の感謝を伝える。


「じゃあ詳しいことが決まったら連絡するよ」

「よろしくお願いします。ではソラ君、用も済んだし帰ろうか」

「はい。あの、本当にありがとうございました」


深々とお辞儀して退出するソラを、トーカとヒスイは笑顔で見送る。



「さて、じゃあ2人を会わせるための作戦を考えないとな」

「作戦も何も、ルリに連絡して日時と場所だけ決めさせたらいいでしょ」

「それじゃあ面白くないだろ。どうせなら何かサプライズを用意しないと」

「………お前、最近クキに似てきたね」

「え〜。そうかなぁ?」


楽しそうにするヒスイに、トーカは心の中でソラを憐れんだ。




「隊長、今のトーカさんがヒスイの先代なんですよね」

「うん。そうだよ」

「ケンカふっかけるとか言ってませんでした?」

「ふっかけたよ。どっちの子のほうが可愛いか対決。いや〜。我々も大人になったね」

「………で、勝敗は?」

「この勝負にはね。勝ち負けはないんだよ」


トキは晴れ晴れとした顔で笑った。

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