第61話 国造りの第一歩

「…………」


 グレンプニールの背の上。足を開いた体操座りをしたオレにすっぽり収まるようにセレスティーヌが体操座りしている。そんなセレスティーヌをオレは後ろから抱きしめていた。


 俯いて、自分の膝に額を押し付けている彼女の姿は、オレにはとても痛々しく見えて、少しでも慰めになればと思ったのだ。


 王都を出たオレたちは、その後いくつもの集落を巡った。


 だが、どの集落ももぬけの殻で、人っ子一人いなかったのだ。


 国の礎は民だ。民のいない現在のルクレール王国は、完全に国として終わってる。


 セレスティーヌは断言しないけど、たぶんルクレール王国の再興を目指しているのだろう。それがこの状態では、たしかに落ち込むのもわかる。


 グレンプニールの話では、ルクレール王国の民は、隣国であるドワーフの国、ウォルステンホルムにいるらしいが……。彼らはどうすればルクレール王国に戻ってきてくれるだろうか?


 わからない。


 オレたちは失意のうちにグレンプニールの神殿へと戻るのだった。



 ◇



「ありがとうございます……」


 グレンプニールの神殿前の草原。俯いて肩を落としたセレスティーヌに手を貸して、グレンプニールの背から降りた。


「あの、さ。セレスティーヌ」


 そんなセレスティーヌの姿を見ていられなくて、気が付けばオレはセレスティーヌに声をかけていた。


「まずは、安心な国を作ろう」


 敢えて明るい調子でセレスティーヌに言う。


 セレスティーヌはそっと顔を上げてオレを見た。その顔はまるで生気のない暗い表情だ。


「安全な、国、ですか……?」

「ああ! 残念だけど、今のルクレール王国は、ゲーゲンバウアーの兵隊や、奴隷商人がうじゃうじゃしてて、とても安全とは言えない。これじゃあルクレール王国の民も帰りたくても帰れないよ」


 オレたちはグレンプニールがいるのでからまれることはなかったが、何度かゲーゲンバウアーの兵士や奴隷商らしき姿を見つけていた。上空から見たから丸わかりだ。


 そんな奴らが我が物顔でルクレール王国を徘徊しているのだ。とても危なくて、ルクレール王国に帰る気になれないだろう。


 まずはここから改善する。


「だから、まずはルクレール王国の民が安心して帰ってこれるように、安全な国を作ろう。オレも協力する。一歩ずつ理想の国を作っていこう」

「理想の国……」

「ああ! 二人で作っていこう!」

『我も力を貸そう!』

「レオンハルト様……、グレンプニール様……」

「だから、セレス一人で思い悩まないで、オレたちにも話してくれ。みんなで一つずつ解決していこう」

「ありがとう、ございます……!」


 セレスティーヌは笑顔を浮かべたが、その綺麗な青の瞳から涙が一筋流れた。


 オレは手を伸ばしてセレスティーヌの目元を拭うと、セレスティーヌを抱きしめる。そうした方がいいと思ったのだ。


「セレス、無理に笑わなくてもいい。悲しい時は泣いてもいいんだ。オレはいつだってセレスの傍にいて、その涙を止めてみせる」

「レオンハルト様……ッ」


 セレスティーヌがオレの胸に顔を押し付けるのがわかった。


 オレは、フルフル震えるセレスティーヌの背をそっと撫でた。



 ◇



「うーむ……」


 オレの指先には水の玉が浮かんでいた。水の初級魔法だ。オレはなぜか水魔法が使えるようになっていた。


「これがウンディーネの言っていた加護ってやつか……?」


 仮にそうだとしてもウンディーネのしたことを許すわけにはいかないが、それでもありがたいといえばありがたいか。使える魔法が増えたからな。


 オレの魔法は大精霊に匹敵する。今のオレは、制限付きとはいえ大精霊二体分に匹敵するほどの戦力を持っていると言えるのではないだろうか?


「まぁ、大精霊に比べたら魔力が少なすぎるか……。あまり自分を過信するのはやめよう……」


 これからゲーゲンバウアーという大国を敵に回すのだ。臆病なくらいでちょうどいいだろう。


 問題は……。


「ヴァッサーならば退けられる。だが、ウンディーネは厳しいか……?」


 ウンディーネは、公式資料集では慈悲深い大精霊として語られていた。おそらく、ゲーゲンバウアーの民が殺されれば黙ってはいないだろう。


 ということは、オレたちはゲーゲンバウアーの兵士や奴隷商を殺すことなくルクレール王国から追い出すことが求められる。面倒だが、今の時点でウンディーネを敵に回すのは得策じゃない。


 ウンディーネ自身はルクレール王国の侵略には消極的な立場だと言っていた。奴の言葉を信じるのは癪だが、今は信じてやるか……。


「しかし、本当にウンディーネがルクレール王国の侵攻に消極的ならば、そもそもゲーゲンバウアー王国がルクレール王国へ侵攻することもないはずだが……?」


 この世界の人々にとって、大精霊は神にも等しい。神に背いてまで戦争をするものだろうか?


「ウンディーネの言葉を信じるのなら、ウンディーネの言葉は人々には届かなかった。ウンディーネの言葉を遮った者がいるのか……?」


 うーむ……。


「わからん……」


 真相は闇の中だ。

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