第57話 ステーキ②
『そんなにおいしいのか?』
オレとセレスティーヌがおいしいおいしいと食べるからか、それとも匂いに釣られたのか、生の牛肉を食べていたグレンプニールがオレたちを見ていた。
「はい。グレンプニール様もお召し上がりになりますか?」
『ふむ。試してみるか……?』
「少々お待ちください。わたくしがご用意いたします!」
『よろしく頼む』
「はい!」
グレンプニールの要望を受け入れて、セレスティーヌがもう一度ステーキを焼き始める。油を敷き、塩を振った牛肉をトレイの上に置いた。
ジューッと音が鳴り、甘い香りが漂ってくる。幸せの音だ。
オレはセレスティーヌが焼いてくれたステーキを食べながら思う。ユッケも捨てがたいが、お肉は焼いてこそだと。
お肉を焼くセレスティーヌの顔は真剣そのものだ。そんな顔のセレスティーヌも凛々しくて素敵だ。ステーキだけに。
「そろそろ……」
セレスティーヌが意を決したようにトレイの上のお肉をひっくり返す。そして、ジッと見極めるようにステーキを見続けていた。
セレスティーヌももうステーキの極意をマスターしたようだね。ひっくり返すのは一度だけ。それ以外はお肉に触らない。
「できました!」
しっかりタイミングを見計らったセレスティーヌがステーキをトレイから取り上げてお皿に乗せた。オレから見ても完璧なステーキだった。きっとグレンプニールも満足するだろう。
「グレンプニール様、ご用意できました」
『感謝する、セレスティーヌ』
グレンプニールの前にちょこんと置かれたステーキの乗ったお皿。両者のサイズが違い過ぎて、ちょっと面白い光景だ。
例えるなら、大型トラックの前にお皿に乗った刺身を一切れ差し出した感じだろうか。それぐらいサイズ感が違う。グレンプニールは大きいのだ。
『では、頂こう』
「どうぞ」
グレンプニールが器用にステーキを摘まむと、口に放り込んだ。一口である。
『ほう!? 脂がとろけて……。肉汁が溢れ出す!』
歓喜の声をあげて、グレンプニールがステーキを丁寧に味わっていく。
『ふむ……。もう終わってしまった……』
しかし、至福の時はすぐに終わってしまった。オレたちにとっては食べ応えのあるとても大きなステーキだが、グレンプニールにとっては一切れの刺身のようなものだからね。
「おかわりなさいますか?」
『うむ! 頼む!』
セレスティーヌの言葉に大きく頷き、グレンプニールは牛から肉を引き千切ったのだった。
◇
『まさか、肉を焼くだけでこれほど美味になるとは……!』
そう言って、グレンプニールがほうっと満足げな溜息を吐く。
あの後、グレンプニールも含めてステーキ祭りを開催した。
グレンプニールが焼いたそばからステーキをパクパク食べていくものだから、オレもセレスティーヌもステーキを焼くのに大忙しだった。
まぁ、オレもセレスティーヌもお腹いっぱい食べたけどね。オレも大食いだと思っていたけど、さすがにドラゴンには負けたよ。あの大きかった牛は、気が付けば骨ばかりになっていた。
聞けば、あの大きな牛、オックスはグレンプニールが腹の減ったオレのためにその辺で狩ってきたものらしい。かなりデカい牛のモンスターなんだが、三人でぺろりと平らげてしまったな。かなりおいしかったよ。
オレの舌が確かなら、オックスはオレが普段から食べていたどの牛よりもおいしかった。例えるなら黒毛和牛って感じだ。デカいしモンスターだから難しいかもしれないが、家畜化できたらいいね。
「レオンハルト様、ご満足されましたか?」
「ああ。とてもおいしかった……」
セレスティーヌに膨れたお腹を摩りながら頷いて返す。セレスティーヌはニコニコの満面の笑みでオレを見ていた。かわいい。スクショしたい。
『レオンハルト、セレスティーヌよ。今日はいいことを教えてくれた。ただのオックスが焼くだけでこれほど美味な肉に変わるとは……。我も想定外のことであった。人間の知恵というのも侮れんな』
グレンプニールが感心したように何度も頷いている。そんなグレンプニールを見て、オレとセレスティーヌは顔を合わせて笑ってしまった。
「料理は奥が深いぞ、グレンプニール? 人間の中には、うまい料理を作るために一生を捧げる者もいるくらいだ」
『ふむ。それも今ならばわかる気がするな。我の常識が変わるほどの衝撃であった。料理に魅了される者もいるだろう』
「わたくしも精進しようと思います!」
両手を胸の前でキュッと握ってみせるセレスティーヌの可憐なことこの上ない。なんでオレの脳には録画機能が無いんだ?
『うむ。セレスティーヌよ、励むがいい。レオンハルトのためにもな』
「は、はい! もう、グレンプニール様は意地悪です」
『カッカッカッカッカッカッ』
セレスティーヌとグレンプニールのやり取りを微笑ましく感じながら眺めていたら、無性に眠たくなってきた。
「ふぁー……」
オレはあくびを噛み殺すと、だんだん重たくなる瞼に従って目を閉じた。
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