第38話 一抹の不安

 私、エンゲルブレヒトは思う。レオンハルトは底が知れない。


 私と初めてした決闘。あの私の尻を燃やした手の内もわからず、その見た目に似合わず武術にも達者のようだ。


 そして、今日見たアダマンタイトの鎧の焼失。さすがになにかトリックがあるだろうとは思う。アダマンタイトの鎧を蒸発させるなどとても信じることができない。


 だが、その手口がまったく分からない。


 教師の先生のあの驚愕の表情に嘘はなかったとは思う。先生はグルではない。だとすると、どうやってクラスメイトの目の前で鎧を消したんだ?


 炎を出して皆の視線を奪うというのはわかる。だが、問題はその後だ。アダマンタイトの鎧は超重量の金属の塊だぞ? 移動させるのも一苦労な代物だ。そんなものをどうやって短時間で消せる?


 まさか、本当に蒸発した?


 バカな。そんなことはありえない。


「おいおい、どうしたんだよ、エンゲルブレヒト? 俺たちは必ずレオンハルトに勝ってセリアちゃんを解放する! そうだろ?」


 弱気な私をユリアンが叱咤する。


 常ならば私もその通りだと答えただろう。だが、あの不敵なレオンハルトを見れば……。奴のトリックを暴かないことにはこちらの勝利はないのではないだろうか? そんな気さえしてくる。


「レオンハルトは底が知れない……」


 気が付けば、私はそう弱音を零していた。


「エンゲルブレヒト、まさかあなたは、あの男がアダマンタイトの鎧を本気で燃やし尽くしたと考えているのですか?」

「さすがにそうは思いません。ですが、アンネリーエ殿下。レオンハルトが我々の目の前からアダマンタイトの鎧を消したのは事実なのです。そのトリックに気付かぬ限り、我々に勝利はないのではないか。そう思ってしまうのです」


 私の言葉にアンネリーエ殿下が少しだけ考えるように目を伏せた。しかし、その眼は開けられ、私を射抜くように見つめる。


「エンゲルブレヒト。あなたは相手を過大評価しているにすぎません。相手がトリックを使うというのなら、その隙を与えなければよいのです。手品にもタネがあるでしょう? その準備をさせなければいい」

「なるほど……」


 アンネリーエ殿下の言葉は確かに理に適っていた。相手が手品師ならば、タネを見破るのではなく、タネを用意する時間を与えない。


「次回、あなた方があの男に決闘を挑む時、わたくしが審判をしましょう。そして、わたくしたちが優位に戦える場所を用意するのです。そうすれば、あの男にタネを仕掛ける暇さえ与えません」

「さすがお姫様だな!」

「いえいえ。ユリアン、あなたには期待していますよ?」

「おう!」


 これならたしかに勝てるかもしれない。


 勝てるかもしれない、か。私はまだあの男を過大評価しているらしい。


 だが、どうしても一抹の不安が拭い切れなかった。



 ◇



「うむ! おかわりだ!」

「かしこまりました」


 学園の食堂。さすがに貴族の学校だけあって食事が豪華でおいしい。おかわりが進む進む。


 セリアが手を上げて食事を乗せたワゴンを引くメイドさんを呼び止めると、空の食器と料理の乗った皿を入れ替えてくれた。


「ありがとう、セリア」

「いえいえ。レオンハルト様、次のおかわり分を注文した方がいいですよ」

「そうだね。うーん、どれにしよっかなぁ……。このムニエルを五人前と、ヴルストの盛り合わせを三人前。それと……」


 まだ食べる気なのかとドン引きしていそうなメイドさんに注文を終えると、オレをニコニコと見ているセリアと目が合った。


 セリアはもう食事を終えたらしい。いつものことだけど、待たせちゃうのは悪いなぁ。でも、この体は燃費がひどく悪いんだ。


「ごめんね、セリア。退屈だろう?」

「いいえ。お食事を本当においしそうに召し上がるレオンハルト様を見ていると、私まで嬉しくなってしまいます」

「そ、そう?」


 なんだかセリアに見られながら食べるのは恥ずかしいなぁ。


 恥ずかしい。でも食べちゃうううううう。ぐぬぬ……。


 テーブルの上に残った料理や、運ばれてきたおかわりもぺろりと平らげ、ようやく腹八分目になって落ち着いた。


「そうだ。おやつの注文もしておかないとね」

「はい。こちらが今日の提供できるお菓子のようです」

「さすがセリア。準備がいいね」

「はい! レオンハルト様のことですから」


 その輝くような笑顔になんだか照れてしまうよ。


 オレは昼食だけではなく授業の合間にもおやつを食べたりしてる。この食堂がおやつにも対応しててよかったよ。元々、女の子たちのお茶会用に準備しているらしい。オレはそれを少し拝借しているのだ。


「じゃあ、このバームクーヘンをホールで二つと……」

「そんなに食うのかよ!?」

「ん?」


 声に振り返ると、ユリアンとエンゲルブレヒトがいた。


「なんの用だ? オレは食事中だ。用件なら後にしてもらおう」

「まだ食うのかよ……」

「それくらいは待ってやる」


 そう言って、エンゲルブレヒトがテーブルの上にドンッと革袋を置いた。

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