第13話 剣の先生オイゲン
「え!? 剣を習いたい!?」
剣を習いたいとカミラに言ったら、大袈裟なくらい驚かれてしまった。
まぁ、この世界では貴族は魔法使いだ。普通は武術ではなく魔法の腕を磨く。魔法は尊いもの、武術は平民の技として蔑まれることもあるくらいだ。
そんなものを習いたいといえば、驚かれるのも無理はない。
「カミラも知っているだろう? オレは火の魔法しか使えない。使える技はいくらあってもいいだろ?」
それに、火の魔法の中には身体能力強化の魔法もある。武術との相性はピッタリだ。
「レオンハルト様がいいのであればよろしいのですが……。すぐに手配いたします」
「なるべく早く頼む」
カミラは次の日にはオレの剣の先生を確保していた。優秀だね。
「えーっと? レオン、ハルト様だっけか? 儂はオイゲンだ。よろしくな」
「ああ、よろしく頼む」
オイゲンは白髪に深いシワの刻まれた顔をした鋭い目の老人だった。うちで魔法の先生をしているドミニクの冒険者時代のパーティメンバーだったらしい。昔はかなり強かったらしいが、今でも見ていると背筋が伸びるような思いがする威圧感があった。
「儂はあんま人に教えるのが上手いわけじゃねえ」
じゃあなんで来たんだよ?
「技は見て盗むのが基本だ。それを覚えておいてくれな?」
「ああ」
なんだか日本の職人みたいなことを言うな。
「じゃあ、まずは打ち合うか」
「え?」
だが、オイゲンは本気なのか、すらりと剣を抜いて構えた。
一気に威圧感が増したな。かなりの強敵であることが肌で感じることができる。
「さあ、抜け」
「普通、こういうのって素振りからじゃないのか?」
「そういうのはまずを実力を見てからだ」
「そういうものか?」
オレもすらりと腰の剣を抜いた。
オレの剣もオイゲンの剣も刃引きされていない真剣だ。
真剣なんて初めて持ったな。剣は予想以上に重く感じた。剣先がぷるぷる震えてしまう。下手に振ればすっぽ抜けそうだ。
こんなの実力を見る以前の問題だろ?
オイゲンはなにを考えているんだ?
「お前、なにか隠してるな?」
「ん?」
「本気でこい! そうじゃなきゃ稽古になんねえぞ?」
「ほう?」
たしかに手がないわけじゃないが……。
オイゲンにはわかるのか?
「じゃあ、遠慮なく……。フィジカルブースト」
その瞬間、ふっと体も手に持った剣も軽くなった。
『フィジカルブースト』は、自身の身体能力を上げる魔法だ。その効果はすさまじかった。剣の震えはピタリと止まり、頭までスッキリ冴えた気分だ。
今ならなんでもできそうなほどの全能感だ。
「ほう? こりゃ……! だが、まだ本気じゃないな?」
「わかるのか?」
「そりゃ、この歳まで剣に生きてきたからな。相手の強さはだいたいわかるつもりだ。それで? 本気は出さないのか?」
「死んでも知らんぞ?」
「上等だ!」
この爺さん、血気盛ん過ぎない?
「はぁ……」
オレは溜息を吐くと魔法を唱える。
「エンチャント・ファイア」
その瞬間、手に握る剣にヘビが巻き付くように炎が巻き付く。
「これでいいか?」
確認するようにオイゲンを見ると、オイゲンがこれ以上人の顔に喜色を浮かべるのは不可能というほどの笑顔を見せていた。
そして、オイゲンは腰の剣をもう一本抜いた。二刀流だ。
「ははははッ! 長生きはするものだな! さあ、死合おうぞ!」
「えー……」
オレ? もちろんドン引きである。
だが、オイゲンは待ってはくれない。
「ッ!?」
突然、オイゲンの姿が消えた。
いや、違う! オイゲンがまるで地を這うような低姿勢で突っ込んできたのだ。
速い。『フィジカルブースト』で強化された目がギリギリ追えるくらいの速さだ。
始めの合図も無しかよ!?
◇
儂、オイゲンは縮地の極意を発揮して相手の懐に潜り込もうとする。
しかし――――ッ!?
「ッ!?」
レオンハルトと目が合った。
まさか、縮地を極めた儂の突撃に対応するのか!?
一目見た瞬間、その異常さには気が付いた。
まるで昔冒険者としてダンジョンに潜り、やっとの思いで討ち取ったサイクロプスキングをも超える重圧感。
それを成人前の貴族のボンボンから感じるとは、とうとう儂の勘も鈍ったかと思ったがとんでもない。
ああ、とんでもないバケモノだ。
「シッ!」
縮地は捕捉されたが、それだけで勝負が決まるはずもない。
使うスキルは双剣の中でも最速のスキル『飛燕斬』。受けられるものなら受けてみるがいい!
その時、レオンハルトの剣が動いた。その動きはまるでド素人。だが、速い――――ッ!?
その瞬間、儂は確かに見た。
生涯をかけて集めた最強の二振り。その宝剣たちがまるで熱したナイフでバターを切るように斬られていくのを。
あんななまくらの剣で!?
ありえない!?
だが、現実は非情だ。
儂は剣を二振りとも失い、喉元に剣を突き付けられていた。
その剣には宝剣を斬り捨てたというのに傷一つなく、ただ紅蓮の炎に飾られていた。
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