第3話 セリアのいる日常

「レオンハルト様、お茶でございます」

「ああ。ありがとう、セリア」


 そうして、セリアのいる日常が始まった。セリアはオレ付きのメイドになるべく修行しているらしい。


 幸い、セリアは文字も書けるし、礼儀作法の呑み込みも早い。優秀なメイドさんだった。


 しかし、笑わない。


 オレはセリアの笑顔を見たことがない。


 まぁ、笑える状態じゃないのはわかるつもりだ。


 故郷を失い、家族を失い、姫というその地位も失い、今では知り合ったばかりのオレの奴隷だ。


 だが、オレはセリアに笑ってほしかった。その笑顔を見たかった。


 自分のわがままだというのはわかっている。だから強要はしないが、いつか自然にセリアが笑える日がくることを祈っている。


「セリア」

「はい」


 相変わらずの悲壮感を滲ませた無表情だ。


「少し、お茶に付き合ってくれ」

「はい?」

「セリアと話したいんだ」

「…………」


 セリアが困ったようにカミラの方を見た。


 セリアの作法を見守っていたカミラは、困ったことだと言いたげに肩をすくめると、セリアに頷いた。


「……失礼いたします」


 セリアがオレと向かい合うようにソファーに座った。


「さて、なにから話そうか? ここでの生活には慣れたかい?」

「少しは……」

「いじめられていない? なにかあったらすぐにオレに教えてくれ。どんな些細なことでもいい」

「いいえ。みなさま、とてもよくしてくださいます……」

「それはよかった」


 それからオレはいろいろなことをセリアと話した。幼い時の失敗談とか、笑える話だ。


 でも、セリアはクスリともしなかった。


 本当は、イフリートが最後までセレスティーヌの身を案じていたことや、オレがセリアの秘密を知っていて、それでも守ると誓ったことなども言いたい。


 しかし、それはイフリートとの最期の約束でできない。


 きっとイフリートは、セレスティーヌに希望を残したかったんだと思う。今は辛くても、いつか大精霊イフリートが助けてくれるという希望だ。


 イフリートの想いをオレは踏みにじることはできない。


「あの、レオンハルト様……」

「どうしたんだ? なにか欲しいものでもある?」


 セリアから言葉をかけてもらえたことが嬉しくて、オレの気持ちは天にも昇りそうだった。


 だが、続くセリアの言葉でオレは天から突き落とされる。


「髪を切りたいのです。お許し願えますか?」

「髪を……?」


 たぶん、セリアは少しでも姿を変えたいのだ。


 今、王家がセレスティーヌの行方を血眼になって探している。


 セレスティーヌの身柄を確保して、ルクレール王国の支配を正当化したいのだ。


 だから、セリアは髪を切りたいと言っている。


 奴隷の身だから自由に髪を切ることもできない。だから、主であるオレに願い出ている。


 本当なら、セリアを奴隷なんて立場から一刻も早く開放したい。奴隷なんて制度にオレは反対だ。でも、オレの奴隷ということでセリアを守れている側面もあるのだ。


 ただの平民なら無下に扱えても、侯爵家の嫡子の奴隷なら無下に扱えない。


 それに、もし王家に見つかった時も、セリアがオレの奴隷なら、オレがNOと言えば身柄引き渡しに応じなくてもいい。その時、恨まれるのはオレであって、セリアではない。


 悲しいが、セリアには奴隷のままでいてもらおう。


 そのことが、後々彼女を守ることにもつながる。


「セリアの長い髪はとても綺麗だと思うけど、新しい髪型も気になるね。いいよ、これから髪型や服装はセリアの自由にしていい」

「ありがとうございます……」


 セリアの首の奴隷の証である魔法のタトゥー。それを苦々しく思いながら、オレは敢えて明るい口調で言った。


「今日はこれから算数の授業でね。そうだ、セリアも習うといいよ」

「はい?」

「だから、セリアも一緒に算数の授業を受けよう。一人だとつまらないんだ」

「あの……?」

「いいだろ、カミラ? セリアも算数ができるに越したことはないぞ?」

「仕方がありませんね。セリア、レオンハルト様と一緒に算数の授業を受けなさい」

「よろしいのですか?」

「いいに決まってるだろ。前々から一人では張り合いがないと思っていたんだ」


 そんなことを言ってオレはセリアに算数の授業を受けさせることにした。


 この調子で他の授業もセリアに受けさせよう。


 これは、学習する機会を奪われてしまったセリアに、少しでも学習する機会をあげたかったからだ。


 オレは前世で社会人になって、勉強する大切さを少しは知ったつもりなのだ。仕事に追われて勉強する時間もないというのはかわいそうな気がした。


 たぶん、セリアもルクレール王国ではちゃんと勉強していただろう。でも、まだ九歳だ。いろいろなことが中途半端になっているに違いない。


 それを少しでも補えたらいい。


「今日は小テストがあるらしいからな。どっちが点を取れるか競争だ」

「はい……」


 子どもらしく盛り上げてみたが、セリアの表情は沈んだままだった。


 だが、セリアは逞しい子だ。その身を主人公に捧げることでルクレール王国の解放を主人公に願い出るほどに。


 まぁ、最終的には主人公に惚れてサブヒロインになるんだけどね。でも、セリアが主人公に近づいたのは、最初はルクレール王国最後の王族として、ルクレール王国を解放することが目的だった。


 セリアにそんな惨めな思いはさせない!

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