第2話 誓いの炎
「まったくお前は……。お前はこのクラルヴァイン侯爵家の嫡子なのだぞ? それなのに奴隷市など下賤な遊びに興じおって……。少しは嫡子としての自覚を持て」
「すみませんでした、父上」
屋敷に帰ったオレを待っていたのは、呆れたような顔でオレを見ているオークキング……。ではなく、アルトゥル・クラルヴァイン侯爵と、扇子で顔を隠してはいるが、明確に蔑んだような視線でこちらを見てくるベネディクタ・クラルヴァインだった。オレの父親と母親だ。
「この歳で奴隷の少女を買うだなんて、いったい誰に似たのかしら?」
母親の寒々しい流し目が父親を襲う。
やっぱり自分の子どもが奴隷の女の子を買ったことにかなりご立腹なようだ。
「なぜそこで私を見るんだ?」
「あなたの若い頃を思い出していたんです。町娘や使用人の娘を手当たり次第……。それがわたくしをどれだけ悲しませたか……」
「む、昔は昔だ。今はキミ一筋だよ?」
「本当かしら?」
「本当だとも。その証拠というわけでもないが、今夜どうだ?」
「あなた、子どもが見ている前ですよ」
父親が冷汗をかきながら、必死に母親のご機嫌を取っていた。母親も満更ではなさそうだし、これはこれで夫婦仲はいいのかな?
まぁ、後年、オレはこの二人に嫌われてしまうわけだが……。
「申し訳ございませんでした、父上、母上。失礼します」
そんなこんなで父親の書斎を出たオレは、速足で応接間へと向かう。
にしても、大きな家だね。高そうな絵画や壺なんかが所々に飾ってあって、とても裕福な気配を感じる。
コンコンと応接間のドアをノックし、返事を待ってから入室すると、そこには粗末な服からメイド服に着替えたセレスティーヌ、セリアの姿があった。
ちょっとメイド服が大きいのか、ぶかぶかした様子がかわいらしい。自然と眉が下がってしまう光景だ。
「レオンハルト様、お申しつけの通り、セリアの体を洗い、メイド服を着せておきました」
「よくやってくれた、カミラ」
オレの言葉に中年のふくよかなメイドが一礼する。彼女はカミラ。オレに仕える筆頭メイドだ。
『ふむ。やっと戻ってきたか。待っていたぞ』
そしてやけに偉そうなイフリートも一緒だ。いやまぁ、実際大精霊だから偉いんだけどさ。
「カミラはセリアにメイドの仕事を教えていてくれ」
「かしこまりました。こちらです、セリア。まずはメイドとしての礼儀作法からです」
「はい……」
相変わらず生気のない顔をしたセリアを連れて、カミラが部屋を後にした。
「イフリート、話があるんだろ?」
『察しがいいな』
オレがソファーに座ると、イフリートがテーブルの上に陣取った。
『まず、貴様も気になっているだろうあの少女の正体についてだ。あの少女の本当の名はセレスティーヌ・ルクレール。ルクレール王国の姫である』
「ああ」
『……驚かないのだな?』
ここまではゲームを通じて知っている情報だ。それよりも……。
「イフリート、あなたはルクレール王国を守る大精霊のはずだ。なぜここにいるんだ? なぜオレにだけ見える?」
ゲームでのイフリートは、その存在だけを仄めかされる存在だった。ゲームの設定資料集で、力を失った後は行方不明と書かれていたが……。なぜここにいる?
そして、イフリートがオレにだけ見えるのはなぜだ?
『戦いに敗れた我だが、ルクレール王国の最後の王族となったセレスティーヌをなんとしても守りたかったのだ……。力を失った我にはなにもできなかったがな……。我の姿が見えるのは、貴様が精霊眼の持ち主だからだ』
「精霊眼……?」
そんな単語はゲームの資料集にも登場しなかったが……。
「あ……」
まさか、レオンハルトの秘密の力って、この精霊眼のことか?
「その精霊眼って……」
『今は時間がない。貴様にはある誓いを立ててもらう』
「誓い?」
『そうだ。我に代わってセレスティーヌを守り抜くという誓いだ』
「我に代わって……? あ!?」
偉そうに見えたイフリートだが、その体は今にも崩れかけていた。
そうか。ゲームのレオンハルトはこの誓いを立てたのか。
このゲームの世界では、精霊は信仰の対象だ。大精霊となれば、それは神にも等しい。そんな存在が、今にも消えそうな状態でも一人の少女の身を一心に案じている。
きっとレオンハルトはその姿に胸を打たれたのだろう。
鈍感なオレでもこれが感動的な場面であることがわかった。
「……オレのやり方でもよければ、オレはセレスティーヌを生涯守り抜くと誓う」
オレはセレスティーヌを守りたい。推しキャラだったこともあるし、一目見てセレスティーヌに恋に落ちた。
セレスティーヌのためになるのならば、なんでもしたい。
でも、そのためにゲームのレオンハルトのように自分を投げ出したりしない。
オレもセレスティーヌも幸せになれる道を探すんだ!
『ここに契約は成立した。その誓い、ゆめゆめ忘れることのないようにな』
「イフリート!?」
イフリートがサラサラと空気に溶けるように消えていく。
それと同時に、オレの体が内側から燃えるように熱くなった。
『この契約は他言無用だ。たとえセレスティーヌにも言ってはならぬ』
「ああ……。くっ!?」
あまりの体の熱さに、オレは意識を失った。
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