空を見る
夜空の星
第1話 始まり
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?「ああ……今日も星が輝いているなあ。実に良い景色だ」
床、壁、天井全てが透明、入り口の扉の上に『白い無地で、真ん中に木、その上に三本足の鳥の旗』以外何もない部屋の中から、その透明な板の先に見える星たちを、とある男性が見上げている。
?「またここで日向ぼっこですか?閣下」
彼が矯めつ眇めつ眺めていると、入り口から綺麗な黒色の髪をした美しい女性が入ってきた。彼女の目には、金色に輝く三本足の烏の模様が浮かび上がっている。
?「閣下。日向ぼっこするのは構いませんが、もう少しご自分の立場を理解していただきませんと」
その女性はそう戒める。彼女の顔には、呆れのような、しかし愛おしむような雰囲気が窺える。
?「まあまあ、いいじゃないか。お前もするか?この美しい星たちを眺めていると、心が浄化されるぞ?」
男性は振り返ることもせず、飄々とした様子で答える。
男性の様子に女性はため息をついて返す。
?「はあ……何度も言いますが、閣下?」
?「ん?」
?「あなたは、この国の心臓であり、脳であり、神経です。そうフラフラと、宇宙クジラのように勝手にどこかに行かれると、我々が困ります」
女性の言葉に、男性は振り返った。彼の顔には笑みが見える。
?「いやいや、フラフラ出歩くのは、昔から変わらんだろ?今更だよ」
笑ってそう言うと、彼は再び星を眺めだした。
?「はあ……確かにそうではありますが……」
男性の居ずまいに、女性は呆れ果てた様子。
ひとしきり笑った男性。彼は笑うのを止め、神妙な様子で尋ねる。
?「…………そろそろか?」
尋ねられた女性は、一転し背筋を正して答える。
?「……はい」
女性からの返事に男性は笑みを浮かべると、
?「……そうか……私もすぐ向かう。先へ行き、準備せよ。親衛隊は動かすな。いつものように、動くときは私が合図を出す」
振り返ってそう言った。
?「了解しました」
女性が答えると二人は、扉の上にある『白い無地で、真ん中に木、その上に三本足の鳥の旗』へ向かうと、
?「……偉大なる我らが祖国に」
⦅栄光を!!!⦆
そう声を揃えて言うと、女は部屋から出て行った。
女性が部屋を出ていくのを見た後、男性は星を眺めなおす。
彼は、食い入るように星を眺める。
その折、バサバサ!と音を立てて、数匹の黒い鳥が一斉に空へと飛び立った。それは烏のような何かだった。
星の輝きと、その鳥の影が重なった時、
?「…………ん?……ほお。今回は久しぶりに楽しめそうだな」
男性は心底嬉しそうに、これから遊園地に行く子供のように、そう呟いた。
彼の眼に三本足の烏の模様が浮かび上がり、金色に輝くと忽ちに、その輝きは失われた。
風も吹かない、何もない部屋で、男はただ空を見ている。
日本国 某県 某高等学校
白い跡一つない綺麗な黒板。開け放たれた窓からは太陽の光が差し込み、室内に照明を供給している。制服を着た何人もの生徒がいる教室は、彼らの話声で賑わっていた。
「あ~~~……終わった。あ~終わった。後ろにもあるとか知らねぇよ……」
「え、お前、まじ!?後ろの問題解いてねぇの?」
「yes.I didn't notice the question behind the test sheet.]
「何で英語なんだよ。しかも発音良いし」
教室の左側で、二人の男子が向かい合って話している。
「いやぁ~、今回は補修は受けなくて大丈夫かな」
「ほんとぉ~?そう言って、いつも補修になってんじゃん」
「そうそう。抜け駆けする気~?」
「違うよ~。親から言われてんの。今回補修になったら家庭教師を雇うか塾に行かせるって」
「うわぁ~。そりゃきっついね」
「あ!そういえば、最近見つけたカフェに行かない?いっぺん行ってみたんだけど……」
更に、教室の後ろでは三人の女子が話に花を咲かせている。
テストの話かと思ったら今度はカフェ、次に俳優、おっと、さらにはカラオケ。話を二転三転させながら、予定を決めている。
ここは日本のとある高校。この高校ではたった今、定期考査が終了したところだ。
教室の至る所で生徒たちが話に花を咲かせている最中である。
?(あ~つかれた……さ~て、本でも読むか)
窓際近くの席に座り、ぼんやりとした、気だるそうな雰囲気の男子。
黒い髪、黒い目をし、顔は整っている。アイドルグループに居そうな顔立ちに、どこか大人びた様子も見て取れる。
彼は鞄から一冊の本を取り出すと、椅子に体を預けてそれを黙々と読み始めた。
読んでいる本の表紙には、ミクロ経済、マクロ経済の文字がある。
その彼の元に歩み寄る女子が一人。
? 「ソラったら、また本読んでる。飽きないの?それ」
その女子は男子の目の前に立つと話しかける。
ソラ「ん?な~んだリリー?仕方ないだろ。面白いんだから」
彼がソラである。そう呼んだ女子をソラは見る。
? 「経済とかさっぱり。どこが面白いのか……。というか、またリリーって……」
黒い髪、スリムな体つきをした、活発な雰囲気で、可愛らしいというよりは綺麗という言葉が似合う彼女は、呆れた様子だ。
ソラ「{百合}だから{リリー}、間違ってないだろ?」
百合「はあ……まあいいや。それで、今回のテストはどう?」
変わらぬ様子でいるソラに、いつものように返す百合。彼女の口端はほんの少し上に上がっている。
ソラ「まあ……あの程度の問題を解くくらいだったら、本を読んでたほうが有意義な時間をおくれるな」
百合「いつも通りの感想じゃん。もう少し、メニューにレパートリーは無いの?」
ソラ「つってもねぇ……それ以外の表現方法が見当たらんからなぁ。……ああ!経営の方が、っちゅう答えがあるな。それは置いとくとして。ほいで?またいつものか?」
百合「そう。いつもの時間で明日集合、おっけ~?」
ソラ「はいはい、わかったよ」
二人はいつものようにハイタッチした。
翌日の朝頃、大きな黒いバッグを持ったソラは灰色のスプリングコートを着て大きなビルが立ち並ぶ街へ繰り出すと、散策を始めた。
街は休日なこともあってか、数えきれないほど多くの人がごった返している。
信号が青になると、車道の車が一斉に走り出す。
横断歩道に人が集まり、歩行者用信号機が青になると歩き出す。スマホを片手に見ながら歩いている人もいれば、あれは恋人同士だろうか、腕を組みながら歩く一組の若い男女もいる。
ベビーカーを押す人もいる。休日なのに仕事だろうか、スーツを着た男性もいる。どこか草臥れた様子の。
歩く人は十人十色。彼らはいつもの日常を送っている。
ソラ(ん。あの店、良さそうだな)
ある一軒の店を見つけたソラは店内に入っていく。
店の表には〇×アクセサリーという文字がある。
店の中は煌びやかな装飾が施されており、天井にはシャンデリアが垂れ下がって明かりを提供している。
ソラは脇目もふらずにカウンターへと向かう。
幾つかのアクセサリーが収納されている硝子張りのカウンターにいる女性の店員は、向かってくるソラを見て少し驚いた様子を見せるも、直ぐに表情を戻す。
店員「いらっしゃいませ。どのようなご用件で?」
ソラはカウンター内のアクセサリーを一瞥して店員に答える。
ソラ「ネックレスを探していまして、この店にあるネックレスを見せて頂きたいと……」
数分後、店を後にしたソラは、再び街を散策する。
衣料品店やアクセサリーショップ、宝石店を転々としては冷やかし、飽きてしまったのか本屋へと向かい、並んでいる本を眺める。
太陽が頭の上に来る少し前、ソラは街を離れて郊外の住宅街へと歩いた。
見慣れた住宅地内の公園では、親と共に数人の小さな子供が砂場やブランコで遊んでいる。
更に歩いていくと、道端で三人の女性が何か話をしているのが目に入る。
そういったものには目もくれず、ソラはスタスタと歩いていく。
そうすると、道を白い猫が歩いているのが目についた。
ソラは立ち止まって白い猫を見つめていると、その猫もソラに気付いたようだ。
猫はソラのもとに歩いていき、足に体を擦りつかせる。
ソラが猫の体を優しく撫でると、猫はゴロゴロと喉を鳴らす。
ソラは数分程撫で続けると、力を振り絞って猫と別れた。
歩くこと十数分、とあるごく一般的な家に着いたソラは玄関チャイムを押す。
少しして、扉を開けて中から女性が出てくる。
「いらっしゃい、宙翔君。百合は部屋で待ってるから」
ソラ「はい。お邪魔します」
ソラは玄関で靴を脱ぎ、家へ入る。
玄関の右手に見える階段を上がり、視界に入ってきた二つの部屋の内、右側の部屋の前で立ち止まる。
ソラが「来たぞ」と言って扉を叩くと、中から「ちょっと待って」という声が聞こえ、一寸すると扉が開いた。
百合「いらっしゃい!さ、入って」
ソラを見た百合は相好を崩して、部屋に招き入れる。
水色を基調とした落ち着いた印象を与える部屋の中央に置かれたローテーブル、その近くに向かい合って腰を下ろした二人。
座ったソラはバッグの中から箱を取り出す。
ソラ「ほい。開けてみ」
そういって百合へと箱を渡す。
百合は箱を開けると、入っている物を取り出す。
百合「わぁ~……これ、ネックレス?綺麗~……」
ソラ「つけてみ。似合うと思う」
きらきらと輝く、いくつもの装飾が施されたネックレスを取り出した百合は、言われた通りそれを首にかけた。整った顔立ちの百合は、輝くネックレスも相まって、さながら姫のようだ。
百合「似合う?」
恥ずかしそうに聞く百合に、ソラは
ソラ「ああ。似合ってる。思った通り」
と、事も無げに答える。
嬉しそうな様子をしていた百合だったが、箱に着いた値札、そこに書かれてある値段を見て絶句する。
百合「…………ねえ、これ、もしかしなくても、結構高いよね?」
聞かれたソラは
ソラ「ああ。ざっと数十万少ししたかな」
衒いも無く答える。
百合「数十万……よく見たら、これダイヤモンドじゃん。そりゃあ……」
百合はネックレスを少し見つめると、微笑んでソラに礼を言う。
ソラは気にすることも無く、鞄から数枚の紙とパソコン、本を取り出して
ソラ「それじゃ、解説をやっていくか」
百合「おっけ~」
百合はネックレスを愛おしそうに箱に戻して、ファイルケースに入ったファイルを一つ取ってテーブルの前に座る。
百合はファイルから、数枚の紙を取り出し並べる。
ソラ「まずは、数学からな」
百合「うげぇ~……嫌いな数学だ~」
二人は数学の問題用紙を見る。
ソラ「大問一は定義に従って微分する奴だな。まあ、こんなのは導関数の公式を覚えておけばいいが、原理を理解したほうが手っ取り早い。まず、微分とはなにか、ということだが、関数において、ある地点のX座標と次の地点のX座標、この差を極限まで小さくする。そうして……」
数時間後。
ソラ「……そうすると、f(x)とg(x)のなす面積が求まる。これが積分だ」
百合「ほおほお。なるほどね」
ソラ「……ん」
ソラはふと窓を見る。既に空は紅くなり始めていた。
ソラ「……時間的にも頃合いだな。今日はこれで良しとするか」
百合「うん。ありがとね」
ソラ「いいって。気にすんな」
そう言うと、ソラは鞄の中に荷物を入れて帰る準備をする。
その様子を、百合はじっと見つめている。
ソラ「数学の解説は終わったし、明日は英語だな。それじゃ、また明日」
百合「うん。また明日……」
ハイタッチをすると、ソラは帰路につく。
少しずつ遠くなるソラの背中を、百合は寂しそうに見ていた。
数日後、ソラたちはいつものように高校生活を送っていた。
今日もまた、授業が終わり放課となる。
「連絡はこれくらいだな。じゃ、号令」
教卓にいる先生が連絡を終え、号令をかけるよう言う。
「起立」
ガタガタガタガタ……
「気を付け、礼」
⦅ありがとうございました⦆
号令役の生徒の声に生徒たちが音を鳴らして椅子から立ち、一斉に声を出して礼をする。
HRが終わって先生が教室から出ていき、生徒たちも帰ろうとした時、
「ん?何だ?何か眩暈が……」
「どうした?大丈夫か?……あ?俺も眩暈が……」
教室にいる者たちを、一斉に眩暈が襲う。
百合「なに…これ……」
ソラ(…ただの眩暈じゃない。こんな大人数が一斉に眩暈を起こすわけが……だめだ…意識が…)
教室中にいる者たち全員が意識を失った…………
「……んあ?何処だ?……ここ?」
「おい、起きろ!」
百合「ソラ!ソラ!起きて!」
ソラ(……ん?ここは……)
ソラ「!」
起き上がったソラは、周囲を見渡した。そこは何もない、真っ白な空間だった。
ソラ「…ここは……」
百合「わからない……目が覚めたら此処に……それに見て」
ソラ「なんだ?」
百合が指さす方向を見ると、何もないところから次々と、生徒が出現していた。
ソラ「あれは……」
百合「見た感じ、他クラスの生徒もいるみたい。……あれ?これ、私たちの学年全員来てない?」
ソラ「そうみたいだな……ただ、先生たちは来てないみたいだ」
続々と現れる気絶した生徒たちを起こしていると
〔お~お~、いっぱいいるな~〕
どこからともなく、少年のような声が聞こえた
?〔全く、朝令暮改にもほどがあるよ。はあ……まあいいか〕
声を発している人物はどこにいるのかと、生徒たちが周囲を見渡していると、彼らから少し離れた地点の空中に、少年の姿をした人が現れた。
その少年を見た生徒らは、彼に驚愕する。
「おい……あいつ…」
「……空中に浮いてやがる……」
ソラ「…………」
空中に現れた謎の少年。日本人の特徴を押さえた容姿をした、黒いコートを身にまとい、帽子を深くかぶっているせいで顔が詳しく見えない彼は、生徒らへ話しかける。
?〔さて、人間諸君。いきなりこんなところに飛ばされて困惑しているところ申し訳ないが、まずは自己紹介といこう。〕
彼は少し帽子を上げると、金色に輝く三本足の烏の模様を浮かび上がらせる眼を生徒らに向け、不敵に笑って言う。
白虎〔僕は白虎〈しらとら〉。君たちの案内を務める者だよ。以後、お見知りおきを〕
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