ポエトリーデーモン —ポエミーな会社員 対魔ガールズに騙され、しぶしぶ詩魔と戦う—

森野 曜衛門

Poetry1 詩のサークルと魔物

第1話 サークル女子は塩対応 帰り際にはテロ警報

 詩を創ろう……


 頭のなかに誰のものでもない声が響いた。居眠りしてた。


 目を覚ますとそこは見知らぬ世界で冒険の幕が上がった。なんてことはなく残念ながらここは地場産センターの会議室だ。産業創生支援機構の調達説明会だった。


 パワポの資料を読み上げるだけの会議なんて無駄。そうだ詩を創ろう。


 外を眺める。


   寝ぼけ顔の会議室


   ここにぼくはいない

   ぼくがいるのは あの雲の上


   ふわふわの羽根布団に寝ころんで

   空はもう夕ぼらけ


   光ほどけて 溶けゆかば

   ぼくも ぼんやり ぼやけて ぼけて


 詩は日々の軋轢を慰めるささやかな抵抗だ。サラリーマンはそれで救われてる。


 終了時間で受講者は会議室から吐き出された。廊下で看板が目についた。

『詩のサークル』とある。


 俺は詩を一人でやってる。ポエミーとかバカにされるから。でも、もし同好の仲間がいっしょだったなら、もっとずっと楽しい気がする。たとえば詩集を小脇に抱えた女の子とかもいたりしてさ。


 そう、こういうの。こういうのでいいんだ。サークルかあ。

 意を決してドアを開ける。


 会議テーブルを囲んで部屋にいたのは二人の女子だった。

 座って頬杖をついている娘はメガネをかけていた。ニコッとした。


 もう一人、ホワイトボードの向こう側に腕組みして立っている女の子は、手足がやたら長くてモデルみたいだ。


 俺は彼女がいない。この出会いは運命かもしれない。


「なにかご用ですかぁ?」

 メガネの娘が声をかけた。


「えと、そっ、その…… サークルに入りたいんだ」

 ながらく彼女のいない俺の声はうわずっていた。


「わぉ! これは想定外ですよぉ」

 メガネの娘がリアクションする。


 なぜ想定外? まあ詩のサークルに希望者は来ないか。


「はあっ? あんたふざけてんの!」

 モデル風美人はなぜか喧嘩腰だ。


「どうしましょぉ〜」とメガネ女子。

「どうもこうもないっ。これ以上余計なメンバー増やさんでいいっつーのっ」


 も、揉めてる。


「ごめん。遅れちゃった」

 ドアが開いた。


「あれっ? 雨森あまもりくん?」

 丸顔のショートカットは総務の小宮山福乃こみやまふくのだった。


「リーダーの知り合いですかぁ?」

 メガネが福乃に聞く。どうやら福乃はサークルの部長らしい。なら鶴の一声で入れてもらおう。


「同じ会社の営業の雨森くんよ。でもなぜここに?」

 なぜって……

「ポエムが好きだから」

 声が小さくなる。


「キモっ」

 モデル風が言い放つ。ポエムのサークルでポエムが好きって言って、なぜ誹謗中傷されるんだ。


「君らだって詩が好きでサークルやってるんだろ」

「好き? どう? ヒカルは」

 福乃がメガネの娘に振る。


「ヒカルはぁ苦手かなぁ」

 メガネは苦笑した。


理多りたは?」

「嫌いに決まってんじゃんっ」

 モデル風が吐き捨てた。


「そうよね。わたしも詩は……嫌い。詩を憎んでいる」


「だったら、なんで詩のサークルをやってんだよ?」


「詩は遊びじゃない。わたしたちの逃れられない宿命、闘い、呪われた……」


 福乃はメガネにこづかれて黙る。

 どういう意味だ。厳しいサークルってこと?


 俺の質問に、三人は無言でお互いの顔を見合う。

 そのまま時間が過ぎていく。気まずくて俺はテーブルの上のこまごまとしたものに視線を移す。資料やパソコン、それに毛筆と硯の他に小さい金属の部品みたいのがある。ん、なんだ? 


「ま、いいんじゃないのぉ。入会動機がわたしたちが可愛いからだとしてもぉ」

 メガネの娘がしたり顔で沈黙を破った。


 んなことひとっことも言ってねーし。


「ふんっ、そういうこと。このキモオタがっ」

 モデル風はいちいち罵詈雑言だ。


 福乃はなるほどと手を打つ。

 いや納得するんじゃない。


「このサークルに女子がいるって知ってた訳じゃないし」

 モデル風は変質者を見る目でにらむ。一ミリも信じてない。


「まあ理多、せめて適性検査だけでもしてもらいましょう」

 同じ会社のよしみか、福乃はそんなふうに提案し、iPadを渡す。

 画面は申し込みフォームだ。

「雨森くん、入力して」


 収入に満足している→そう思わない。

 職場の人間関係はいい→そう思わない。

 彼女がいない→……


 回答に躊躇する。ずいぶんプライベートに踏み込んでくる。詩のサークルになんの関係があるんだ?


「正直に答えて。適性診断はAIが行います。私たちは見ない」

 福乃に促され回答を続ける。 


 彼女がいない→ YES

 政府に不満がある→ややそう思う

 この世界をひっくり返したい→ややそう思わない


 思想や信条を聞いているようだった。


 UFOやUMAなどの超常現象を見たことがある→  ……


 なんだこの質問。トンデモ系なのかこのサークルは。

 NOだ、NO。UFO見たなんて言ったら頭おかしいと思われる。


 戦闘訓練を受けている→ NO


 不穏な…… まるで兵士の適性を質すような設問じゃないか。


 質問はそれで終わりだった。

 てか、このエントリーフォーム、詩のことまったく聞いてなくない?


「はい、診断します」

 福乃は画面を覗き込んだ。


「見るんじゃないかっ! AIで診断じゃなかったのかよっ」


「だって見るって言ったら正直に書かないでしょ。パラメーターは正確じゃないと診断できないの」

「なんでサークルに入るのに自分をさらけださなきゃいけないんだ。恥ずかしいだろ!」


「えへぇ。わたしは恥ずかしいとこ晒すのって興奮しちゃいますぅ」

 にやぁと笑うメガネ女。なんだその変態発言。


「ポエムだとか恥ずかしげもなく言う奴に、いまさら恥ずかしいことなんてあんの?」

 性格クソ悪女は失礼を重ねる。


 メガネは画面をスクロールして全データをチェックする。

「ポエム好きってところは引っ掛かるけどぉ。まあ違うかなぁ」


「そうね、バトル経験もないだろうし。うん、雨森くんに適性はない。サークルには入れないわ」

 福乃が総括しておしまいだった。


 ひでえ。なんだよ! 俺の人生こんなのばっかだ。すごすごとドアに向かう。


「ねえ」

 福乃の声が呼び止める。


「数々の非礼はお詫びします。でも、こんなところ来ない方がいい。ここは雨森くんがいるべき場所じゃない」

 さっきまでの毅然とした態度と打って変わって、子を慈しむ母のような優しい目をしていた。


 部屋の温度が急に下がった気がした。冷えた部屋で福乃だけに温度があるように思えた。


「もういいよ」

 部屋を出る。ひどいサークルだ。こっちから願い下げだ。


 ただ一つ気になったことがある。テーブルの上にあったのは、見間違いでなければ銃弾だと思うのだ。なぜ詩のサークルに銃弾? 銃弾をテーマに詩を書くのか? いやいやいや。そんなものに詩情はない。

 いったいこのサークルはなんなんだ? 詩が嫌いだとかいう女ばかりだし。訳が分からない。首を振る。 


 エントランスから外へ出る直前に館内放送が流れた。

『緊急テロ警報。緊急テロ警報。当地区に暴力破壊活動が確認されました。ただちに屋内に避難してください。繰り返します……』


 今日は最悪だ。よりによって、このタイミングでかよ。

 詩のサークルと銃弾、そしてテロ。まるで関係のなさそうな事柄が不測に絡んでいく。不穏だ。


 パパンッ。

 そのとき建物の外で銃声がした。マジか⁉︎

 屋内にいなきゃ。警報も出ている。


 なんて日だ。ああ…… 踏んだり蹴ったりだな。

 俺はただ詩を創りたかっただけなのだ。できれば誰かといっしょに。今日は帰れるか? テロ警報はいつ解除されるのだろう?


 警報がやかましい。

 さっさと帰りたいが仕方ない。イライラしながらロビーに戻る。ソファーにどすんと腰をかけた。


 エントランスから避難者がどんどん入ってくる。ソファーが埋まっていく。

 窓という窓に自動でカーテンが降りてくる。

 放射線を防止するためだ。鉛のフィルムが織り込んである。テロ犯は小規模核爆弾を使う。電子機器を破壊するのだという。


 続々と人が入ってきた。

 屋内退避していれば大丈夫だ。

 自販機で飲みものでも買おう。退避は長引く。 


 ソファーを離れ、廊下を行く途中で轟音がした。窓が割れカーテンの隙間が開いてる。

 カーテンが閉じてないのはまずい。閉めよう。

 外から音が聞こえる。破裂音だ。テロリストが来てるのか。

 危険だ。カーテンを持つ手が震える。

 しかし窓の外を見て釘付けになった。外に人が倒れてる。


 小宮山福乃だ!


 誰かが助けに行かないと。ここには誰もいない。俺の他は誰も。

 なんで、あんな失礼な女のために。くそっ。


 割れた窓を抜け出す。粉々に割れたガラスが服に触れて落ちる。


「小宮山、大丈夫か! おいっ」

 駆け寄る。

 福乃は頭を振って身体を起こす。


 良かった。とにかく屋内退避させなきゃ。

 福乃は手に持ったものを向ける。


 それ…… 銃⁉︎

 パンッ。

 えっ! 撃たれた。俺が撃たれた、撃たれた、撃たれた……


 こいつらがテロリストだったのだ!







===============

お読みいただき、お礼申し上げます。

☆、フォローなどいただければありがたいです。


このお話(80話、20万字程度)はざっくりとは書き上げてますので、完結します。

第1話、第2話のみ長めですが、あとは各話2,500字〜3,000字ほどの作品になる予定です。全話の完結予定時期は2024年12月末くらいです。


当面のスケジュールになります↓


Poetry1 詩のサークルと魔物

 第1話 サークル女子は塩対応 帰り際にはテロ警報 3,836文字   10月8日19:07 公開予定


 第2話 失われた野蛮が襲うとき 詩の弾丸が撃ち砕く 3,877文字

  10月9日19:07 公開予定


Poetry2 対魔部隊

 第3話 待ちあわせのカフェ 福乃に口止めされて 3,043文字

  10月10日19:07 公開予定


 第4話 メガネに誘われ 兵士に追われ 2,928文字

  10月11日19:07 公開予定


 第5話 入っちまった 対魔部隊

  作業中

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2024年10月9日 19:07
2024年10月10日 19:07
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ポエトリーデーモン —ポエミーな会社員 対魔ガールズに騙され、しぶしぶ詩魔と戦う— 森野 曜衛門 @morinoyoemon

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