トモエさんとアサイさんの思い出思い出し日記

家湯



2012年4月7日


朝方の少し湿った涼しい空気が窓から入ってきて、爽やかな草の匂いとくすぐったいような虫の音で目が覚めました。鳥の囀りも聞こえてきます。鼻先を掠めて揺れるレースのカーテンの裾から空の方へ目をやると、薄青い灰色の雲がのっぺりと広がっていて、18年間の経験から、今日は曇りのち晴れであることが予想できました。私は今、ベッドの上で仰向けになり、単調な四角形で埋め尽くされた、かげった白色の天井の一点を見つめながら、私の上を風が通ると同時に眠気が完全に去っていくのを待っていました。数分のぼうっとした時間ののち、階下からぎしぎしという朽ちた木の軋む音と共にいくつかの声が近づいてきました。


「...テロメアさん、...起きてください。」


「テロメアさんじゃないよ、トモエちゃんだよ」


「テロメアさーん、早く遊びましょうよ!」


「3番まで...」


私が体を起こすと、ちょうど部屋に入り口のあたりで3人が揃ってこちらをのぞいていました。みなさん綺麗な顔立ちで、特に2番さん、3番さんは黒髪ということもあって日本人形のようです。


「わかったよ、2番ちゃんと3番ちゃん、そして1番ちゃんも!」


私はいつも通りそう返しました。3人は「では後ほどに」と声を揃えて言い、階下へ姿を消しました。いつもこう律儀に同じことをする彼らには愛くるしさが感じられますよね。


私は今日も今日とて、この宇宙人さん達のお守りをしなければならないわけですが、人の介護や保育と違い別段辛いことはありません。この宇宙人さん達は、非常に私たちに対し友好的で、最近は安定した情緒も持っていらっしゃるので、むしろ私たちをとても大切にしてくださっています。宇宙人さんは人間の形や動きや心身ともにその構造もおそらく大好きなので、人間と触れ合う時間を目的としているのでしょう。それはもう宇宙オークションで即決価格で落札してしまうくらいです。


「...あ」


窓の外に流れ星のようなものが見えます。米軍残党たちの新型兵器でしょうか?あっちのブロックは最近瓦礫掃除をしたばかりなのに...。私たちには苦労が絶えません。


 


 


 


2008年の10月3日です。今日も晴天、誰でもいいからおはようございます!いい天気ですね!と声をかけたくなるような素晴らしい天候です。夏のような暑さはもうどこかへ行ってしまわれて、残った明るさだけがこの通学路を照らしていらっしゃいます。今朝から世間はどうやら不思議な現象で持ちきりなようですが、私のいる秋田の山間の田舎では関係ありそうもありません。いつも通り学校へと歩みを進め、山々の木々を眺めながら上や右や左をくるくるしていると、ぽすっと、誰かが尻餅をつきました。


「わ」


ふと足元を見ると真っ赤な髪のおかっぱあたまの小さい子が、茶色い大きな目で、尻餅をついたまま私をじっと見つめてきます。何も言葉を発しないので私が謝ろうと思います。


「あの、すみません。よそ見をしていました」


私は精いっぱい申し訳なさそうに謝ります。するとその子は応えました。


「この星の出品者さんですか?」


「はい...?」


しっかり聞き取れはしたものの、内容が即座には理解できませんでした。


「私は先日あなた達人間さんをこの星ごと落札させていただいたのですが、出品者の都合でキャンセルされてしまいました」


「ええ...」


「ですが...、それでもあなた達のことが諦めきれなかったため、出品者さんを探しにこうやってここまでやってまいりました」


この子は真剣そうに見えますが、話していることの内容がよく理解できません。


「あなたは出品者さんですか?」


「あの...多分違います。ごめんなさい。でも見つかるといいですね、出品者さん!」


よくわからないし、学校にも行かなければならないので私はそう言って学校に向かいました。


 


2008年10月3日午後5時過ぎです。今日は部活もなかったので、学校が終わると、友達のクミちゃんと途中まで話しながら帰ってきました。クミちゃんは今日の朝のニュースの子が可愛かったんだと言っていましたが、私はそのニュースをみていないので、今朝の赤髪の子はなんだったんだろうと思い出しながら、話半分で聞いていました。その他にもいろいろ、音楽の先生が最近一気に白髪になっちゃった話とか、クミちゃんの弟は左利きだけど右手の方が握力が強いんだとか、そういう話をしていました。途中でクミちゃんとは別れて、家に着いたら、親はまだ帰っていないので、テレビをつけてのんびりすることにしました。ポテトチップスを食べたかったのですが何もお菓子がなかったので、諦めて冷蔵庫にあったかぼちゃのかぼちゃ煮を食べました。食べながら、片手間にチャンネルを変えても一向に同じ内容のニュース番組が映し出されていて、ニュースキャスターはこう言いました。


「角水首相が無断で地球を宇宙オークションに出品し、不正に利益を得ようとしたことが、3日午後1時半に警察の調べによりわかりました」


私は唖然としました。なぜなら角水首相は不正をするような人ではないと思っていたからです。数年前に、その誠実さや直球な物言いが話題となり都知事に当選すると次々と公約を実現し都民からの信頼を勝ち取り、今年からは日本の首相として、更なる期待が寄せられていたということは周知の事実です。連日の政治家の不正にうんざりしていた国民に期待されていたのはおそらく事実であり、私はそのような人が不正を働いたことに驚きを隠せませんでした。


「これからどうするんだよ」


と、ここまで思ってふと気にかかることがありました。


「宇宙オークション?」


ここでニュースキャスターが続けます。


「—そして宇宙オークションと呼ばれる物が今回新たに政治の表舞台に姿を現しました。ここで専門家のアサイさんにお話を伺いたいと思います。では」


画面が切り替わると、そこには今朝見た赤毛のおかっぱの子が何十人と国会議事堂の前に集まりこちらを見ていました。画面の中央で、おそらく肩車をして身長を高く見せているであろう白衣でぐるぐるメガネをかけた赤髪のおかっぱあたまの人がこう言いました。


「こんばんは。専門家の、アサイと申します。


みなさんのご協力のおかげで出品者さんを見つけることができました。ありがとうございます。あっ、私は皆さんと仲良くするたm——」


「あっあの、すみませんが!本当にアサイさんでよろしかったでしょうか?」


ニュースキャスターが割り込みました。


「あっ、はい、専門家のアサイと申します」


「そうでしたか、失礼いたしました。


では、今回の騒動について、宇宙オークションについてお伺いしたかったのですが、よろしいでしょうか?」


アサイさんは納得したように手を打った。


「宇宙オークションは宇宙の星や銀河、空間その他いろいろなものを取引するプラットフォームであり、数億年前にサービスが開始してから今や数多くの取引がなされています。ご存じありませんか?」


スタジオは困惑に包まれているようです。


「はぁ...そう言ったものが存在していたのですね。では角水首相がどのような取引をなさろうとしていたのかについては何かご存じでしょうか?」


画面の中の赤髪の子達が少しざわめいた気がしました。そしてアサイさんは、声をワントーン下げて話し始めました。


「この星ではテロメアを切ったり切られたりすることがよくあるそうですね」


私は、よくあることだと思いました。この国では死刑執行の際によくテロメアを切りますし、それ以外でも、先月は音楽の先生がおそらく切られています。もう長くはないでしょう。最近は私刑が流行しており、政府も取り締まりを急いでいますが、このような世間だからこそ、治安が良い面もあります。


アサイさんは続けます。


「テロメアを切ると死んでしまうので、よくありません。」


それはそう、と私は思いました。


「私たちは、あなた達に苦しんでほしくない」


私もそう思うけど、この人達が何を言っているのかわからなくなってきました。


「不幸になるべくしてなる存在は肯定できないんです」


ニュースキャスターが少し慌てたように話します。


「アサイさんのお考えは伝わりました。ですが只今は、首相の件に関してお伺いしているのですが....」


アサイさんはまた納得したかのように手を打ちました。


「首相は妻子を反角水派さんたちによって拘束され、テロメアを切られました。」


スタジオはざわめきます。


「そしてこの星をオークションに出品し、対価としてこの星では行えない、テロメアの治療を妻子に受けさせようとしておりました」


ざわざわ。


「多くの生命体はこんな有機生命体さん達には興味がありませんでしたが、私たちは違います」


「私たちは、あなた方に美しさを見出しています。なので即決で落札したのですが....」


「ですが…?」


「出品者都合でキャンセルされてしまいました…。治療を急ぐかと思いこの星に急行していたのですがね…」


アサイさん達はがっかりムードをあらわにしました。


ニュースキャスターは話しました。


「しっ、信じがたい話なのですが仮に本当だとすると、首相は妻子より、日本国民を選んだということになりますね...」


「はい...。もしくは地球が惜しくなったか」


ここで時間が来たのか、それでは貴重なご意見をありがとうございました。と軽快な音楽と共に映像はスタジオに戻り、いつも通りのクッキングコーナーやスキャンダルや不正の紹介コーナーが放映されました。


私は気づくとタッパーに入っていたかぼちゃを全部平らげており、なんだか悪い夢を見た気分になったので、お風呂に入って6時半には寝ました。


 


 


2008年10月4日朝


翌日起きるといつも通り、テーブルの上には書き置きと共に食パンの袋が置かれており、お母さんは仕事に行った後でした。なんとなくテレビをつけると、「日本」が「アサイさん国家」になったと大々的に報道されてしまいました。


「こんなにすぐ、国って終わるんだ」


私は夢から覚めたはずがまだ夢の中にいるようだと思いました。そのニュースには昨夜のアサイさん御一行が国会前の中継に嬉しそうな表情で写っていました。


「昨日は仕方なく帰ろうと思い、私たちは体内に保管していた宇宙船を吐き出し、各々帰ろうと準備をしていたんです。そうしたら、知り合いの宇宙弁護士のチャイさんから偶然電話がかかってきて、この件を相談していたらその時私、思い出したんです!確か宇宙オークションの規約には、その取引物の規模から出品者理由のキャンセルにはペナルティが発生し、取引商品の0.05%にあたる価値に相当するものを保証する義務があるって!もちろん角水首相はオークション規約に同意した上で出品しているので。その時私、諦めなくてよかったって、本当に嬉しくて、これでc——」


私は、宇宙船って1人乗りなんだ〜と思いました。


「はぁ」


私はもうよくわかりません。


 


2008年10月9日


もうすぐ私の誕生日なのですが、私は誕生日に期待なんてしません。なぜなら夢も希望もないから。絶望もないけども。こんなアサイさん国家で何かが変わったということは全くなく、あっ、ほとんどなく(アサイさん国家全国の小中学校で、多くの赤髪や黒髪でおかっぱの転入生が急激に増加した)、母からの誕生日プレゼントも毎年宝くじ10枚って決まっているから。夢も希望も限りなくないに等しいです。あと、最近アサイさん国家首相ことアサイさんが大きな政策を打ち出しました。1つ目。国家防衛予算を大幅に増額し、アサイさんたち由来の技術を用いて世界中の戦争を撲滅する。2つ目。日本人の生殖機能の不活性化。これは闇雲に増えて不幸になってほしくないということだそうです。やがて全世界で同じことを行う予定だそう。3つ目。アサイさんたちと人との交流を深める。これは全国に次々やってくる約2000万人のアサイさんたちと積極的に交流しようということだそうで、それに伴う公共施設の建設計画が全国で進められているようです。以上の三つは「アサイさんの3本の腕」と呼ばれ、大々的に報道されているみたいでした。(アサイさんの腕は2本もしくは4本)


戦争がなくなるのはいいことかもしれませんが、今や世界中がアサイさん国家に対して警戒心をむき出しにしており、国内に残る米軍基地からは常に東京がロックオンされていると噂に聞きます。アサイさん国家が終わる日も近いかもしれません。


 


2008年10月17日21時頃 居間の共同使用パソコン前


「やった!やりました!夢も希望もありました!」


当たってしまいました。母から誕生日プレゼントにもらった「テロメアくじ」が!いつもは誕生日にもらっても当選番号発表まで一ヶ月くらいあり、当たるわけないしなんの面白みも感じられないのですが、今回の誕生日は、新発売のテロメアくじなるものに母が乗り換えてくれたおかげで当たりました!これで人生安泰です!と言いたいのですが、


「でも....」


正直私はテロメアくじが一体何が当たるクジなのか存じ上げません。誕生日が4日前で、どうせ当たらないしと思い、ベッドのサイドテーブルに放置しておりました。本来当選発表が誕生日当日でしたからすごいですこれはテロメアくじから私への誕生日プレゼントだと思います。興奮が止まりません。早速何が当たったのか調べます!


調べました!


詳しく言いますと、まず「テロメアくじ」と検索するとアサイさん国家のホームページが出てきました。このくじは国家が運営しているそうです。そのサイトのテロメアくじ特設ページを参照するとこのようなことが書いてあります。


 テロメアくじはアサイさんたちと人との結び目となる重要な人材を育成するための資金を集めるために運営されており、既存の宝くじよりも当選率が高いことが特徴です。その当選率について、具体的には既存の宝くじが、この星に降り注ぐ隕石に脳天を叩き割られるよりも低い確率であるのに対し、テロメアくじにおいては、首相の妻子のテロメアを切り首相に宇宙オークションの存在をほのめかしたのがアサイさんたちであると気づく確率の3分の1の確率とされております。


「なるほど、既存のより50000倍は当たりやすいか」


と私は思います。続けて


テロメアくじの当選確率が高くとも買わずには当たらないため、ご購入を推奨します。なお、当選対象年齢は45歳未満。


とありました。それからしばらくアサイさんたちの、人に対する熱い思いが込められた文章が続き、下へ下へとスクロールしていくと、ページの最後の欄に、「当選者は当選券をお持ちになって、お近くの浅井姓のお宅にお越しください。」と書いてありました。


「浅井なんて変な苗字の人この世にいないよ」


残念でした。せっかく当選したのに調べても景品もわからず、この世に存在しない変な苗字の家にいけだの、国家ぐるみでこんな悪ふざけをするなんて、無礼にも程があります。ひどい「ああ、角水政府が恋しいよ」と言いたくなります。


シャキシャキシャキ、ガチャ。


「あ」


「ただいま、トモー。あぁ疲れた〜」


玄関から母が出てきました。そのままソファーに座ります。


「おかえりー、今日早い?」


「そうかな〜?」


「んあ、そうい——」


「ねなんか食べるものないー?」


「えっ?あっ!あるよ!今日かぼちゃのかぼちゃ煮とトマトのトマト煮作ったよ!」


「ええ〜本当!えらいーーー!天才ーーー!!」


「ありがとう!今あっためるから待ってて〜」


めっちゃ自信あるのでお母さんはその美味しさに卒倒です!死んでしまわないといいけど!


お母さんのご飯に合わせて私も少しトマトのトマト煮をいただいて、一緒にお皿を洗ったあと、母はお風呂に入っていました。私はもう入ったあとだったので少しニタニタ動画でもみようかとパソコンに目をやってテロメアくじのことを思い出しました。言いそびれたけど、景品わかんないしもらってからでいっか、と思い、なんとなくテレビをつけ、少しテレビ番組表を眺めて面白いのがなかったのでもう寝ることにしました。おやすみなさいませ。


 


2008年10月18日7時30分ごろ 


朝起きるとすでに母は仕事に出ていたので、私はテロメアくじの当選券と今日の授業道具をリュックサックに詰めて、トーストはきちんと椅子に座って食べ終えてから、歯を磨いて登校です。そういえば私の学校にも何人かアサイさんの人たちが来ました。ぽんっ、とここで私は閃いたかのように手のひらに拳を打ちます。


「なんだ、浅井さんならそこらへんにいるじゃないですか!」


そうです。転校生は皆「浅井」という苗字でした。うちの中学校に来た子達も真っ赤な髪で名前は1番、2番、3番と言って、フルネームだと「浅井1番」さん「浅井2番」さん「浅井3番」さんというなかなかにイカした名前です!今日中に浅井さん家に連れて行っていただいて、テロメアくじの景品をいただいて、お母さんを驚かしてやりましょう。学校に着き、席に着くと謎の朝読書という時間が設けられており、それを抜けると朝のホームルームです。ホームルームでは先生が、来週のゲリラ定期検診の情報をリークしていました。国家の政策に不満があるものはこの日は学校を欠席するようにとのことでしたが、まあ私には関係のないことです。1時間目が始まる前に、同じクラスの浅井2番さんに話しかけようと思い、イメージトレーニングをしていました。ホームルームが終わると私は浅井2番さんの席へ身長に近づき、リュックの中を見ては怪訝な表情をしていた浅井さんに話しかけようとしてあることに気づきました。


「それはなに?」


浅井さんは俯いて惚けます。


「うーん....、...わかんない。な...なんだろうね...これ?」


浅井さんのリュックの中には泥が詰められその上丁寧にピーマンの苗が植えられていました。私は気づきました。これは典型的な対転校生パターンのいじめです。やけに上手に植えられているのがさらに悪質です。


「これはいじめだよ2番ちゃん!わかってる?先生のとこ行こ?そしてこんなのは私が庭に植え直してあげるから!」


私は2番ちゃんのリュックを取り上げようとします。


「いやっ、やめてっ!私のっ!ピーターを...こっ、殺さないでよ」


教室が静まり帰ります。一瞬2番ちゃんの赤い髪が少し明るく光った気がしまししたが、気のせいでしょうか。


「え?これはあなたが自分でやったの?」


2番ちゃんは首を横に振ります。わけがわかりません!私はあらゆる線を検討します。


「じゃああなたの家族が植えたの?その、あなたのリュックに...」


また首を横に振ります。それから2番ちゃんは少し前を向いたかと思うとゆっくりと教室を見回して、1人の女子を指差しました。


「あの子にもらったの、トーコちゃん?だっけ...」


苗屋のトーコはいじめっ子で有名です。指を刺されてそそくさと教室を出て行きました。もう違いありません。だから私は言いました。


「苗屋のトーコはいじめっ子で、これも彼女のいじめの一環だと思います。実際今教科書がないんじゃないですか?」


2番ちゃんは俯きました。


「でも...ピーターは...悪くないよ...」


それもそうかもしれません。


「じゃあピーターはもう置いておいて、先生に協力していただいて教科者は返してい——」


教科書を抱えたトーコが颯爽と姿を現しました。


「合格よ」


「え?」


驚く私を横目にトーコは続けます。


「やっとあんたみたいなのと出会うことができたわ。放課後、私のうちに来なさい。本当の苗床ってのを見せてあげるわ」


それを聞いた2番ちゃんは顔を上げ目を輝かせていました。


「うん、いくね!」


 


私の負けです。


 


2008年10月18日放課後


 なんだか今日は部活に出る気も失せたので、校門付近で残る1番さんと3番さんの赤髪を探していました。探し始めて15分後くらいに1番さんか3番さんを見つけました。


「あの、ちょっといいですか?」


「はい、何か御用?」


はっ、話が早い、早いので...


「1番さんですよね?」


「そうですけど」


やっぱりそうでした!それはそうと私はテロメアくじの当選者なのでした。


「テロメアくじが当選したので、浅井さんのお家を探しているのですが、ご存知ありませんか?」


「ああ!あなたになったの!わかってるよ、ついてきて!」


1番さんは私の手を取り、早歩きで学校前の坂道を下り終えると突然足を止め振り返り、笑顔でこう言った


「あっ、これからよろしくね」


「ん、よっ、よろしくね!」


この場合はこう返す以外ありません。


 


浅井さんの家は学校からほど近い住宅街にあるごく普通の家でした。


「さっ、入って〜!」


「お邪魔しますう...」


カチっという音を出して1番ちゃんは玄関の鍵を閉めました。少し緊張してきました。当たり前です。見ず知らずで正体不明な宇宙人一族(侵略者の一味)の家に1人で連れ込まれたのです。いったい私はなにをしているのでしょう...。


「じゃあ説明を始めていいかな?」


私は頷きます。玄関で話し始めるんだ...と思いました。


「まずはテロメアくじの当選おめでとうパチパチ!」


「ありがとうやった〜パチパチ...」


「んで、じゃあこれ」


1番ちゃんは靴箱をいくつか開けて中を探ると、一つの安っぽい紙箱を私に差し出しました。


「え、なにこれ?」


「ああごめん説明するって言ってしてなかったね。これはテロメア置換装置で、これがテロメアくじの景品ってわけなの。あなたはぱっと見45歳未満だしそこそこ頭も悪くなさそうだから資格は十分にあると思うよ、安心して?


簡単にいうとあなたにはあなたのテロメアを私たちと同じものに置き換える権利があって、そうすればあなたは数億年は死なずに生き延びることができるということ」


「そっか」


「うん。私たちはあなたたちにはすぐ死んでほしくないの、アサイさんもテレビで言ってたように、闇雲に増えてしまって不幸になるべくしてなる人すら許容したくないの。戦争も私たちの計画が上手くいけばそのうちなくなるしさ。


高齢の人はテロメアの置換に耐えられる体力はないと思うから無理なんだけど、いずれは私たちが設けるいくつかの基準を満たす人は必ずテロメアを置換してもらうの。だからまず試験的に今回はくじという形をとっているだけだから安心してね」


「そっか。うん、ありがとう。私たちのことそんなによくしてくれて。それで、これはどっちをどう使うの?2つのよくわからないものがあるけど?」


私は安くさい紙箱を開けて、手に取った2つの筒状の容器を1番ちゃんに見せて教えを乞うと、指を刺して教えてくれた。


「この薄い青色のをます最初に」


「うん」


私はもう片方の筒状の容器を靴棚の上に置いた。


「でね。こっち押すとハリが出るようになってるから、太ももの内側にザクって刺しちゃって。それだけでちゃんと注入されるからさ」


「うん。あ、そういえばこれってなんの注射?」


「えっとこれは生殖機能をぶっ壊すやつだよ。その液体はね、あなたたちには見えないし私にも見えないけど、小さい生物がたくさんいて、みんな私たちの本国で教育を受けてあなたたちの生殖機能を停止させるよう働くの」


「へぇ、不思議」


「ね、でもちゃんとあなたたちの体に合わせたカリキュラムで教育されているから大丈夫だよ、怖くないし」


「うん、別に怖いとは思ってないよ」


えっと...。太ももの内側っと。えいっ。


「んっつ」


あ。思ってたより痛くない。大丈夫そう。


「どう?痛い?」


「いや、そんなにだったので」


「でしょう?それ針は地球のなんだけどさ、うちもこっち来てからよく使ってるからわかる」


「へえ、そうなんですか」


よし。今のところ私の体に異常はない。あまり辛くないといいんだけど。


「じゃあ、そっちのさっきより色薄いやつも。さっきの反対側がいいかな、打っちゃっていいよ」


「えっと、こういうのってすぐに打っても...?」


「確か全然大丈夫だよ!お互い干渉しない設計だからさ。うちらの教育技術すごいから!誰が構築したかはあんまり知らないけどね。」


そっか。そういう感じなのかな宇宙人って。まあせっかくのご好意なので、じゃあ刺そう。よし。えいっ。


「っつ」


よし。やっぱりそんなに痛くない。大丈夫だったみたい。全部入った。はぁ。


「問題ない?」


「う、うん、多分だいじ—-」


あ、ちょっと辛さが...ある。


「あっ、大丈夫?まあ...安心して!神経反射かなんかだからリラックスして〜」


なんだか疲れた。だるいような気もしてきました。


「あの、眠くなってしまったので、寝ても…?」


「そううんいいよ。おやすみ〜」


疲れた。初対面の方のお家で軽目の医療行為をして...でも、アサイさんたちも私たちのことを思ってくれていて、嬉しいことに変わりはないのだからまあこれでよかったのでしょうおそらくは。おやすみなさい。


 


 


2008年10月18日19時ごろ


ガチャガチャ。ピンポーン。


「鍵持ってるんだった」


ガチャ。


「ただいま、ほら、挨拶はしたものがちだよピーター。...うん。そう」


「あれ...トモエさん、こんばんは」


ああそうだ、私寝ていました。玄関で。....ええと。


「...こんばんは。...お邪魔しています」


2番ちゃんがピーターのいるリュックを片手にこちらを見ていました。


「あの...おはようございます。今朝は...えと、うちのピーターがご迷惑をおかけしました。その...しっかりと言い聞かせておきますので、どうぞ今後ともよろしくお願いします」


「こちらこそ、ことを荒立ててすみません。今後ともよろしくとピーターさんにお伝えください。」


「はい。ちゃんと伝わってます。ねぇ?ピーター。うん。そう、あ、ではまた明日...」


2番ちゃんが手を振ってくれたので私も軽くてを振りました。私も家に帰りましょうか。その前に2番ちゃんに今度は1番ちゃんへの言伝を頼みましょう。


「そういえば、今日は1番ちゃんにお世話になりました。ありがとうございます。私からの感謝をお伝えください。では」


私は2番ちゃんがの曖昧な返事を聞くと、まだ少し重い体をなんとか起こし若干ふらつきながら途中何度か電柱や外壁に助けられながらも、無事に家までたどり着くことができました。帰るや否や制服のままベッドに体を預け眠りに落ちてしまっていたようです。おやすみなさい2。


 


2008年10月19日


翌日起きると昨日のことが信じられないくらいとても体が軽く、気分爽快な目覚めを迎えました。寝巻きに着替えているところを見ると、おそらくお母さんが私の寝ぬ間に着せ替えてくれていたのでしょう。いつもありがとうと言いたい気持ちでいっぱいです。さて今日も今日とて私は学校に通うため支度をいたしますよいしょ。トーストはきちんと椅子に座って食べます。その片手間でテレビをつけると、国会議事堂前で抗議運動をしている民衆さんたちがいらっしゃいます。各々の持つ看板や大声などからアサイさん政権に対して不満があるようです。そこで画面が切り替わり、街頭インタビューが流れました。男子が話しはじめました。抗議運動を受けての意見を伺っているようでした。


「常識的に考えて、僕は彼らの不満は正当なものだと思います。なぜならアサイさんらは僕たちの日常を脅かしたからです。ですが、こういう見方もできます。主観に一切の濁りがない場合、不満を持つのはいつだって正当かもしれませんが、しかし僕たちにはそのような状態であり続けることがあったでしょうか?いやありません。私たちは理性的な生き物です。純粋な主観のみでは考えることができません。私たちの理性が見捨ててきたものは、僕たちだからこそ見捨ててしまったと強く感じられるものなのです。一概に一方の意見を否定するのは安直だと感じると思います。ですが決断なくして得られる成果はありません。私はアサイさん国家のやりたいことこそ正当なものだと信じています。なぜなら彼らは無条件に私たちを尊び、私たちの苦しみを全て残さずその心で受け止めようとしてくれているからです。彼らは、私たちが諦め、自分の意識と肉体を限りなく同一化してきた中で失うことに目を瞑ってきたという事実に再び石を投じてくれました。彼らのもたらすべき結果と、私たちの紡いできたこれまでの行いを今一度比べてみれば、結果は一目瞭然です。私はアサイさん国家の政策に賛成です。」


 


こういう人もいるのだなと、私は思いました。完全に理解できることはないかもしれないけれど、自分の考えを持っているといえることはいいことなんでしょうね。トーストを完食し、歯磨きも済ませたので、もうそろそろテレビを消して出発しようと思います!靴を履いて、リュックを背負って準備は万端です。外へ出てみると、今日もとてもいい天気で、空の淵に多少の薄い雲があるのみのほぼ晴天です。穏やかな風が心地よく、少しずつ木の葉も色づいてきています。秋の匂いがかすかに感じられ、私は、季節の変わり目特有の、ざわざわする気持ちを感じながら、のんびりと学校へ歩みを進めます。脇道にハクビシンがいたり、気になる芋虫がいたりして、途中何度か道草をくいましたが、なんとかホームルームには間に合って着けそうです。校門前にたどり着くかという時に反対側からおかっぱあたまの赤髪の子が3人やってくるのが見えます。


「浅井さーん!」


私は右手を振ります。すると1番ちゃんがすぐ気づいたようで、こちらに手を振りかえして、他の2人を連れて走ってきます。合流して、そのまますごくゆっくり学校の玄関の方へと歩きながら話します。


「おはよ〜!体大丈夫だった?ごめんうち昨日トモエちゃん放ってシンクロナイズドスイミングのイメージトレーニングに没頭しちゃってて」


一瞬なぜ心配されたのかわかりませんでしたが、すぐ思い当たりました、テロメアのことやらでしょう。


「全然平気でこの通りとても元気」


私は両手を大きく広げてそう言いましたが、これで何かが伝わるかは疑問です。


「え、...昨日何があったの?1」


1番ちゃんは2番ちゃんに何も言っていないみたいです。


「え?試験運用のやつだよ2、トモエちゃんが最初の当選者でさ。てゆーかほら、こちら3番ですトモエちゃんもよろしくね」


2番ちゃんはへーと興味なさそうに納得していました。1番ちゃんはもう1人の赤髪おかっぱの子を指して紹介します。やはり浅井さんたちは、みんな全く同じ顔ですね。


「初めましてですね!3番ちゃんは。よろしくお願いします」


私は控えめに挨拶すると3番ちゃんは、無言で俯いてしまいました。


「この子私たち3人のうちでは1番末っ子で、人見知りなんだ。ごめんね。ちょっと不安定で、地球適応用薬が体に合わなくて今まで療養してたけどもう安定したから大丈夫。よろしくね」


体が弱いのでしょうか。ところで地球適応薬とは?


「うん、よろしく。なんかあったら頼ってね」


「ありがとう、まあ3は1年だからかぶる授業もないだろうけどさ」


それはそうですね。


「ん、その。その地球なんとか薬ってなんなの?なんかの予防?」


さりげない感じで質問します。


「向精神薬だよ。この星でいうところの」


もっとややこしい横文字とかで説明されるのかと思っていましたから、随分と聞き覚えのあるお薬が出てきて少々驚きました。


「何かご病気があるの?アサイさんたちは?」


ちょっと繊細な部分かもしれないので、ワクチンの質問は間違えだったかもしれません。少し後悔していると今まで一人でピーターと会話していた2番ちゃんが答えてくれました。


「私たちはね…あなたたちを失いたくないから。だから、頑張ってる...。だから...あなたも。ずっと一緒にいてね...」


少し切ない言い方な気がしました。


「ピーターも...そう言ってる」


アサイさんたちはアサイさんたちで何か問題を抱えながら私たちに寄り添おうとしてくれているのかな。と、そう思います。


「はい。一緒にいますよ。安心してください。当たり前じゃないですか」


私は楽観的にそう答えます。気づけば私たちは全員下駄箱の前で足を止めていて、もうすぐ始業のチャイムがなります。ホームルームに遅れるのは嫌なので、私は2番ちゃんと一緒に教室に向かうことになりました。1番ちゃんは、3番ちゃんを一年生の教室に送った後。自分の三年生の教室に向かうと言っていました。よくできた人です。私はそう思いました。


 


もうアサイさん国家が成立しておよそ二週間が経ちましたが、一般的にアサイさん国家に反対する人が大多数を占めていました。国民を本当に思っているのは角水総理だ、総理を返せとみんなそう言っています。必然的に、大人の影響を受けてしまう子供はたくさんおり、なんとなく大人に合わせて批判します。アサイさんたちはへの風当たりは強くなる一方でした。たったの二週間で彼らは居場所を失いつつあったのです。


 


 


2008年10月19日13時30分


今日の給食は、バジルのバジル煮と大豆のサラダ。あとは豆乳と、さつまいもとじゃがいものテリーヌです。主食を忘れていました。コッペパンです。私はこのメニューの際、必ずすることがあります。それは、まずコッペパンをひとかけら作りそのかけらの一部をバジルのバジル煮に浸し、さつじゃがテリーヌを一口分乗せたあと仕上げにサラダの大豆を3粒ほど乗せていただく、と言うものです。お口直しの豆乳を飲めば今後一生の幸福を約束されたと本気で信じられる気分になれます。これは発明です!誰かに特許を取られる前に、そして人類を救うべく立ち上がるべきかもしれません!ですが、急いては事を仕損じます!今日のところは目の前にある幸せをありがたく享受することとしましょう。私が嗜好の一品の錬成を終え、今まさにお口に運び入れようとするその瞬間でした。


ピカッ———-


ズドーーーーーン


この光と音が届くと同時に、私の視界は真っ白になり、一瞬で全身の皮膚に焼けるような熱さが感じられました。まるで体が10000度のバジルソースに浸されたような鋭い痛みが身体中を襲い、まもなく私は意識を失うこととなりました。


 


2008年10月20日6時


ヒュー、ヒューと遠くの方から、段々と風を切る音が近づいてくる気がしました。風の音に耳を澄ませていると、次第に肌に空気の触れる感覚が戻ってきて、なぜか今私は裸であるとわかります。よく眠っていて、その眠りから覚めた時に、一瞬自分がどこにいて、それまで何をしていたかを思い出せなくなる瞬間があります。その状態がしばらく続いたあと、パッと思い出しました。私はちょうど給食を食べるところで、鋭い光と爆発音に妨げられ、嗜好の一品を食べ損ねたのだと。少しもどかしい気分になっていると、身体中の感覚が次々に帰ってきました。少し焦げたような、ものの焼けた花火の後のような匂いがしていて、目をゆっくり開けると、薄明かりがさしていました。早朝でしょうか?コンクリートが砕け散って瓦礫の小さな山ができています。9割ほど崩れ、表面もボロボロになった壁がかろうじて近くに残っていた教室の角の柱にしがみついていて、横を向いていた体を動かし寝返りを打つと、3階にいたはずの私は朝日の指す空を眺めていました。ゆっくりと体を起こしあたりを見回してみると、瓦礫に埋もれた誰かの胴体らしきものが見えます。頭部がついているはずの場所から、何かモゾモゾと動いている薄青い紐状の物体が1メートルほど離れた誰かの頭部につながっています。あいにくその顔面はこちらを向いていなかったので、恐る恐る近づき反対側に回り込むと、そこには苗屋のトーコの寝顔がありました。すやすやと眠っています。驚いたことにトーコはまだ生きているようです。びっくりしましたが、生きている人がいて良かったと、私は思いました。少し落ち着いて瓦礫を避け、少しずつ移動し周りをもう一度ゆっくり見渡すと、教室の右前の隅のあたりに1人分の倒れた人影がありました。大体検討はつきました。よくよく考えてみるとこの場には給食の時間にいたはずのクラスメートがトーコさんとあの人影の主以外いません。


「よいしょっ」


私は少し大き瓦礫を跨いで近づきました。


「やっぱり!2番ちゃん!」


2番ちゃんの体にはもうほとんど傷は残っていません。これではっきりとわかりました。


「じゃあ、そっか」


私と苗屋のトーコは、おそらくテロメアの置換が済んでおり、アサイさんも生き残っていることから、アサイさんの生命力もあの注射で得ていたのでしょう。きっとそうです。


「でも、うん」


つまりクラスメートは全員蒸発したかどうにかしてしまっていてもうどこにもいないと言うことになります。嫌いな人は1人もいなかったですし、少し残念ですが、今自分が生きていることに感謝しようと、私は思いました。トーコさんはあの状態ですし、あまり好みではないので、2番ちゃんを起こすことにしました。


「2番ちゃん!2番ちゃーん!」


建造物の跡地の中から外部の被害を見渡すと、ここ学校は山間部にあったはずでしたが、見渡す限りは少し小高い丘がいくつかあるだけと言った感じで、山々は大方削れて吹き飛んでしまっていました。しかしそうなると、ここまでの規模の爆発がどのように引き起こされたのかと言う疑問が浮かび上がってきました。


「2番ちゃーん。ペチペチ」


ほっぺたを叩いても起きません。


これまでの私の知識から思い当たるこの爆発に関連しそうなものでは、いつかニュースで米軍基地の兵器が常に東京をロックオンしているといった情報があります。ですが、ここは東京ではなく秋田の田舎なので、その線で行くともしかしたらアサイさんさん国家は国土全土が攻撃されたのかもしれません。でもアサイさんはアサイさんたち由来の技術で戦争を撲滅するとまで言っていたのですから、そのような技術があるのなら、米軍の攻撃くらい防いで欲しいものです。しかし、一体なんの爆発なのでしょうか?


ペチペチ


「...ん....ピーター...?」


「あっ!」


やっと2番ちゃんが起きてくれました!これで2人になれば少しは安心できます。


「大丈夫?2番ちゃん!」


「んしょ」


2番ちゃんが体を起こすのを手伝います。


ザッ...ザッ...


——-ガラガラガシャ


「わっ!?」


背後で急に瓦礫が鳴り、驚いて後ろを振り返るとそこには1番ちゃんがいました。


「はあ」


「1番ちゃん‼︎」


1番ちゃんも生きてはいるのだと思っていましたが、ちゃんと会うことができさらに安心感が増しました。とても悲しそうな顔をしていますが、会えて良かった、と私は思いました。1番ちゃんはゆっくりとこっちに近づいてきます。


「とりあえずは、まあ無事で良かったよ」


1番ちゃんはよく見てみると誰かをおんぶして抱えていました。


「よいしょっ、はー重かった」


尻餅をつくように後ろに倒れ込みつつ、1番ちゃんは運んできた人を床にごろんと寝かせました。一体誰でしょうか?黒いサラサラした髪で、でも確かにアサイさんの顔です。


「あの、この子は?」


「うん。ごめんね。やっぱりまたダメだった」


「え?」


1番ちゃんは悲しそうに言いました。


「...え?」


その時私が支えていた2番ちゃんの様子がおかしいことに私たちは気づきました。2番ちゃんは手で頭を抱えながら息が荒くなり、興奮した様子で、苦しそうな表情をしています。


「.嫌だ...嫌...嫌嫌嫌っっ...いぁああ.....ああああぁああぁああぁああああ」


2番ちゃんの赤い髪がさらに赤く、まるで高温の鉄のように強い熱のこもった光を放ちながら、2番ちゃんの周囲の空気がぐわんぐわんに揺らいでいきます。


「本当にごめんねトモエ...何度も」


1番ちゃんはまた悲しそうな声で言います。


「いや、1番ちゃん!2番ちゃんは大丈夫なの?これ」


ピカッ———-


ドカーーーーーン


 


2008年10月20日16時30分


目が覚めると、1番ちゃんはもう起きていて、髪が真っ黒で日本人形みたいになった2番ちゃんと3番ちゃんを眺めていました。呆然としているようにも、どこかほっとしているような表情にも見えました。私は体を起こし、地面立つとそこにはひらけた大地が広がっていて、真っ赤な夕日が荒野一面を照らし、なんだか壮大だな、と私は思いました。さっきよりも離れたところに苗屋のトーコが四肢滅裂になっているのが見えます。1度目の爆発の後に残っていた学校の瓦礫や、周囲の低い丘は2度目の爆発で吹っ飛んでしまったみたいです。


「半径200キロは真っ平だよ多分」


1番ちゃんは教えてくれました。


「1番ちゃんは大丈夫なんですか?爆発しないんですか?」


私は単純な疑問を投げかけました。


「うちは大丈夫。楽観的だから。あと、ちなみにトモエも大丈夫だよ爆発しないから、あれはうちらだけ」


1番ちゃんは大丈夫そうです。


「アサイさんたちは、どうしてこの星にきたんですか?」


唐突に質問してみました。失敗でしょうか?


「アサイさんは私たちに不幸になってほしくないとか言ってたきがしますけど」


1番ちゃんは考えています。


「うーん。難しいけど簡単に言うとね、うちらはこの爆発で数々の星を粉々にしてきちゃったの。うちらの歴史にはあらゆるものを傷つけてきたことばかりが刻まれていて、だからうちらに似た形を持っていて、決して私たちのように相手だけを傷つけない、お互いを傷つけ合うことで痛みを分かち合い、深くつながりあえるという潜在的な可能性を秘めたあなたたちに惹かれて来たんだと思う」


私は曖昧に頷きました。1番ちゃんはこちらをみて言いました。


「もっと簡単に言うとね、寂しかったんだと思う。多分。その、うちらは本来痛みを知ることができない主観的な生き物なんだ。だって、痛みが客観性を生むとうちは思うから。でも痛みはわからないくせに、なにかを失った、壊した、傷つけたってことだけはどんどんと感じるようになって、感じれば感じるほどいったいうちらはなんなんだって思うようになった。痛みを感じないってだけで、こんなに確かな存在でありながらいったいうちらがなんなのか、疑問にすら思わない時間もあったんだけどね。でもうちらはうちらが生み出す破壊に気づくことができた。これは客観的なものの見方への第一歩で、個としての感覚の芽生えであったと思う。うちらが長い旅の末に、この地球という星を見つけ、あなたたち人を見つけた時、あなたたちの持つ個体としての意識に感服したの。これはうちらの求めていたものだって。うちらにもあなたたちのような客観性を持ってしてより強い個体としての意識が獲得できれば、より深く温かい関係が築けるとそう信じていた。でも数百年の観察を経て、あなたたちにもそれはできないことがわかった。あなたたちは強い客観性をちながらそれゆえに深く傷つくことを恐れ、多くの痛みを見ないふりするようになっていた。うちらが求めていた深くて温かくて完全な関係は、結局はあなたたちにも作り出せなかったの。もしかしたらうちらの求めるものは純粋な客観性のもとでしか実現できないのかとも思った。それと同時に、純粋な客観性と純粋な主観性、これらの違いはいったいなんなんだとも思った。結局うちらは主観と客観の檻に閉じ込められた何かで、それこそが生き物なのかもしれないと考えた。この壁を越えたらうちらはもしかしたら消えてしまったり神様になったりしてしまうのかもしれませんね。でもうちらは、この広い宇宙の中で、違う出自でありながら近い発達段階にいるあなたたちを見つけて、強い愛着を感じるようになった。お互いに欠けた存在であるなら、足りないものを補い合えば限りなく完全に近い関係になれる。そう思ったの。あなたたちの痛みをうちらが引き受けて、うちらの客観性の足りなさをあなたたちに補って欲しかった。....あぁちょっと自分でも何を言っているのかわからなくなっちゃったよ...。ええと...うちはもう疲れちゃったから寝ることにするね。おやすみ」


「おやすみなさい」


颯爽と寝てしまってびっくりです。気づけばもう日は沈んでいました。私も相当な考えたらずですがアサイさんたちの気持ちをもっと理解したいです。私たちやアサイさんたちは結局なんなんだろうと、私は思いました。


 


2012年3月 今となってはもう昔のこと


あの私たちが巻き込まれた爆発のその前後で、地球上の各地で日本以外でも同じような大規模な爆発が起こっていました。日本でのいわゆるアサイさんは、世界各国でも似たような手口を使い、上手に国家を乗っ取っていました。それぞれの国で完璧に近い情報統制を行うことで全ての国を孤立させていたのです。


私が巻き込まれた、日本の秋田でのあの爆発が起こった次の日、大量のアサイさんたちがヘリコプターやトラックで押し寄せ更地に新たに公共施設の建設をはじめました。アサイさんたちは私たちを保護すると、服の用意や食事など何から何まで素晴らしい対応を見せてくれました。今や地球のアサイさん管理下人口は人は約915人になり、全世界のアサイさん人口は20億人となりました。大きく人類の数が減ってしまいましたが、アサイさん管理下にある残った全人類はすでにテロメアの置換が済んでおります。アサイさん国家の政策どおり、もう戦争はありません。生殖行動も必要ありません。結果的にはアサイさんたちの計画や希望は潰えることなどなかったし、どうやらアサイさんたちもまだまだやる気満々、諦めてはいないようです。これからの長い年月をかけて人とアサイさんたちで素晴らしい関係が気づけるように私も精一杯頑張らせていただきます。これからの未来に明るい光が差し込むことを祈っています。


 私はもうすっかり今の暮らしには慣れ、元気にしています。お母さんももう素敵な思い出の一部です。そうそう、アサイさんたちは爆発してしまうと髪が真っ黒になってちょっとバカになるそうです。そんな可愛いところも含めいろいろ新しく知っていきながら今後とも楽しく一緒に暮らして行きたいと思っています。


 


町立味噌漬中学校 2年3組 水崎トモエ


 


 


2012年3月21日


今日はずっと雨が降っていました。浅井さんたちと室内で献血ごっこをしながらしりとりをして遊んでいると、隣のブロックから、クミちゃんの弟が遊びに来てくれました。クミちゃんの弟は最近、ポエムを書くのにハマっているようで、たくさん書いているようです。今日はその可愛らしいポエムの中から2つ、一部抜粋して書き留めておきます。


(クミちゃんの弟が作った楽観的で楽しいポエム)


「——だから主観と客観によって形取られた檻の中に、僕たちの精神は、液体としてその体積を幾分か埋めるように注がれ、閉じ込められている。内容量はその時々、人それぞれ。僕たちは無数に存在するその檻の集合体として、まるで細胞の塊のようにこの世界に蔓延っている。僕たちそれぞれが持つ檻には隙間が存在していて、そして、この世界を静かな海に例えるならば、僕たちはその空間の持つ浮力で浮かび上がりその海の底から、やがて表層へと現れることとなった。ここで重要なのは3つ。1つは私たちは隔絶された海水であるということ。もう1つは檻が壊れれば沈み、檻の中の海水が少なくなれば空にとんでいくこと。最後にわかるのは、空の彼方が客観的な世界であり、海の底が主観的な世界であること。僕たちは海から生まれ、空へ飛び立ち、あるいは再び海へ沈みます。では空間(真空)はどこから来るのか。それについて僕はなにも知りません。ですが、ここでは「悪魔の取り分」「天使のわけ前」といった可愛い名前の現象になぞらえて、神様に登場していただきましょう。きっと味覚の狂った神様が海水を溺愛していて、「特にあの海に沈んでいる容器の水が美味しい」と言って、よく飲むのでしょう。僕たちは、今日に至るまで——-」


 


(夜と月の恋愛イチャイチャコメディー)


•••••


•••••


「なんで私は真っ白なんだろうね」


少女は森の中で一人、大きな丸い石の上に座って月に手を伸ばしました。


「私が身につけたものは全部、私と同じく、なんの澱みもない真っ白な雪の色になってしまう」


少女は一度自分のものと信じてしまうとたちまちにそのものから色を奪ってしまう、そんな自分の呪いにため息をつく毎日を送っていました。


「いっそあの街ごと私のものになって、誰も誰とも区別がつかなくなっちゃうくらい、真っ白になって消えちゃえば良いのに」


そういうと少女は僕の方を見て言いました。


「あなたはなんで私のものにならないの?」


僕は少し考えてから適当に思いついたことを並べて答えました。


「僕はこの夜の暗闇でできているんだ。いくら君が眩しくたって、僕を全て君のものにすることはできないよ」


少女は目を逸らすと、少し嬉しそうに笑いました。


「それじゃああなたはずっとあなたのままでいてくれるのね。それってもしかして私のためだったりするの?」


僕も釣られて少し笑ってしまいました。とても自意識過剰な女です。


「もしそうだとしたら。君は嬉しい?」


少女は答えました。


「嬉しいに決まってる。だってあなたは、私が私でいられる最後の希望だもの」———


 


僕は黙って少女を見ていました。少女の顔にはもう目や口や鼻がありません。朝が近いのです。僕は急いで言いました。


「今夜、また」


少女は頷くと少し手を振って、朝日に沈む街の中に溶けていってしまいました。なんだか僕もそろそろ眠くなってきました。次はどんなことを話そう、そんなことを考えながら僕もまた眠りにつきました。


 


おわり


 

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トモエさんとアサイさんの思い出思い出し日記 家湯 @uchi_yu

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