第12話 また夜

「明日の夜に欠員が出ちゃってさぁ、、また頼まれてくれない?」

課長が申し訳なさそうにそう言った。

「…いいですよ。」

先日のことも有り、気が進まない僕は返事にちょっと躊躇したが、結局依頼を引き受けたのだった。


「わっ!」

「あっ、驚かせてごめんなさいね。私、認証システム担当の〇〇です。」

データーセンターの入口で室内履きに履き替え振り向いた途端、正面にある長机の向こうの女性と目が合った。

人が居るとは思っていなかったので思わず変な声が出た。


「…こんばんは。こんな遅くにご苦労さまです。」

「いえいえ、今回担当システムのバージョンアップ立会で来たんですけど、連絡ありませんでした?」

「そうなんですね、うちのシステム担当、急に僕に替ちゃったんで、引き継ぎ不足かもですね。すみません。」

「それはお疲れ様です。こっちのことはあまり気にしないでくださいね。」

「はい、ありがとうございます。…それでは。」


ちょっと格好悪くて恥ずかしかったので、簡単に話を済ませてから僕は担当システムのモニターラックへ向かう。

今日の仕事はうちの会社が請け負っている業務システムの夜間処理だ。

何もなければ業務日報を書いて朝まで待てば終わり。

トラブルがあればマニュアルに従って対応。

対応が困難なら責任者に連絡して指示をもらう。

そうなると、当分帰れなくなる(冗談じゃない!)という仕事だ。


モニター画面に表示されるメッセージや数字を眺めながら、必要なら記録をつける。

僕はメモを取りながら、手が空いたらシステムのマニュアルを見たり雑用をする。

まあ異常が起きるなんてめったにない。それなりに緊張しつつのんきにやることができる。

そんな仕事だ。


なのだが、今マニュアル見る視界の先にスリッパの足が横切るのが見えた。

反射的に顔を上げたが、そこにあるのはデーターセンターの背の高いサーバーラック群が立ち並ぶだけ。

「?」

気のせいかな。

視線を戻し、またマニュアルに目をやる。

スッと影が移動する。

まただ。

目を凝らし、サーバーラックの隙間から動くものを探そうとするが、見えるのはラックに刺さったサーバーのユニットと通信ケーブルだけだ。

人の居る気配はしない。

疲れのせいかと、再び視線をマニュアルに戻す。

少し上目遣いに床も視界に入れていた。

今度ははっきりとスラックスに黒靴下の男の足が見えた。


絶対に誰か居る。

少し用心しながら僕はモニターラックの前から前方へサーバーラックの林の間を確認しつつ壁際まで移動した。

「誰もいない?」

確かに見たはずだと思いながら、モニター画面の前に戻る。

ふとその先にさっきの女性が長机に向かってキーボードを叩いているのが見えた。


気まずい気持ちより不安な気持ちが勝った僕は、彼女に声をかけた。


「〇〇さん、すみません。今日は他にどなたか入室されてるんですか?」

「え?いえ、あなたが来るまでは誰もいませんでしたよ。私だけです。」

「そうなんですか…おかしいなぁ?」


確かに、入口のマットの上には僕の革靴だけがあり、室内履きのスリッパがひと組使われているだけだ。


「どうしたんですか?」

「ええっと…実は…」


僕はさっき見た男の足の話をした。

視界の端にだけ見えるが、姿は見えることのない人影。

三度も見れば、さすがに気のせいとは思えないこと。


「う〜ん。そうなのね…。もしかしたらそれは前にここのシステムの開発担当だった人かも。」

「それはどういう?」


彼女が教えてくれたのは、ここのメインシステムの設計者の一人に病気で亡くなった人がいること。

その人は、病気で倒れるギリギリまで仕事をしていたこと。

仕事に来られなくなっても入院先から色々気にかけてくれてたこと。

そして、システムの完成を見ることなく旅立ったこと…。


「だからね、ずっとここのことが気になって仕方がないんだと思うんだ。なんというか、責任感強いでしょ?いい人だったんだよ。」

「そんなことが…」


彼女はそう言うとちょっと困った顔をしながら笑ったようだった。

複数の会社が共同で開発したここのシステムには思わぬことがあるんだなぁ。と、言葉をかけようとしたその時だった。


ピッ…カチャッ


背後からドアの開く音がした。

そういえばここには、セキュリティ監視室へ行くもう一つのドアがあるのだった。


「おつかれさまです。監視室のモニターを見てたら、なんだかふらふらしている感じだったので体調でも悪いのかと思ったんで来たのですが、大丈夫ですか?」

「いえいえ、は大丈夫ですよ。ちょっと話をしてたからずっと頷いてたんでたぶんそれで…。」

「…でですか?」

「え?」

「え?」


振り向くと長机の向こうには誰もいなかった。


セキュリティ担当の彼が言うには入室記録が残っているのは僕だけとのこと。

念の為、記憶にある女性のことをたずねてみると、たしかにそんな人がいたらしい。

彼女が話した男性も昔いたはずだと。

確かに今日は、彼女が言っていたバージョンアップの日とも。


しかし、残念なことに二人はすでに共に鬼籍に入っているとも。


僕の住む街には、責任感の強い人が多いらしい。

なんだか僕は、今日は怖くなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る