第5話 対話その四 隆太

 明音と違って、隆太は、完全な引きこもりだ。彼は、心の奥底に、自分だけが住む鍵付きの小部屋を作って、その中にいつだって、閉じこもっている。

 彼が、コミュニケーションらしきものを取るのは、わたしだけで、他の人格とは、一切、交わろうとしない。他者への嫌悪と、恐怖で形成されているのが、隆太という分裂人格なのだ。

 彼が、表舞台に出てくるのは、真夜中のわずかな時間だけで、昼間、他人が活動している時間に、表舞台に出てくることは、一切、ない。だから、隆太が、久留麻先生と会話したことがないことは、確実だろうと思う。

 それでも、久留麻先生の、存在自体は把握しているはずだった。

 わたしは、ちょっとだけ気になって、夜中、隆太の小部屋を訪れた。

 わたしが、小さくノックすると、カチリと扉の鍵が開錠される音がして、閉ざされた扉に、わずかに隙間がのぞいた。彼の小部屋を訪れるのは、わたししかいないのだから、もう、そんなに警戒しなくていいのに。

 隙間から、黒目がぎろり、とこちらを睨んだ。

 わたしは、一瞬だけびくっとして、ぶるっと震えた。

 「何か、用?」

 がさがさ、と部屋の中で、何か音がした。わたしは、そんな音には気づかない振りをして、無理矢理に笑顔を作って、隆太の警戒を解こうとした。

 「用ってほどでも、ないんだけどね」

 隆太が、わずかな隙間を閉じようとした。わたしは、慌てて、言葉を継いだ。

 「一つだけ、聞いておきたいなって思って・・・・・・」

 隆太の黒目が、じいっと、わたしを見つめている。むしろ、わたしのほうが、緊張してきて、なかなか、言葉が出てこなかった。

 「あの・・・・・・隆太は、久留麻先生のこと、どう思っているのか知りたくて」

 がさがさがさっと、部屋の中で、音がして、小部屋全体がぐらぐらっと、揺れたような気がした。

 ばちん、と音がして、扉が閉まった。

 次の瞬間には、小部屋自体が、わたしの眼前から消え去っていた。 

 わたしは、しばらくの間、茫然とした面持ちで、空虚となった空間に、視線を泳がせていた。

 もっと、奥の方へ、沈んじゃったんだ。隆太の小部屋は、さらなる深層へと、沈んじゃったんだ。わたしは、落胆で、しばらく動けなかった。

 はっきりしたことは、隆太も、おそらく、久留麻先生のことを快く思っていないということだけだった。

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