禁呪魔法と六英雄の聖書譚(オラトリオ)

@ut3559

第1章 『深紅の森』 

プロローグ 『さよなら騎士団、始めまして教師』


 その日、少年ークロエ=アナベルにとって、まさに青天の霹靂へきれきとも呼べる出来事が起こった。


 アナルフィア共和国ー居住区の一角。タイル張りの壁に、レンガ造りの屋根。アーチ型のオブジェが取付けられたドア、全体的にスペースの広い間取りや開放的なバルコニー。

 そんな家々いえいえが建ち並ぶ風景の中、そこから少し離れると一際木々が生茂おいしげった場所がある。不気味で湿ったそこには、所々がびれ、変色し、虫が蔓延はびこる三角型の建物が誰かに見られる事を避けるようにひっそりと佇んでいた。


 そこは、かつて場所。

  今は誰にも見向きすらされなくなった廃れた建物の内部では、汚れた席の一つに座り、割れまくったステンドグラスに囲まれ、少年ークロエ=アナベルが頭を抱え魂の叫びを披露していた。


 「俺の!生活!終わったぁぁぁぁぁっ!!」


 寝不足のせいでクマの出来た眼を"カッ"と見開き、週に3日程しか風呂に入らないおかげでボッサボサの黒髪を振り乱し、まるで世界の終焉を目の当たりにしたかのような修羅の如き勢いだった。


 「クソっ!今だって結構ギリでやってんのに!?いきなり"教師"をやれだぁ!?ッざけんなぁ!」


 "うおおおおっ!"怒りなのか悲しみなのかあるいはそのどちらもか。悲痛な叫び声が建物の高い天井へ無慈悲に吸い込まれていった。


 クロエは、自身の胸にげていた黒く丸いペンダントを強く握り閉め、言う。


 「ああ、神がいるならぶっ飛ばしてやりたい!」


 クロエ=アナベル。16歳。黒髪と寝不足と不潔以外特にこれといった特徴の無い少年である。

 訳あって両親はおらず、独り身となり拠り所を失っていた所をに拾われ、その後騎士団へ入団。廃れた大聖堂で暮らしながら日銭を稼ぎ、何とか今日こんにちに至るまで生きていたのだが・・・・・・


 「何だってんだよ、これ・・・・・・」


 "はぁ"と溜め息を一つつき。クロエは手に持っていたに目を落とした。

 そこには、シンプルに文字が綴られていた。


 『"辞令"ー対象者 クロエ=アナベル。

  件名:人事異動 正当騎士団→アナルフィア魔

  法学院教員 異動時期:本人確認より、1週間

  後』


 「はっ!誰が行くかよ!ばーか!」


 現実逃避。

  クロエは悪態をつくと、封書を折り始めた。そして、一つ紙飛行機を作り上げると、適当な方角へと飛ばした。


 紙飛行機は綺麗に水平を保ち、やがてクロエの視界から完全に消え去ったのだった。


 「・・・・・・」


 よし、忘れよう。教師?知るかそんなの。


 「クソ騎士団長が!知らねーよ辞令とか!俺に教師とか無理だっての!」


 再び"どかっ"と座り直し、クロエは憎き騎士団長の顔を思い浮かべた。いくら騎士団のトップだからといって、人を簡単に切捨てるなんてやり過ぎではないだろうか。極悪非道にしてもうパワハラだ。訴えてやろうかとクロエは考える。


 「おや、クロエ。それはいけませんね」

 「うっ!?」


 と、そこで突然クロエをいさめる声が背後から響き渡った。クロエが驚いて振り返ると、そこにはクロエが適当な方向に飛ばしたはずの紙飛行機(異動通知の封書)を手に持った一人の老人がいた。クロエは幽霊じゃなくて良かったと胸を撫で下ろし言った。


 「ウィル爺かよ!ったく、驚かすなよ」

 「戦場なら、相手に背後を取られた時点で死にますよ」

 「うっせえ、余計な世話だっつの」


 クロエの発言は、目上の人物に対して敬う気配が一切見られない。基本的に騎士団でも中々に丁寧な言葉遣いを苦手としていた為なのだが、その原因はほとんどこの老人にあると言って良い。


 ウィルネス=アールイン。

  アナルフィア共和国の教会にて『司祭』の聖職を務めている人物だ。


 クロエから見て髪がほぼ無い(失礼)ウィルネスだが、眼鏡をかけた優し気な印象が安心感を抱かせる老人だった。

 クロエにはよく分からないが、聖職者にとって普段着であるらしい"キャソック"と呼ばれる黒い縦長の服を身に纏っている。


 (ていうか) とクロエは思う。


 早い話、この老人こそが身寄りの無かったクロエを拾って親代わりとして育てた張本人なのだが、何故かは知らないがやたらと強い。普段はニコニコしていて隙だらけ。動きもどちらかといえばマイペースなのだが、やたらと格闘術に長けていて、クロエも数え切れない程手合わせをしたが全て敗北。

 時々瞬間移動をしたのかと思うような動きも見せる。気付いたら背後を取られてました なんて事もかなりあるのだ。


 (御年69・・・・・・マジで何者なんだよ)


 正直、これ以上強くならないで欲しい。

  失礼な話だが、あまり身体の心配をしなくて良い というのは気を使わなくて良いのでそこがウィルネスと暮らす最大のメリットだとクロエは思っている。(本人には言えない)


 ウィルネスはクロエがそう思っているのを見透かしているのかいないのか、こう言った。


 「時にクロエ、今回の人事異動の件ですが」

 「何だよ」

 「貴方の親として言わせて頂きますが」

 「嫌な予感すんだけど」

 「行きなさい」

 「やっぱりな!?」


 その瞬間、クロエは、自分の脚力を全開で閃かせ、ウィルネスへ飛び付いた。凄い涙目で。


 「嫌だ!絶っっっ対っ!騎士団いた方がまだ心地良いって!」

 「でも、貴方嫌われてるでしょう」

 「そりゃ俺と価値観合わない奴らがー」

 「


 「ーっ」


 必死に縋りつこうとするクロエを、ウィルネスはそう優しい言葉で諭して身体から引き剥がした。


 「私はね、知っていますよ。貴方が今騎士団でかなり苦労している事を」

 「嘘つけよ!何も知らねぇだろ」

 「いいえ」


 ウィルネスはクロエにそっけない態度を取られても、優しく諭す事を辞めようとはしなかった。


 「クロエ、苦しい事をあえて言うようですが・・・・・・騎士団内で《獣》と呼ばれているのは貴方でしょう?」 


 そして、そう言った。

  クロエは諦めたように、項垂うなだれる。


 「あー、そっか。知ってんだな。ウィル爺」


 「ええ。人を助ける事が優先だと、任務を放棄して1人突っ走ったり、凶暴な魔獣に丸腰で立ち向かったり、誰かが貴方の悪口を言ったりあるいはその逆に誰かが傷付けられたりすれば即座に喧嘩を売ったり。聞いた話だとほぼ1日中乱闘に持ち込んだ事もあったとかー」


 「もうそれくらいにしてくれ!」


 クロエは思わず、怒鳴ってしまった。直ぐにそれに気付くと


 「あ、悪ぃ・・・・・・」 と謝る。


 ウィルネスはそれに対して


 「良いのですよ。嫌なら嫌と言えば良い」


 笑顔で、そう言った。


 「想えば・・・・・・貴方を襲ったの日、私は偶然近くにいたのでしたね」

 「ああ、で、俺もアンタに助け求めたんだ」

 「私は咄嗟に貴方を拾い・・・・・・そこから貴方を育てる事にしました。"強い子"にしようと」

 「それで騎士団に入れてくれたんだっけな。けど、このザマだよ。問題児呼ばわりされてるせいで、給料もあんま貰えなくてさ。俺がアンタに恩返ししないといけないのに・・・・・・」


 何だか、急に真面目な話となってしまった。

  クロエ自身、あまりそういった空気が得意では無いので、物凄くその場に居辛くなってしまっている。 が、いつの間にかウィルネスが自分を抱きしめ、頭を撫でてきていたので身動きが取れなかった。


 「ちょっ、ウィル爺!?」

 「すみません、クロエ。実は貴方に黙っていた事がありまして」

 「・・・・・・は?」


 「私が貴方に今回の異動を受け入れて欲しいのには、理由があるのです」

 「・・・・・・」

 「貴方は知っているかと思いますが、私は本来教会に所属している立場。『司祭』以上の階級の者は神に身を捧げる為、でなければならないのです」

 「え、て事は・・・・・・」

 「はい。


 ヤバい。結構重い話を聞いてしまった。

  そう直感で感じたクロエは慌てて話題を逸らす。


 「つ、つまり!ウィル爺はいつまでも俺をかくまっていたらヤバいって話なんだろ?で、騎士団でも居場所が無いのを知ってたから、今回の異動の件、強く勧めてきてんだろ?」


 言った後で気付く。あ、これ多分確信に触れてるわ と。

 実際、その通りであった。


 ウィルネスが言うには、自分が騎士団へ入れてしまったせいでクロエが人知れず苦しんでいる事を知っていたが、結局見逃してしまっていたらしい。クロエを育てる反面、聖職者という立場もあり、表立って行動が出来なかったようだ。

 そんな中、今回、騎士団から直々に魔法学院異動の件が通達された。騎士団側もクロエの事はかなり問題視していたらしかった。それを知ったウィルネスは、クロエの新しい道の為、異動を強く勧めてきていたと。そういう事だった。


 「ええ。貴方なりに頑張っているのは分かっていましたから」

 「・・・・・・」


 ウィルネスの想いを知ったクロエだったが、何とも言えない気持ちとなってしまうのだった。

 騎士団で自分が嫌われているのは事実だが、もし辞めたら、"弱虫"や"逃げた"等のヤジを飛ばされるのは確実だろう。気にしなければ済む話なのだが、クロエからしてみれば、自分を拾ってくれたウィルネスを馬鹿にされている気にもなる。若気の至りだろうが、悔しいのだ。


 「私はね、クロエ」


 ウィルネスはクロエを抱きしめ、頭を撫でたまま、優しく語りかける。


 「貴方をあの日拾った時、あらゆる逆境に負けないように強い子に育てようと決めました。ですがそれは、思っていたより過酷な道で、強くするどころか苦しめてしまっていました」

 「ウィル爺・・・・・・」


 「でも、魔法学院なら、貴方の本領を発揮出来るかもしれない。そう思ったのです」

 「それは・・・・・・俺が多少なり魔法を扱えるから?」


 「私が貴方に教えたのは"魔法"と"格闘術"。特に格闘に関しては騎士団に入ったおかげでさらに磨かれている。それは実感しているでしょう?」

 「まあ、そうなの・・・・・・か?多分、そこら辺の同僚よりは強いと思うけど」


 「自信を持ちなさい、クロエ。貴方は私が思うにのですよ」

 「・・・・・・?」


 ウィルネスの意味深な言葉。それにクロエは首を傾げる。


 「そしてクロエ。世間ではまだあまり認められていない学問を知っていますか?」

 「魔法学院の話か?いや、知らないけど・・・・・・」


 今日はいつに無くおかしな事を言うなこの人。

  そう、クロエが思った瞬間だった。


 ウィルネスが突然クロエを突き放し、バランスが取れずよろけるクロエの腹に"掌底"を突き出してきたのだ。


 「うおっ!?」


 クロエの体制では防御が間に合わず、攻撃をもろに受けてしまう。しかし、それは


 クロエは咄嗟にこう、叫んでいた。


       「ー《吹き起これ》!」


 その瞬間。

  クロエとウィルネスの中心に突風が巻き起こった。


 "ゴウッ"!

  突然の突風にウィルネスの掌底がクロエの腹から僅か数センチずれる。


 「ーせあっ!」


 クロエはウィルネスに生まれた隙を見逃さず、身体を右側にひねり、そのまま回転を加え渾身の力で後ろ回し蹴りを放った。


 ーだが。


  「フフっ、そう来ましたか!」


 ウィルネスはまるで危機感など示さず、むしろ余裕でクロエの蹴りを受け流すと、クロエの腰に再び掌底を叩き込む。


 「ぐへっ!」


 クロエは間抜けな悲鳴を上げ、体制がまた崩れてしまった。反撃したいが残念な事に息を整える暇が無い。

 というか。


 ークロエの負け。


 「ー急は無理に決まってんだろ!?」


  クロエの泣言が建物内に響き渡る。


 「今日は良い線いってましたよ?」


 対象的に、ウィルネスの笑い声を含んだ勝利コメントも楽しそうに響き渡ったのだった。


◆◆◆


 ーどうして、自分は、こんなにも嫌われているんだろうか?


     『ー■■■■■は呪いだ』


 ー人々は、自分の名前を知ったら、急に顔色を変えてきた。


     『ー■■■■■!?何でそんな奴がこの世にまだいるんだ!』


 ー家族でへ来たはずなのに、気付けば両親はどこにも居なかった。

 同世代の子達も、を耳にしたら、今まで仲良くしていたのに、急に虐めてくるようになった。


     『ーお前!■■!■■■!』


 ■■■■。■■■■。■■■■■。■■■■■■■■■■。■■■■■■■■。耐え難い虐めの数々だった。どうして?私は仲良くしたいだけなのに。私は何もしてないのに。


 ーでも。人々は皆、が悪いっていう。


     『■■■■■は存在するだけで悪』

     『■■■■■は疫病神』

     『■■■■■は世界の敵』


 両親に助けを求めても、居るはずもない。

  捨てられたのだから。私なんてどうでも良かったんだろう。彼らにとってただの足枷あしかせだった。


 ー私、何で生きてるの?


 周りは全て敵。私に味方なんかいない。


 そう思ったら、どうでも良くなって。


     ー私はー。


◇◇◇


 目覚め。最近はほぼ毎日悪い。


 毎日のように見る"悪夢"。

  夢の中で、必死に"逃げたい"って思っているのに、朝、カーテンの隙間から差し込む朝日は私にとってただの"絶望の始まり"だ。


 無意味な一日をどう過ごすか なんてもう考えるのは飽きてしまった。


 「・・・・・・」


 私は、枕元に置いてあった手鏡を見た。

  ボサボサに乱れた金髪に、紅色の瞳の下には大量のクマ。


 酷いな。

  自分の事なのに、まるで他人事のようで。


 心はもうとっくの昔に壊れてるから。


 私に生きる意味を教えてくれる人がいるなら、いて欲しい。そばにいて欲しい。一緒に語って、悩んで、笑い合いたい。


 でも、私には、もうー。


 その時だった。


 「起きてるー?朝よー?」


 女の人の声。

  私は直ぐにベッドから降りる。そして、"正直、見るのも嫌な制服"を手に取ると。


 なるべく。努めて明るく。悟られないように。

  扉の向こうへ、こう返事した。


 「ーはい!今すぐ行きます!」


  ープロローグ end

  

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