第37話 リラの気持ち(ロイ視点)

 瘴気騒動と聖女誘拐事件についての会議から数日経った。あれからリラの様子がちょっとだけだが変わったように思う。今まではほとんど俺や屋敷の人間と目を合わせることがなかったが、たまに目を合わせてくれる時があるのだ。と言っても本当にたまに、だけれど。


 執務室で書類の整理をしていると、部屋がノックされた音が聞こえる。


「ロイ、いる?お話、したいの」


 リラの声だ。珍しいな、どうしたんだろうか。


「あぁ、どうした?」


 席から立ち上がりドアを開くと、そこにはリラがいた。相変わらずこじんまりしている。


 中に入るように促すと、リラはちょっとキョロキョロして、それからおずおずと部屋に入った。


「もしかして、仕事中、だった。邪魔、した?」


 机の上に積まれた書類を見てリラが訪ねてくる。なんだか申し訳なさそうだ。


「気にすんな、ちょうど一息しようと思ってたとこだし」


 ほら、とソファに目をやると、リラはホッとしたように座る。


 俺もリラの横に座って、うーんと伸びをした。その様子をリラが横から眺めているのがわかる。今日は随分と直視してくるな、珍しい。


「で?どうした?話があるんだろ」


 怖がらせないようにあまり顔を近づけずに聞くと、リラはスカートの裾をぎゅっと握って俯いている。ここで急かすときっと黙り込んでしまう時間が長引くだろうから、リラから話し始めるのをじっと待つ。


「あの、ね。ちゃんともっとロイとお話したいと思って。リラ、こんなだから、いつもロイたちに迷惑、かけてるの。ごめん、なさい」


 リラはそう言いながらペコリとお辞儀をする。ちっこくて、まるで小動物みたいだ。


「何を今更……あぁ、いや、良いんだよ。リラが教会で大変な目に遭ってたことは知ってるし、だからリラには無理して欲しくないんだ。リラのペースでいいんだぜ」


 頭を優しくぽんぽんと撫でると、リラは一瞬だけビクッとした。


「あ、悪りぃ、嫌だったか」


 手をすぐに避けると、リラは慌てて首を横に振る。


「違うの!嫌、じゃないの。ロイの手は、暖かくて優しい、から。本当は、もっと、撫でてほしい」


 一瞬だけこちらを見て言うと、ほんの少し顔を赤らめて俯く。


 なんだ、この可愛すぎる生き物。胸の奥から猛烈に熱いものがブワッと湧き出てくる。


「そっか?なら、もっと撫でるぞ」


 聞くとリラは俯いたままブンブンと頭を縦に振る。おいおい、そんなに頭振ったら首痛くなるだろ。


 そっと頭に手を置いて優しく撫でると、心なしか頭がこちらに傾いている気がする。


「リラ、本当はもっと、ロイたちと仲良くなりたい。もっと、ちゃんと、おしゃべりしたいの。でも、うまくできなくて、申し訳ないの」


 ポツリ、ポツリとリラが話し始める。リラが俺や屋敷の人間ともっと仲良くしたいと思っていてくれることは正直驚きだった。それだけ心を開いてくれていると思うとやっぱり嬉しいモンだな。


「俺も屋敷のみんなも、リラと仲良くなりたいって思ってるよ。だからリラがそう思ってくれてて、そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとな」


 そう言うと、リラがこちらに顔を向けて見つめてくる。その瞳には期待と不安の入り混じったような複雑なものが含まれている。でも、それでもとてもキラキラと輝いている。


「大丈夫、慌てなくても俺たちはずっとリラと仲良くしたいと思ってるよ。それにどんなに時間がかかったって問題ないさ。むしろ慌てる方が返って遠回りになるかもしれないだろ?もっとリラックスしていいんだ。リラは緊張しすぎだ。もっと甘えていいんだよ」


 そんなこと言ったって、簡単に緊張がほぐれるわけでもないことも、簡単に甘えることができないこともわかっている。わかっているからこそ、俺がもっと甘やかしてやらないと。そのためには、甘えてもいい存在なんだってわかってもらわないとな。


「甘える……?」


 リラは首を傾げながら呟く。そもそも甘えるということがどういうことなのかわかっていないらしい。そりゃそうか、あんな環境で育ったんじゃな……。


「リラは俺にどうしてほしい?どうしたい?なんでもいいんだ、思いついた時に俺に言ってくれよ。俺はできる限りそれを叶えてやる」


 頭を優しく撫でながらそう言うと、リラは頭を手に預けたままうーんと唸り、少ししてからこちらを向いた。


「ロイ、リラはハグ、してみたい」





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