第2話 旅立ち
「えっ、逃げ出そうとしてたの?」
騎士様に手を引かれながら私は今、教会の表側に向かっている。
荷物は最低限のものしか持ってなかったし、このままでは行けないからと正直に話したら、騎士様は怒るどころか楽しそうに笑っていた。
第一印象は真面目で堅物そうなイケメンとしか思わなかったけれど、実は意外にとっつきやすい人なのかもしれない。
教会から続く宿舎の玄関から入り直して、騎士様と一緒に自室に向かう。
「流石にもう逃げませんから玄関で待っていただいて大丈夫です」
そう言ったのだけれど、騎士様は君の暮らしていた部屋が見てみたいと言って一緒についてきた。
いやいや、自室を初めて会った男性に観られるのって普通に恥ずかしいんだけどなぁ。
「ドアは開けておきますので、ここで待っててください」
自室についたので騎士様にはドアの前で待つように言って、私は部屋の中で荷物をまとめ直す。
「へぇ、綺麗にしてるんだね。家具もシンプルだけど可愛らしいな」
騎士様は部屋を眺めながら感心したように言う。
教会なので一般家庭よりはもちろん厳しいが、虹の力を持つ聖女はいつ生贄に選ばれるか分からないからと、普段なるべく好きなものを購入できるようになっている。
だから家具や休日用の衣服は好きなものを選ぶことができた。
「家には君好みの家具はないから、君の部屋には同じような家具を選び直した方がいいかな」
ん?私の部屋?部屋があるの?現地に着いたらすぐ生贄になるんじゃないの?あ、それとも生贄になるまでは好きなように生活していいということなのかな。
「支度、できました」
よいしょ、と荷物の入った鞄を持つと、騎士様がすぐに手を伸ばして鞄を持ってくれた。
優しい。本当に優しい。生贄になるからとあえて慈悲の心で優しくしてくれてるのだろうか。
「セシル!!!」
騎士様と一緒に玄関に行くと、そこには涙をたくさん浮かべたリリーがいる。
私が生贄に選ばれたことは、すぐに教会中に知れ渡ったみたいで駆けつけてくれたようだ。
「セシル!本当なの?本当に行ってしまうの?やだ!そんなの嫌よ!」
わあぁぁと泣いてしまうリリー。ごめんね、リリー。私だって行きたくないけれど、こうなってしまったからにはもう後戻りはできない。
「リリー、ねぇリリー。こっちを向いて、お願い笑って。私、リリーの笑顔が好きなの」
ね?と微笑むと、リリーも頑張って微笑み返してくれる。あぁ、リリー、本当にごめんね。
「セシル……これ、お誕生日プレゼント……」
リリーが綺麗な包みに包まれた品を渡してくれる。そうだ、今日は私の誕生日。お祝いしてくれるって言ってたんだった。
「ありがとう。大事にするね」
プレゼントを受け取って、そのままリリーを抱きしめた。もう二度とリリーに会えなくなるなんて信じたくない。
「セシル、リリー。別れ難いのはわかるが、そろそろ時間だ」
教皇様が静かに言う。本当に別れ難いけれど、ずっとこうしてるわけにはいかない。
そっとリリーから離れて、騎士様の隣に立つ。すると、騎士様がリリーを見て言った。
「彼女のことは私が責任を持って連れて行きます」
騎士様の言葉に、リリーは両手で顔を覆いながら泣きじゃくった。
「君はここで友達からとても愛されていたんだね。連れて行くのは忍びないな」
騎士様がポツリとつぶやいた。そう思ってくれることはありがたいけれど、でも結局連れていかれることには変わりない。
いまいち腑に落ちないと思いながら騎士様を見ていたら、騎士様が片手を上げた。
「さて、出発だ」
騎士様の手から青白い光が放たれる。すると、空の向こうから飛翔する大きな姿が現れた。
「白龍様だ!!」
見送りに外へ出てくれていた教会の人々が空を見上げて叫ぶ。白龍様はどんどん降りてきて、教会の目の前にある大きな広場に降り立った。
「ミゼル、お待たせ」
騎士様がそう言って白龍様の顔に手を近づけると、白龍のミゼル様は騎士様に顔を擦り寄せた。すごい、本当に懐いているんだ。
騎士様達の様子を見ていたら、ミゼル様と目が合った。
「あ、初めまして。セシルと申します」
思わず自己紹介してお辞儀をすると、ミゼル様はゆっくりと顔を下げてお辞儀をしてくれた。
「へぇ、聖女様は本当に白龍と会話ができるんだ」
騎士様が楽しげに言う。実際に会話ができてるかどうかはわからないけれど、意思の疎通はできてる気がする。
「それじゃ、行こうか」
そう言って、騎士様はミゼル様の背中に乗って手を差し出した。あぁ、この背中に乗るんだ私。
ここに乗ったらもう後戻りはできない。というか、すでに後戻りはできないんだよね。
「行ってきます」
今までの聖女たちがしてきたように、私も教会の皆へ挨拶をして騎士様の手を取った。
騎士様は私を自分の前方に座らせたけれど、そのせいかすごい密着してる。こんな時でも思わずドキドキしちゃうのっておかしいのかな。
「行くよ。僕の腕にしっかり捕まってね」
騎士様の腕が私のお腹を抱えるようにまわってきたので、その腕にしがみついた。
フワッと体が浮く。
「わああぁっ」
思わず声をあげると騎士様はクスクスと笑っている。笑い声がすごい近くてくすぐったいしなんか恥ずかしい……!
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