第18話:三十日青夜草の群生地

 四人は大魔境の東、奥深くに向かって歩いた。

 その場に止まったら、ゴブリンの死体を食べに集まる魔獣と戦う事になる。

 それを恐れての避難だったが、その考えは間違っていた。


 何度も強大な敵を倒してきた四人は、もうこの辺りの魔獣では勝てない強者だ。

 少なくともエマとライアンは、周囲から魔獣が逃げ出す存在になっていた。


「周囲の警戒を最優先に、安全重視で進むぞ」


「分かっているわ、あの場所から離れたらゆっくり歩くわ」


「もう大丈夫じゃないかな」

「そうだよ、少なくとも俺には何も感じられないよ」


 夜営地から一時間ほどは少し早足で歩いた。

 カインとアベルを基準にした少し早足だから、並の人間の全力疾走だ。

 この辺りの魔獣の嗅覚や聴覚、脚の早さは分からないが、安全圏だと思われた。


「ここで南に転じて一時間歩く、そこから村に向かうが、それで良いな?」


 次の夜営地に相応しい水場を見つけたライアンが言った。

 次に三晩探索をする時に夜営する場所を見つけられたので、そこを起点に南側も探っておきたかったのだ。


「ええ、いいわ、これで次の探索が少し楽になるわね」


「よかったよ、持ち運ぶ水袋を増やしたくなかったんだ」

「重さは大丈夫なんだけど、かさばるのが困るんだよね」


 四人は小さな泉の水を飲まなかったが、猟犬見習たちは飲んだ。

 猟犬見習たちに何もなければ、ほぼ飲み水として使っても大丈夫だ。

 少なくとも毒消しの薬草を加えてから煮沸すれば死ぬ事はない。


「花だ、青い花だぞ!」


 南に転じて一時間歩いて、そろそろ村に向かって方向転換しようとしていた時に、木々のない広場に青い花が咲き乱れているのを見つけた。


「確認しろ、毒を感じたら直ぐに戻れ」

「無理をするな、エマ、毒消しを頼む」


 カインとアベルが猟犬見習たちに命じた。


「まかせて、解毒の力も上がっているから、猛毒でも大丈夫よ」


「なあ、エマ、今回は球根の成分を変えちゃいけないから使えないけど、ピュアリフィケイションとホーリー・ディトクスィフィケイションを使ったら、どんな水も飲めるようになるんじゃないか?」


「……そうね、飲めるようになると思うわ」


「でもさぁ、エマの魔力を無駄遣いするのはなぁ~」

「エマ、聖浄化と聖解毒する水の量で使う魔力は変わるの?」


「いつも全力で使っているから考えた事もないわ」


「今日の戦いでも、ものすごい数の聖浄化を使っていたよな?

 魔力が足らなくなる感覚はなかったか?」


「なかったわ、いくらで使っても平気だったわ」


「うひゃぁ、相変わらず人間離れした魔力量だな」

「俺たちは魔力量を計算しながら魔術を使わないといけないんだぜ」


「だったら、これからはエマに水を浄化してもらおう。

 それができるなら、少々汚い水場でも夜営ができるようになる」


「げぇ、いくら腹を壊さないと言っても、泥水を飲むのは嫌だぜ」

「死体が近くにあるような場所の水は飲みたくないよ」


「どうするエマ、水の浄化を前提にすれば、もっと長く探索ができるぞ」


「少し考えさせて、それでなくても三人には無理をしてもらっているから」


「好きでやっている事だ、気にするな」


「ごめん、よけいな事を言った、気にしないでくれ」

「そうそう、ライアンも言ったけど、好きでやっている事だから」


 などと話しながら、四人は猟犬見習たちが青い花を掘り返すのを待った。

 トリュフを集める訓練もしていたので、球根を掘りだす事など簡単だった。

 四人が周囲の警戒をして、六頭が球根を探して掘った。


「やったわ、球根よ、この花には球根があるわ!」


 猟犬見習たちはとても賢い、訓練された事に関しては並の人間よりも賢い。

 野生の勘と言うのはおかしいが、人の感情、心の状態も察する。

 だから、球根をカインとアベルではなくエマに持って行った。


「よし、これが三十日青夜草の球根かどうかは分からないが、この機会を逃す訳にはいかない、ていねいに掘り返すぞ」


「ええ」


「「おう」」


「よかった、本当に良かった、これが本物なら初めての成果よ」


 エマが心から安堵の言葉をつぶやいた。

 四人は慎重に、いや、もの凄く丁寧に三十日青夜草を掘り返した。


 エイル神がアイリスの解呪に必要な材料だと言った球根は当然だが、他の部分、花弁、花粉、萼、茎、葉、細い根まできれいに集めた。


 エイル神が解呪薬に指定したのは球根だが、他の部位にも薬効がある。

 大魔境でも滅多に手に入らない三十日青夜草は、全ての部位が薬になる。


 それに、今知られていない薬効があるかもしれないのだ。

 慎重に集めるのが当然の、貴重極まりない薬草なのだ。


 何より多くの薬草が、扱い方一つで薬効が劇的に違ってくる。

 球根と他の部位の成分が混じると、薬効が無くなってしまう場合もある。

 だから、部位ごとに分けて特別に加工した革袋に保管した。


「もう十分だろう、少なくとも半分は残しておくべきだ」


 慎重かつ丁寧に集めたので、どうしても時間がかかった。

 確実に4kg以上集めるのに夜が明けるまでかかった。

 エイル神に言われたのは1kgだったが、念のために四倍集めたのだ。


「そうね、四倍あれば十分だよね」


「急いで村に帰って本物か確かめてもらおうよ」

「本物か偽物かくらいは、エイル神が教えてくれるはずだよ」


「よし、陽が沈むまでに村に帰るぞ」


「ええ」


「「おう!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る