その約束は果たせるのか

煤元良蔵

Sランク冒険者ミチヒコの場合

 地方に出現したSランクドラゴンの討伐依頼を終えたSランク冒険者ミチヒコは二週間ぶりに我が家に帰って来た。

 鬱蒼と草木が生い茂る山の中にポツンと佇む小さな山小屋。それがミチヒコの自宅だった。幼い頃から師匠と名もない村や町を点在していたが、Sランク冒険者になって腰を落ち着かせた。


「ふぅ」


 小さく息を吐いたミチヒコは電気も点けずにベッドに倒れ込む。


「明日の依頼の確認は……起きてからでいいか」


 そう呟き、目を閉じるとすぐにミチヒコの意識は深い闇の中に落ちていった。


※ ※ ※


「ねえミチヒコちゃん」

  

 横に座った可憐な少女が笑みを浮かべて自分の名前を呼ぶ。


「どうしたの〇〇〇ちゃん」

「この絵本の冒険者みたいにさ。ミチヒコちゃんが凄い冒険者になったら、私を迎えに来てよ」

「迎え?」

「そう迎え。そして、私と結婚しよっ」


 少女は白い歯を見せて笑う。

 

「う、うん!」


 少女の笑顔を見た瞬間、ミチヒコの心は彼女に奪われた。そして、ミチヒコの人生はその日から決まった。好き嫌いをなくし、嫌だった剣術と魔法の修行を毎日欠かさず行った。自分でも分かるくらいに成長したミチヒコは12歳になった時、師匠に連れられ村を出る事になった。


「絶対、迎えに来てね。約束だよミチヒコちゃん。ケホケホ」

「うん。約束」

 

 少女と約束を再確認したミチヒコは少女と村人に見送られ、次の町に旅立った。行く先々の町で人々と交流しながら、ミチヒコは師匠の過酷な修行に耐え続けた。


「ふぅ。今日はこれくらいだろう。それにしても、師匠が俺に用があるって呼び出すなんて明日は雨でも降るのか?」

 

 二階建て建築くらいの大きさがある巨大な岩を下級魔法で破壊したミチヒコは額に浮かぶ汗を拭い、山小屋へと向かう。

 少女と約束した日から丁度、7年経ち、ミチヒコが19歳になった時、師匠に呼び出されたのだ。こんな事は今までなかったことだった。

 山小屋に入ると、師匠が朝食のパンを頬張っていた。


「んぐ。来たか」

「はい。どうしたんですか?」


 ミチヒコが尋ねると、師匠は何も言わずにパンを食べ続ける。


「ふぅ。こうなると師匠は長いんだからなぁ」


 ミチヒコは苦笑いを浮かべ、自分の朝食の用意を始める。パンと焼きベーコンとスープを準備し、師匠の前に腰を下ろすと、丁度師匠は朝食を食べ終えたところだった。


「ふぇ、ふぉうはなんでふか?」

「うむ。お前も大分強くなった。そろそろいいじゃろうと思ってな」


 そう言って師匠は一枚の封筒を手渡してきた。そこには推薦状と書かれている。 

 

「ふぃ、ふぃひょう。ほ、ふぉふぇっふぇ?」

「ああ、山を下り、冒険者ギルドへ行け。これを渡せば、冒険者カードが発行されるじゃろう。儂の修行に弱音を吐かずについてきたのはお前が初めてじゃ。心の支えというのは、本当に強いものじゃのう」


 師匠は顎髭を撫でながら、笑った。ミチヒコは急いで朝食を腹の中に詰め込み、席を立つ。


「し、師匠。お、俺」

「うむ。行け、ミチヒコよ。まだ早朝。今、山を下りればお昼時には大きな街に辿り着くだろう」

「は、はい!」


 ミチヒコは深々と師匠に頭を下げ、走り出した。デコボコした獣道を軽快な足取りで走る。


(やった。これで冒険者になれる。約束に一歩近づいた!)


 あまりの嬉しさに涙を流しながら、ミチヒコは走った。そして、辿り着いたオドロンという街の冒険者ギルドでミチヒコは冒険者になったのだった。

 それから5年後。ミチヒコは血の滲む努力で冒険者ランクを上げ続けた。そして遂に、最高ランクであるSランクになった。


「ふぅ。緊張してきたな」


 ミチヒコは今日、情報屋に頼んでいた依頼報告と自分への祝いも兼ねて酒場サッカバに来ていた。オドロンの中心部にある小さな酒場、ギルド近くの大きな酒場にはない魅力が詰まったミチヒコお気に入りの酒場だ。

 扉を潜ると、冒険者たちの活気溢れる声が充満した空間が広がっていた。仕事終わりで疲れた体に響く心地よい冒険者たちの騒ぎ声。皆、樽ジョッキを持ち、ダンジョン攻略や依頼を終えて疲れた体をビールで癒している。

 ミチヒコもカウンター席に腰を下ろし、酒場の店主に注文をする。しばらく待っていると、ミチヒコが注文した焼き鳥とキュウリとビールが目の前に並べられた。


「おっ。これだよこれ」


 塩加減が絶妙な焼き鳥を口に運び、それをビールで流し込む。


「くぅぅぅぅぅぅぅ。ぷはぁ。キュウリも美味い」


 ビールの炭酸と焼き鳥とキュウリでいい感じに腹が膨れたミチヒコは追加のビールと飯を注文して酒場を見渡す。

 D、C、Bランクパーティーの冒険者が仲間たちと共に夢を語りながら、酒を飲んでいる。その光景を羨ましそうに眺めていると、追加注文したビールとポークの親子丼を持ったウエイトレスがやってきた。


「おお、やっぱりここの飯は美味そうだ」


 涎を拭ったミチヒコは香ばしい匂いを放つポークの親子丼を食べ始める。あまりの美味さに焼き鳥とキュウリで膨れた腹にも関わらず、ものの数分で完食してしまった。


「ごっつぉさん」

「あ、ミチヒコちょっと待って」


 親子丼とビールを胃袋に入れ終えたミチヒコはお代をテーブルに置いて席を立とうとしたが、酒場の店主――モーデリアにそう言われて再び椅子に腰を下ろす。


「おい、聞いたか?」

「ああ、聞いたぞ。あいつがあの?」

「す、すげぇぞ。本物だ」


 先ほどまで騒ぎ声を上げていた冒険者たちは声を潜めて、ミチヒコを指さす。


「私、まずった?」

「ああ、まずったな」


 額に手を当ててそう言った数秒後、冒険者が我先にとミチヒコの元へやってくる。


「サインくれよ!娘があんたのファンなんだ!新進気鋭の冒険者ミチヒコ!」

「ぜ、ぜひ俺と一緒に冒険しようぜ!」

「獣王ケモンとの激闘について教えてください!」


 ミチヒコを取り囲むように立った冒険者たちは口々に言葉を投げかけてくる。


「こらこら。ミチヒコが困ってるでしょ」


 と、この原因を作った張本人であるモーデリアが冒険者たちを諫めようと口を開く。


「あ?黙ってろ!」

「そうだ。お前に用はねぇよ」

「そうだそうだ」

「…………あ?」


 モーデリアのドスの効いた声が酒場に響く。

 酒場にいるすべての冒険者たちも話すのを止め、冷や汗をかいてモーデリアを見つめている。もちろん、ミチヒコの周りにいる冒険者たちもだ。


「はいはい。今日は店終いだよ。皆帰った帰った!」


 先ほどの鬼の形相のモーデリアを見たからか、素早く夕食を済ませた冒険者たちはそそくさと酒場を後にしていく。最後の一人が酒場を出て行くと、モーデリアは入り口のドアにつけられたopenの札をcloseへと変える。


「モテる男も大変だ」

「はいはい。そうだな」

「はっはっは」


 頭に付けたタオルを外しながら、モーデリアが笑う。その笑顔に思わずドキッとしてしまう。


「依頼の報告だろ?」


 モーデリアはミチヒコの横の席に腰を下ろす。


「ああ、分かったか?」

「ああ、お前が約束したっていう少女のことについて分かった事が二つあった」

「ほう。すごいな。さすがは情報屋」

「はは、まあね」


 そう答えるモーデリアの表情は優れない。


「どうした?」

「い、いえ。これ」


 そう言ってモーデリアは一枚の写真を出した。そこにはミチヒコの想い人である少女が写っていた。


「この少女だ。この人はどこに?」

「あ、あああぁ……なんでこの写真に写ってるのが女の子だと思う?」

「ん?……ああ、確かに、なんでだ?」

「それは……この子、11年前に亡くなってるのよ」

「……は?な、なに言ってんだ?」


 モーデリアの言葉は聞き取れた。しかし、その言葉の意味が分からなかった。いや、分かりたくなかった。


「13歳になった時、病気で亡くなったらしいわ」

「う、嘘だ!」


 机を叩き、立ち上がる。だが、ミチヒコはその事実を強く否定できなかった。記憶の中の少女はいつも咳をしていて、体調が悪そうだった。


「ほ、本当なのか?」

「ええ、確かよ」

「…………。じゃあ、墓参りに行きたい……村の場所は?」

「うん。さっき、分かったことが二つあったって言ったでしょ?」

「あ、ああ」


 嫌な予感がした。が、聞かない訳にはいかなかった。


「その少女が亡くなった一年後に村は野盗に襲われて……火の海だったそうよ……そして、一人のご老人を残して全員が亡くなった。この写真もそのご老人に貰ったものなのよね」

「は、はははは、はは。俺は何のために冒険者になったんだよ」


 モーデリアが悲痛な面持ちでこちらを見ている。今のミチヒコはそれだけ痛々しいのだろう。


「俺はあの娘との約束を……あ…………あはははははははは!」

 

 ミチヒコはあることに気が付き、腹を抱えて大笑いした。目から大粒の涙をこぼしながら……。


※ ※ ※

 

 ミチヒコは目を覚ました。


「……んん」

 

 カーテンの隙間から朝日が射し込んでいる。

 

「ふわぁぁぁぁ」


 寝ぼけた眼を擦りながら上体を起こしたミチヒコは大きく欠伸をした。


「何か、懐かしい夢を見てた気がするな」


 頭を掻いてベッドから立ち上がり、今日の依頼を確認する。

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その約束は果たせるのか 煤元良蔵 @arakimoto

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