隣の席の子にヤバめの悪霊が取り憑いていた。
真夜ルル
第1話前半
「工藤……教科書見せてくれ」
隣から薄っすらと柑橘系の匂いが近づいてきた。
どうして、と聞くまでもない。隣の席に座るのは甘宮なんだから。
「また忘れたのか」
「……まさか今日参考書がいるとは思わなかった」
目の端でとらえた甘宮の姿がぼんやりと見える。
少しパーマ感のあるショートヘアで僕と同じくらいの身長。——中学の時の記憶だがその時は甘宮はロングヘアをしていた。
もともと中学では知り合いですらなかったし何がきっかけでショートヘアにしたのかはわからないが、どんな姿になっても相変わらず大人しい雰囲気があって淑女感が漂っている。
んまぁ、でもそれは雰囲気だけで実際には僕のほうが教科書を見せている率は高いほど忘れっ子なんだってことが最近になってわかった。
「一応一昨日先生言ってたけどね」
「そうだった?」
ちょっと尖って見せたけどあんまり効果はなかった。
僕は机をくっつけて古文について色々書いてある参考書を中央に開いた。
また薄っすらと鼻に柑橘の良い香りが流れてきた。
——こんなにいろいろ書いてあるけど、実際に読むのは本の一ページのどこか数行くらいなんだよな。だったらいちいち使わなくてもいいように思うけど。
誤魔化すようにそんなことを考えながら背筋を伸ばした。
「ところで、工藤。いいのか?」
「何が?」
僕は目の端で甘宮を見て言った。
——できるだけ全体像を見ないように。
「眼鏡」
甘宮は指を丸め、右目の前にかざして首を傾げた。
間抜けそうなポーズをしているなぁ。
「そのポーズ変」
「……で、眼鏡はいいの?」
話題を逸らしたのがばれてしまった。
できるだけ甘宮の方は直視しないようにして僕は言う。
「今はいい」
「いつも授業中は眼鏡つけてる癖に」
「今回は気分が乗らないの」
「変なの」
今は絶対にダメ。
たとえ黒板が見えないとしても。
——甘宮がすぐ隣にいる間は絶対に”あいつ”が見えるから。
「工藤。一緒に帰ろ」
授業後、ホームルームが終わり、数人のクラスメートが箒を取り始めたころ。
結局僕は国語の授業中は一度も眼鏡を付けることなく終えた。
先生の字が小さいせいで黒板の字が全く見えなかった。なんで一度に全部を黒板に書こうとするんだ。大きく書いて消してを繰り返してくれればいいのに。
結局、甘宮の汚い字を見て何とかノートはとれたからいいけども。
「甘宮。次も参考書いるからな。忘れないで」
「次は明日。忘れるわけがない」
全然安心できない。
また暗号みたいなノート取りをするのは嫌だぞ。
「じゃあ行こ」
「うん」
「あ、まって」
「なんだよ。掃除始まっちゃうけど」
「あ、じゃあ外で」
周りの、掃除始まるんですが? いつまで居られるおつもりですか? (被害妄想)なんて、少し冷たい視線を感じながら僕らは外に出た。
「工藤さ。眼鏡して」
「……なんで?」
いきなりなんでそんなことを言うんだ。こいつ。
「今日一日眼鏡モードになってるの見なかったなって思って」
「……体育もあったし、何より誰かさんの忘れ物が多かったからかな」
「……なんで私と席をくっつけると眼鏡外すんだろうね」
「それは……まぁ」
言えるわけがないだろ。
そんなこと。
ていうか、言ったところで信じてくれるわけがないし。
「別に」
「……まぁいいや。帰ろ」
甘宮。
お前はきっと知らないだろうけど、お前、凄いのに憑りつかれてんだぞ。
眼鏡をしている時だけ、なんで見えるのか、なんで見えてしまうのか。不思議でしょうがないよ。全く。
僕よりも少し先に歩き出す甘宮の背中姿を眺めてながら思った。
あの日、初めて買った眼鏡で入学式を迎え隣の席を見た僕の光景を想像したことはあるだろうか、甘宮。
僕はカバンから眼鏡の入った箱を取り出して掛けた。
歩く甘宮の背後。
ぼんやりと浮かぶ黒い人影。
画質が悪い写真のように目視してもしっかりと見えないが、破れたフードのようなものを被り、朽ちた肉の残る骨ばった四本の手をぶらぶらさせボロボロの布切れからは足が見えないが代わりというか血液のような赤い液体が布を伝いポタポタと垂れ続けている。
——悪霊だと僕は思った。
ピタ、とその悪霊は足はないが立ち止まる。
数秒間、赤い液体をその場に垂らし続けていたが、ゆっくりとこちらに向こうとしてきた。
僕は眼鏡を外してしまい込んだ。
——数週間前の記憶がよみがえる。
顔の半身に虫食いされた後ような肉付きをした限りなくドクロに近い素顔を。
隣の席の甘宮を見た瞬間に、甘宮の後ろに佇むその不気味な素顔を。
はぁ。
どうして甘宮に憑りついているんだよ!
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