第7話 来訪者、ユノ・ナダギ。

《えーっと、どうもー、ユノ・ナダギでーす》


 自分も、こうして現れたのかと。

 瞬きの間に、誰も居なかった筈の空間に人が現れ、喋った。


 同じ東洋人、しかも、若い。


「どうも、音一 音々と申します」


《凄い覚え易い、しかも可愛い名前ですね》

「変わり過ぎてて下手な事が出来ませんけど、あの、アナタは」


《あ、そうだそうだ、ココ何処ですかね?》


 どうやら、転移に転移を重ねているらしい。

 しかも、その理由は他の転移転生者だ、と。


『俄かには信じ難いんだが』

《ですよねぇ、神様に教えて貰った魔法を試しに使ったら、こうなっちゃいましたし》

「その、向こうでは何を」


《あ、私、本当に学が無くて。だから向こうで評判がクソだった人達の特徴とか名前とか、そうした事を提供するだけだったんですよね》


「それ、結構、コチラとしては恐れるべき情報ですね」

《あ、だから神様とかに記憶を見せて確かめて貰って、それで鵜呑みにしないようにって記録だけして貰ってたんですよ。それこそ同姓同名なだけで、善人かも知れないから》


「成程、ウチにも下さい」

《良いですよ、暫くお世話になるだろうし。すみません、本当に家事とバイトで時間も無かったので》


「もし、お伺い出来る範囲で」

《あ、良く有る事ですよ、兄弟姉妹が多くて世話とかバイトしてて。ぶっちゃけ、それこそ水商売も、軽蔑しますよね》


「あの、お湯ならまだしもお水程度では、別に」


《お湯、あ、無理無理、無理ですよ無理無理。だって病気怖いですし、お母さんが家族の為に家族としての縁を切るって言うし、嫌ですし無理ですよ》


「その、ご家族とは」

《結構、子供の事を考えてくれてて、成人したら好きにしろって。お金も溜めててくれてたんですよね、だから海外旅行に、でポンっと転移してて》


「じゃあ、死にそうになった、とかは」

《無い、筈、それこそ部屋でクシャミしたら王の間みたいな所に居て。もう凄い殺気で国を出て欲しいって言われて、で、多分前に来た来訪者が何かしでかしてたのかなって。それで、向かった先の国が楽しくて、役に立つ情報か分からないけど、知ってる人の名前と特徴を記録して貰って。良い情報の対価にって、神様が転移魔法を教えてくれて、念の為に準備してから試したら、ココで》


 そう詳しくは無いけれど、かなりセオリーから逸脱してる気がする。


 トラックに引かれそうになったワケでも、魔法陣が出現したワケでも無い。

 しかも何かの専門知識が有るワケでも、いや、ある意味では専門知識とも言えるか。


 関わった人達の中でも、ヤバいヤツの名と特徴を良く覚えてるのは、ある意味では非常に有益。

 特に、こうして異世界から人が来る場所では、安全で有益な情報。


「凄い価値が有るかと、だからこそ神が、神様の名前って伺ってます?」

《うん、宇宙の神様で、ニャルラトホテプって言ってた》


 コレも詳しくは無いけど。

 コレ、本当に、名を口にしてはならない系だった気が。


 でも、異世界のニャルラトホテプだからこそ、善神的側面を。

 と言うか、善神も何も、それはあくまでもコチラの感覚で。


『ネネ』

「あ、うん、ちょっとしか知らないわ」

《そっかー、やっぱ有名なんだ、ごめんねニャルさん、全く知らなくて》


 気軽。


「あの、それで、今後の方針は」

《あ、行ける所まで行こうかなと思って。ほら、滅多に出来ない事だし、多分だけど帰ろうと思えば帰れそうだし》


 アバウトの権化。

 いや、この位に大らかな方が。


「モテそうですね」

《あー、そこはどうなんだろう、適当に誘われるのってモテるに入るんですかね?ガチで求婚されてこそモテる、だと思うんですけど》


 貞操観念、衛生観念共にクリア。

 知識が無いとは言ってるけど、存在には十分に価値が有る様に思える。


 けど、ココでの評価はどうなるか。


「どう、でしょうかね」




 俺達の為に、コチラの言語で会話をして貰っていたんだが。


『少し、分からない単語が』

「ぁあ」

《やっぱりお湯ですかね?私も一瞬、分からなかったですし》


『それと、そもそも』

「水商売、ですね。語弊を承知で言いますけど、要はお酒と自身を使い金を稼ぐ事です」

《うん、です。主にお喋りだけですけど、中には性行為が出来るよって思わせたり、本当にしちゃう人も居ますけど。殆どの子は真面目ですよ、お金を稼ぐ為に働いてる子が殆どですから》


「あぁ、比較的良い店に勤めてらしたんですね」

《はい、そこは友達の伝手で。ただヤバい子も居て、田舎から出て来たって子が凄かったんですよねぇ、それこそお湯にまで行って。あ、でその子が不倫して奥さんに刺されたって、知り合いから来たメールを読んだ後に、転移してたんですよねぇ》


「凄い」

《本当、何がしたかったんですかね、最初はお金稼ぎたいって言ってたのに。結局はホストとかブランド品に散財してたし》


「凄い、居るんですね実際」

《だから私が働いてた店の系列店ではもう雇わないって、枕してたみたいで》


「良く、そう、身を保ててましたね」

《兄弟姉妹、親の為ですし、目的も有ったので》


「その目的とは」

《世界一周ですね、やっぱり現地ならではの果物とか料理もですけど、空気感って読むだけでは分からない事も有るじゃないですか。だから感じてみて、それからまぁ、体力は有るし集団行動も嫌いじゃないので、自衛隊にでも入ろうかと》


「成程、凄い、私と真逆」

《でも性別は、あ、ネネさんは転移者さん?》


「はい、そうですが」

《なんか、中には男性の魂で女性に生まれる人も居るらしくて》


「あぁ、凄い何か、大変そうですけど」

《そうでも無さそうでしたよ、私が会った人は受け入れて幸せそうでしたし》


「あぁ、そうか、逆の逆も有り得ますもんね」

《そうそう、可愛かったなぁ》

『ネネ、少し良いだろうか』


「あ、お湯ですね。要するに売春です、性的な行為の対価に金銭を授与、なので体を売るとも言われてますね」

《うん》


「ココにも有るんですかね」


『あぁ、高級娼婦、で伝わるだろうか』

「成程」


《高級娼婦?》

「学や教養も売る、水商売とお湯の合体版ですね」

『あぁ、その説明で合っている』


《成程》

「あ、水商売とは水物を扱うのでそう呼ばれてまして、お湯は半ば身内で使う造語です」

『成程、ならネネの知り合いにも居たんだろうか』


「まぁ、本当に縁遠い知り合いですので、名までは覚えてませんが」

《接客に関わるので覚えてたんですよね、あの人とあの人の相性が悪い、とか覚えてた方が仕事場も円滑に回るので》


「成程、しっかりしてらっしゃる」

《いえいえ、兄弟姉妹が多いからですよ、相性って家族内でも有りますから》


「成程、確かに」


《ネネさんは、相性悪かったんですかね?》


「寧ろ、私が産まれる場所を間違えたんです、其々がバラバラに専門家なので。私だけ、凡庸で平凡だったんです」


《じゃあ、一緒に帰るとかは考えて無い感じですかね?》


「えっ?」

《あ、荷物扱いするワケじゃないんですけど、こうして物を持って来れたし。多分、いけるかな、と》

『それは少し困るんだが』


 ネネを、手放したく無い。

 それは情報を未だに提供されていないのは勿論、こうして本人が有益だと考えていない何かしらの情報を抱えている可能性は勿論。


《あ、情報ですね》

「でしたらこうして有益な情報を引き出した事、解説に対しても加点して頂きたいですね」

『それは勿論だ、だが』


「私が持つ独特な情報、ですか」

《じゃあ私、直ぐにココを立つので払えませんかね?対価》


『それは、もう少し』

「凡庸で平凡だと情報を開示した筈ですが」

《うん、それも立派な個人情報ですよね》


『では、君はネネが凡庸で平凡だと』

《その評価がどの位の対価になるか、最終的にどの程度なら対価を支払える事になるのか、明示して貰えますかね?》


 転移を重ねた来訪者は、ココまで扱い難いのか。

 いや、寧ろ俺達の世界こそ、こんなにも価値が無いと思われてしまっているのか。


『非常に難しい事だが、明示させて貰う』

「そうして待つ間も世話代に加算されるんでしょうか」

《それ理不尽過ぎですし、先ずは期限を決めて貰って、その間は加算無しで良いですよね?》


『先ずは、相談させて欲しい』

「はい、どうぞ」




 結構、生意気な事を言っちゃったし、ネネさんが捕らわれてるって決め付けて言っちゃったけど。


《あの、大丈夫でしたかね?》

「はい、捕らわれているとまでは思ってはいなかったんですが、助かりました」


《それに、この口調》

「あ、お気になさらず、コレ人見知りなんです」


《あぁ》

「すみません、年上なのにコレで」


《いえいえ、凡庸で平凡かどうかは分かりませんけど、ちゃんとした言葉が使えるって羨ましいですよ本当》


「絶対、大人が出来るべき事って意外と少ないと思うんですよ。丁寧語や敬語が使えないと困る、なんて言うのは幼稚な大人の考え、そうした事を一切必要としない職場も有る筈。なので気にしないで良いと思うんです、結局は本当に必要だと思わなければ、覚えるのは苦痛しか無いですから」


 良い家に生まれてそうだし、本当に大変だったんだろうな。


《その、帰りたいですか?》


「ぶっちゃけ、ちょっと悩んでます」

《あー、分かります、慣れるとそこそこ楽しいし。ココは環境が整ってますもんね》


 道具は違うけど、向こうよりは洗濯機らしい道具も有るし。

 この部屋には何でも揃ってるし、マジでブラ有る、スポブラっぽいのだけどね。


「それもですし、戻っても誰にでも出来る事をこなして、家族の中で肩身の狭い思いを一生し続けるなら。ココの方がマシかも知れない、と考えている最中だったんです、私もそこまでココに居るワケでは無いので」

《成程》


「ただ意外と、異国を知るって、難しいなと」

《ですよねぇ、どうして友好的なのかなって考えると、殆どは自国よりも富んだ国の者だからなのかなって。遠回りでも関わる事が利益になるからこそ、友好的に接してくれているだけ、無償の親切って凄いレアですからね》


「どの位、回ってらっしゃるんでしょう」

《まだ半分も行って無いんですけど、子供に親切に道案内をして貰えたと思ったら、後からお金を要求されて。私、泣いちゃったんですよね、最初から言ってくれたら気持ち良く払ったのにって》


「あぁ、最悪は逆上した観光客に暴行を受けるかも知れませんしね」

《あ、そうか、そこも言ってあげれば良かったな》


 戦争のせいでボロボロになってるし、大変なのは分かるけど、自分の国だったら子供は学校に行ってる時間。

 走って逃げられちゃったけど、やっぱり、凄い教育って大切なんだなって思った。


 教師も良いかもって思ったけど、それこそコスパ悪いから看護師の方がマシだって。

 でも、教育も大事だから、そこで悩んでて。


「優しいんですね、私は出来ればアホな子供とは関わりたく無いので」

《そりゃ私もですよ、でも、教育さえすればアホじゃなくなるかもですし。アホな子が少ない方が、いずれ生まれる自分の子や兄弟姉妹の子が困らないかなと、でも反対されてるんですよね教師》


「モンペは勿論、重労働な割に賃金が低いですし、時間も酷く消費されますからね」

《はぃ》


「ですけど、何も教師だけが子供に関われるワケでは無いかと、他に良い職業が思い浮かぶと良いですね」

《はい、ありがとうございます》


 ネネさんも優しいと思う。

 だってバカにしないし、私の為にも交渉してくれたんだし、こうして傍に居てくれるんだし。


 よし、向こうが見極めるって言うなら、私も見極めないとね。

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