第2話 ジュブワ・レオンハルト勲功爵。
《何を探してるのかなネネ、手伝うよ》
「はぁ」
女性に溜め息を
けれど、こうしてあからさまに呆れられた様な、嫌がられた様な溜め息は初めてで。
《あ、ごめんね、近かったかな、つい気になって。何について興味が有るのかな?》
「失礼致しました、歴史について、ですが既に目的は達しましたので、ご心配無く」
語気には僅かな苛立ちや怒りが有る、だからこそ言葉選びが慎重なんだろう。
そして不信感と警戒心から、物理的に距離を置く。
レオンハルトの言う通り、僕らは失敗した。
《他には、何か手伝うこ》
「十分に良くして頂いておりますので、ご心配無く、どうかお仕事をなさって下さい」
既に僕らは、ネネによって接触する事を先んじて封じられてしまっている。
ココのマナーを学習した彼女は、先触れ無しに部屋に会いに行く事を封じ、先触れが有ったとしても合理的な理由が無い場合は全て拒否。
本の朗読や学習には、改めて専属の侍女が指名され。
侍女を遠ざける事は不可能となり、本を選ぶ事も専属の侍女。
僕らが会えるのは、彼女が部屋を出た時だけ。
けれども彼女の部屋には浴室もキッチンも併設されてしまっている、こんな事で、どう接触しろと。
《何か要望を》
「いえ、今は特に無いのでご心配無く」
今まで迂闊に近付いていた事で、気安い愚か者、だと思われたんだろうか。
それとも単に、厳しい貴族の出なんだろうか。
今はもう、全く、愛想笑いすら無い。
病が収束して以降、全く無くなってしまった。
一体、どうすべきか。
《僕の、何処がダメかな?》
「こんな謎の異国人にときめかれて、本当に嬉しいですか」
嫉妬や心配なんかじゃない、コレは嫌悪や怒りに近い、侮蔑や呆れも含んだ感情。
僕らは、完全に失敗した。
《ごめん》
「何について謝っているんですかね」
滲み出る苛立ち、不快感を露わにしている。
《馴れ馴れしい態度を取ってごめんよ》
「そうですか、で、ときめかれて本当に嬉しいんですか?そんなに容易い女が良いんですか、と言うか訓練所に若い女を置く事を何とも思わないんですか?それともそうした事が目当てですか?」
《そんな、勘違いだよ、それにそうした事って何の事か》
「ハーレムです、女性が男を囲う。いえ、この場合は複数の男に囲われる、ですね」
背筋にゾクりと寒気が走った。
彼女は一体、どこまで知っているのか、と。
《そんな事は、僕は全く》
「やはり親しげなのは上辺だけ、私に親しみも何も無いですよね、カサノバ子爵」
《そう勘違いさせた事も悪いと思ってる、ごめんよ。けれど僕にハーレムを築く考えや、囲い囲われる事についても勘違いをさせてしまったかも知れないけれど、僕にそうした考えは全く無いよ》
コレに対して、彼女は誤魔化されるだろうか。
どう反応するだろうか。
「意外にも真面目でらっしゃる、だからこそなのか嘘を避け、明言を避けていらっしゃる。意外と平和なんですねココは、そう真っ直ぐに生きられるんですから」
彼女は僕より幼く見える。
けれどもそれは外見だけ、彼女の方が年も上なのだろう。
でも、だからこそ。
《はい、平和ですよ》
「では何を警戒してらっしゃるんでしょうかね」
《いや》
「まぁ、警戒するのも無理は無い事。もう失礼しても宜しいですかね、未婚同士の男女だけで部屋に居る事は、マナー違反だそうですし」
《あぁ、うん》
「では」
彼女は、逸材かも知れない。
だからこそ、この失敗は痛手となるだろう。
《うん、大失敗だね》
執務室に入って来たルーイは、笑顔ながらも酷く絶望した様な表情で、先程のやり取りを説明し始め。
この結論に至った。
病で世話になっている間は距離も近く、笑顔を見せてくれていたが。
今では。
先日、コチラの馴れ馴れしい態度に嫌気が差したのか。
俺は舌打ちをされ、ルーイも溜め息を吐かれた。
『やはり早過ぎたのだろう、距離を詰めるのが』
《ね、僕もそう思う。でも仕方無いよ、一歩間違えればこうなると分かってたんだし、次の手を打とう》
脆くも落とされ易い城では無い、が。
ネネには一体、どんな闇が有るのか。
望みは、願望や欲望は何なのか。
《バルバリゴ・カイルと申します、宜しくお願い致します》
街に出る際の護衛に、と。
コチラは何の要望も伝えてはいない筈が、先触れの到着直後、彼が部屋まで挨拶に来た。
また、イケメン。
しかも無骨武闘派系、ラインハルト氏よりも男臭い、と言うかもう雄臭い。
しまった、距離を置いたら苦手なのが出て来てしまった。
失敗したかも知れない。
「どうも、ネネと申します、宜しくお願い致します」
《素晴らしいカーテシーで》
「どうも」
社交辞令の雨を溺れそうな程に浴びた者が、どう反応するか。
こう、だ。
見た目が異国の方に、お箸の使い方が上手いですね、と言った場合は殆どが本当に褒めているのだろうけれど。
その方がガッツリ日本生まれ日本育ちだった場合、その方は喜ぶより、またかと思うだろう。
この様に。
日本には、お辞儀の作法は勿論、踊りも道具も文化も有る。
全く出来無いだろう、と思うなど無粋な野蛮人扱いにも程が有る、近世までスパゲティを手掴みで食べてた分際で何を根拠に野蛮だ未開人だと。
大体、日本人は既に一般庶民をも食器を使いこなしていた近世に、やっとマナーだ何だと普及し始めてた程度で。
と言うかアレだ、魔女狩りしまくってただろ、粗野で野蛮なのは一体どちらだと。
《いや、本当に》
「ご挨拶に伺って頂いてありがとうございます、他には何か」
《市井に赴きたい場合はいつでも言ってくれて構いません、遠慮せず仰って下さい》
彼らが話すのは英語。
だからこそなのか、敬語、丁寧語に不慣れな具合が顕著に分かる。
もう少し丁寧なレオンハルト氏やルーイ氏なら。
言ってくれでは無く、仰って頂いて、だ。
打ち解ける為、砕けた言葉かも知れないと思ったが。
侍女達が若干の反応を示した事からも、この方の言葉遣いは幾ばくか乱暴、若しくは不適切だった。
つまりは、現場の方なのだろう、こんな面倒事を押し付けられて可哀想に。
「はい、分かりました」
女慣れしてらっしゃらない、様に見えるけれど。
どこまでが本当なのかは分からない。
そう、警戒心を下げる必要がコチラには全く無い。
馴れ馴れしくされ舌打ちをしてしまったのは、流石にやり過ぎだったかもと少し悩んだけれど。
パーソナルスペースは守りたい、貴族庶民に関係無く、身を守る為にも互いに弁えるべき。
時代に関係無く、自衛はして当然だろう。
《では、失礼致します》
「はい、どうもありがとうございました」
そろそろ、コチラが役に立つだろう情報を開示すべきか、このまま甘えたフリをし様子を見るか。
いや、最悪を想定し、逃げ出す先や方法が先か。
歴史が本当なら、ココの事はそこそこ知れたのだし。
《全く、隙が無かった》
《カイル、それは付け入る隙?それとも格闘的な意味で?》
《その両方だ、警戒されているのは確実だな》
『君でもダメか』
レオンハルトとルーイからの要請、それと王命により、来訪者様の様子を探る為にもと挨拶に行ったんだが。
全く、愛想笑いすらも無かった。
だが逆にコチラ側を探る様子も無い以上、その程度とも言えるが、見定めるには時期尚早だろう。
なんせ、彼女の情報があまりにも少な過ぎる。
《情報が少な過ぎだ》
《ね》
《せめて食事を共にする機会か》
『それか……』
ラインハルトが勢い良く顔を上げ、思い付いた作戦は。
《えー、僕が言い出すのは》
『ネネが交流の機会をと考えているなら、乗る筈だ』
《だが、あの外見通りなら、国が違い過ぎるだろう》
『そこもだ、出生国を開示する程度なら、彼女にデメリットは無い筈だ』
来訪者様が乗ってくれるなら、だが。
《だが、なら俺が》
『いや、君は控えだ、頼むルーイ』
《分かったけど、ちゃんと慰めてよね》
『あぁ、頼んだ』
そして翌日、作戦が決行される事となった。
《良かったら、僕らにも情報を少し貰えないかな?》
図書室に入った時点で、レオンハルト氏とルーイ氏が見え、警戒していたら。
コレだ。
やはり来たか、と。
どんなに裕福そうに見えても、実態は外側からでは分からない。
ココもだ、もしかしたら私の世話すら苦しい可能性だって有る。
看病の合間で、ココが訓練所だとは知れたけど。
清貧なのか貧乏なのか、訓練兵の食事も何もかもが実に質素倹約。
しかもココの庶民の生活を生では知らない。
基準点が置けなければ、評価のしようも無い、だからこそコチラも困っていた。
市井に行くか、コチラの情報を小出しにすべきか。
分からない事ばかり。
彼は、彼らは何を知りたいのか、何が望みなのか。
「例えば、どの様な」
《ほら、君の国の料理、食文化について。ココとは明らかに違いそうなのに不満が出ないから、もしかしたら我慢してるのかなって、それと出来たら食べさせて欲しいな》
コレは、千載一遇の好機。
ただ、ココは一応、警告すべきだろう。
「お口に合う可能性が非常に低いですし、多分ですが調味料が特殊ですので、あまりオススメは」
『コチラで揃えさせる、王からも君に不自由な思いをさせない様にとも言われている、どうか要望を言っては貰えないだろうか』
王。
こう言うからには、ココや彼らは王直轄である事が濃厚だ。
「分かりました、では食材については今日中にお知らせします、揃いましたらお知らせ下さい。調べ物を継続させて構いませんでしょうか」
《うん、ありがとう》
コレで、どれだけ時間稼ぎが出来るだろうか。
逃走先の確保が出来る位には、と考えたが、そうした皮算用は直ぐにも破綻した。
魔法の存在をすっかり忘れていたからだ。
3日もしないウチに、品物が揃ってしまった。
『他には』
「あ、いえ、後はココの食材で十分なんですが。牛の内臓、胃や腸を、下処理をしっかりさせた新鮮な品物をお願いします」
『分かった、用意させよう』
案の定、少し躊躇ってくれた。
ココは少なくとも英語圏、ソーセージは出た、ならハギスも有るかも知れないが。
料理には常に肉が使用されており、内臓はほぼ出なかった。
つまり上流は内臓は食べない、となれば、作るべき物は1つ。
受けて立ってやろう。
だがその前に、ネギや生姜、それこそニンニク相当の品の味見をしなくてはならない。
名称が同じだけの別種の場合は勿論、それこそ毒草と間違えても困る、暫くは調理場に出入りさせて貰おう。
と言うか、いっそ試してやろうか。
ココの者にどれだけの危機管理能力が有るのか。
そも善人か悪人かも分からない者を調理場に入れるのかどうか、その場合、異物混入をどれだけ防げるのか。
いや、敵認定されても困る。
暫くは様子見と食材選びに専念するか。
「似た毒草は有りますか」
《はい》
『ですがしっかりと選別を経てココへ運び込まれ、コチラでも再度確認致しますので、万が一にも毒草が混入する事は無いかと』
「でも毒を持つ美味しいお魚も居ると思いますが」
《良くご存知で》
『生憎ですが、ココではそうした品は出せません。市井では流通してはおりますが、ココへ入り込む様な事は御座いません』
「なら、食べたい場合は」
《市井でご購入後、毒の有る部位を取り除いた品を》
『お部屋で調理頂き、毒味後、お召し上がり頂く事になっております』
本当なら、ほぼ完璧だ。
中世的な場所だからこそ、常に料理していると思っていたけれど。
意外と余裕が有るらしく、人が居ない調理場を侍女2人に案内された。
鍋には焦げ1つも無く、清潔で整った調理場。
食糧庫も清潔に保たれ、冷暗所と冷蔵、それこそ冷凍と3ヶ所に分かれている。
なのに、あの粗食。
刻んだ野菜のスープと、オーブンで焼いた肉、それと蒸し野菜にパンかパスタ。
多少は味付けが異なるものの、基本的には毎食コレ、味付けはハーブソルトかグレービーソス。
けれど3食とは別にオヤツも付いており、それは本当、豊富。
専属のパティシエが2人居り、専用の調理場も有る。
そして甘いペイストリーは勿論、塩味系は本当に豊富で、ミートパイはマジで美味い。
看病する間は、部屋で大量に麦粥を作って出していたんだけれども。
それで良かったのかも知れない、この調理場は何でもデカ過ぎる、扱えない。
「あの、お米は高いですか」
《いえ、私達は寧ろ良く食べますが》
『粥やリゾットが殆どで、貴族の多くは病人食、と捉える方が多いですね』
「ピラフとか美味しいのに」
《ピラフ?》
『どういった物でしょうか?』
あ、ココ、やっぱりイギリス相当か。
「成程」
だが、人は低きに流れる。
文明の利器により、鍋で米を炊く事が出来なくなっていたが。
コレはもう、数をこなすしか無い。
しかもピラフなら、失敗した際はリゾットにしてしまえば良いだけ。
だが先ずは白米のみ、それは粥にしてしまえば良い。
《あの》
「あぁ、ココの材料を持ち出して使っても大丈夫でしょうか」
『はい』
ピラフ、とは主にトルコから広まった料理とされております。
ギリシャを中心に広まり、インド、果ては日本へと入った料理。
各地ではプロフ、又はビリヤニ等と名称を変え食材を変え広まり、定着致しました。
音々がイギリス相当だと考えた通り、ココには米が定着しながらも、料理方の幅が広がる事は御座いませんでした。
ココの建国者が、イギリス出身だからこそ。
ですが、それはまた追々、明かされる事となるでしょう。
《本当に、美味しぃです》
『簡素な食材だと思っていましたが、パスタ同様、食材の豊かな味が広がりますね』
「ありがとうございます」
暫くは白米をひたすらに炊き、幾度目かで漸く、満足のいく炊きあがりとなった頃。
炒飯、そしてピラフと楽しんでいたのだが。
内臓が到着してしまった。
いや、寧ろ良いタイミングとも言える。
コレから作る料理と炊いた白米は、非常に合うのだから。
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