蒼穹の凱歌

文秀

第1話(最終話)

皇紀2619年(昭和34年)、大日本帝国の威光は天空高く輝きを放っていた。かつて想像だにしなかった強大な帝国の姿が、今や現実のものとなっていた。大東亜戦争の勝利から十数年、世界の勢力図は一変し、大日本帝国は名実ともに世界最強の軍事大国として、また唯一皇帝が存在する国として君臨していた。

その一方で、ヨーロッパからアフリカに至る広大な領土を支配下に置くナチスドイツ、そして敗戦国でありながら驚異的な経済力を誇るアメリカ合衆国。この三国による「大冷戦」の緊張が世界を覆っていた。

小島いるる少佐は、帝国陸軍の精鋭として支那大陸に駐屯していた。彼の胸中には、祖国日本の更なる栄光と、清王朝復活という野心的な構想が渦巻いていた。

「小島少佐、只今帰還致しました!」

副官の声に、小島は思考の海から現実世界へと引き戻された。

「ご苦労。任務の結果はどうだ?」

「はい。ナチスドイツの極東諜報部の動きを察知いたしました。どうやら彼らは我が国の最新鋭戦闘機の情報を入手しようとしている様です。」

小島は冷笑を浮かべた。「愚かな試みだ。彼らに我が国の機密に触れる資格など無い。」

その瞬間、通信機が鳴動した。

「小島少佐、至急本部へお越し下さい。最高機密の作戦会議が開かれます。」

小島は即座に立ち上がり、軍服の襟を正した。

本部に到着すると、そこには帝国陸軍の重鎮たちが集っていた。会議室の空気は緊張に満ちていた。

「諸君、我々は重大な岐路に立たされている。」

司令官の声が静寂を破った。

「アメリカ合衆国が、極東に於ける軍事的存在感を強化しようとしている。奴等は経済力を背景に、我が国の影響下にある国々に搖さぶりをかけている。我々はこれを黙って見過ごす訳にはいかない」

小島は内心で微笑んだ。この瞬間を待っていたのだ。

「閣下、私に一言宜しいでしょうか。」

司令官が頷いたのを確認し、小島は立ち上がった。

「我々には、この機に乗じて清王朝を復活させる絶好の機会があります。支那の民衆の中には、我が国の庇護の下で清朝の権威を復活させることを望む声が根強く残っています。これを利用すれば、アメリカの影響力を効果的に排除できるはずです。」

会議室に驚きの声が広がった。然し、小島は動じることなく続けた。

「更に、清朝の復活は単なる政治的駒に留まりません。我が国の文化的影響力を拡大し、真の意味での大東亜共栄圏を実現する礎となるでしょう。」

司令官の目が鋭く光った。「興味深い提案だ。詳細な計画を立案せよ。」

小島は深々と一礼した。「御意。必ずや御国の栄光に寄与する計画を立案致します。」

会議後、小島は自室に戻り、計画の細部を練り上げていった。

数日後、小島は完成した計画書を手に本部へと向かった。

「小島少佐、我々は君の計画を採用する事に決定した。」

司令官の言葉に、小島の胸は高鳴った。

「然し、この作戦には大きなリスクが伴う。失敗すれば、我が国の国際的立場を危うくする可能性もある。君にはこの作戦の全権を委ねる。成功を期待している。」

小島は厳かに答えた。「必ずや成功させてみせます。」

作戦の準備は急ピッチで進められた。小島は自ら支那大陸に赴き、現地の協力者たちと接触を重ねた。彼等の中には、かつての清朝の血を引く者たちもいた。

そして、運命の日が訪れた。

小島はかつての清朝の首都・北京の天安門広場に立っていた。広場には数十万の民衆が集まっていた。彼らの目は、一点を見つめていた。

そこには、清朝最後の皇帝であり、現在の大満洲帝国の皇帝、即ち愛新覚羅溥儀が立っていた。彼は、小島たちが周到に準備を進めてきた人物だった。

「諸君、我々は今日、新たな時代の幕開けを迎えようとしている」

彼の声が広場に響き渡った。

「大日本帝国の庇護の下、我々は再び清朝の栄光を取り戻す。そして、真の東亜の平和と繁栄を実現するのだ」

群衆から歓声が上がった。小島は満足げに微笑んだ。

しかし、その瞬間だった。

「爆発だ!」

広場の一角で爆発が起こった。混乱が広がる中、小島は即座に状況を把握しようとした。

「ナチスドイツの工作か?それともアメリカの謀略か?」

答えを求める暇はなかった。小島は迅速に行動を開始した。

「警備を強化しろ!演説は続行だ!」

彼の冷静な指揮の下、事態は収拾に向かった。演説は予定通り続けられ、新たな清朝の誕生が高らかに宣言された。

数日後、小島は東京の参謀本部に呼び戻された。

「小島少佐、君の働きは見事だった。」

司令官の言葉に、小島は深々と頭を下げた。

「然し、これは始まりに過ぎない。我々は今、世界の歴史を塗り替える大きな一歩を踏み出したのだ。」

小島は頷いた。彼の心の中では、既に次の計画が芽生え始めていた。

 日独米の三つ巴の大冷戦は、新たな局面を迎えようとしていた。そして、その中心に小島容の姿があった。

彼の目は、遙か彼方の理想郷を見据えていた。それは、かつての先人たちが夢見た美しい日本の姿であり、同時に世界の覇権を握るための冷徹な野望でもあった。

皇国の荒鷲は、今や大空高く舞い上がり、世界を見下ろしていた。その翼の下で、新たな時代が幕を開けようとしていた。

小島は窓辺に立ち、帝都・東京の街を見下ろした。そこには、世界一の軍事力をもつ帝国の首都としての威厳と世界最多の人口を抱える都市としての活気が満ち溢れていた。

そして、蒼穹の彼方には、更なる栄光への道が果てしなく続いていた。

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