第26話 お金が足りない
冬の訪れを感じ始める十一月も下旬。
秋の暖かさは徐々に姿を消していき、冷たい空気が頬を撫でる季節がやってくる。
分かりやすい視覚的な変化といえばやはり制服の衣替えだろう。
うちの学校は衣替えの決まりはなく、各々が必要に応じて変更していくことになる。
十月が過ぎた頃から少しずつ制服のブレザーを羽織る生徒が増え始め、十一月になった今では全校生徒がそうなったと言っていい。
かくいう俺も既にブレザーを羽織っている。さすがにマフラーやら手袋やらといった防寒着に頼るほどの寒さはまだないのだけれど、生徒の中にはブレザーの中にパーカーを着てさらなる防寒を行う者もいる。
ショッピングモールに行けばクリスマスの特設エリアが設けられているし、街中ではところどころにイルミネーションの灯りが目立つ。
ああもうすぐクリスマスか、と例年思うけど、思うだけで別段これといって普段と違うことが起こるわけではなかった。
けど、今年は……。
「桐島はクリスマス予定あるの?」
隣を歩く日比野が何気ない調子で訊いてきた。ちょうどそのことを考えていただけに俺は一瞬だけ動揺で言葉を詰まらせてしまう。
「え、なに、俺はいま誘われてる感じ?」
学校からの帰り道。
俺と日比野は最寄り駅も同じなのでたまに一緒に帰ることもある。今日は駅の隣にあるデパートにある本屋に寄っていたんだけど、その帰り道に日比野が突然そんなことを言い出したのだ。
「そんなわけないでしょ。あんなどこ行っても人が多いようなイベント、家から出るつもりは毛頭ないよ」
「別にやりようによっては人混みは避けれるだろ。イルミネーションとか観に行けばそうだろうけど、カラオケ予約しとくとか」
「私がカラオケで楽しく歌うタイプに見えるの?」
「見えないな。君が代とか歌い出しそう」
「さすがにもうちょっと選曲には気を遣うけど」
じとりと半眼を向けられる。
「カラオケに限ったことではなくて。それこそ家とかに行けば人混みには困らないぞ?」
俺がさらなる選択肢を与えると、日比野ははあと溜息をついて肩を落とす。
「なに、桐島は私とクリスマスを一緒に過ごしたいわけ?」
ちょっと迷惑そうな顔をするなよ。
本気じゃないのは分かるけど。本気じゃないよな?
「そりゃ、そういうのも悪くないとは思うけど」
中学三年のときに出会った俺たちだけど、その歳のクリスマスはもちろん一緒に過ごしていない。
理由はさっき日比野が言ったものそのままだ。俺とてクリスマスにどこかへ行きたい欲はないので、望んでないなら無理に誘う必要はないと考えたのだ。
きっと誘えば来てくれはするんだろうけど。
「桐島は今年、ハーレムクリスマスが待ってるでしょ。私と過ごしている暇なんてないんじゃない」
「……やっぱりそうなるかな」
まだそういう予定が確定しているわけではない。ただ、俺自身そんなふうになるような予感はしている。
むしろ、こちらから誘ったほうがいいのかなとか考えているまである。
「桐島が愛想尽かされてなければね」
日比野はおかしそうに言った。
二人とは相変わらず教室での関わりは極力抑えてもらっている。俺の気にしすぎという可能性もあるんだけど、やっぱりまだ覚悟が決まっていないのだ。
その代わりに週末や放課後のような時間に話したりするようにしている。
「二人と一緒に過ごすの?」
「いや、それはなー」
あの二人が揃うといろいろと大変なんだよな。できることなら別々に会いたいものだ。
俺が渋るようなリアクションを見せると、日比野はなおも楽しげに笑った。
「大変だね、ハーレム野郎は」
「他人事だと思って」
「他人事だし」
「俺がクリスマスをお前と過ごすことに決めたら、他人事じゃなくなるかもしれないな?」
にいっと精一杯口角を上げて言ってやる。
すると。
「それはほんっとにやめて」
日比野はだいぶ迷惑そうな顔をした。どうやら今度は本気らしい。もちろん、俺だってそんなことをするつもりはないんだけど。
「あの美人姉妹とクリスマスを過ごせるなんて、クラスの男子なら飛んで喜ぶだろうに」
確かにそうなんだろうけど。
思い描くだけならばそれは幸せな時間になることだろう。しかし実際に挟まれてみると、意外とウキウキはしないのだ。
「俺にはハーレム野郎の才能はないらしい」
*
「お兄ちゃんはアルバイトしないの?」
「急になんだ」
夕食時。
桐島家の母はこんな時間でも働きに出ているので基本的には晩飯は俺と朱夏の二人で食べている。
テレビではちょうど高校生のアルバイト事情的なものを取り上げていて、それを見たから思いついた話題であることはすぐに分かったけど、とりあえずそう返しておく。
「いや、しないのかなって」
考えたことがないわけではない。
決して我が家は裕福というわけではないので親からの小遣いはほとんどない。
高校生になればバイトするから好きなだけ小説買えるぜよっしゃーと思っていたこともある。
しかし、いざ実際にアルバイトができる状況に立たされると尻込みしてしまう。
そんなわけで未だにアルバイトを始めれずにいる俺であった。
「まあ、そりゃ考えなかったわけじゃないんだけど」
「ビビっちゃうわけだ」
そんなハッキリ言わないでほしい。
誤魔化しようのない事実なだけに結構凹まされる。
「でもほら、お兄ちゃんのリア充プロジェクトの次のステップとしては申し分ないと思うんだよね」
「なんだそのプロジェクトは」
いつの間にそんな名前がつけられていたんだ。俺が服を買ったり髪を切ったりしている行動が、朱夏の中ではリア充に向かっているということになっているようだ。
「お兄ちゃんはさ、いざってときには普段からは考えられない度胸を見せるけど、普段はどうしようもない陰キャじゃない?」
「酷い言いようだけど概ねその通りだから何も言い返せない」
「アルバイトでも始めたらコミュ力とか度胸もつくんじゃない? 知らないけど」
はむ、とハンバーグを口に運びながら朱夏は適当な調子で言う。
ちょうどテレビでは『アルバイトを始めて良かったこと』というテーマで街頭インタビューをしており、友達が増えたとか人付き合いが上手くなったみたいな答えが飛び交っていた。
「それにほら、もうすぐクリスマスなんだし彼女さんにプレゼントとか買うでしょ?」
「別に彼女じゃないけどな」
「これからそうなるんだから、ちゃんと出来る男アピールをしないとって言ってるの」
朱夏の話を聞き、俺は改めて考える。
クリスマスを一緒に過ごすとなると、確かにプレゼントは渡した方がいいような気がする。
なにぶん、人とクリスマスを過ごした経験がないので分からないけどそれはそんな気がする。
そして、そうなるとお金は足りない。母さんからの資金援助は期待できない。というか、するべきではない。
となると、導かれる答えは一つだ。
「……人付き合いってお金がかかるんだな」
「そんないまさら……」
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