俺が心肺蘇生をしたことで一命を取り留めた婦人の娘が、クラスで人気の美人双子姉妹だった。

白玉ぜんざい

第1話 運命が変わる一分前


「人が倒れたぞ!」


 どこかからそんな声がした。

 街中を歩いていた俺がぴたりと足を止めると、隣にいた妹も同じタイミングで止まった。


「お兄ちゃん、あっちだよ!」


 妹である桐島朱夏きりしましゅかは俺たちが進んでいた方向とは別の場所を指差した。そこにはすでに人集りができていて、何かがあったことは一目瞭然だった。


 先に走り出した朱夏に俺が続く。


 まったく。


 休みの日に出掛けると、やっぱりロクなことがないな。



 *



「ねえ、お兄ちゃん」


 可愛らしいソプラノボイスを精一杯低くしたような声で、朱夏が部屋に入ってくるなり俺のことを呼んだ。


「なんだよ。部屋に入るときはノックしろっていつも言ってるだろ」


「そんなことはどうだっていいの! そんなことより大事な話があるのです!」


 仰々しい態度に俺は頭の上にクエスチョンマークを浮かべてみせた。両手を腰に当て、分かりやすくふんぞり返ってはいるものの、そもそもの可愛さのせいで全く怖くない。


 肩上で切り揃えられた黒髪のミドルボブ。童顔で身長が低いので、幼く見られがちだがこれでも中学二年生である。


「なんだよ」


 天使が外界に遊びに来たのかと思えるような可愛さを持つ朱夏に対して、その兄である俺こと桐島蒼きりしまあおは自分で言うのもなんだけど地味な陰キャオーラ全開のインドア系男子である。


「昨日学校で友達にお兄ちゃんの話をされたの」


 その話し始めで、どうしてそんなに深刻そうな表情をしているのか俺は不思議でならなかった。


「なんて言われたと思う?」


 尋ねられたので一応考えてみる。腕を組んでううん、と数秒唸る。


「お兄ちゃん、めっちゃ地味だよねーみたいな」


「そんなんじゃない! もっと深刻で由々しいこと!」


「いや分からんわ」


「『この前、朱夏ちゃんのお兄ちゃん見たけど服めっちゃダサいね。もう高校生なのにね』だって!」


 妙に芝居がかった口調で朱夏は言う。


「一体いつの俺を見られたんだろうな。タイミング悪いぜ」


「その普段は大丈夫だけどたまたまそのときだけダサかったみたいな言い方やめて! お兄ちゃんは三百六十五日年中無休でダサいから!」


「そこまで言う!?」


 たしかに服装には無頓着な部類だと思う。

 ぶっちゃけクローゼットから適当に出したシャツとズボンで一日を過ごすし。

 夏は涼しいこと、冬は暖かいこと、春秋はなんとなくいい感じなことを第一に考え、それ以外は特に気にしていないから。


「今日の服もなにそれ」


「え、これ?」


 俺は髑髏のマークの入った紫色のシャツを着ていた。別におかしいところはないと思う。むしろカッコいいとさえ思っていたんだけど。


「どこか悪い?」


「髑髏が悪い!」


「ええ!?」


 即答されて、さすがの俺も驚いた。

 この髑髏がポイント高いと思っていたのに。ドラゴンとかの方が良かったってことか?


「お兄ちゃんの服といえばダサいプリントが入った服か、意味も考えられてないようなローマ字の書かれた服のどっちかしかない。どっかも鬼ダサ!」

 

「失礼な」


 しかし、ここ一年くらい服は買っていなかった。お小遣いは基本的に本を買うのに使っているから。


「そんな鬼ダサファッションで高校の友達と会ってるの?」


「いや、そんなことない」


「んん、どういうこと? お兄ちゃん、ダサ服以外の服ないでしょ。あ、制服?」


「そもそも高校の友達と会うことがない」


「もう二学期だよ!? 言われてみたら夏休みも一生引きこもってたけど!」


「そんなことない。本屋には行ってた」


「引きこもるための準備じゃん! あたしのお兄ちゃんがぼっちすぎるー」


 うわーん、と泣き真似をしながら朱夏は好き勝手に言ってくる。俺にもライフポイントがあるということは理解して欲しいんだよな。

 サンドバッグじゃないんだよ。ちゃんと人間だから心もあるの。


「それで?」


 話が脱線しそうだったので、俺は用件を言うように促す。せっかくの休日、妹の愚痴に付き合っている時間はないのである。積んである小説がまだまだあるからな。


「服買いに行くよ」


「荷物持ちしろってこと?」


「お兄ちゃんの服を買いに行くの!」


「え、なんで」


「鬼ダサだから! 友達からお兄ちゃんの悪口言われたくないからっ!!」


 ええー、めんどうな。

 俺は自分の知らないところでの自分の悪口はどうでもいい派である。直接言われればさすがに考えるけど、陰口なんか気にしてたらぼっちなんかやってられないし。


 いや、そもそもぼっちじゃないが。


「俺、今月お金ないぞ」


「お母さんに言って、お小遣い前借りさせてもらったからだいじょうぶ」


「え、プレゼントしてくれる感じ?」


「そんなわけないでしょ。お兄ちゃんのだよ」


「俺のを!?」


 当たり前じゃん、と朱夏は鼻をふんと鳴らす。こいつは頑固者だからな、気を許していればいるだけ自分の言葉を曲げやしない。

 そして、俺を相手に朱夏が自分の言葉を曲げたことはない。ナルトかな?

 気を許す云々とかではなくて、単に舐められているだけのような気もするが。


 いずれにしても、こうなった朱夏の考えを変えさせるのは非常に大変なので、もう大人しく従ったほうが一周回って面倒ではないのである。


「仕方ない。じゃあさっさと行こうぜ」


「そんな服であたしの隣を歩かないで」


「俺に裸で出歩けと? お前が言うところのダサい服以外持ってないぞ、俺は」


「制服でいいや」


「……休日なのに」


 もうなんでもいいやと思い、俺は休みの日にも拘わらず制服に袖を通し朱夏と二人で家を出た。


 近くのショッピングモールまで兄妹並んで歩いていると、少し離れたところから驚いたような男性の声が聞こえた。


「人が倒れたぞ!」


 と。

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