異世界帰りの勇者なあの子は、君がいないと生活できない。

夏祭 詩歌

君の記憶は夕焼け色 - Ⅰ

 放課後。夕日が差し込む教室に、二人の男子生徒が残って話をしている。



「はぁ、来んわぁ。星5の出現確率1%って嘘やん、これ。かれこれ二百連はしとるんに。二人は来るやん、普通。それが一人も来ないんよ。おかしない、やひろ」


「んー?」



 やひろ、と呼ばれた方の生徒は、机に広げていた課題から顔を上げないまま、スマホを持ちながら愚痴を言うオールバックの男子に答える。



「まぁ、二人って言っても期待値だからな、それ。二百回やって一人も来ないって全然ありえそう。どんくらいだろ……、一割ぐらいはあるかな、二百回全部1%外す確率」


「えぇ、マジ? うわ、たっか。騙されたわ」


「騙してないだろ。計算すれば出るんだから」


「そんな計算しんよぉ。ってか、やひろ。なんで課題やってるんよ。俺がせっかく話しかけてるんに」


「いや、かまってちゃんか。俊一しゅんいちとダベるために残ってるんじゃないから、こちとら」


「はぁ、冷たいなぁ。こっちは大爆死で辛いんやから、慰めてくれてもいいと思うんよ」


「試行回数増やせば、期待値に収束していくよ」


「……追い課金か……」


「え、もう課金済みなの……?」



 やひろが呆れた声を上げていると、教室の扉が開く音がして女子生徒が一人入ってくる。


 一番上まで止まったブラウスのボタンや首にしっかりフィットさせたリボン、それに丈を詰めてない校則準拠のスカート。どれも良く手入れされている。優等生然とした姿だ。

 女子生徒は肩に届かないくらいの、綺麗に切り揃えられたショートカットを揺らして、やひろ達に近づいてくる。



「いたいた。やひろ君、お待たせ」


ゆい、もう大丈夫なの?」


「うん、大丈夫、ありがとね」


「じゃあ、帰ろっか。ちょっと待ってて」



 女子生徒にそう告げて、机に広げていた課題の類を、鞄にしまい始めるやひろ。

 その間に、俊一がスマホの画面から顔を上げて唯に話しかける。



「二人って仲良かったんね」


「え? まぁ、そうだね?」



 と、苦笑いして答える唯。



架狩かがりくんはどう? 学校慣れた?」


「そうねー、あ、この学校授業ムズない? 前んとこと全然ちゃうわ」


「あぁ、転入してくるとどうしてもねー。進度とかも違うでしょ?」


「そうなんよー、大体こっちの方が進んでるから、抜けてるところ埋めるのだけで大変で。そうや、今度暇な時にでも勉強教えてくんない?」


「いいよ、それくらい」


「本気にしないでいいよ、唯。まじめに勉強のこと考えてたら、人が課題やってる横でガチャ回してないから」



 やひろは荷物を詰め終えた鞄を肩にかけて立ち上がって言う。



「やひろくんってば、そんなこと言わなくてもいいのに」


「ほんっと、酷薄なんよ。こちとら急な転校でこんなに苦労してるんに、うう……」


「いや、そんなに勉強に苦労してるなら俺にまず聞けばいいだろ」


「ほー、『俊一に勉強教えていいのは俺だけだー』的なヤツなん?」


「んなわけあるか」


「やひろ、意外と独占欲強いんやねぇ」



(こいつ……)


 俊一のにまにまとした顔と声に、苛立ちを覚える。

 やひろは軽く息を吐いて、



「そんなことより、早く帰ろう唯。今日はスーパー寄らなきゃ」


「あ、そっか。今朝言ってたね。じゃあね、架狩くん。また来週」


「おー、また来週。……スーパー……?」


「じゃあ、またな」



 訝し気な表情をしている俊一を置いて、夕焼けに染まった教室をやひろと唯は二人で並んで後にする。


(あの顔……、週明けには忘れてるといいけど……)


 隣で歩く唯には聞こえないように、やひろはそっとため息をついた。

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