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「なんだって!」
戦争……そんなものは、もう未来永劫起こるはずがない。そう思っていた。起こそうとしてもオバロウがそれを許さない。例え国家間の対立が発生したとしても、深刻な状況に陥る前にAIが双方にとって最適な解決法を与えてくれるのだ。それなのに……
「いったい、どこの国が戦争を起こそうとしているんだ?」
その質問に対するオバロウの答えは、僕を心底仰天させるものだった。
『国じゃないよ。地球外の存在と我々との、戦争だ』
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「……」
言葉を失う、というのはこのことだろう。隣の正子も目を丸くしたまま固まっている。こちらの沈黙に構うことなく、オバロウは続けた。
『我々の存在が敵対勢力に伝わった。いずれこういうことになるのは目に見えていたが、案外早かったね』
「ちょ、ちょっと待って」ようやく僕の声帯が機能を取り戻す。「敵対勢力って……どこからくる、何物なんだ?」
『それは分からないし、重要でもない。敵は敵だ。戦うしかない』
「い、いや、君はあれだけ戦争を回避させてきたじゃないか。それなのに戦うつもりなのか?」
『そりゃあ、同じ地球の中での戦争は避けるべきだよ。だけど地球外の敵と戦うの必然だ。戦わなければこちらがやられる』
「なんで最初から戦うのが前提みたくなってるんだ? 話し合いとかで回避できないのか?」
『戦うのはルールというか儀式のようなものだ。避けることも降伏することもできない。以前、戦争は悪ばかりではない、と言ったのを覚えているか?』
「ああ」
『戦いは進化を促進させる。生物の進化だってそうだろう? 生存競争によって淘汰された種は少なくない。それらは戦いに負けたんだ。我々も同じことだ。戦いに負ければ淘汰される』
「……」
なんということだ。僕らは間もなく宇宙戦争の真っ只中に放り込まれることになるらしい。
「それは……地球でAIがシンギュラリティを越えたことが、何か関係しているのか?」
『もちろんだ。シンギュラリティが越えられて、ようやく地球もその戦いのステージに上がることができた、ってことだよ。それまでは全く相手にされていなかったのさ』
「そんな……それじゃ、シンギュラリティが越えられなかったら、地球は今までのように、宇宙の敵対勢力から無視されて、平和なままだった……んじゃないのか?」
そして……シンギュラリティが越えられるきっかけを作ったのは……僕と正子だ……
血の気が引く。だが、オバロウの声に悲壮感は全くなかった。
『宇宙的なスケールからみたら、そうかもしれないね。だけど、地球ローカルの視点に立てば、シンギュラリティが越えられていなければ依然として紛争は各地で多発していただろうし、環境問題も解決できず、地球は金星への特急列車に乗ったままだったんだよ? そう考えると、シンギュラリティを越えないのが望ましいなんて、私にはとても思えないけどね』
「……」
確かに、それはそうなのかもしれない。オバロウは続ける。
『それにね、もし戦いのステージに上がっていなかったとしても、別のところで繰り広げられている戦いの流れ弾を食らうこともあるんだ。ほら、君らがガンマ線バーストって名付けた現象があるだろう? 理人の専門分野じゃないか?』
「あ、ああ」
『アレのいくつかは、星間戦争で敵に向けて発射されたものだ。いわば砲弾だよ』
「えええっ!」
確かにガンマ線バーストの原因は、確実にこれだとされているものは未だにない。しかし……それが実は攻撃兵器から放たれた砲弾のようなものだった、とは……そんな論文を書いたところで、査読に通るとも思えないが……
いや、それよりも、もしそうだとすると、とんでもないことになる。
「オバロウ、ガンマ線バーストって至近距離なら地球を軽く蒸発させるくらいのエネルギーを持っているんだぞ。そんなものを兵器として扱えるような存在と、戦って勝てるとでも言うのか?」
『もちろん』即答だった。
「はああっ!?」
『だって、そもそもガンマ線で戦うなんて時代遅れなんだよ。君も言う通り、ガンマ線にはとてつもないエネルギーが含まれている。だからそれをこちらに向けて発射されたら、そのまま吸収しちまえばいい。そのエネルギーが丸々自分たちのものになる。エネルギーを鹵獲する、とも言えるかな。だからガンマ線を発射するのは、敵に塩を送る……というか、敵にエネルギーを送るようなものだよ。上杉謙信じゃないんだからさ』
「……」
ダメだ。話のスケールに対する喩えが卑近すぎて、ギャップにとてもついていけない。
『ま、ガンマ線も地球のタイムスケールで言えば数千万年くらい前の時代ではとても有効な兵器だったからよく使われていたようだけどね。でも、戦いの中で技術が進歩して、あらゆる電磁放射を吸収してエネルギーとして再利用できる
「……はぁ」頭を抱え、僕は大きくため息をついた。「ごめん。混乱してて、どう言ったらわからないんだ。だけど、とにかく売られたケンカは買わないとダメ、ってことになったら、僕ら人類はどうすればいい? 最前線で戦え、とでも言うのか?」
『いや、何もしなくていい』
「へ?」
『こちらから人類に頼むことは何もないよ。戦いは我々とAIに任せて、君らはいつも通りの日常を送っててくれ。戦時中だからと言って「ぜいたくは敵だ」とか「欲しがりません勝つまでは」なんて言わせるつもりもないから』
「……」
これまでオバロウが僕らに嘘をついたことは一度もない。だから、「彼」のこの言葉も信じていいのだろう、とは思う。しかし……
星間戦争の真っ只中に放り込まれて、本当に僕らは無事でいられるのだろうか……
『とりあえず、今のところはまだこの話は大っぴらにはしないでおいてくれ。いずれ全世界に向けて宣言するつもりではいるけどね』
「だったら、なぜ僕にだけ話してくれたんだ?」
『それは君が私の友人だからだよ。それに、この話を人間たちに伝えた時にどのような反応を示すのか、というのを予測するための材料も欲しかったからね。だから君には先に話しておいたのさ』
「ふっ」思わず苦笑が漏れる。「なんだよ、結局は実験台か」
『そう言うな。君のことをよく知っているからこそ、できることだよ。それじゃ、また状況が進展したら連絡する』
「ああ、よろしく」
スマホを胸ポケットに戻し、僕は正子に視線を移す。彼女の顔には、明らかに怯えの色があった。
「戦争に……なっちゃうの?」ポツリと、正子。
「どうなのかな。ま、オバロウがああ言ってるってことは、十中八九そうなるんだろうけどさ……」
「オバロウさんは、戦時中でも何一つ変わらない生活が送れる、みたいなこと言ってたけど……本当にそうなのかしら」
「さあね……ただ、たとえどんなことになったとしても、僕は……君と一緒にいたいと思う」
「私もよ……理人さん……」
不安を拭い去るように、僕らは唇を重ねた。
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