【連作ドタバタ短編】幽霊課長(こちら第一営業部①)第2話
ー第1話から続くー
翌日。告別式に課長の幽霊は現れなかった。やはり素人の私たちとは違って、本物の坊さんが上げるお経は効果絶大なのか?
式の前に柿谷先輩とぼくは坊さんへ昨日あったことを話し、助力を仰いだ。すると相当たちが悪い霊のようなので自分では力不足だ、紹介状を書くのでそちら方面に強い僧侶に相談して欲しいとのことだった。悪霊払いに経験と実績がある方がいるそうだ。
それにしても、人がまわりの人たちからどう思われていたかは葬儀で如実に表れる。ぼくはこれまで、こんなに閑散とした通夜と告別式を見たことがなかった。会社の人以外の参列者はぱらぱらとしかいない。親戚や学生時代の友人等、多少はいてもよさそうなものだが、それらしき人たちはほぼ姿を見なかった。通夜に来た元奥さんと子供たちも告別式は欠席。
昨夜はぼくたちを恐怖のどん底に突き落とした課長だったが、何だか気の毒になってきた。彼は本当に会社しか居場所がなかっのだ。
「諸行無常だよな」
柿谷先輩がぽつりと言った。彼もぼくと同じような感情を抱いているのだろう。
棺の蓋を閉める前、最後にもう一度、課長の顔を見た。とてつもなく何かに驚いた顔。いったい何があったのだろう?ぼくもこの先、いつ人生を終えるかはわからないが、こんな顔をして死ぬことだけは避けたい。心からそう思った。
他につきそいもいないので、やむなく同じ課のメンバーで火葬場まで課長を見送った。焼却炉に棺が入った時、ぼくは皆と両手を合わせて小さくつぶやいた。
「課長、成仏してください」
心からそう思った。もう二度と出て来ないで欲しい。どうしてもまた課長をやりたかったら、生まれ変わってどこか遠くの国でお願いしたい。決してぼくに会うことのない遠くで。
翌日の朝、オフィス。
「白井くん、ちょっと」
黄林主任に手招きされ、ぼくは自席を立って課長席へ向かった。後任の課長が決まるまで、しばらくは黄林さんが課長代行として業務を行うことになったのだ。
代行と言わず、このまま黄林さんに課長になって欲しいなとぼくは思った。温厚で後輩思いであり、頭も切れる。課長の生前は課長とぼくたちの間に入っていろいろ苦労したようだ。こういう人材を管理職にしないで、あの灰田氏を選ぶなんて、本当に会社というところはカスだ。人を見る目がない。
課長席で仕事の打ち合わせをしていると、急に背筋がぞくっとした。黄林さんと同時に顔を上げる。
「黄林、そこは俺の席だ。どけ」
灰田課長が立っていた。成仏してない。
「どわーっ」
「うわーっ」
ぼくたちの悲鳴を聞いた営業部の皆も課長を見て絶叫した。何事かと寄ってくる他部署の人たち。
課長は席に座ると、普通に仕事を始めた。
「柿谷、ちょっと来い」
柿谷先輩が震えながら課長席に呼ばれた。そして、いつも通りのしょうもない課長の説教が始まった。いつになったら売上は上がるのだ?おまえがもっと率先して売らないと後輩たちも売れないではないか。そろそろ自覚を持て……。何十回も聞いた空虚な言葉。課長は幽霊になってからも中身のある話はできないようだ。
柿谷さんは硬直したまま課長の顔を凝視していた。
「どうした?」
銀星部長が部屋に入ってきた。別室で会議中だったのを誰かが呼んだらしい。
「えっ?」
さすがの部長も課長を見て固まった。そりゃそうだ。昨日火葬場で焼いた部下がいたのだから。
「あっ、部長」
課長は立ち上がり、部長に一礼して口を開いた。
「お話が」
と言った瞬間、また消えた。
「なんか課長が成仏できないの、部長と関係あるっぽいな」
昼飯を食べながら、柿谷先輩がぼくに小声で囁いた。
「やっぱり柿谷さんもそう思われます?」
「あとで部長に聞いてみるよ」
午後。黄林主任がぼくの課のメンバーを会議室に緊急招集した。途方に暮れた様子で口火を切る。小柄な黄林さんが今日は一層小さく見えた。
「俺たちにしか見えないというのがやばいよな」
そう。課長の幽霊は第一営業部のメンバーにしか見えないのだ。他の部の人たちからは、ぼくたちが課長の死にショックを受けて集団ヒステリーに陥っていると思われているようだった。
「あんなのにつきまとわれてはかなわん。みんなで知恵を絞ろう」
黄林さんが必死の形相で訴えかける。
それから全員で対策を考え始めた。アイデアを皆で出し、黄林さんがホワイトボードに書き出していった。除霊、祈祷、お札、エクソシスト…考えられる限りのオカルト知識を絞り出す。十字架、ニンニクという案にはそれ吸血鬼、銀の弾丸にはいや狼男だからとツッコミが入った。しかし、こんなことを昼間から真剣にやっている会社は地球上でうちぐらいだろう。
「悪い。遅くなった」
会議室のドアが開いて灰田課長が入ってきた。
パニックになるぼくたち。
「黄林、ありがとな。後は俺がやるわ」
課長は黄林さんを突き飛ばして席からどかせた。はじき飛ぶ黄林さん。その後にどっかりと腰を据える。
「それでは課のミーティングを始める」
ぼくたちは課長とホワイトボードを交互に見てうろたえた。ボードには課長を倒すためのアイデアがぎっしり書かれていたのだ。
「ん?」
課長はぼくたちの視線に気づいて後ろを振り返った。ホワイトボードの字をしげしげと眺める。
「なんだ、これ?」
課長は特に感想も述べず、イレイサーを持つとボードの文字をすべて消してしまった。
「よし、始めるぞ」
消し終えた課長は席に座り、ぼくの方を見た。
「白井。おまえからだ。先週の活動を報告しろ」
たまらず事務の水川陽子がドアへ向かって駆けだした。
「どこ行くの?」
課長の声を無視して陽子はドアを開けようとする。
「開かない!誰か来て!」
ドアをどんどんと叩いた。
ぼくは立ち上がり、陽子のところへ向かった。彼女に代わって開けようとするが、やはりドアは開かない。外から鍵をかけられているみたいに。やばい。ぼくたちは幽霊に監禁されている。
首筋に冷たい息がかかった。
「白井、席に戻れ」
「どわっ」
振り返ると、いつの間にか真後ろに課長が来ていた。
もはや万事休すかと思ったその時。
ドアが開いた。
「おい、どうした?」
銀星部長が顔を出した。
直立不動になる課長。
「部長……」
何か言いかけた瞬間にまた課長は消えた。
「ドラマに出てくる幽霊ってさ」
柿谷先輩がぽつりと言った。
電車の中。得意先へ向かう道中にはおよそ似つかわしくない話題だった。
「だいたい主人公にしか見えないんだよな」
「言われてみれば」
ぼくはうなずいた。
「それが第一営業部のメンバー全員に見えて、第二や第三の連中には見えないってどういうことだ?」
「葬儀屋さんたちも見えなかったですね。商売柄、見えてもよさそうですが」
無理やり軽口を叩いてみたが、柿谷さんは無反応だった。いつもならすかさずツッコんでくれるのに。さすがの彼もこの事態に疲労困憊なのだ。
「そう言えば」
ぼくは話題を変えた。
「ん?」
柿谷さんは無表情でぼくを見た。
「部長とは話ができたんですか?」
「立ち話で少しな」
「課長のこと、何て言ってました?」
「それがだ」
ため息をつく柿谷さん。
「自分は何もわからないと」
「・・・・・・」
「明らかに嘘ついてる顔で言ってた」
電車が得意先最寄りの駅に着いた。柿谷さんとぼくは顧客訪問などする気分でなかったが、まさか会社に課長の幽霊が出たのでアポイントをキャンセルしますとも言えない。今日はかなり重要な商談がある日だったのだ。
そして、得意先にもやつは出た。
ー第3話に続くー
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