摂氏0℃ 高校生編
牛頭三九
甘くて...苦い。
「ねえ、今週の土曜日暇?」
次の朝、幼馴染の少女は挨拶がわりにそんなことを言い出した。
「特に用事はないけど...」
「それじゃあさ、原宿に行こうよ!新しいお店ができたから一緒に付き合って」
原宿かぁ。彼女とよく行ったな...
「.....」
幼馴染は睨んでいた。一思いにふけてしまったようだ。ただ、返事がなかったから睨んでいるというわけではなさそうだが。
「買い物に付き合うくらいならいいよ」
「やった!じゃあ、混んでて分からなくなるのもあれだから東郷神社の前で待ち合わせね」
「わかった」
「楽しみにしてるねっあ、急がないと一時間目始まっちゃう。」
他の女の子とどこかへ行くというのはノらなかったのだが、部屋にいるよりは外の空気を吸ったほうが気分が晴れるだろうし、相手も幼馴染と妹のような存在なので彼女の誘いにのってしまった。
『コウくん、嘘をつくときは人を選んだほうが良いよ』
見透かしたような言葉からしてとっくに俺が彼女と別れたのを察しているのだろう。厚意を断るのも気が引けるので行くことにしたのもある。まぁ土曜は彼女のことを忘れて楽しむとするか...
そして土曜日
「お待たせ。待った?だいぶ早く来たつもりだったんだけど」
「俺も今来たばっかりだよ」
30分前に来たのだが、彼女はすでに来ていた。彼女を見ると髪はポニーテールにまとめられ、服も清楚でカジュアルなものを着ていた。
「女の子がオシャレしてきたっていうのに何か言うことないの?」
幼馴染は頬を膨らまして言った。
「え、あぁ似合ってるよ..」
「へへ、ありがと。せっかく神社の前に来たしお参りでもしていく?コウくんこういうの好きだし。」
気の利いたお世辞など言えなかったが、麻知は満足だったようだ。神社巡りは好きである。建物だったり、雰囲気は荘厳だからだ。
「そうだな。東郷神社は初めて来たし、時間があれば明治神宮にも行ってみたいな」
「うん。じゃあ、行こっか。」
幼馴染は私の左腕に腕を絡ませ、密着してきた。俺は驚いたが、麻知はそんな自分に振り向き言った。
「ちゃんとエスコートしないとモテないぞ!.....まぁ私にだけしかさせないけど...」
「え?」
「ううん。ほら、早く行コ」
最後が聞き取れなかったが、彼女は気にすることもなかったので腕組みをしながら坂を上り始めた。
東郷神社は交差点で有名だが原宿にある東郷平八郎命を祀った神社である。東郷平八郎といえば、日露戦争でバルチック艦隊を破った連合艦隊司令長官である。必勝の神様として多くの参拝者が全国各地にやってくる。
チャリッ パンパンッ
幼馴染と並んで参拝をする。隣を見てみると、なにかを深く祈っているのが分かった。そんなに信心深かっただろうか...
参拝を終え、坂を下りる。この道を通れば竹下通りに続く。
「うわぁ、なんだこの人の量は...何かの祭りか?」
「はははっコウくん、田舎から来た人みたいなこと言わないで..ハハハ...」
「だ、だってこんな人がうじゃうじゃいるの見たら誰だってそう思うだろ」
竹下通りはいつ見ても人の量に圧倒される。これがほぼ毎日続いているなんてさすが若者のメッカというだけはある。
「それで見たいお店ってどこにあるんだ?」
「あ、コウくんここ見ていこうよ」
「お、おい」
腕組したまま引っ張られ店の中へと入っていく。原宿の店というのは靴屋や服や雑貨やなどがほとんどだ。食べ物も食べ歩きができるものがほとんどで、私は同じく人ごみに圧倒されている修学旅行生を見て、『同じ気持ちだよ』と同情の念を送った。
「これとかどうかな?」
「うん...いいんじゃないか。」
それから何店舗か回って今に至る。幼馴染はややデカいサングラスを持って尋ねてきた。...わからん。これまで見てきたものと何が違うのか...私は基本母が買ってきたものを着るだけというファッションに疎い人間なので、似合うかどうかを聞かれてもとても困る。
「買い物するんだったら、そういうのに詳しい子と行けばよかったんじゃないか?俺じゃなんの役にも立たないんだし」
「コウくんじゃないとダメ」
「え?」
「コウくんが好きなワタシでいたいんだ。短い髪が好きなら切るし、ギャルが好きなら髪も染めるし、ルーズソックスも履く。彼女さんみたいな清楚な女の子が好きなら清潔感のある服を着るし...コウくんじゃないと...コウくんじゃないとそれはわからないでしょ?だから、コウくんが好きなタイプを教えて?私コウくんが望む女の子になるよ?他の女なんて目じゃないくらいとびっきり可愛い女の子に...」
「ま...ち...?」
幼馴染の目が黒く濁っているように見えた。飲み込まれそうな闇を瞳に宿していた。
その後も買い物は続き...
「あ、ごめんね。沢山付き合わせちゃって。疲れた?」
「まぁ人酔いはしたかな」
「それじゃあ、クレープだけ食べて出ようか。裏の方ならすいてるだろうし」
原宿といえばクレープを多くの人が想像するだろう。竹下通りだけで何店舗も存在しどこも例外なく行列ができる。男一人で並ぶのは気恥ずかしいものだが、女性を連れ買うという免罪符があればどうということはない。原宿へは彼女とクレープを食べに行くためによく行った。彼女もオシャレというものにはあまり関心がなくデートも喫茶店や散歩がほとんどだった。明治神宮の杜を歩いた後原宿へ来てよくクレープを食べたものだ。
「いらっしゃいませ」
「チョコバナナクリームください。コウくんはどうする?」
「俺はいいや」
人酔いしたし、甘いものはそこまで好きではない。自販機があったら缶コーヒーでも飲めればいいか、というところだ。
「じゃあ、外で待ってて!」
人ごみを抜け彼女を待つ。...不意に彼女との原宿での思い出が浮かんできた。
『美味しいね。山城くん、わたし立ち食いなんて初めてしました...』
『やっぱりすみれって箱入りなんだな』
『そ、そんな...ただうちが厳しいだけです』
まぁそれを箱入りというと思うだが...
『...その山城くん』
『どうした』
『そ、その山城くんのクレープもたべたいなぁって...//』
『!...い、いいよ』
なんでだろうか。ただクレープをあげるだけなのにこの昂揚は...
『...ハゥッ.......とっても美味しいです。』
...すみれの笑顔が今でも脳裏に焼き付いている。
「コウくーん。コウくん?...えいっ」
「む?モゴッ!?」
いつの間にか幼馴染が帰っていたようだ。ぼーっとしているとクレープを口に突っ込まれた。
「美味しい?」
「バカ!びっくりするだろ。あー口にクリーム付いちゃったよ」
口元には生クリームがべっとりと着いていた。突然クレープが突っ込まれて嫌な甘みが口の中を犯す気分だった。
「ごめんね。でも女の子とデート中にぼーっとしてるのが悪いんだよ?」
麻知は不貞腐れたように言ったが、怒っているわけではないようだ。
「デートって...」
「私はそう思ってるよ?だって私とコウくんは...今拭くから待ってて」
「いいよ。自分でf...
袖で拭き取ろうとしたとき急に幼馴染が近づいてきて...
唇を重ねてきた。
「んっ...ふぅ.....んん..」
彼女の呼吸、心臓の鼓動が近くで聞こえる。いや、そんなことよりなんでこんなことになってるんだ...頭がうまく働かない。先ほどの生クリームの甘さとは違う甘さ...そしてビターチョコのようなほろ苦さが支配した。
「ん....はぁはぁ...」
唇を離し、呼吸を整える。胸の動悸が抑えられない。
「コウくん、これが私の気持ちだよ。まだあの女のことが忘れられないんだよね。いいよ、それでも。私が上書きしてあげる。コウくんが望むならなんだってするし、私はコウくんのモノだよ?私のほうがあんな女よりコウくんのこと好きだから...あの女では味わえなかった甘美な生活を過ごさせてあげる...」
この時、麻知の真意が分かった気がした。麻知は俺のことをまだ好きなんだ。だから、こんなことを...
******
その後、俺たちは原宿を後にした。帰りの電車では会話もなかった。隣に座るが顔を合わせるのが恥ずかしくて麻知も向こうを向いている。
『私のほうがあんな女よりコウくんのことが好きだから...』
幼馴染からの告白ともとれる言葉...この甘くて苦い言葉がずっと残るのだった。
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