咲おばあちゃんと新刊

彩霞

第1話

 さきおばあちゃんは、山に囲われたとある田舎に住んでいます。

 周囲は田んぼと畑ばかりで、その奥は山に囲まれた自然豊かな土地です。


 咲おばあちゃんは八十歳ですが、まだまだ元気。


 モットーは晴耕雨読せいこううどく。田畑のことは長男のひさしに任せていますが、五十年以上前から変わらず晴れの日には畑の面倒を見、雨の日には本を読む生活を送っています。


 それらの本は、いつも街の本屋さんで購入しています。全国で本屋さんがなくなっているという話を聞いて、積極的に地元の本屋さんで買うようにしているのです。


 本屋さんは、一番近いところでも住んでいるところから車で三十分ほどかかりますが、すでに運転は控えることにした身。

 そのため孫の茉莉花まりかがひと月か、ふた月に一度、都合がつくときに咲おばあちゃんを本屋さんへ連れて行ってくれるのです。


「もしもしー、おばあちゃん? 茉莉花だよ。明日本屋さん行く? 時間があるから行けるよ」


 春の晴れた金曜日の夜、孫の茉莉花から連絡が来ました。本屋さんに行くときは、いつも茉莉花から前日に連絡をくれます。彼女の休日の関係から、誘われるのは大抵土曜日が多く、仕事や友人たちと遊ぶ日の都合などを見て連絡してくれるのです。


「本当が? 嬉しいなぁ。んだら、連れて行ってもらうがな」


 咲おばあちゃんはスマホを耳に当て、この土地の言葉で話しながらにこにこしています。


「いいよ。何時に行こうか?」


 茉莉花の声も軽快です。明日のことを想像をしてうきうきしているのかもしれません。


「茉莉花に合わせるべ」

「じゃあ、十時に迎えに行くね。いいかな?」

「わがった、待っでる」


 咲おばあちゃんはスマホの画面を押して電話を切ると、「よっこらせ」と言いながら、布団の上に寝転がりました。


「あー、明日が楽しみだなぁ」


 欲しい本は沢山あります。

 まず連載漫画の新刊です。


 咲おばあちゃんは、苦手意識があるネットを何とか使って情報を収集しています。


 追いかけている漫画の新刊は、ひと月前に数種類出ていることが分かっているので、もれなく手に入れねばなりません。また、気になっていた作品が文庫本になっているので、買うつもりです。


 あとはぶらぶらと店内を歩き、気になったものがあれば買おうと思っていました。


「八十歳にもなって年甲斐としがいもない」と思われるかもしれませんが、咲おばあちゃんは本が大好きです。年齢も年齢なので、さすがに何十年も連載が続くようなものは、終わるまで追えないかもしれませんが、そのかわり読むために健康維持に努めようとやる気が出ます。


 また、本は色んな楽しみ方ができますし、何より時間に束縛されません。


 さっと開いて、ぱっと読める。


 そのため、料理を作ることの多い咲おばあちゃんは、煮物の待ち時間などを使ってよく本を読みます。


 息子に教わってサブスクなるものも使い、映画やドラマを見ることもありますが、本はもう一度読みたいところをすぐに開けるというのも長所です。


 また咲おばあちゃんは電子書籍も読みますが、やっぱり好きなのは紙の本。


 昔、字が小さすぎて老眼でなくとも読みにくいと思っていた本が、最近ちょっと大きく印刷したものが出版されるようになりました。


 老眼鏡ををかけることに変わりありませんが、「読む人のことを思って」と本を作る人たちが気にかけているのでしょう。


 人の血が通った作り手の優しさを、本から感じるのもいいなぁと思う咲おばあちゃんです。


「……全部買えるといいなぁ」


 咲おばあちゃんは買いたい本を思い浮かべながら小さく呟くと、ぐっすりと眠るのでした。


    ☆


「おばあちゃん、おはよー!」


 茉莉花が真っ青なワゴンタイプの車からさっと降りて、挨拶してくれます。ジーパンに白いシャツ、その上に色の抜けたような水色のジージャンを羽織っています。


「おはよう」


 咲おばあちゃんは、うちの孫はかっこいいなぁと思いながら、ぺこりと頭を下げた。


「んだば、よろしくお願いします」

「はーい!」


 茉莉花はにこにこしながら、咲おばあちゃんを乗せると、いざ本屋さんへ出発です。

 茉莉花と日々の話をしているうちに、あっという間に本屋さんに到着しました。


「ありがとう」


 お礼を言って降りると、茉莉花が咲おばあちゃんの隣に並んで歩き、一緒に本屋に入ります。それを見て、咲おばあちゃんは不思議に思いました。彼女はあまり本が好きではないので、本屋さんに連れてきてくれても、隣の洋服屋さんを見ていることが多いからです。


 その気持ちが顔に現れていたのでしょう。

 茉莉花はにっと笑って、「今日は私もついて行く。ずっと買っている漫画の新刊が、久しぶりに出たんだ」と言いました。

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