星屑のバディ

柏望

遠くの星から来た男

 星も命も宇宙の無重力では漂う塵の一つに過ぎない。遍く銀河を照らす恒星であろうと。星々を股にかける巨大な生命であろうと。十把一絡げの輝きの一つでしかない。

 漂いながら星を眺めている私の存在。この宇宙でどれほど稀少なものとして扱われていても、瞬いてる星々にとっては関係のないことだ。

 関係がないのだから放っておいてほしいのに。誰も来てほしくないからわざわざ宇宙服を着なくては侵入できない開放デッキにいるというのに。

 遠くのちきゅうから来た相棒が、のこのこ私のところまでやってくる。


「よお、ゼナリア。今日の月はどうだい」

「月ってどの月だよ」

「そりゃお前。月って言ったら、ん。ぱっと見でも六個あるな。どの惑星のにしようか」


 星々を指差して月を探すジュンイチの無邪気な声が耳に響く。こんな広大な宇宙で、彼のように楽しむ余裕を持てるのは羨ましい。思わずため息が漏れたが、私の相棒はそんなことを気にしない。

 コイツは無駄に嵩張る体格をしているから、私のように小柄な体格の者は肩を組まれると右に左に揺られてしまう。ゴツい腕が邪魔だが振り払う力もない。吹き飛ばされないよう掴んでおくので精一杯だ。

 声が伝わらないなら無線を使えばいいのに。コイツお得意の異星間コミュニケーションなのだから止められない。


「どれもいい感じだし。全体的な感じで頼む」


 後ろにも月はあるんだぜ。と返そうとしたが、やめた。

 前しか見えていないようなバカに後ろのことを教えて、振り回されるのは私だ。ジュンイチのおしゃべりに付き合ってやる。


「どの月だったとしてもだ。デッキから外は真空の宇宙空間。代わり映えなんかないだろ」

「そりゃあそうだ。宇宙から見る月なんて満ち欠けもなきゃお空の天気もない。ぶっちゃけ俺だってぜんぶ同じに見える。でもさ、見てる俺らが違うだろ。今日はどんな風に見える気分なんだ」

「どうもしないよ」

「そりゃまあ俺だっていつ見てもキレイだなーって思うけどさ。もうちょっとだなあ」


 眉を上げたり下げたり。唇を開いたり閉じたり。平たくてツルツルした肌のくせに、楽し気な顔というだけでもこうも表情が変わるものかと感心する。いつもこの調子なのだから、面白がって付き合ってやる連中が私だけじゃないのもわかる。

 体質の都合で船内では宇宙服が手放せず、メットの顔が見える部分はフィルターを使って顔を隠している。後ろが透けて見えるようにしたからつまらないだろうに。ジュンイチはどこが面白くて私の顔に目を向けるのだろう。


「俺の来た星は宇宙を見るのが好きでさ。空を飛ぶより先に月を舞台にした話を作ったくらいなんだぜ。どんだけ宇宙が好きだったんだよって話だよな」


 ジュンイチは夢中で星と物語の話をしている。彼の瞳に映る星は冷たい宇宙のどこにそんな星があるのかというほどに、暖かく輝いていた。

 宇宙語が下手ならテレパシーも使えない。宇宙服の翻訳機能も未熟なら、通訳できそうな仲間もいない。孤立しないように表情を伝えてコミュニケーションを図ろうとしていたころの習い性だけではないだろう。

 ジュンイチは憧れをもって宇宙へと昇り、使命を背負ってこの銀河までやってきた。極限環境知的生命という既知宇宙を探しても珍しい存在として、産まれながらに入校を認められている私とは正反対だ。

 鬱陶しくなるほどの情熱。だから私は惹きつけられる。


「ほら月が綺麗だなとかさ。あっ知ってるか。地球の俺の住んでた島だとな。月がきれいですねって相手に伝えると」

「うっさいな。知ってるよ」

「あれ。俺どっかで喋ったっけ」

「君の話は中身がないからね。頭によく入る」


 ジュンイチを蹴とばした反作用で船内デッキへと向かう。途中で足を掴まれたが重力がないから私たちの進行方向は変わらない。

 一応バディなんだし接触回線で伝えておいてやろう。


「船外実習の準備忘れてるだろ。感謝しろよ」



「ふん!ふん!」


 ジュンイチが産まれた姿のままで珍妙な舞をしている。

 この銀河系を基準にして半径百万光年ほどにいる地球人はジュンイチだけだ。全裸を眺める機会はめったにない。自分も希少な存在だから覗き見されるのは不愉快だけれど、学術的興味は抑えられない。

 凹凸に富んだタフなボディ。しなやかに動く背から腰にかけてのライン。私たちの星の知的生命と極端に違うところは少ないけれど。そういうところに毛が生えているんだとかつい考えてしまうわけで。

 ハッキリ言えば気が散ってしょうがない。


「なあ。船外実習の前に変な運動するのやめないか」

「儀式だよ儀式。宇宙に出れば全球警戒。前後左右。足元どころか壁の向こう側まで。全神経を常に張り巡らさなきゃいけないんだぜ。スイッチのオンオフはしっかりやらんと」

「単純にスイッチできる脳みそで羨ましいよ」


 宇宙空間は広大かつ予測が難しい。そんな場所で行うのだから、宇宙船から離れて行う実習は事故があったときに教官たちの対処が間に合わない場合もある。事故でなくなった先輩たちもいる。

 体質の関係で宇宙空間に多少の適性がある私でも、実習中は消耗するし帰還すればしばらく動けなくなる。

 船外デッキで星を眺めるのも、私なりの船外実習に備える儀式だったのかもしれない。私もジュンイチくらい単純に切り替えられればいいのに。


「なーなーゼナリア。お前も一緒にやらないか」

「うっさいバカ」


 私は極限環境知的生命だ。恒星フレアに伴う電磁嵐にも耐えうるが、裏を返せば学園内の放射能濃度では健康が著しく阻害される。ただでさえ頭数の少ない種だ。そんなリスクなんて背負えるか。

 そもそも、お互いの裸を見せあうような仲じゃないぞ私たちは。


「恥ずかしがらなくてもいいじゃんか。脱げっていってるわけじゃないんだしさ」

「んぅう。バカ! バカ! 勘違いすんな! 」


 バカだバカだと言ってきた分だけ、勘違いしていたことをジュンイチには察知されたくない。仕方がないのでジュンイチの言うとおりに準備運動をした。目の前を裸でうろちょろされるのも目障りだから、渋々だろうが応じてやるしかないのだ。



 出航前のチェックは、船長と副船長が共同で行う。この船の乗組員は二人だけだから、当然ながら私とジュンイチで実施するわけだ。


「標準空気タンク、確認。与圧ロック、確認。エンジンおよび各部伝達系、良好」


 儀式を終えた後のジュンイチは黙々と作業をこなす。所定の作業は淀みなく、イレギュラーには速やかに対処するさまは普段の能天気な姿しか知らない連中には想像さえできないだろう。

 メットの顔は無加工のまま投影されているが、それだけにジュンイチの顔がよく見える。点検項目に黙々とチェックを入れている時は、地球の霊長類ホモサピエンスの代表らしい表情だ。

 仕事してる時の顔は嫌いじゃない。普段からこうならいいのに。


「ゼナリア。貨物や装備品の点検は済んでるよな」

「はいはい確認済み。メットの送受信機も調整してある。あとは操縦席に移動して指定宙域まで移動するだけ。ってなにするんだよ」


 ジュンイチが操縦席に座ろうとする私を捕まえた。手を取られて右に左に回されて、ジュンイチは上下を漂っている。多少無骨だけれど、二人きりで踊っているみたいで。


「な、なにしてんだよ」

「気密服のチェックだよ。念のためにな」

「もうしただろバカ」


 親しきなりにも礼儀あり。とはコイツの星のコイツが住んでた地域の言葉じゃなかったのか。住んでたヤツより現地の文化に詳しくなってどうするんだ私は。住めるわけじゃないんだから。


「相棒だからな。なにがあってもお前だけは無事で返したいんだよ」

「カッコつけんなバカ。私たちは相棒同士だろ。どんな時も一心同体だ」

「……うん」


 接触回線の確認ついでにメットの顔と顔の部分をくっつけて言ってやる。ジュンイチの方から私の顔は見えないが。身体と身体を触れて意思を伝え合う、ジュンイチなりの流儀で言い聞かせてやれば言うことを素直に聞くのはわかっている。


「で、なんで俺回されてんの」

「念のためのチェックだ。相棒はもうちょっと丁寧に扱え」


 私たちがいる銀河は距離の単位が光年になるまで開拓された。しかし、漂流すれば高い確率で死ぬほどには開発されていない。星と星。銀河と銀河。座標と座標を線で繋いで航路の安全を確保する通信衛星はそれこそ星の数だけ敷設する必要があった。

 なのでこの銀河は、私たちみたいな学生を動員してまで通信衛星の敷設にやっきになっている。いくらかの危険と引き換えに単位が手に入るのだ。学生の立場としては得のある話だけれど。


「ゼナリア。それを設置できれば実習の目標達成だぜ」

「ん。気が散るから話しかけないでいい」


 搭乗している宇宙船に残って漂流物などを確認する係。船外に出て衛星を敷設する係。前半と後退で役割を交代して、今は私が衛星を敷設している。ジュンイチが思ったより早く作業したので、あとは最終点検をしておしまい。のはずだった。

 点検も残り数項目というところで、緊急回線を使ってジュンイチの声が飛んでくる。


「ゼナリア。緊急回収するから、船に入ったらすぐなにかに捕まってくれ。緊急回収開始まで五・四・三」

「了解」


 緊急回収とは危険が迫った船員を強制的に船へ帰還させる措置だ。事情は分からないがアイツが言うことだから信じる。私たちの相棒関係とはそういうものだ。

 この船の緊急回収はワイヤーで引っ張って船内に放り込むという方法で荒っぽい。手足を畳んで衝撃に備える。


「二・一。行くぞ」


 背中が引っ張られたと思うと、おおよそ八秒後に衝撃が全身に走った。ワイヤーの長さからの計算では、衛星を設置していた場所から船に回収されるまで十秒のはず。二秒早かったのは、ジュンイチが船を私の方へ寄せたからか。

 宇宙空間と船内を隔てる扉が閉じた瞬間、船が急加速したのか身体が壁に叩きつけられる。安全確認もなにもかもすっ飛ばした急発進は授業だったら減点確実だ。よほどのことでなければジュンイチがするはずない。

 操縦席の相棒を助けなくては。きしむ身体を壁にぶつけながらジュンイチのいる操縦席にたどり着くと、言葉を失った。

 幾筋もの流星がこちらに向かって接近している。ぶつかっても外装が凹む程度の小さなものから、宇宙船ごとぺしゃんこになるものまで。レーダーを埋め尽くさんばかりの隕石が迫ってきていた。


「見りゃわかるだろうが流星群に捕まった。全速後退して相対速度を縮めているが避けきれるかわからん! 」

「ジュンイチの動きに船を合わせる。思いっきりぶっ飛ばしてくれていいぜ」

「任された。無傷で帰るぞ相棒」


 お互いに準備を終え、あとは回避行動を取るだけ。息を合わせるために二人でカウントを取っている間、私はジュンイチの顔を見ていた。

 緊張はしているみたいだけれど、けっして怯えているわけじゃない。レーダーとモニターに映る流星群を交互に見ている相棒を見て、私たちはきっと大丈夫だと確信した。

 流星群に侵入してから離脱するまでの三百秒足らず。迫りくる流星を避け、時には機銃で撃墜し、接触してしまった時の反動に至るまでを私たちは利用し危機を乗り切った。

 最中のことはまったく覚えていないけれど、それだけ終わったあと振り返れば一瞬だった。


「やったじゃんジュンイチ」


 流星群との接触は宇宙空間にいる以上は予測しきれない事故だ。遭遇した時点で安らかに死ぬことを祈る宇宙飛行士だってたくさんいる。

 そんな難局をたった二人で乗り越えたのだ。二人とも一人前の宇宙船の船長として認められてもいい。

 というのに、ジュンイチの顔にはまったくその気配がない。むしろ、隕石を避けているときと同じかそれ以上に険しい表情をしていて。


「ジュンイチ。どうしたんだよ。予報になかった流星群の存在は教官たちに報告しなくちゃいけないんだぜ。早く戻って」

「隣の宙域で作業してた連中。アイツらどうした」

「マイアとメローペだったね。あの範囲の流星群ならどうやったって巻き込まれてるだろうけど」


 ジュンイチがモニタを覗きながら航路を設定し始める。航路設定は私の方が得意なのに、わざわざ自分でやるということは。


「やめろよ。教官たちがすぐにくるんだから」

「アイツらは宇宙で遭難しかけてるんだ。仲間が助けてくれると思うから俺たち宇宙船乗りは宇宙を飛んでいけるんだろ」

「それは暗黙的なもので」

「頼むよ相棒」


 メットをガシッと掴まれて、顔と顔の部分がぶつかる。ジュンイチ式コミュニケーション。顔丸出し接触回線。いつもやっていることなのに今回は特別距離が近いような気がして。

 顔を見せてやったことなんかないのに、ジュンイチの瞳はまっすぐ私の目を見ていることに気づいた。

 一つだけ生き残っていた衛星を使って、私たちの現状と同級生の救出に向かう旨を報告する。返事を聞けば静止されるだろうからさっさと隣の班が作業していた宙域まで移動した。


「なあ。これ二人とも死んでるんじゃないか。こっちも帰りの足が不安なんだ。戻ろうぜ」

「今俺たちがアイツら見つけられませんでした。って言えばその時点でマイアもメローペも捜索打ち切りだ。教官たちが来るまでは続けるぞ」


 流星群は完全に通り過ぎたらしい。隣の班の宙域は最初からなにもなかったみたいに片付いていた。流星群にまとめて流されたのか。木っ端みじんに吹き飛んだのか。どうであれ生存は絶望的だろう。

 とはいえ、ジュンイチはここで手を引くつもりはないらしい。相棒が手を抜こうものならすぐにわかるだろう。

 自分たちの安全確保を第一として、疲れない程度にやるしかない。


「あ、見つけた」


 レーダーの捜索範囲ギリギリのところで発振されている救難信号がすぐに消える。磁場の乱れでないことを確認してから報告すると、ジュンイチはすぐに宇宙船を発振元へ飛ばした。


「推進機がやられてるみたいだ。現在進行形で未開発宙域へ宇宙船が吹っ飛んでる。このままだと追いきれなくなるからアンカーを飛ばしたい」


 曳航に使うアンカーで隣の班の宇宙船を引っ掛けて減速させたあと、ジュンイチと私の二人で船に入船した。


「流星が貫通しただけじゃこんな有様にはならないよな」

「内部で爆発もあったみたいだね。ジュンイチ、長居は無用だぜ」


 船内は見る影もないほどにズタボロになっていた。照明が落ちて真っ暗になった船内を、携帯端末の照明を頼りに進んでいく。

 実習で使う宇宙船は頑丈に作るために窓がない。外も見えず、伸ばした腕の先もわからない空間は鉄の棺桶と呼んで違いない。

 ジュンイチがいなければ、さっさと自分の船に帰っていた。


 『ないで。やっと。た』


 ジュンイチと通信を開くための回線に叫び声が割って入る。あまりの音に身体が強張ったが、次の瞬間には機械が自動で音量を下げてくる。優先的に入るようにしているジュンイチの声がそれに続いた。


「ゼナリア。今の聞こえたよな」

「マイアの声だったね。受信する電波の強弱で大雑把な位置はわかるから」

「頭に叩き込んだ船のデータを参照して進めばいい」


『返事してよ。助けが来たんだよ。二人で助かろうって言ったのアンタじゃん!』


 進むにつれて声ははっきりと聞こえてきて、それだけにマイアとメローペが深刻な事態に陥っているのがわかる。

 船に入る前に医療キットは持ってきたけど当然ながら向こうも持っているはずで。役に立ったならこんな悲鳴は聞こえるはずがない。


「ジュンイチだ。お前ら無事か」

「助けて。相棒が死んじゃう。お願いだから」


 デカい方だからマイアがジュンイチにしがみついて助けを求めてくる。相棒は半狂乱の同級生を宥めようとしているみたいだけど今は時間が惜しい。

 後ろに回って、無防備な首筋に鎮静剤を射ちこんだ。


「おい荒っぽすぎないかゼナリア」

「メローペを見ろよ。こうするのがベストだ」


 マイアの相棒のメローペ。小柄な体格の彼女の右半身になにかの破片がびっしりと刺さっている。幾つかは宇宙服が受け止めただろうけれど、残りは宇宙服を突き破って彼女の身体を傷つけたのは様子から見て間違いなくて。

 錯乱した人間の話を聞いている余裕がない。

 私たちがやるべきことは決まっていた。

 ハリネズミみたいになっているメローペには看護が必要だ。けれど、動かしたショックで容態が著しく悪化する可能性が高い。船ごと曳航して教官たちと合流するのが最善だ。

 けれどできない。私たちの船は流星群を回避するときに推進剤を使いすぎた。つまり、マイアたちの船を曳航しながら怪我人の看病をすることはできない。

 ペアの片方がマイアたちの船に残って怪我人の看護をし、もう片方が教官たちと合流して怪我人と相棒の座標を報告するのが次善の手だ。


「俺たちの船に戻るころにはマイアも意識が戻る。俺が拾ってもらえるまで、即興ペアで頑張ってくれよ」

「まったく一人でカッコつけやがってさ」


 マイアを宇宙船に乗せてやってから、私は来た道を戻っている。一度通った道とはいえ半壊した船の通路は相変わらず真っ暗で、こんな中に一人で怪我人を看護しているジュンイチはさぞ心細いだろう。

 相棒が支えてやらなければならないのだ。案の定、来てみればジュンイチは注射器を構えて固まっている。針の穴ほどでも身体の穴を増やすのは不安になるか。


「医療用ナノマシンの注射はかわってやろうか」

「おわ。なんでゼナリアが」



 ジュンイチの手から注射器を奪ってさっと注射をしてやる。メローペはうんともすんとも言わないが、限られた資源でできることは少ない。あとは人工血液を輸液して、教官たちの救助が来るまで待つだけだ。


「おい。マイアと先に戻ってろって頼んだろ。宇宙船の操縦は」

「自動操縦に切り替えてある。教官たちも来るっていうし。そう遠くないうちに拾ってもらえるはずだぜ」

「お前の心配してんだぞ。もう一度隕石がぶつかったら俺らまとめてお陀仏なんだぞ」

「うるさい。救命課程の主席の邪魔するな」


 まだ潰れていないコネクターに人工血液のチューブをつなげて、無重力で流されないように患者の身体と一緒に座席へ固定する。我ながらよくできた処置だ。

 時間をかけるほどメローペの身体の負担になる。彼女のことを考えた上でも私が戻ってきたのは正解だ。


「はい。救命措置はおしまい。バイタルに異常が出たら警報が飛んでくるから、教官たちの救助が来るまで時間を潰そうぜ」

「この。馬鹿野郎が」


 ジュンイチは拳を振り上げたがすぐに降ろした。私の考えはわかっているらしい。


「助けにきてくれたのは、俺のためなんだろ」

「私は宇宙の希少種族だからね。かすり傷でも学園への追及は甚大だ。教官たち、血相変えて私たちのところに向かってるぜ」


 メローペの救護が終わってしばらくして、船体が私たちから見て上下に割れた。普通なら隕石や電磁波から身を守るために少しでも宇宙船の奥に入らなければならない。でも絶対安静のメローペは動かせない。誰かが怪我人の盾になるしかなかった。

 警報が鳴らなければやることはなにもなくて、二人で星を眺めて暇を潰した。そうなれば、張りつめるような真空の宇宙に投げ出されてもいつものようにだらだらとした時間が過ごせる。


「気になったんだけどさ。マイアのやつ、なんでお前を船に返したんだ。宇宙船はペアでの運転が原理原則。自動運転だからって無茶だぜそんなの」

「相棒がたった一人で宇宙に残るとか言い出したんだ。残らせてほしいとお願いしたらサッと了承してくれたよ」


 君の相棒のために私の相棒が危険地帯に残ってるんだぞ。と凄みはしたが、嘘を言ったつもりはない。押せば通りそうだったから、議論の時間を短縮させてもらっただけだ。


「なーゼナリア。暇じゃないか」

「同感だ。テストの予習でもしとくかい」

「お前が産まれた星じゃなくて成績で特待生になった理由がよく分かったよ」


 座席に固定されたメローペを二人で庇う必要があるから、お互いに肩と肩をがっしり組んで星を眺めている。実習前にしていた月の話の続きでも聞いてやろうかと思ったが、なんて切り出そうか。考えている内にジュンイチの方から口を開いた。


「俺の星だと星座ってのがあってさ。星と星を繋いで絵をかいて、お話を作って遊んでたんだ。人間が賢くなってばかりの頃からやってたんだぜ。面白いだろ。ちょっと待ってろよ」


 ジュンイチが指を向けてはあれじゃないこれじゃないと言い、また別の星に指を向ける。コイツ、地球がこの銀河とは万光年単位で離れているのを忘れているな。


「この銀河じゃ星を繋げても地球の星座はできないぜ」

「そりゃそうだ。じゃあ。あれとあれとこれを繋げてだな」

「なに座だよそれ。適当ぶっこくな」

「バレたか。今作った」


 見上げれば端っこの方に天の川があるんだから織姫と彦星の話でもすりゃいいのに。どうして適当なことするかな。

 逆に教えてやろうとでも思ったが、ジュンイチの声で続ける言葉を失った。


「あの星座なら、俺とお前の星のどっちでも同じように見えるぜ。遠く離れても同じ宇宙にいるんだって思えるじゃないか」


 傷ついた同級生を率先して助けに行ったという話は学園側の受けが良くて。相棒を助けるために壊れかけの船にまた戻ったという話は生徒側からの受けがいい。流星群を学生二人で乗り切ったという話が嫌いなやつはいない。

 遠くの星から来た男は学園中の人気者に躍り出た。客人と言っていい立場の私を危険に晒したのでジュンイチは理事長を始めとするそうそうたるメンバーから直々に絞られたらしいが。

 ついでのように周囲からの私の評価も変わったが、私とジュンイチの相棒としての関係に変わりはない。

 星を眺めている私に絡んでくるジュンイチを適当にあしらうのもいつもどおりだ。


「ん。もう時間が来たか」

「あの懲罰補講まだ終わってないのか」

「あと数回だよ。そうすりゃお前に勉強を教えてもらえる」


 じゃあな。と手を振ってジュンイチは船内に戻るハッチへ向かっていく。アイツの背中に誰もついて来ないのはこの場所くらいになってしまった。人だかりが絶えなくなったとはいえ、前より顔がよくなったわけじゃない。私に向ける笑顔は相変わらずの間抜け面だ。

 あんな笑顔をわざわざ学園中が拝みにいくのはなぜだろう。見えなくなるたびに私が思い返すのも意味が分からない。


『あの星座なら、俺とお前の星のどっちでも同じように見えるぜ』


 ジュンイチも相棒の星のことを調べていた。嬉しかったけれど、ジュンイチが考えていることがハッキリしたのがそれ以上に悲しくて。

 考えなくてもわかることなのだ。ジュンイチは地球からの入校生第一号。同じ銀河内で知的生命を見つけられなかった地球人が送り出した貴重な人材だ。銀河間交友のために地球に戻って第二号から先を目指す後輩たちを指導する責務がある。

 二度と帰ってこない相棒が地球に帰って欲しくないからって。今が永遠に続くものだと思い込んでいた自分に腹が立った。


「あぁもう」


 メットの中に浮かぶ涙が視界をふさいで、頬に張り付くのが鬱陶しい。

 着用している宇宙服の安全装置を解除してメットを外す。真空状態も数百倍の放射線量も問題ではない。過酷な環境で生きた生命は数こそ少ないが、地球人とは比べ物にならないほど強靭だ。むしろ船内の方が健康に悪い。

 遠くの星から来た男は仲間も家族も銀河を跨いだ遠くにしかいなくて、一人だった。私も同じだったからペアを組んでやったのに。一緒に上手くやっていけてるというのに。

 地球へ帰るという君が恨めしい。人口確保のために種族の垣根を越えて番になることを禁じている私の故郷が憎い。

 髪留めを外せば纏めていた髪が宙に広がっていく。ほどけた髪は行き場を求めるように散らばっていくが、どこにも行けはしない。

 卒業したらジュンイチを拉致してから銀河の外れで無頼として生きていくことはできる。自信だってある。

 いいや。そんなこと認めてたまるか。誰よりもアイツの傍にいながら、なんでそんなことを思いつくんだ私は。

 相棒の夢と九学年分の時間を不意になんてさせない。家族とか仲間とかが大好きなアイツに、大切にしてきたものを棄てさせるんだぞ。

 空洞になったメットの内から出てくる涙が凍って、新しい星屑となっていく。小さな小さな星屑は船の照明を反射して輝きながら宙へ流されていき、涙を拭いながら私は見送っていく。


「キレイだ」


 大気がないから音にならなかったとしても呟いてしまった。ぼんやりと眺めた涙の行き先に、ジュンイチが私のために作った星座があった。

 私とジュンイチしか知らない。私たちだけの星座。ただ星を繋げただけの輝きが、今はなにより眩しく目に映る。


『星だの月だのは俺だって全部同じに見えるさ。でも、見てる俺らが違うだろ』


「ちがうよ」


 ジュンイチはああ言っていたが、私はそうだともう思わない。

 あの星座を見るたび私はジュンイチを思い出すから。あの星座を見ているときは私はジュンイチと一緒だから。君さえいればどこであっても、私は。

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