真相

 ルーカスの指摘に、アランは軽く眉をあげてみせた。


「君達はわざわざこんな場所で、僕が二人の協力者だって言いたかったのか」

「共犯者だ。セドリックのな」


 共犯者の後に“セドリックの”とあえて付け加えたが、対峙する男に動揺はみられなかった。


「そんなたいそうな存在じゃない。あくまで本を作るのは二人、俺は一部手伝うだけ」

「まだ、しらばっくれるのか」

「しらばっくれるも何も。制作中は感想を求められたら答える程度だったんだ。自分があの二人と対等だなんて思ってないよ」


 アランの仕事は原稿ができあがってからなので、温室に足を運ぶことは少なかった。


「お前達の関係は、作家とレーターと編集ってところか」

「レータ……? まあ、いいや。職権濫用しようとしたことは認めよう。書記だったユリウスに頼まれてね」


 イラストレーターの略が通じなかったことで、記憶持ちはセドリックのみだとルーカスは確信した。


「本作りの発案者はセドリックか」

「そうだよ。オレは元々創作活動をする人たちを尊敬していたから、二人を応援したくなったんだ」

「なにが応援だ。復讐も手助けするほど入れ込んでるじゃねぇか」


 セドリックの前世が、ルーカスの想像通りの人物であれば、同人誌作成は本能のようなものだ。

 はプロとして引く手数多になってからも、アマ時代と同じペースで即売会に参加していた。寧ろイベントを基軸にして仕事を調整していた。

 自分達は憑依者では無いので、記憶を取り戻す前からその片鱗があったということだろう。


(もしバレたら色んなものを失うのに、それでも手を貸すなんて)


 過去にもアランは、絵を描くミハイルを尊敬していると発言していたが、ミシェルはまさかここまでとは思わなかった。


「復讐なんて、随分物騒な言葉だな。本の制作に関わっていたのは事実だけど、それだけだ」

「とぼけんじゃねぇよ。俺の言いたいことわかってんだろ」

「さあ? さっきから二人とも随分怖い顔をしているけど、オレには見当もつかないね」

「アラン。……ルーカス様もセドリック先輩と“同じ”なんだ。だから先輩を殺すつもりはなかったんだよ」


 殺されたくないので、逃げる。

 それだけではないことも分かっているけれど、前提となる身の危険がなければもっと違う結末になったに違いない。 



 セドリックの死は狂言だ。

 今は新しい名前と身分を使って、どこか遠い場所で暮らしているはずだ。

 何が切っ掛けかはわからないが、挿絵を描いた後にセドリックは前世の記憶を取り戻した。別人レベルで絵が変化したのはその影響だ。


 セドリックの前世は、この世界のもとになった小説を知っていた。

 だから話の流れに沿って退場することにしたのだ。

 親睦会だけ回避しても根本的な解決にはならない。

 コーヒーに仕掛けられた罠を回避すれば、次は予測がつかない状況で命を狙われてしまう。


 ルーカスがどんな人物かは、本を読んだ者なら知っている。

 彼と仲良くなりうまくやっていこう、という考えにはならなかっただろう。


 名前を知っていながら、ミシェルをルーカスのルームメイトだと認識していなかったのは、おそらく本物と外見が違い過ぎたからだ。

 バルト家の双子は髪と目の色こそ同じだが、はっきり言って似ていない。性別が違うので体つきも全然違うし、二卵性なので顔立ちも別系統だ。


 セドリックがこぼした“想像と違った”という言葉を、ミシェルは別の意味に捉えたが、本当のところは“ミハイルと双子で、男子の訓練についていける”という情報から、弟に似た男装の麗人を想像していたからだろう。

 ミハイルは原作では立ち絵なしだったが、コミカライズ始動にあたりキャラデザが作られた。

 漫画版は連載準備中に、諸事情により企画が流れた。

 原作の知識があり、ミハイルの容姿を知っていて、プロ並みの画力を持つ人間とくれば、セドリックの前世が誰かは想像がつく……



 セドリックが頼れる人間は少ない。

 自分の死を偽装するのも、その後に独り立ちする準備も彼だけでは無理だ。

 そこで彼はアランを頼った。

 おそらく“異母弟に殺されるかもしれない。本当に殺される前に、死んだことにしたい”とでも言ったのだろう。

 真正面から“小説の世界だ”とか“前世”だとか言うのは、ルーカスくらいのものだ。


 アランはその役職がら、第三王子と言葉を交わす機会が多い。

 スコーティア公爵子息が関わっているのなら王家も無視できない話なので、彼はカイザーに協力を求めたのだろう。

 報道や捜査に圧力をかけたのは王家だ。


 セドリックの存在は公爵にとっては便利な保険だが、王家にとってはあまり歓迎できるものではない。

 高い王位継承権を持つ人物の庶子。

 半端な血筋だが無視できない存在。

 だからといって闇に葬り去るのは行き過ぎた行為なので、黙って見ていることしかできない。

 目の上のたんこぶ程ではないが、ニキビくらいには思っていただろう。


 そんな状況だったので“セドリック・ロス”が死んでくれるのは、王家としては願ったり叶ったりだった。

 本人たっての希望なら、協力するのはやぶさかでは無い。

 公爵の血を引く“セドリック・ロス”の死が法的に認められれば、どこかでそっくりな人間が生きていてもその人物に継承権は発生しない。


 そしてセドリック以上に、王家が頭を悩ませるのがルーカスだった。

 もし王位継承権を持つ彼が、殺人に手を染めたら困る。実家の公爵家ほどではないにせよ、身内の不始末で王家にもダメージがくる。

 立場としては圧倒的に優位なのだから、少し振る舞いを改めればいいだけの話だ。

 だが己を律するくらいなら目障りな人間を消すのが、かつてのルーカス・スコーティアという男だった。

 セドリックの主張を自意識過剰だと一蹴するどころか、アイツならやりかねないとなったのだろう。

 ルーカスが罪をおかす前に、標的を引き剥がす。

 今回、王家は彼を守ろうとしたとも言える。


 親睦会の翌日、第三王子は偶々早朝に帰還してセドリックを発見したのではない。

 他に目撃者がいない状況で彼を回収して、外に連れ出せるようあえてそのように予定を組んだのだ。


 あらかじめ診療所に馬車を待機させておき、乗り換えた彼はそのまま新天地に向かったのだろう。

 死因を薬物中毒にしたのは、作中でニコチンの急性中毒で死亡したからだ。


 事件性がある、と言えば遺体を遺族に渡さなくてすむ。

 子爵家の領地から、学院まではかなり距離がある。

 虐待はなかったが、仲の良い親子でもなかったので、家族が遺体を一目見ようと駆けつけたり、強く返還を求めることはなかった。



 セドリックの残した手紙は意趣返しだ。

 盗作の証拠なんて、はじめからなかったのだ。

 だから彼が用意していた証拠は報道されなかった。


 狙い通り殺人容疑をかけられたリカルドは、その捜査の途中で盗作が明るみに出た。

 ユリウスはリカルドにおとしいれられ、自ら命を絶った。

 同じくセドリックに陥れられて、殺人と盗作両方の罪を問われることになったリカルドは自殺した。


 つまりセドリックの死を利用したのは、セドリック自身だ。


「――……セドリックがどんな風に説明したのかは知らないが、お前は念のため実行犯のミハイルをミシェルと入れ替えることにしたんだろ」


 アランはまずミシェルに不安を植え付け、次に予行練習に同行して“ミハイルはやっていけない”という結論になるよう誘導した。

 作中でのミハイルはクラスカーストの下位でありながらも、寮に引きこもったり、他人と対立することなく学院生活を送っているので、隊長の評価は正しかったのだ。

 ミシェルは想定通りに行動したが、一人では父親を説得しきれなかったので、アランは彼女を援護した。

 いくら仲のいい従兄弟だとしても、普通はそこまで深入りしない。


「弟はコミュ障で、脅されたら従っちまうような人間だが、姉の方は脅しに屈して犯罪に手を染めるような人間じゃないからな」


 それでも万が一ということがあるから、セドリックは親睦会の日に厨房の手伝いをかってでた。

 自分で用意したコーヒーの側に立ち、誰にも細工できないよう見張っていたのだ。


「つまり、転生者による介入があったから“ミハイル・バルト”は、原作とは別人になったんだ」

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