ミハイル、彼女できたってよ

 休日は週に一回だが、敷地外に出ることができる外出日は月に二回しかない。

 目的があるとは言え、貴重な休日をポールに捧げたミシェルはゲッソリして帰宅した。


「どうだった?」

「どうもこうも……なんと言っていいやら」


 結論から言うと、エリスはミシェルを選んだ。

 ただしその理由は“ミステリアスで素敵”とはほど遠い。


 エリスは男だった。

 身長はミシェルよりも少し高いくらいで、華奢だったが正真正銘食堂の主の息子だった。

 幼い頃に離婚し、母親に引き取られたエリス改め本名エドガーは、母の再婚を機に父の元へ戻った。

 しかし父親は無愛想で無口。自ら接客するのも苦手なら、人を雇っても従業員とうまくやっていけない。


 このままでは店の経営が危ないと、エドガーは一肌脱ぐことにした。

 酒場の給仕は若い娘が好まれるが、町に若い娘は少ない。

 彼はミシェルとは逆。

 男でありながら、家のために女を演じていた。


「立場が逆だからか、僕の正体もあっさり見抜かれちゃいました」


 ポールが来月開催される花祭りに誘ったところ、エリスは「そちらの方でしたら……」と頬を染めてミシェルを指さした。

 恥じらう姿は、女のミシェルから見てもかわいかった。でも男。


 傷心のポールは先に帰ってしまい、取り残されたミシェルは本人からネタばらしされた。

 テヘっと効果音がつきそうな笑顔でウィンクするという、本当に可愛い女の子にしか許されない仕草が悔しいほど様になっていた。だが男。


 どうもアドリアの男子生徒からのアプローチが激しくて辟易していたらしく、適当な相手と恋仲になったフリをして男除けにしたかったらしい。

 ルーカスとはまた違った形で「お前が女だってことを黙っていてやるから、オレに協力しろ」と言われてしまった。


 そんなわけでミシェルは“入学早々、町で一番の美人をモノにした男”になった。

 仮とはいえ、人生初の恋人が女装した男になってしまった。


「多分本物のミハイルが選ばれた理由も、自分が主導権を握っていいようにできそうだからかと」


 ミハイルは自分から他人に関わろうとしないので、形だけの恋人としては最適だろう。

 手紙のやり取りもなければ、手を繋ぐことすらしない。清すぎて他人としか思えない交際になったに違いない。


「エリスにそんな事情があったとはな」

「ルーカス様が書いた小説なのに、知らなかったんですか?」

「ネームドだが、使い捨てのキャラにそこまで細かい設定はない。俺が設定していないことは対象外だが、一連の流れはシナリオ通りになったな」

「少し強引すぎやしませんか。これで信じろというのは無理があります」


 彼の主張を裏付けるための実験だったのに、これでは半信半疑のままだ。


「わかってる。次の実験をするぞ」

「まだやるんですか」

「強制力の存在は確認できた。次はどのくらい強いか確認する」

「次の外出日は、エリスに付き合って買い物に行くので、僕は協力できませんよ」


 初めてのデートがエスコートされる方ではなく、する方。

 だがスキンケア用品を折半して購入することになったので、ミシェルにもうまみはある。

 男一人だと買えない物も、恋人と一緒なら可能だ。

 身だしなみに気を遣うことも“恋人ができたから”、“彼女に指摘された”と周囲に言い訳できる。


「早速デートか。いいご身分だなオイ」

「誰のせいだと思ってるんですか」


 半眼になるミシェルを無視して、ルーカスは話を再開した。


「次回、失恋したポールを慰めるべく、オスカーとアンドレイは一緒に町に繰り出す。そして三人でナンパ対決する」

「は?」

「ガールハントだ。それぞれ女に声をかけて、何人連れてこれるか勝負する」

「友達を慰めるのに、なんでそんな勝負をするんですか?」


 どんな流れでそうなるのか全くわからない。


「最初は“失恋の痛みを癒やすのは新しい恋”って話だったんだが、“ミハイルに彼女ができて、自分たちがフリーなんておかしい”から“ナンパに成功すれば男として自信がつく”と、どんどん話が逸れた結果だ」


 ミシェルは呆れた。


「馬鹿じゃないですか」

「男同士なんてそんなものだ。この時の釣果はポール0、オスカー2、アンドレイ1だ」

「ポール……」


 そこでも負けるのか。なんだか同情してしまう。


「お前はこの結果にならないよう、妨害工作をしろ。強制力が強ければ何をしようと結果は変わらないし、逆にそこまでであれば変わるはずだ」

「僕はエリスと出かけるから無理ですよ。ルーカス様がやってください」


 腕を組んで指示するルーカスに物申したが、それくらいで譲歩するような男ではなかった。


「それだとお前を信じさせることができないだろう。付き合っているポーズで出かけるだけなんだから、要件済ませたらさっさと切り上げろ」

「なんでそう身勝手なんですか」


 ミシェルの態度に、ルーカスは柳眉を吊り上げた。


「強制力があるってことは、俺達が犯人にされる可能性があるってことだ。小説の流れに抵抗できなければ、どんな形であれ俺は学年末に死んで、お前は逮捕されるんだぞ」


「うそ――」


「嘘だったらいいんだがな。残念ながら、俺は冗談でこんな実験繰り返すほど暇じゃない。見覚えのない罪で、牢にぶち込まれたくなけりゃ真剣にやれ」

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