~辻田春菜(つじたはるな)~(『夢時代』より)

天川裕司

~辻田春菜(つじたはるな)~(『夢時代』より)

~辻田春菜(つじたはるな)~

 気色の優れぬ異様な蜃気(しんき)に見舞われながら、俺の架空(そら)には鈍い女性(おんな)が性器を見せ付け佇んで居る。凶の主(あるじ)が何処(どこ)ぞの〝便り〟を俺の足元(ふもと)へ寄越した時には、未熟に教わる不思議の怪奇が女性(おんな)を連れ添い自粛をして生き、弄(あそ)び心に血表(ちひょう)へ繋げるあやし文句(ことば)を気丈に幻見(ゆめみ)て謡って在った。見慣れた田畑(たはた)のか細い畔から、〝堂々巡りの感覚(いしき)〟を連れ添う弱った女児(こども)がぽそり降り立ち、俺の前方(まえ)には常識(かたち)の向かない手広い陽気が散乱しながら生気を模した。思惑(こころ)の暗(やみ)には金縁(きんぶち)眼鏡の童女が見習い、俺の理想へ駆け行く丈夫を見付けて傀儡とも成り、〝鳴る両脚(あし)の強靭味(つよみ)の源(もと)〟には、俺の孤独が何時(いつ)しか擡げた女性(おんな)の孤独を描いて落ち着き、生きる理(みち)から窪んだ底には童女(おんな)の間(ま)の掌(て)がひっそり息衝く孤独の微笑(わらい)が植えられても在る。涼風(かぜ)の通りは畔の方から根絶やし吹き、横顔示さず真っ直ぐ真面に俺へと佇む女性(おんな)の姿勢(すがた)を辻田春菜へ着せ替えさせて、自分の精神(こころ)は持ち上げ調子に、棚の奥へと当面置き遣る無難の合図を招集していた。陽(よう)の当りが俄かに弱まる、橙色した不思議の景色が、俺と童女(こども)の律儀な間柄(あいだ)をしっかり執り成し憂いに暮れて、白雲(くも)の真綿を黄色に染め行く脆(よわ)い和(わ)を保(も)つ倭人の古郷(さと)へと明暗(ひかり)を投げた。辻田春菜の異名に纏わる俺の記憶の旧巣(ふるす)を行けば、旧巣を取り巻く一つ一つの小さな殻から大きな殻まで、一つ束ねに剥き出されて在り、端正(きれい)な魅惑を人の軌跡に不意と置き遣る記憶の行為に彩りを見て、〝景色〟の主(あるじ)は俺の水面(もと)から充分羽ばたく女性(おんな)の記憶に熱(あかり)を模した。

      *

 幻(ゆめ)の素通り―俺の脳裏を過(よぎ)る型にて―

      *

 辻田春菜と俺は付き合って居た。初め、大学か何処(どこ)か分らない場所で沢山の男女が戯れて、次の遊びを考えていたが中々方向が定まらず、唯、わいわいがやがやと時の流れるのを皆で見ている様(よう)で、その群れの内では一人一人の生活が確かに在る、と言った感じであった。俺は他の女を探して居そうだったが他には見付からず、ただ辻田春菜との出会いから恋愛のストーリィがゆっくりとだが、展開されて行くのを親心を交えつつ、仕方無く見えていた様子が在る。

      *

 幻(ゆめ)から生れて白い叫(たけ)びがするする解け入り、俺の記憶を次第に遠退け、女性(おんな)の灯(あか)りを女性(おんな)の肢体(からだ)へ染(し)ませた儘にて旧い記憶は日々の許容(うち)にて更新され行き、俺と女性(おんな)は記憶へ宛がう小さない輪舞曲(ロンド)を耳にして居た。これまで経て来た自分の躰が既知であっても未知の体(てい)した旧来(むかし)の気色を程好く独歩(ある)き、嫌な自質(じしつ)をそれでも吟味(あじ)わう幻(ゆめ)の境地に対して在った。細かな記憶が各自己の破片を連れ添い、辻田春菜の居所(いどこ)を識(し)るのを寝床と知るのと、如何(どう)とも付かずの自由な宙(そら)にて、俺が這入れる無理の空間(すきま)を気丈の表情(かお)して探して在った。苦労に絶えない日々の暮らしは煩悩(なやみ)の尽きない涼風(かぜ)の許容(うち)にて、自分に割かれた小さな定めを小さく刻んで彼女へ投げ込み、彼女の孤独が小さな洞穴(あな)など俺の両眼(まなこ)へか細く目掛けて注意を引くのに気付いた折りには、果ての見得ない孤高の立場を男女(だんじょ)の憂いを置き遣る内にて、俺と春菜は交互に代われるときの定めに身を乗り出すまま遠くの囲いに失走(はし)って行った。黄泉の圀(くに)から男女に敷かれた旧い記憶が脚色(いろ)を携え俺まで着て居り、虚空の許容(うち)にて拡がる縁(えにし)は幻(ゆめ)の強靭(つよ)さに関心する儘、自分の未完(みじゅく)が何時(いつ)まで経っても果てを識(し)れない脆(よわ)い感覚(いしき)を堪能している。犬の幻(ゆめ)から人間(ひと)の幻(ゆめ)まで、意味を解(かい)せぬ両者の像(すがた)は俺へと入(い)って、巧みな文句(ことば)に灯(あか)りを明かせる水の畔(ほとり)を示してさえ居た。誰かの共鳴(さけび)が遠くで立った。他人(ひと)との共鳴(さけび)が互いに打(ぶ)つかり協力(ちから)を観るのはこれまで覗いた記憶の許容(うち)でも稀な描写に分けられており、無駄に排せぬ有力(ちから)の基(もと)には嫌った景色が散行(さんこう)する儘、俺の感覚(いしき)を自由に取り巻く無像の主観(あるじ)が手招きして在る。俗世の底から沸々湧き出す人の憤怒に身悶えしながら俺の両眼(まなこ)は苦労お掴めぬ脆(よわ)い肢体(からだ)を紡いで行って、他(ひと)の雑声(こえ)から奇声が際立つ暇な経過が活き活きし始め、俺の躰は陽(よう)から隠れる〝正男(アダム)〟の容姿を薄ら纏い、男女の表情(かお)から仄かに匂える人間(ひと)の臭味(くさみ)を何処(どこ)に向いても払拭出来ない、予定調和の神の理想(いしき)にふらふら辿り、俺が培う人間(ひと)の感覚(いしき)は俗世(このよ)の理想(ゆめ)から立脚し始め、先立つ覇気には何にも象(と)れない俺の脆味(よわみ)が運転して居た。他(ひと)の生気の蠢く壺から男性(おとこ)と女性(おんな)に気色が分れる岐路の果(さ)きへと脚力(ちから)が傾き、俺が目にしたか細い唖(おし)には幻(ゆめ)の思惑(こころ)が滔々躍付(やくつ)き、払拭出来ない自分の定期(さだめ)を見境無いまま器用に無視する余程の腕力(ちから)を身に付けて居た。母の背中で昨日に観ていた狂いの〝暗(やみ)〟には、これまで識(し)り得ぬ人間(ひと)の悪義(あくぎ)が激しく活き得て、止まり木の無い、連続して行き連動して生く硝子の器へ自己(おのれ)を這入らせ、母と俺との絆の強靭(つよ)さは、果ての観得ない邪推に気取られ脆(よわ)くも成った。白紙に咲き得る俺の肢体(からだ)の活(ちから)の水面(もと)から冷風(かぜ)の態(てい)してひゅうっと吹き抜く昔語りの文句が飛び交い、明日(あす)の私事(しごと)を宜(よ)しなにしながら机上に立ち得て憔悴して生く褥の宙(そら)には母性(ぼせい)が先立ち、他(ひと)の女性(おんな)を全て消し得る魅惑のRoma(ローマ)が精神(こころ)を棄(な)げた。「明日(あす)」の窓から暗(やみ)へと吹き行く過去の現行(いま)から通りが開かれ、四肢(てあし)の捥がれた悪の女性(おんな)が事情を識(し)らずにこそこそ隠れ、白紙の背に立つ、不可思(おかし)な遊戯を朗笑しながら気分を落ち着け、順々冷め行く活きる熱気は過去へ飛び得ぬ不感の主観(あるじ)を追い駆けてもいる。欠伸を始めた宙(そら)に根付ける人間(ひと)の虚無には、俗世(このよ)で有り得ぬ男女の愛情(こころ)が白雲(くも)を突き抜け自体(からだ)を晒され、陽(よう)に照り付く古来(むかし)ながらの生(せい)への儀式は音波の要らない不毛の向きにも達して在った。秩序の乱れた人間(ひと)の体調(リズム)は死ぬまで続き、宙(そら)から見得ない暗(やみ)の主観(あるじ)が生還する時、初めて覗ける無数の四肢(てあし)が万能(ちから)を連れ添い見固めして生く。「人は、自分の為だけに生きる事が出来るほど強靭(つよ)い者じゃないんです」、橙色した益荒男から成る自刃の勇者に色めく表情(かお)にて言われた言葉は俺の胸中(むね)へとすんなり這入り、「人は矢張り、痛苦を味わう故に、そのようになる。独り、孤独部屋にて王国を造り切れぬのだ」と寸度(すんど)呟く俺の勇士は品度(ひんど)を介せぬ無頼の億土を経て来て連なり、見得ない物への恐苦(きょうく)に怯える何物かに成る個人の孤独を、遠くから観てすんなり哄笑(わら)える意味の成しへと歩先(ほさき)を留(と)めた。人の孤独は痛苦から来る永い暗(やみ)への自刃と成るなど、死への恐怖へ安堵を擡げぬ人間(ひと)の域にて突っ伏しても居た。

      *

 夜だった。白いマルチーズのような犬が四、五匹程居り、誰かの平家(ひらや)の玄関先で可愛く戯れていた。戯れている様子だったのだが、中々夫々は動かないで、玄関先に集った民衆が丁度客のように成り、その様子を見守りながら、俺もその客の内の一人と成った。俺は此処(ここ)へ辿り着く前、大学のような場所の暗い廊下、又は暗い階段が見える所に居り、そこでメールをして居て、誰か女を探していたらしい。そこには学生が数人居たようで、その学生達は皆、各々の生活に埋没していた様子で俺の事になんか構っちゃくれずに、内の二人は、結構友人と成ってから時間も経っていたようで、固く遊ぶ約束をしながら出て行った。

      *

 燻(くす)む幻(ゆめ)には〝生い立ち日記〟の無性(むせい)の形成(かたち)が幾日過ぎても払拭され得ず、健やか成る儘、粛々なる儘、余裕(あそび)を保(も)たない春の文句(ことば)に孤独を連れ添う晴嵐(あらし)を見付け、何処(どこ)の宮(みやこ)へ辿って在っても、結局男女の関係(あいだ)は変われぬ代物(もの)との哀しく見事な朗報を聞き、識(し)り得た情(こころ)に過酷を認めぬ脆(よわ)い自己(おのれ)が先進して活き、晩春(あき)の夜長・手長に屈服し得ない、無双の感無(オルガ)を堪能していた。明日(あす)の小路(みち)へと龍(りゅう)が羽ばたく幻(ゆめ)の果(さ)きには、大蛇(おろち)が見せ得る戯画の欠片(かけら)がその実(み)を安め、これまで識(し)り得た無境(むきょう)の神秘(ひみつ)が揚々咲けずに、若い頃観た、男女の在り処を手探りながら前進して生く無様な俺さえ映して在った。〝意味〟を見付けぬ人の並びに、「明日(あす)」の寝床へ辿って行けない自分の戯画さえ揚々脚色付(いろづ)き、犬の姿勢(すがた)に猫の姿に、果して気取れぬ幻獣(けもの)の姿勢(すがた)に変態され得る幻(ゆめ)の樞(ひみつ)の変質など識(し)り、言葉の尽きない俗世(このよ)の迷いに色々尽き得ぬ煩悩(なやみ)の初歩(いろは)の出方を観ながら、終ぞ還れぬ脆(よわ)い幻(ゆめ)への自分を象る安堵の兆しは、誰にも何にも気付かれないほど分厚い壁にて仕切りを設けた個人(ひと)の空間(すきま)に浮き立つ代物(もの)だと俺に具わる虚無への遊具は金々顔(きんきんがお)にて語って在った。金色(こんじき)から成る背景(うしろ)へ寄り添う生きた体裁(かたち)は、俺と他(ひと)との個別の具体(からだ)を有頂に設けて払拭され得ず、漆黒(くろ)い暗(やみ)へと虚無を通せる延命(いのち)の手綱を持ち合せており、他(ひと)の音頭に喜び小躍(おど)れた俺の背中へ翼を付けて、昨日に見紛う明日(あす)への砦を、人の感覚(いしき)に不意と投げ付け、覚悟を期さない白い経過(ながれ)にその実(み)を遣った。会話の利かない現代人との虚無の夕べは経過(ながれ)の速さに圧倒され行く人間(ひと)の定めに感覚(かんかく)を置き、古い標(しるべ)に手取り脚(あし)取り、陰と陽とを二手に分けない自然の神秘(ひみつ)に隠され始めて、俺に具わる他(ひと)への礼儀は「明日(あす)」に凭れぬ細かな様子を俺へと伝え、何にも保(も)てない脆(よわ)い主観(あるじ)を暗(やみ)の許容(うち)にて独りで置いた。黄金色した司人(モンク)の言動(うごき)は蝙蝠から成る二手に分れた漆黒(くろ)を牛耳り暗(やみ)に果て得ぬ獣の視野へとその実(み)を任せて、荒れた飼育に具合を知らせぬ虚無の酒宴(うたげ)を大事に受け取り自由に設え、死地へ赴く小路(みち)の上での要所に際し、忘れた形見の人の牙など獣熱(けものあつ)さに温(あたた)めさえして、人を連れ行く人間(ひと)の主観(あるじ)に不意に変れず媚びを売り行く小さな感覚(いしき)は悪と善とも認められ得ぬ脆い定規に宛がわれている。昨日の幻(ゆめ)から今日の幻(ゆめ)まで、自分の歴(きろく)にどれだけ小さな標(しるべ)が見得ても、鵜呑みに出来ない脆(よわ)い主観(あるじ)が人間(ひと)の胸中(うち)からか細く挙がり、思惑(こころ)の見得ない旧い弄(あそ)びに宙(そら)から落ち行く煩悩(なやみ)を連れ添い、「明日(あす)」への歯車(くるま)に同乗して行く分身(かわり)の主観(あるじ)に挨拶していた。久方振りにて遠く離れた理想(ゆめ)の許容(うち)から仄(ぼ)んやり出て来た主観(あるじ)に従い、俺の精神(こころ)に上手く保(も)たれた器用の欠片(かけら)は如何(どう)した理想(ゆめ)へと跳んで行くのか、一向覚えぬ境地に在れども、哀しい我が身は両親(おや)の温身(ぬくみ)も仄かに忘れ、分身(かわり)の主観(あるじ)が暗(やみ)へ羽ばたく小さな勇気を大事に採った。漆黒(くろ)い暗(やみ)から仄かに蹴上がる碁石にも似た正しい星には、人の在り処がほとほと伝わる小さな郷里をつとつと伝(おし)え、俺の脳裏に暫く安める人の安堵に対峙を抱(だ)いた。漆黒(くろ)い光が昨日の旧巣(ふるす)をゆっくり忘れて固まり始め、俺の心中(こころ)に小さく寄り付く大きな歩幅を当てに捉えて、安まる間も無く孤踏(ことう)に就き出す可笑しな道化を自分の好意に認(みと)めて在った。

      *

 まるで暗いその場所から明るみへ出る用のドアが、そこに集った何人かの学生に見えるようにして在り、そこから出て行く者はまるで、〝勝者〟として在る様(よう)に美しかった。その出て行った二人の者達は何か面白い歌をネットで聞こうと努めていたらしく、それでも中々それ用のサイトが見付からないでその曲の名前だけはその曲を紹介した者が知っており、その名は「聞いてられない歌・仮名。(きちんとは忘れた)」であり、とても聞きたくなる程に興味をそそられる名前であって、そこに集った俺と、俺の恐らく背後に居た二、三人と、俺から左横向こうに見えて居た二、三人は、その歌を初めに探していた二人が「明るい窓」から出て行った後で、各々でネットで検索しようとしていたようだった。その内でも俺がいち早く〝ユーチューブで探せば割とすぐ見付かるのでは?〟として探し始めればその心中の声が夢ながらにか他の彼等の心中にも伝わったようであり、〝流石…〟と言ったように彼等も少し後でユーチューブにて探し始めていたようだった。

      *

 憂いに華咲く俺の活気の横面(よこづら)からして、人間(ひと)の活気へ無駄に跳ね得る労力(ちから)は持たずに徘徊し始め、小躍(おど)る気力は人間(ひと)の渦中(うず)にて目的(あて)が見得ない脆(よわ)い絆を生(せい)へと棄(な)げた。他(ひと)へ繋げる絆の葦などどれ程脆くて拙いものかと、俺の孤独は独り部屋にて納得して居る。何やかんやと平(たい)らの経過に俗世の正味を引っ張り込む内、各自に課される人の定めを常識(かたち)へ捧げ、見る見る流行(なが)れる瞬間(とき)の狭間(あいだ)で脆味(よわみ)を介せぬ伽藍の胴体(からだ)を頭上に敷く儘、平らの空気(もぬけ)へ拝した輩は延命(いのち)を片手に瞑想していた。輩に採られた古い型(タイプ)の瞑想の絵に、活きる事への覇気を見紛い、宙(そら)から消え行く自活が崩れた憤悶(ふんもん)を知り、果ての観得ない極度の結果に理系仕込みの隻腕が鳴り、初めて仕留めた自営を束ねた残骸(むくろ)の憂慮は、人間(ひと)の群れへと安心して生き、未完(みじゅく)に彩(と)られた褥の安堵は自活を図れず自営を計れぬ気落ちの幻(ゆめ)へと落降(らっこう)していた。白亜の軌跡が人間(ひと)に象(と)られる〝壁〟を通して身軽に表れ、禿(ち)びた具体(からだ)を白壁(かべ)へ預けて脱稿して生く自分の私事(しごと)を大事としたまま俺を動かす幻(ゆめ)の脚(あし)には小さな翼が無言に生き得る虚無の灯(あかり)を点して在った。虚無は虚無でも人間(ひと)の感覚(いしき)に容易く見抜ける空気(もぬけ)には無く、人の発声(こえ)から丈夫に仕上がり払拭されない神秘の許容(うち)にて立脚して在り、俺の発言(ことば)も意味を成せない暗(やみ)の許容(うち)にて人間(ひと)を遊び、誰の胸中(むね)にも説明出来ない神秘(ひみつ)の迷路に近付いては居た。しかしそうした内でも〝誰か〟を問わない自然に生き得る〝何か〟に対して、説明出来ない俺の発言(ことば)がはっきり通れた確信(あたり)を得たのは幻(まぼろし)には無い。規則正しい世迷(よまい)の手数(かず)など、如何(どう)でも消えない人間(ひと)の世界(うち)にて相変わらず在り、俺の心身(からだ)は常識(かたち)を捨てたい哀れな鼓舞へとひたすら息(いき)んで邁進して行く一本気に咲く気色を牛耳り、個人(ひとり)の在り処を誰にも報せぬ脆(よわ)い記憶へ縋ってもいた。他(ひと)の温身(ぬくみ)はそうした陰から己に突き出る小さな怒りを気分に仕上げて狡猾とも成り、陽(よう)の在り処を抑えながらに暗(やみ)に対する覚悟を落ち着け、俺と幻(ゆめ)への非道な防御を如何(どう)でも失(け)せない強靭(つよ)い表情(かお)へと掲げさせ行く。生きる心地を寝耳に忘れた不動の肢体(からだ)を散見する内、人間(ひと)に彩(と)られた脆(よわ)い常識(かたち)がそれでも大きく闊歩して居り、人間(ひと)の界隈(うち)での小さな律儀を算(さん)に際立て無理を嫌悪し、新たな試算へ活歩(かつほ)するのを大言壮語に無駄に並べて自身の意識を表明するが、その実(じつ)、噂やお金で故無く空転(ころ)げる新たな狙いを当(とう)に静めて、地団駄踏みつつ前進し得ずの不様を呈して「好し」としている。進歩を自棄した人間(ひと)の輩は止(や)まぬ時流(ながれ)へその実(み)を横たえ、〝古巣〟へ還れる自分の常識(かたち)は他(ひと)へ見せずに保身に生き抜き、厚味を忘れた人の生家(せいか)を往来して行く。思惑(こころ)の空間(すきま)に絶えず吹き抜く蒼い涼風(かぜ)へとその身を誘(いざな)い、透り過ぎ生(ゆ)く人間(ひと)の延命(いのち)を何かに脚色付(いろづ)けられ得て不思議を灯せる虚無の酒宴(うたげ)へ代え得るものだと延命(いのち)の興せる有(ゆう)の弾みへ期待を募らせ、じっくり座って自我を透せる脆(よわ)い嫉妬に開眼して居た。

      *

 そうしている内に、始めそのネットの内でメールが届いて、内容を見ればそれが辻田春菜から来たもののようであって、俺の心が春菜を注意し始めた頃からそこは自ら明るい教室か何か、一寸した人が屯(たむ)ろ出来る広場のようになり、わいわいと集まった人の内に、俺と長い付き合いの山本が居り、その山本は現実通りに或る女と付き合った上、結婚していたようだった。俺は未(ま)だ山本の立場に辿り着いて居らず、山本に対して嫉妬して居たようだが、矢張り結婚出来る対象として彼女が出来ると心中に余裕が出来るのか、俺は俺で、と自分は自分に定められた人生(みち)を歩くように地道に自分に課せられた出来事を処理し始め、唯、春菜との関係を丈夫な物に構築しようと試み始めて居た。(何か、ストーリィ上で、大事な出来事を忘れている気がする)。

      *

 端麗(きれい)な顔した悪魔が微笑み、俺の心は旧友(とも)に対する嫉妬の嵐で自分の主観(あるじ)を暗(やみ)へと引き下げ、宙(そら)を認める一つの疑惑にその身を興せる拙い努力に奮起を賭した。白い壁には俺に採られた人間(ひと)の暗部(あんぶ)が漆黒(くろ)を総(そう)してその実(み)を束ね、「明日(あす)」の行方に惑い始める小さな勇気を見上げて在った。冷たい孤独が人間(ひと)の界隈(うち)から程好く漏れ出し、自然の虚無からその実(み)を乗り出す可笑しな空虚が人間(ひと)の表情(かお)から発散され活き、人間の世界(うち)へと息衝く虚無には「明日(あす)」へ通せる緩い経過を現行(いま)と今日から抜粋出来ずに、それでも活き抜く人間(ひと)に彩(と)られた延命(いのち)の最中(さなか)は立派に傾(かしづ)く乙女の浮気を奇妙に牛耳り、正義を灯せぬ幻(ゆめ)の螺旋(ろくろ)を人間(ひと)の為にと大きく割いた。過去の標(しるべ)へ巧く宛がう人間(ひと)に彩(と)られる嫉妬の海馬は初夏(なつ)の厚さをすっかり着忘れ、初春(はる)の許容(うち)から晩秋(あき)の序口(くち)迄、透った気配に好く好く小踊(おど)れる人間(ひと)の労途(ろうと)が一切消えない赤身を帯び行く気色を携え、無駄に排せぬ硝子の容器は場末に遣られた俺の個体(からだ)に散在して居た。個体から成る無駄を配せぬ俺の孤独に、人間(ひと)の妙(みょう)からぽんと浮き生く不思議の魅惑が順繰り覆(かえ)され、大海(うみ)を渡れる広い具体(からだ)を雄々しく覚え、束の間相(あい)せる孤独の主観(あるじ)に自分の定めを巧く覆(かえ)せる器用な実力(ちから)を俺は強請った。文句(ことば)の喘ぎが宙(そら)へ返る頃、俺へ相(あい)した他(ひと)の姿勢(すがた)はそそくさその場を離れ始めて、金の儲けを大きく期せ得る魅惑の峡谷(たに)まで下って行った。合せ鏡で前進しながら彼等の言動(うごき)を見詰めた俺には、この先何処(どこ)まで自分の姿勢(すがた)が独歩(ある)いて行けるが一向解らぬ淵へ立たされ、彼等の姿が静かに佇む谷の辺りと自身の周囲が、それ程変れぬ無言の境地に在るものだと知り、俺に彩(と)られた聡明(あか)るい独学(まなび)は気楼(きろう)の許容(うち)にて詠笑(えいしょう)して居た。無言の清閑(しずか)な人間(ひと)へ彩(と)られる多くの健気が俗世(このよ)を離れる仕手の技にて横転しており、身体(からだ)の痛苦を余程に嫌がる対(つい)の気色を傍観して居た。蟠りの無い、淡い感覚(いしき)に彼等は巻かれて、四肢(てあし)の上下にふらふら伸ばされ自由に操(と)られ、思想も無いのに思想を重ねる他(ひと)から成り立つ哀しい好意に、俺の心身(からだ)は自分に割かれた淡い憂慮を垣間見る内、次第に丈夫に両腕(かいな)を仕上げる孤独の主観(あるじ)へ陶酔している。投身して生く男性(おとこ)の質(しつ)には無形(かたち)が挙がらず、世間の柔身(やわみ)にそのまま乗じる女性(おんな)の柔手(やわで)は細(ほっそ)り白く、男性(おとこ)を操り自己を高める許容の敗訴を上手く設え、上流交流・地味を合図に、本能(ちから)の向くまま独走して行く端正(きれい)な経過を時代に敷いた。俺のぐるりを滅法飛び交う女性(おんな)に彩(と)られた悲惨の主観(あるじ)は、明日(あす)へと向かえる魅惑の様子を見知らぬ糧へとすんなり代え行き、固陋に浮き出た俺と他(ひと)との縁(えにし)の定めは一向交えず、現行(いま)を透せる自然力(ちから)の水面(みなも)を排水したまま人間(ひと)に流れる空気(もぬけ)の赤味(あかみ)を脱色して活き、初めから在る神秘の噂を魚釣りでの〝浮き〟に喩える警句を引き立て、定型(かた)を呈せぬ人間(ひと)の脆味(よわみ)を訓示していた。白日(はくじつ)から成る白い吐息の流行(ながれ)はもう直ぐ、俺と他(ひと)との空間(すきま)を拡げて白と黒との交差の許容(うち)にて自由に闊歩(ある)ける呼吸のリズムを忘れない儘、俺と他(ひと)との俗世(このよ)で浴び得る閃光(ひかり)の麓を人の目に見る案山子の様子に落ち着けてもいた。踵を踏んでる悪魔の手先が俺の精神(こころ)を眺め始めて、真面目に見積もる夜気(よぎ)の定義を分散していた。所構わず空虚を貪る俺の画(え)である。つとつと旧巣(ふるす)を貪る常識(かたち)の麓は垢に錆びれて虚しさが立つ。懐手(ふところで)をして自分の居場所が何処(どこ)に在るのか、夜気(よぎ)の許容(うち)にて豪胆尽しに考え始めた。朝が奏でる奇妙の晴嵐(あらし)は俺の周囲に散在している保守の清閑(しずか)を粉砕し始め、自己(おのれ)の掌(て)に在る無業の人像(かたち)をとことん片付け現(うつつ)へ引き出し、白亜の視野へと透って独歩(あゆ)める古来(むかし)の奇蹟へ追従して行く。俗世(このよ)の男女が自分から観て何処(どこ)に在るのか、煌びやかに立つ端正(きれい)な延命(いのち)が何処(どこ)に立つのか、一向知られず生気を聞き分け、自己(おのれ)に通える硝子ケースに具体を仕留めて蹂躙する程俗世(このよ)の遊気(ゆうき)は気色(きしょく)を毛嫌い、朝へ先立つ可笑しな文句に自分の笑顔がくっきり浮き立つ狼煙を見上げてひっくりしている。誰も彼もが俺の元からくっきり消え去り幻(ゆめ)の彼方へ彼等を誘う不調を訴え清閑(しずか)に在った。世界の麓で根強く落ち着く漆黒(くろ)い暗夜(やみよ)の七不思議を観て、明日(あす)に蔓延る無益な算(さん)から人間(ひと)の孤独にぼんやり成り立つ試算の成就に邁進して行く自己(おのれ)の余命(いのち)の失走(はし)りを観て居た。清閑(しずか)な体裁(かたち)で無機に佇む、商品紛いの女性(おんな)達から異質の奇怪を無理に通され大人しくも在り、無言に蠢く俺の精神(こころ)の端正(きれい)な欠伸は、男性(おとこ)と女性(おんな)の斑(むら)の並列(ならび)に不断の定めを射止めていながら、細かく敷かれた生(せい)への仕切りに何も言わずに沈望(ちんぼう)している脆(よわ)い孤独をその実(み)に置いた。白い紙から段々遠くに担ぎ出される無敵のアクロは嗣業を得ながら、果して明日(あす)から如何(どう)した手に依り活き得ようか、不断の意図から奈落を欲する黄泉の集体(シグマ)を連動させた。ミルク色した些細な孤独を人間(ひと)の感覚(いしき)に嫉妬(ほのお)を追い駆け燻(も)し行く、無残に居残る淡い瞳(め)をした違和の詩人に、ほとぼり冷めない内気な様子を如何(どう)とも言えない未完(みじゅく)に追い遣り達観して居た。学者の理想(ゆめ)からほろほろ零れる人間(ひと)へ縋りたい脆(よわ)い好みが、他(ひと)の労徒(ろうと)に運好く湧き立つ七色(いろ)の泡(あぶく)に常識(かたち)を変えられ短い延命(いのち)におんぶに抱っこの白亜に失(き)え生く矛盾を識(し)る儘、幻(ゆめ)に生れた可笑しな記憶をそのまま理想(ゆめ)へと実現して行く。人間(ひと)の脳裏に新たに湧き出す拙い眼(め)をした固陋の学者は、拙い日々から人間(ひと)の興味が転々(ころころ)空転(ころ)がる無憶(むおく)の仰臥に追随する儘、無形(かたち)の消えない不思議な感無(オルガ)の虚夢(きょむ)に息衝く暗(やみ)の合図に、ぴしゃり、ぴしゃん、と生きる上にて当面覗ける不思議の虚構(ドグマ)を捏造するうち居眠りし始め、俺の元から離れた男女を白亜の内部(うち)へと押し遣り出した。白亜の内部(うち)には端麗(きれい)に敷かれた星の数多が虚構を識(し)れずに喘いで在って、俺の古巣を離れた彼等を活きて居ながら遠くに見守る幼児(こども)の素顔を描写していて、初めから在る二極(にきょく)の旧巣(ふるす)を俺の具体(からだ)へ返して来るのは、四十(しじゅう)の荒野に彷徨い独歩(ある)ける不敵の輪舞曲(ロンド)の幕開けとも成る。ほとほと清閑(しずか)に人間(ひと)の空気(くうき)が涼風(かぜ)を隔てて通り過ぎる頃、俺の常識(すがた)へ身構え始めた旧い彼等の様相(かお)が仕上がり、言葉の上では説明し得ない空間(すきま)に漏れ行く生気の喚起が、のっそり、ぽっとり、俺から見え得る何へも隠れず、孤独の様相(すがた)で打ち乗り始めた。体裁(かたち)を掴めぬ〝おどろ〟の空気(くうき)が俺の横手にふらりと舞い出し、黄土の地面に這い生く黒蛇(へび)には男女を賄う姑息な実力(ちから)が雄々しく呼吸(いき)して、束の間膨れた奇蹟の古巣(アジト)は宙に息衝く生(せい)の在り処を人間(ひと)の生気にほとほと観得ない夜気(よぎ)の許容(うち)へと逆行させた。俗世(このよ)に華咲く煩悩(なやみ)の兆しは悪の実力(ちから)へ加担して行く男女の遊戯に没落し始め、人間(ひと)の実力(ちから)と同調して生く白亜の夜気へと充実していた。〝意味〟の在り処を模索して行く人間(ひと)の厚味は俗世(このよ)に行き付け、全ての人間(むくろ)を俗世の垢へと共闘しながら変容させ得た。無理を通さぬ空間(くうかん)ながらに人間(ひと)の常識(かたち)は無理を通させ、男女の絆や他(ひと)との信頼(きずな)が如何にひ弱く脆いものかを実演しながら表し始めて、自決しながら俗世を去り生く旧い人間(やから)が現行(いま)の流行(ながれ)にどれだけ居るかを、見得る常識(かたち)に表し始める末期(まつご)の仕種を俺へと観(み)せた。俺の勇気は現行(いま)の経過(ながれ)に追随して生き生(せい)への謳歌をどれ程望んで未来(さき)に見得たか、安い好意を自然から識(し)り、文句(ことば)に終(つい)せぬ記憶の臭味を寡黙に仕上げて、淀んだ空気を排出し得ない虚無の在り処を散々突き止め、一にも二にも〝自分〟を崇める勇気の歩幅を漸く識(し)った。

      *

 学生達と畝(うね)りくねり、いんぐりもんぐりしている内に、俺の右背後には春菜が来て居り、春菜は現実で見ていたものよりも、更に段々奇麗に仕上がっていた様(よう)で、その可愛く奇麗に成り始めた彼女は俺の右手を取ってずっと握り締め、自分の股間近くへまでスカートの上で引き寄せ、柔ら白くて包容されたく思わせる両太腿の間に緩く挟み込んでいた。春菜の左横、詰り俺のやや右後方(右背後)に居た俺の親友が春菜に訊いた。

「○○(○○には俺の名が入る)のこと好き?」

 春菜は少し間を置いたようにして応えた。

「うん」

 笑顔が浮んだのかどうか見定まらぬ間(あいだ)に俺はそう言う春菜の姿がやや堪らなく愛惜しく思えて、その頃から又やや春菜は可愛く、美しく成長した様(よう)だった。

      *

 言葉少なに俺と春菜の経過から退(の)く幾多の情(こころ)は脆(よわ)い感覚(いしき)にその実(み)を乗り出し、馴染ませ、現行(いま)から遠くへ逃げて先立つ幻(ゆめ)の歩先(ほさき)を掻い摘んで、思考の葦へと絡み付かせる器用な言動(うごき)に傾倒して居た。何に付けても真面目を呈して経過(じかん)を掛け活き、感覚(いしき)の冴えない夜気(よぎ)の許容(うち)には無性(むしょう)に羽ばたく丸味(まるみ)が空転(ころ)がり俺と彼女の二極の足元(ふもと)に可笑しく放れる虚無を見出し、明日(あした)の活気へ阿(おも)ね始める愉快な根気を人間(ひと)へ見せ付け落着して在る。俺の身体(からだ)が重みを忘れた浮力に伴い、二極を示唆する旧い習いに味を付けても、俺の精神(こころ)は無聊に伴うimbalanceを内実(うち)に掲げて何時(いつ)でも何処(どこ)でも一調子に向く無頼の苦力(くりき)に過労を認(したた)め、明日(あす)の動静(うごき)に自分を射止める無力の臭(にお)いを嗅ぎ付け始めた。橙色した白雲(くも)の目下(あたり)で人間(ひと)の孤独が滑稽(おかし)く在るのを幻(ゆめ)の旧巣(ふるす)でちょいと垣間見、啄み損ねる詩(うた)の文句を旋律(おと)に合せて掴み始める空虚を介せる魔力を識(し)った。二つの芸には俺の向かない余所の臭味が薄ら漂い、俗世を離れて延命(いのち)を射止める初歩の標(しるべ)を横目に見た儘、両親(おや)の温身(ぬくみ)がゆっくり過ぎ得た自分の経過を、俗世(このよ)の未完(みじゅく)に据え置きながら、明日(あす)を牛耳る孤独な気運(はこび)にふらふら付き添い、身分を忘れた人の生気を獣の古巣へ二度と遣らない軟い呼笛(あいず)を大事に聴いた。得の行方は自分から観て何処(どこ)へ向くのか、俗世(このよ)の気運に程好く付き添う美味をも憶え、夜気(よぎ)の目下(ふもと)へほっそり集える人間(ひと)の孤独に証明(あかり)を当てた。俗世(このよ)の宮(みやこ)に延々沿われて活きる気運(はこび)は、俺の体裁(かたち)を揚々気取らす常識(かたち)から成る私運(しうん)と似ている。幻(ゆめ)の水面(もと)から疲労を呈して浮んだ脚力(ちから)は嫉妬(ほのお)に宿れる柔い幻想(ゆめ)さえしっかり牛耳り、人間(ひと)の孤独にぽんと湧き立つ夢幻の淡味(あわみ)を堪能していた。暗(やみ)に迫れる可笑しな態度は獣から出た人間(ひと)の煩悩(なやみ)に屈服せぬ儘、暫くそうして対峙する内、段々通える人間(ひと)と獣の本能(ちから)を問いつつ、淡い記憶に無造に敷かれた壮大(おお)きな感覚(いしき)にその実(み)を揺らされ、忘れ掛け得る孤独の記憶に人間(ひと)の心が回帰して行く端正(きれい)な様子を打ち立てていた。俗世(このよ)の熱意と対峙する際強靭味(つよみ)を忘れた本能(ちから)の歩幅(はば)から冷気が吹き抜け、俺の心身(からだ)を充分突き得る白壁(かべ)の固さに狼狽して行く未完(みじゅく)の重荷が俺へと被さり、宙(そら)を見上げて救いを見詰める古来(むかしながら)の幻物語(ゆめものがたり)を両掌(りょうて)に掬って暫く佇む旧(ふる)びた延命(いのち)に縋っても居た。無数に蔓延る人間(ひと)の悪魔に心を許せる無根を呈した哀れが先立ち、人と世迷(よまい)が困惑して行く永い歴史を嘲笑している無体の覚悟を認識するのは、俺の周囲(まわり)に散々活き得る他(ひと)の愛撫の温味(ぬくみ)であった。俺に仕上がる故意の両眼(まなこ)が依然変らず盗聴するのは俺の理想(ゆめ)から絆の切れ得た俗世(このよ)の男女の雑音(ノイズ)であって、幻(ゆめ)へ先立ち二度と還れぬ俺の幻想(ゆめ)へと立ち得た俺には、それまで活き得た過去の男女が一切活き得ず、男女が活き得た空気(もぬけ)の残骸(むくろ)は暗(やみ)へ消え去り、自然に生れる男性(おとこ)と女性(おんな)の温身(ぬくみ)の主観(あるじ)はぴたりと鳴り止み集わなかった。稀有の光明(ひかり)に溺愛するほど常識(かたち)を投げ打つ、孤狼(ころう)の躰は俺へと身代わり、母の背中で夜毎に観て来た孤独の褥は母体を想わせ、俗世の騒音(ノイズ)に狂い始めた俺の感覚(いしき)はバランスを問い、人間(ひと)が崇めて古来止まない余命(いのち)を削れる競争へと唯、愚行を呈して重ねられ生(ゆ)く無駄の利益を粉砕して居た。

      *

 春菜は俺の親友に、親友の妻の事に就いて、自分にされた同様の質問を投げ掛けたようだ。すると親友は、「…だから結婚してるやん」と結婚し終えた者ならあっさり言える言葉を以てすっと応えていた。ここで俺には、未だその立場へまで辿り着いて居ない弱さの様(よう)なものが立ち昇り、少々焦りのような気持ちが芽生え始めて、「俺には未だ無理なのかな…」等と春菜をそっち退(の)けにした様(よう)な淋しさを緩く味わい始めていた。まるで江戸の夜のように、人が集まる必要以上の場所は真っ暗闇が顔を覗かせて居て、その内で俺と春菜とは一緒に居たり、逸れたりしていた。その民衆の内で、親友以外にはっきりと知った顔には出会わなかった。そこで、先程の犬が数匹集まった平家の民家へ辿り着く事になる。それまで俺と春菜は、幾つかの恋愛に纏わるストーリィを展開させ、互いを確かめ合うというよりは、互いの存在を掴もうと弱気ながらに自分の、否、自分達の幸せを育もうと躍起に成っていた様子であり、しかし周りを囲んで自分達と自分達の周囲に集った者達を見守る闇の存在が壁と成って立ちはだかる様(よう)で、俺達は一個の共同体とも成れたかの様(よう)にして、その暗闇に淡い不安を覚えて居た様(よう)である。白く、時折り玄関奥から玄関先まで、又、玄関先から玄関奥まで走り廻る犬、仔犬の様子を彼等と共に俺は見ながら、自分に着信かメールが来ているのをポケット内で感じて知り、暫くその人の多さで玄関から出れずに居た俺は着信なのかメールなのかを定める事が出来ず儘にて周りに集う群衆と同様にして犬の可愛らしさを楽しんで居り、漸く玄関から出る事が出来た俺は辺りの暗闇、明かりの点いた平屋(ひらや)の玄関から上方へ行くほど黒色(こくしょく)が映えて暗闇を象って行く夜空を覚えながら、もう結婚してもいい、否、あんなに美しく奇麗に、可愛らしく成長した春菜と俺は結婚したい、と強く思い込み始めていた俺は、先程の着信がメールであった事に気付き、そのメールの相手が別の可愛い女である事を静かに強く望んで居た。春菜に愛露(エロス)を感じて居た。

      *

 幻(ゆめ)の逆行(もどり)が俺の意識に競合する儘、春菜の余命(いのち)が漆黒(くろ)い暗夜(やみよ)の宙(そら)へ向くまで勝手に静まる動静(うごき)を見定め、人間(ひと)の温味(ぬくみ)が女性(おんな)に付き添い一向して生く煩悩(なやみ)の常識(かたち)を低俗に見て、晴嵐(あらし)の独創(こごと)が世迷を呈さぬ暗夜(やみよ)に返され泡(あわ)と成るのを、幼い春菜の腿を見ながら性美(エロス)を感じて創造していた。泡の記憶が仔犬を連れ去る地獄の双頭犬(いぬ)へと反射光(ひかり)を逃(に)がし、仔犬の余命(いのち)の純粋(すなお)な記憶を再び空転(ころ)がし、頭を異にした獣の心の手綱を取る頃、春菜に置かれた幻(ゆめ)の立場は自ず宙(そら)へと跳ね行く感覚(いしき)を空気(すきま)から咲く小路(しょうじ)に見取り、獣の群れから凡そ離れた暗夜(あんや)の孤独は季語を呈さぬ世迷の詩歌をひっそり詠い、何にも誰にも終(つい)にも挙げ得ぬ魅惑の境地へ賛辞を垂れた。貴重の衣(ころも)は白亜の脚色(いろ)した無数の謳歌に身悶えし始め、春菜が着て居た俗世の褥は空気(もぬけ)に似通(にかよ)り感覚(いしき)を気安め、初めから在る孤独の盲語(もうご)は何処(どこ)へ向くのか一向定めず、獣の豪華な無為の肴(さかな)に盲進(もうしん)して生く古巣の結束(むすび)に脱落し始め、現行(いま)を通せる白亜の小路(みち)には延命(いのち)の通れぬ暗(くら)い夜路(よみち)が無数に分れて散在していた。はっきりし得ない人間(ひと)の幻(ゆめ)には茶摘みの歌など、古びた景色を一向直せぬ始終の酒宴(うたげ)が散行(さんこう)していた。人間(ひと)に彩(と)られた虚無の孤独に一向萎えない以前(むかし)に見られた淡い小躍(おど)りを主観(あるじ)に採られて細く吟味(あじ)わい、人から羽ばたく幻(ゆめ)の常識(かたち)の寂れた発音(おと)から、………(未完に終る)。


※登場人物は架空の人物です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

~辻田春菜(つじたはるな)~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ