~三度の空間(すきま)~(『夢時代』より)

天川裕司

~三度の空間(すきま)~(『夢時代』より)

~三度の空間(すきま)~

 所構わぬ無法を照らせる宙の人工照(あかり)が俺と他(ひと)との思惑(こここ)に現れ土俵に失(き)えて、通りに咲かない無臭の竜胆(はな)には蒼味(あおみ)が抜け去り俺の心地は文士を目指して闊歩して居た。何時(いつ)か誰かと二人で?一人で?通(とお)って覗いた寺院の境内(うち)など、砂利を滑って可笑味(おかしみ)など観て、孤高に割けない未熟な妖気は陽気を違(たが)えて真逆にふら立ち、明日(あす)の行方を今か今かと、懸命ながらに喚いて尻尾を振った。現行(いま)の女性(おんな)は何に付けても相手に成らずに透って在って、活き活きして生く俺の生気に相当せず儘、ゆっくり、むっそり、経過(とき)の狭間に表情(かお)を観せ突け、一向動かぬ慟哭(さけび)の許容(うち)へと邁還(まいかん)して生く。淋しい空には何にも抜けない天井(ボウル)が転がり、青い瞳(め)をした少女が翔(と)び発ち無機を着飾り、〝何んでも無い〟のに遠くへ置き遣る身分の相違を俺まで伝えてゆっくりと微笑(わら)い、相手の出方を今か今かと待ち侘び始める、夢想の粋にて孤独を識(し)った。青い空には秋の風吹く白雲(くも)の流れが、所狭しに〝君(きみ)〟を待ち侘び、びっしり詰った〝孤独〟を牛耳る舶来(よそ)の音頭は、俺の元から一向外れて〝文士の卵〟を照らして在った。宙(そら)へと続ける空の碧さは個人(ひと)の孤独を自然に押し売り、初めてであった気運の晴嵐(あらし)は、濃奴に解(と)け得ぬ自活の保身を自由を振り撒き得る代物(もの)なのだと、何(なん)にも言えずの俺の白壁(かべ)まで両手を延ばしてそろそろ近付き、名月(つき)の冴えない夜月(よづき)の宙(そら)へとすんなり還って俺へ懐けた。白い人煙(けむり)が寺院の麓(そば)からのっそり湧き立ち湧水(みず)を差し出し、何にも呑めない人間(ひと)の無機へと小首を振るって盲進(もうしん)して行く人の孤独は地に足着かずに、何処(どこ)からともなく薄ら聴える夜の帳の大宴会だ、徒競争(マラソン)して居る人間(ひと)の頭上(うえ)まで、ゆら、と辿った。

 俺の心身(からだ)はこれまで成し得た記憶の懸橋(はしご)を順繰り寄せ付け端正(きれい)に辿れて、一番星(ほし)の観えない漆黒(くろ)い宙(そら)から満を持し得た陽(よう)の煌(ひかり)が麓(そば)に降る頃淡々独歩(ある)き、人間(ひと)の輪(わ)を成す無境(むきょう)の最中(なかば)へすんなり小躍(おど)って共動(きょうどう)して生く。純白(しろ)い狩衣(きもの)にその実(み)を包(くる)ませ、純真豊かにひっそり微笑む以前(むかし)の女生徒(おんな)は、自分の袖から他(ひと)には観得ない強靭(つよ)い麻など絹に見せ付け懐手に保(も)ち、動き易さに留まらない儘〝装飾(かざり)〟を立たせた現在(いま)の厚味をうっそり潜ませ、戸惑う最中(さなか)にうっとりし始め陶酔して行く快感(オルガ)の妖気に気取られながらに地道を愛し、俺に集える他(ほか)の男性(おとこ)を一網打尽に奮起させ得る強靭(つよ)さを具えた息吹を拭き掛け、各自が各自、自体(おのれ)の懐ける以前(むかし)の古巣を〝立場〟に備えて散歩をして行く。女性(おんな)から成る現行(いま)に活き得る活気の類(たぐい)は、男性(おとこ)から観て一向気取れぬ仄かな欠伸を噴散(ふんさん)しながら上気を認(したた)め波高(はこう)を馴らし、行方知れない稀有の独歩が現行(いま)に懐いて渡航に在るのを、人から生長(そだ)てた淡い死体安置(モルグ)にうっとり置き遣り微笑に絡ませ、次回(つぎ)に失(き)えない無効の無暗(やみ)から攫って凌げる淡い人気(ランプ)は、何にも解(と)けない脆(よわ)い根拠が自然から発ち鵜呑みにされ生き、女性(おんな)がここ迄、以前(むかし)を浚って現行(いま)に居着ける活力(ちから)を保(も)ち出し生命(いのち)を得たのは、現行(いま)の陽光(ひかり)に男性(おとこ)を葬る新種(あらて)の延命(いのち)にその実(み)を任せた悪魔(おんな)の主観(あるじ)の〝牛耳り〟に依る。自分の微笑が何処(どこ)に在るのか一向識(し)れない俺の心身(からだ)は、当面失(き)えない現行(いま)の苦悩を真横に従え瞬きしながら、何処(どこ)へ向かうも、「明日(あす)」へ活き切る努力の歩先(ほさき)を巧みに捉えて苦しみながらに、〝生き切る不毛とも識(し)る徒労の旅路〟をそれでも構えず続けて在った。活きる努力の水面(みなも)の揺れには女性(おんな)の芳香(におい)が何処(どこ)へも逃げない虚しい記憶を仕留めて居ながら、俺から始める桃(はで)な行為へ瞬く間にて現世(うつしょ)が翻(かえ)れる刹那の空虚を置き去りにして、過去を報せぬ他(ひと)の集いの綻び加減は常に宜しく常識(かたち)を着飾り俺を誘った。清閑(しずか)に暮れ行く寺院の陰から伸び得る岐路へは、俺と他(ひと)から延び生く吐息が孤狼(ころう)を呈して竜胆(はな)を積み上げ、宙(そら)の目下(ふもと)へちょこんと根付ける不毛の〝吐息〟をこそこそ仕上げて俺へと報せて、闊歩して行く厚味を増し得た過去の記憶は、俺の目下(もと)へと初秋(あき)の臭味(におい)を瞬く間にして身軽に仕上げて云とも鳴らず、他(ひと)の陰からひっそり始まる人間(ひと)の集会(うたげ)に呑まれて行った。栄光教会・中学校・大阪城など大きく小さく空間(すきま)に刻んだ経路を取り付け、人の上気が段々仕上がる大阪城での身軽の息には〝経路(みち)〟の幅など陽(よう)を通して屈託されない〝空路〟の態(てい)へもほとほと近付き、空間(すきま)の見得ない人間(ひと)へ懐ける〝経路(みち)〟の在り処は初秋(あき)の景色を堂々着飾る純白(しろ)い砂礫の上にてこっそり仕上がり、そうして成り立つ歩道の上では、これまで出会った俺に集まる知己を最初に親友(とも)から宿敵(とも)まで、他人の行儀を薄ら挟める無欲の木霊が響いてあった。俺の横には幸(こう)の〝歴史〟を物語にする故習へ拡げた池などたわり鯉の模様(いろ)から涼風(かぜ)の音まで水面(みなも)に揺らめく歪(まが)った気色が薄ら宥めて水車(を)廻し、人間(ひと)の体温(ぬくみ)を毛ほども識(し)らない不敵の微温を湛えて在った。山でも空でも谷川でもない、無痛の共鳴(ひびき)に全く失(き)え行く自然の密室(へや)から上がった空気は、俺の両眼(まなこ)を通過して行き、境内(うち)の人煙(けむり)を久しく眺めて放浪しながら、宙(そら)に仰げる無数の苦力(くりき)に感賛(かんさん)したあと自体(おのれ)を愛せる無宿の〝努力〟と相見(あいまみ)えて活き、活性されない人間(ひと)の景色に幻想(ゆめ)を患い沈黙してある。人間(ひと)の足元(ふもと)にのっそり寝そべる奇妙の貌(かお)した稀有の〝廻り〟は、これから始まる長距離走へと細身(ほそみ)を温めて仄(ぼ)んやりしている幾多の〝努力〟を囲って独歩(ある)ける数人(ひと)の脚(あし)まで勢い延ばし、四肢(てあし)を伸ばして、誰も還れぬ淡い〝密室(へや)〟には宙(そら)に写せる人間(ひと)より捌けた色魔が訪れ活歩(かつほ)を揃えて充満して行く人間(ひと)の覇気(やるき)を矢庭に擡げて嘲笑して居り、走る間際の〝手に足着かず〟の人間(ひと)へ懐ける臆病風には、これから集える人間(ひと)の疾走(はしり)が遜色され得ず、初秋(あき)の心地にこっそり凌げる華(あせ)の煌(ひかり)に感嘆して居た。文士を目指した田中慎弥が、俺の元へと視線を逸らしてふらりと現れ、明日(あす)の行方を捜す間も無く地中から嗣(つ)ぐ新たの試算を明るくするまま無言に固まり、自信の柔らを上々こぼして愚痴など咲かせず、長距離走へのスタートラインへ退屈(ひま)を凌げる脚力(ちから)を頬張り佇んで居た。佇む姿勢(すがた)は陽(よう)を着れずに栄養(かて)をも採れない雨の日に観る紫陽花(はな)の如くに淋しく映え活き、鼻下・両頬(ほほ)から顎へと連なる薄い髭には会社勤めのそこらの親父を密に咲かせた退屈(ひま)の極致(きわみ)を揚々匂わせ地味を見出し、彼から発する地味の小片(かけら)は俺から見え得る小宙(そら)の彼方へ悠々跳び生き自体(からだ)を仕上げて、スタートラインに畳み重ねる無言の主観(あるじ)の〝一目散〟には、俺の着れない神秘(なぞ)の雨戸(ベール)が拡散され得た。

      *

小雨が降った。

      *

 雨の衝動(うごき)は惰性に映れる傘下に寄り添う集体(からだ)を仕留めて、俺へは成れる未熟の小雨は池の水面(みなも)にちょこんと貌(かお)出す蛙の表情(かお)にもほとほと似通(にかよ)い気丈を照らせ、俺の足元(もと)へは田中慎弥の体温(おんど)が上がらず遺体が先行き、初秋(あき)の流行(ながれ)は小雨(あめ)に流れる白い砂礫の蠢く螺旋(かたち)を揚々仕上がり段を設ける。俺と田中の〝スタートライン〟を薄ら立たせる小雨内での砂利の上には、俺に集まる数多の生き血が他(ひと)の残骸(むくろ)を大いに着飾り夢想(ゆめ)に行き着く花を灯して遊んで在ったが、そうした人間(ぬくみ)に田中の体温(おんど)も器用に奇妙に、自己(おのれ)の煌(ひかり)をぱっと灯せず寝返り打つほど非凡に隠れて、呼吸を弾ます自己(おのれ)の居場所を暖下(だんか)に仕上がる空気(もぬけ)の内へと引き込ませて。(俺と彼から遠くのそらにてスタートラインを薄らし生くスポーツ選手の合図の震えがぽつり、響いた)。そうなる最中(さなか)に、初夏(なつ)の夕とも何とも言えない微風を伴う湿った暖気が俺の足元(ふもと)と田中の足元(ふもと)に夫々辿って人気(ひとけ)へ吹き抜け、境内(うち)の門派(もんぱ)が涼風(かぜ)に流れて冷汗(ひやあせ)滴(した)らせ、俺がそろそろスタートする頃田中の表情(かお)には回顧(レトロ)を醸せる柔い気色が仄々浮んで環境(あたり)を馴染ませ、俺の心地の沸々誘える地味の空気が過去から降(お)り着く。

 がやがやがやがや、境内(うち)に敷かれた垣(かき)の幾多に深い新緑(みどり)の木立が杜を生やして真向きに揃い、涼風(かぜ)が初秋(あき)から初夏(なつ)を従え仄かに吹くのを浅手に構えた闇の内より深々見詰めて、スタートする頃、田中の姿勢(すがた)と俺の姿勢(すがた)を暗(あん)に伏せ得た空気(もぬけ)を羨みひっそり誘い、俺と田中に〝新緑(みどり)の純朴(すなお)を背後(うしろ)に落した滑稽から成る清閑(しずか)の杜〟へと、順繰り順繰り、鼻息静めてつとつと従い、人間(ひと)の従順(すなお)に懐かないうち畦道(みち)から外れて暗(やみ)へと入(い)った。〝暗(やみ)へ入(い)るのは何年振りか〟と俺の水面(こころ)に清(すが)しく並んだ初夏(なつ)の景観(あたり)は宙(そら)の麓へひっそり跳び生く蛙の背中を見送るようだ。田中の表情(つら)からほっそり流行(なが)れる旧い歌など、田中の口から流出(なが)れないのに宙(そら)へと響いて景観(あたり)を見回し、夜に経過(なが)れる夜想(やそう)を織り成す人間(ひと)への輪舞曲(ロンド)は初秋(あき)に飼われる個人(ひと)の憐(あわ)れを定めに捉えて揚々語らい、俺の感覚(いしき)が地中を流れる以前(むかし)の記憶へ逆行(もど)った頃には、俺と田中の周辺(あたり)はひっそり、人気(ひとけ)の懐かぬ田舎の風土が軽々しく成る。

 俺と田中は人から離れて宙(そら)へと寝そべり、人間(ひと)の気色に難無く疲れて無宿(むじゅく)と相(あい)し、価値の掴める人の言動(うごき)へ小雨の降る中独歩(ある)いて行った。探索である。価値の分らぬ俺と慎也の両者の肩には夢想(ゆめ)から仕上げた〝青い鳥〟などちちゅんと鳴き付き古郷(ふるす)を見出し、日本に根付ける旧い歌から現行(いま)の詩(うた)まで、人気(ひとけ)を離れた密室(かこい)の境内(うち)にて吟味(あじ)わい始めた。額(ひたい)の広い主婦の姿勢(すがた)が小雨を切り抜け、片手に揺らせる弁当箱など雨情(うじょう)に冴え活き、ちらりと覗ける若い夢想(ゆめ)から陽光(あかり)が昇って青空(そら)へと辿れば、青味(あおみ)が昇った不断(いつも)の区切りが、仕分を灯せる自然の内へと再生していた。俺と田中の火照った表情(かお)には、輪郭(かたち)を示さず〝青味〟を昇らず十二の朝陽が照らされていた。朝か昼かの判らぬ経過(とき)には、個人(ひと)の発想(おもい)に暫く泥濘(ぬかる)む心許ない地道の発言(ことば)に〝昼〟と言われて昼夜が成った。経過(瞬間)は昼。―――。

 暫く泥濘む砂利の道から境内(うち)を外れて表へ佇み、車道が在れども車の走らぬ静かな脚色(いろ)へは硝子器に観る脆さの気色が薄ら訪れ、俺と田中は境内(うち)と表(そと)とを気軽に独歩(ある)いて徘徊して行き、田中の容姿(すがた)は漫画に見知った不良の体裁(かたち)を仕分けて在った。漫画の名前は「ろくでなしブルース」という、場末の妙味が聊か失(き)えない、旧質から成る脚色(いろ)を想わせ、田中の体は〝俺の過去〟からするする抜け出た詰らぬ漫画の登場人へとするする化(か)えられにこりともせず、自己(おのれ)の人影(かげ)から陰を延ばして仲間を増やせる軟派の肢体(からだ)と独気(オーラ)とを保(も)ち、在り処を問えない田中の体は俺から離れて冷風(かぜ)へと流行(なが)れた。

      *

「大阪城に来たことありますか?」

      *

 するする解けた田中の躰に柔手(やわで)仕込めて体(たい)を覗ける、俺の気配は彼から漏れて、田中の躰が自在に跳び行き変幻するのを、田中を表情(かお)から密かに採っても彼は笑わず、冷風(かぜ)が吹き抜け、二人の空間(すきま)に陽(よう)の届かぬ境内(うち)の陰などほろほろ活きれば、田中の表情(うつり)が非常に固まり俺へと剥き出し、困る俺から卑屈に跳び行く勝気が観たのは〝臆病者〟にて、下手(したで)に下手(したで)に、彼から成される機嫌の風味を必ず損ねず拾って差し出す「可笑味(おかしみ)」の〝夢想(ゆめ)〟を、自由に吹き行く冷風(かぜ)の内にて掲げて居たのだ。奇妙を捩(ねじ)った言葉の綾(あや)から田中へ差し出す体温(ねつ)の音頭は小雨を擦り抜け薄ら冷まされ、田中の両眼(まなこ)へ小躍(おど)る頃には手頃な大小(サイズ)に切って落され、俺から独歩(ある)ける譲歩の余裕は彼の眼に見て非凡ではなく、彼の呈する無表情(むひょうじょう)からぱたぱた駆け寄る〝三、三、九度〟には、俺の感覚(いしき)が耄碌するまま躊躇い始める、人間(ひと)の気圧が薄ら伸ばされ詩吟を断てない。旧い気色に長距離走への気迫の篭った体熱(ねつ)が近寄り、俺の頭上(うえ)から仄かに拡がる〝三、三、九度〟への奇妙の手付きは〝素振り〟から成る古式に訴え、樞(ひみつ)に灯され情緒を逃がせる古風の行方は誰にも識(し)れねど、潔白から活(ゆ)く無数の回顧(レトロ)は環境(あたり)を見廻し活気を有した。

 人間(ひと)の流行(ながれ)が自然の樞(ひみつ)にくっきり問われる脚色賢美(きゃくしょくけんび)をすすと差し出し、俺と彼には田中の活き得る無言の様子が識りに気になり、小雨の上がった熟した女性(おんな)の家庭的から、人生(みち)を独歩(あゆ)める不愛想への他(ひと)への音信(たより)がふっと途切れる。

 無表情から不愛想へと、田中の態度は落ち着く間も無く表情(かお)は清閑(しずか)に固まり生くのに、田中の肢体(からだ)を陽(よう)に沿わせて言動(うご)かす夢想(ゆめ)には、何にも無いのに微動を伴う杜の静気(せいき)が吹き抜け始めて、要(よう)の揃わぬ〝風車〟の廻りは、独創(こごと)を囁く小波の態(てい)へと回生され生く。

 田中慎弥の不愛想には以前から知る感想なんかがふわふわ飛び散り、俺の構えを両者に添い得る物見の体裁(かたち)に長らく据え置く描写を採る為、彼の孤独は自分に違(たが)わず何ら揃わぬ勇気を眺めて内実(なかみ)を見て取り、俺の礼儀は彼から見得ても何ら疚しい翳りを観せない。田中の態度は人気(ひとけ)が揃った初秋の内(なか)でも別段浮れぬ体裁(かたち)が揃って堂々在ったが、そうした体裁(かたち)も見せ掛けだけ保(も)つ初秋(あき)の効果に吹かれる代物(もの)にて、白砂(しろさ)を観せない無駄な行為と誰から見得ても落ち着いて行く。小鳥が三羽(さんば)、空の高値にそろりと鳴いた。飛んで行くのは二羽である。一羽の羽根(はね)には人間(ひと)に懐けぬ本能(ちから)が宿って動物を観せ、動く物から動く物への白砂(はくさ)に撒かれる延命(いのち)の名残が親しく沈む。――――。

 田中の表情(かお)から俺の思惑(こころ)に暫く宿れる不思議の動体(からだ)が模様を着せられ、人間(ひと)に懐かぬ不法(ぶほう)の感嘆(なげき)が滑稽(おかし)な体裁(かたち)に宥められ得た。田中の内実(なかみ)は誰にも識(し)られぬ白壁(かべ)の内にて潜んで在ったが、田中の自体がそれ程動かず他(ひと)へ対した嫉妬(ほのお)を見せずに暗(やみ)に伏す為、俺から離れる人気(ひとけ)に倣って俺の元から離れて行けずに、スタートラインの清閑(しずか)な景色に変らず佇み微笑(わら)って在った。

      *

「またなんか文句でも言い付け、他(ひと)を離して見下し始める愚かな習癖(くせ)を、人気(ひとけ)の離れた出発点(ここ)でも見せるのだろう。ついでに怒調(どちょう)に紛れて自分の正音(しょうね)をひけらかすかも…。どちらにしたって他(ひと)に対する礼儀を置き去り自己の尊我(エゴ)へと邁進(すす)む他(もの)には真面目に対せる姿勢(すがた)も鳴かずに人間(ひと)には寄れない。空の高値に雪が降るのを把握し得ても、人間(ひと)の並にはけして飛べない虚無が羽ばたき虚空を成すのだ。(如何どう好いまま時間が過ぎ行く)。田中(こいつ)の表情(かお)には他(ひと)の生気が全く揃わず、有頂天にも小躍(おど)る脚(あし)には小鳥(とり)の羽根(はね)さえ形象(かたちと)れない不様が煌(ひか)って俺をも悩ます。苦労人でも他(ひと)を愛せる虚無の酒宴(うたげ)は自分を離れて人生(みち)を先行き、めっきり茂った固陋の内壁(うち)へと飛び発(た)ちながらに他(よそ)を観るのだ………。」

      *

 ふらふら身構え田中の腰から両脚(あし)に掛けての単身痩躯を眺めながらも、初春(はる)に宿れる小鳥の返りを人間(ひと)の身内にほろりと見付けて惰性を問わずに孤独の空間(すきま)を上手(うま)く畳める無業の構えに落ち着き始めて、田中の覚悟が他(ひと)への礼儀を逸するままにて無法を説きつつ、無垢の俺へと向かうようなら、此方(こちら)も十分(じゅうぶん)温め昂(たか)めた怒涛の覚悟で相対(あいたい)して活き、一戦交える不敵の姿勢(すがた)を彼に見せ付け斃して遣る、など、侍から成る覚悟に採れない卑屈な姿勢(すがた)に狭筵(むしろ)と観せ得ぬ気丈の立場を構築していた。すると田中は無言で在りつつ、誰から見得ても体好く定める温和の態度を構築しながら、初秋(あき)に流行(なが)れる気取れぬ涼風(かぜ)へと独歩(ある)いて行って、

      *

「ああ、ありますよ…!」

      *

 と、拍子抜けする〝無法の覚悟〟も何処(どこ)へ往(ゆ)くのか、好意に馴染んだ好壮年へと自体を改め、大阪城まで行った際での思い出話や感情なんかを、挿話を交えて話して行った。涼風(かぜ)に流行(なが)れた景色の内にて、俺から離れる柔手に包(くる)まり田中の総身は、池の畔(ほとり)で泣き往き始める人間(ひと)の脳裏へ波(わた)って生きつつ、孤独顔した奇妙な幻想(ゆめ)まで俺に覗かせずんずん静まり、くるりと振り向く彼の姿勢(すがた)は、田中がその時大阪城にて見覚え収めた不断の景色を、見慣れぬ写真にすっぽり収めて他へと観せ行く稀有な行為へ赴き出した。俺の心身(からだ)は柔く独歩(ある)ける田中の艶気(えんき)に動揺して活き、田中の背後(うしろ)へぴったりくっ付く彼の好意へ従い出した。彼の好意はやおら数多の観光地点へ俺の興味をするする連れ添い初秋(あき)の涼風(かぜ)から陽(よう)を取り付け赴き出したが、俺と田中は化(か)われぬ景色をほとほと独歩(ある)ける無駄な労力(ちから)に夫々対せて、一向止まない小雨の最中(さなか)へ〝俄か〟を外せる以前(むかし)の景色を、どんどんどんどん眠気眼に新緑(みどり)を象り、決して懐かぬ初夏(なつ)の伽藍へ延命(いのち)を投げ棄て赴いたのだ。観光地所での矢庭に煌(ひか)れる写真を手にして、彼の姿勢(すがた)は俺と田中を背後(うしろ)に敷く儘、どんどんどんどん前進して行き、自分の躰がぽっと明るく彩り、女性(おんな)の様(よう)にも童子(こども)の様(よう)にも、自己(おのれ)を待たない孤独の情緒を宙(そら)から見て居り微笑み続ける。

 人間(ひと)の常識(かたち)を寺院から出し、人気(ひとけ)の退(ひ)き得た清閑(しずか)の内壁(うち)から自慰を慰め、他(ひと)の独歩(ある)けぬ白い秋へと真っ逆様にて没頭して行く。彼の脚(あし)には以前(むかし)に懐いた人間(ひと)の興味が体温(ねつ)を外され微笑(わら)って在るのに、人気(ひとけ)が退(の)き得る境内(うち)へ聳えた出発点では、以前(むかし)へ懐けぬ苦労の皺さえ仄かに寄り付き未然に埋れて、白砂を着飾る自然の温度は昂(たか)まらない儘〝人気(ひとけ)〟を咥えて呑(のん)びり尾(お)っ立つ〝孤独〟の詩吟(はやし)を上々観て居た。俺の心身(からだ)はこれまで敷かれた〝白砂〟に絡まる自然の経過に暑がりながら、田中の肢体(からだ)へ暫く向かえる回顧(きおく)に従い恩を観ていた。

 自然が絡まる樞(ひみつ)の迷路に彷徨(まよ)って居ながら、吐息の付けない軽い酒宴(うたげ)が宙(そら)から鳴り止み人気(ひとけ)が現れ、如何(どう)した他(ひと)にも孤独と相(あい)せる無駄の労力(ちから)が柔(や)んわり付けられ陽(よう)を付されて、境内(うち)に敷かれた白砂の上ではまったり言動(うご)かぬ脆(よわ)い火の粉が噴散(ふんさん)していた。平らに並んだ他(ひと)の数多は俺と彼とを自然に見守る苦慮した気配が一向退(ひ)かずに衰退するのを遠く離れた途次に腰掛けすらりと観て居り、各自が各自で全き延命(いのち)の見積もる果てへと、俗世(このよ)で浮足立ち行く人間(ひと)の定めへ躊躇わずに向く気丈の安堵に拝復しながら、俺と田中が彼に連れられ何処(どこ)へ向くのか、首を揺らして見守り続けた。小鳥の生気が空で戯れ、初秋(あき)に流行(なが)れる涼風(かぜ)の緩みは人間(ひと)に絡まる未然の起伏に如何(どう)ともせぬまま無形(かたち)を見抜き、明日(あす)に連なる個人(ひと)の延命(いのち)が失走(はし)って行くのを人から始まる清閑(しず)かな無音(おと)から傍観している。抜き足差し足、過去の過去からにょっきり出て来る今際(いまわ)の臭味が人煙(けむり)を立たせて俺の元までひっそり寄り付き、過去が無いのに回想している常識(かたち)の生き血は上気する間も無いほど華やぎ、田中の自体(からだ)を疎々(うとうと)消し去り、遠いお宙(そら)に他所のお空を仄(ぼ)んやり仕立てて俺へと見せ付け、俺から生育(そだ)った人見(ひとみ)の過去には何にも気色が小躍(おど)らない内〝堂々巡りの驟雨〟が注いだ雨後(うご)の経過がほっそり訪れ、人渦(じんか)に没した俺の没我を嘲笑する儘、俺の心身(からだ)を途次(ここ)まで生育(そだ)てた父母の以前(むかし)が仄かに衝動(うご)いて定位置に在る。大阪城から派生したのか、滅気(めっき)り淀んだ暗雲(くも)の目下(ふもと)をゆっくり遊泳(およ)いで〝妙〟を着飾り、慌てふためく流行(ながれ)の水源(もと)には彼が佇む池(みず)の畔が不断に湧き出す過去の上気が薄ら立ち活き生命(いのち)を温(あたた)め、魚や藻などの水に活き得る小さな輪郭(かたち)を形成した儘、現行(いま)に見取れる俺の延命(いのち)を追い駆けていた。俺を生育(そだ)てた父母の人影(かげ)には億尾に保(も)たない透った記憶が散在し始め、経過(ながれ)を固めて、俺の自室に長く置かれた黄色の表紙と青の表紙にすうっと透れる白壁(かべ)の四肢(てあし)を充分引き寄せ、俺に纏わる無言の吐息に生気を弾ます拍車を掛けるとすんなり脆(よわ)まり、脆(よわ)まる最中(さなか)に俺を象る無音の死体安置(モルグ)は、矢庭に解(と)けない幻想(ゆめ)の広間を配置した儘、〝水面(みなも)〟に失(き)え行く人間(ひと)の記憶を弄(あそ)んで在った。

 大阪城から程無くして在る俺の以前(むかし)が息衝く無境(むきょう)の広場に、都島という淀んだ排気で脚色取(いろど)られて行く人の都がおんおん漂い、暖気と寒気が密封され行く拙い匣へと端正(きれい)豊かに仕舞われ始める無双の類似を前方(まえ)へと撓(しな)らせ、俺の思惑(こころ)をきゅっと燻らす昭和に憶えた厚い記憶が、煌々燃え行くネガを直(ただ)して俺へと失(き)えた。失(き)え行く行程(みち)にて色葉(いろは)の咲かない不問を仕立てる無機の強靭味(つよみ)を俺の輪郭(かたち)に吟味させては、やがては過去の水源(ふもと)へゆっくり凌げる〝鴛鴦夫婦〟と涼風(かぜ)に云われた孤島の生気を順手に採り付け、俺の口から白い呼吸がふらふら解(ほど)けて散行(さんこう)するのを、小鳥(とり)が飛び行く宙(そら)の陽光(ひかり)が照射している。父母の生気は仄(ぼ)んやり止まった〝匣〟の内(なか)へと闊達するのに父母の衝動(うごき)を〝都〟に投げ行く輪郭(かたち)の在り処ははっきりして居り、俺の目下(ふもと)へこそりと懐ける〝止まった人煙(あいず)〟は彼処(かしこ)に現れ、俺の衝動(うごき)を勝手に自然に決定して行く淡い勝機を広場は呈した。俺の心身(からだ)は田中の麓(そば)からゆらと離れて人煙(けむり)に籠った〝都〟の空気へ落ちて入(い)ったが、陽(よう)の煌(ひかり)は宙(そら)に座って俯瞰に入(い)る儘、俺の流行(ながれ)と他(ひと)の流行(ながれ)と、茶色に映った妖気の四季(しき)へと表情(かお)を逸らした。俺の肢体(からだ)は〝妖気〟を追い駆け呼吸(いき)する間(あいだ)に都へ落ち着く陽(よう)の煌(ひかり)を乏しく見上げ、子供の通らぬ狭い路地から大通りへ向く夢路に居ながら、盆に還れぬ死霊の染め血(ぢ)が宙を飛び交う蠅の群れへと、逡巡しながら蛇行して往く卑屈の淡手(あわで)を希望に据えた。大人の貌(かお)から小人(こども)(子供)の表情(かお)まで、一色冴え生く竜胆(はな)の青身(あおみ)に底浅(そこあさ)を識(し)り、俺の生気を丈気丈に振舞う片手に取り上げ、父母(おや)へと向いて、都に生育(そだ)てた褥の酒宴(うたげ)を仄(ぼ)んやり観納め花を散らした。父には母が、母には父が、息子の俺には儚い〝絆〟の線影(かげ)に隠れて見得ない経過(ながれ)が流行(とき)を隔てて逆巻く小波に夢想を保(も)たされ包(くる)み始める無垢の奇妙がほっそり微笑み、朗笑(わら)って在るのか寡黙(だま)って在るのか、さんざ分らぬ自然(じねん)の発揮が新春(はる)を零して机上から洩れ、何処(どこ)へ向くのか気取れないまま儚く飛び生く人煙(けむり)の酒宴(うたげ)に、呆(ぼう)っとして行く俺の気色は微睡(ねむ)りから醒め、〝生き血〟と〝染め血〟を変らず頬張る無言の感覚(いしき)へ抗(こう)して在った。〝都〟に住み得る父と母には俺の我力(がりょく)の無鉄砲さを両親(おや)の強靭味(つよみ)で諫めて抑える心許ない実力(ちから)さえ無く、水面(みなも)に居座る田中と彼との俺の〝都〟を遊離して行く狂気の程度が影響するのか、明日(あす)にも幻想(ゆめ)にも具に気取れぬ人の実力(ちから)が漲り溢れ、その内〝都〟にほろんと出て来た長渕剛の若気の至りが、現行(いま)に見取れる良父(りょうふ)の活気と以前(むかし)の生気をほとほと混ぜ込み笑って居ながら、俺の残骸(むくろ)を経過(とき)を返して逆さに着て行く逆縞(さかしま)模様の気熱(ねつ)の周辺(あたり)に、如何(どう)とも採れ得ぬ昔語りの波長の名残が端正(きれい)に空転(ころ)がり散行(さんこう)して行く漂白(しろ)い歌詞(ことば)を並べて在った。青いオルカは蝶々(ちょうちょ)を追い駆け、空に高まる虹の橋へと手足を伸ばして浮遊して活き、高まり消えない人の共鳴(さけび)を海の藻屑へ噴散(ふんさん)せしめて頂上(まうえ)を省み、何処(どこ)にも並ばず何処(どこ)にも飛べずの自体(からだ)の長所を傍観している。俺の記憶は経過(ながれ)に呑まれる無数の事への気熱の露わを逆さにしながら、新緑(みどり)の軒端に自己(おのれ)を滑らす哀れな拳(こぶし)を陽(よう)へ屈(かが)ませ、掌(て)の内、目の内、思惑(こころ)の内へと和ませ始めた行方知らずの表情(かお)の内からひょいと採り上げ上手に飛ばせる自体(からだ)の羽根(はね)など自由に留(とど)めて、華が咲き生く魅惑の園(その)へと自分気儘に糧に懐ける加齢の成就に、言葉少なく遊行した儘、以前(むかし)の古郷(ふるす)へ逆行(もど)って居たのだ。自分の姿勢(すがた)が現行(いま)に活き得る自由の容姿(すがた)を明るくしながら、要(よう)を問えない女性(おんな)の在り処を宙(そら)を超えても見定め入(い)って、自分から成る幾多の小片(はへん)が生気を内包(ふく)めて散行して行く陽(よう)の光の内実(なかみ)を気取り、活進(かっしん)して生く女性(おんな)の自体(からだ)へ長距離走での目的(あて)を携え突進して行く、生身に止(とま)れぬ脆実(もろみ)の正味を暗考(あんこう)していた。継続して生く俺の疾走(はしり)はそれでも止まれぬ経過(ながれ)の許容(うち)にて自体(からだ)を掴めず、滔々流れる暗雲(くも)の行方に自己(おのれ)の分身(かわり)の生気を見て取り自体(からだ)を掴める奇跡を信じて寡黙(だま)って在って、構築出来ずの人間(ひと)の自然(ばさら)は音頭を忘れて温度を着忘れ、一向笑えぬ空気(もぬけ)へ蠢く俺の失走(はしり)を傍観(なが)めて在った。

      *

 人生はそれほど長いものではない。夕日に向かった机の上では生気に向かえる個人(ひと)が居るのに、単に煩う生死を着飾る自然(じねん)の労途(ろうと)は遜色し得ない自由に羽ばたく経過(とき)の群れには個人(ひと)を集める尺度が在るのに、尺度を灯した稀有の陽光(あかり)は、人間(ひと)に対して延命(いのち)を計れぬ定規の程度を突き付け始める。人間(ひと)が籠れる自然(じねん)の許容(うち)にて夜を待たない死の来訪とは又、人間(ひと)の延命(いのち)が未熟に存(そん)する宙(そら)を冠した虚空を観る時、奇妙に空転(ころ)がる人への寿命(いのち)は色彩絶えない人の脳裏に不思議を突けない。それ故朝陽が昇らず夜に空転(ころ)がる星の幾つが朗笑(わら)って在っても、人に零れた刹那の合図は寿命(いのち)を識(し)れ得ぬ孤高の記憶に据え置かれて在る。人間(ひと)の前方(まえ)にて無重に空転(ころ)がる機会の淡手が、個人(ひと)の仕事を優に纏めて具わるのである。白紙に浮んだ独創(こごと)の仔細(こまか)は何にも破れず誰にも見取れず、正義を照らせる個人(ひと)の自己(じこ)へとふんわり飛び付き羽根(はね)を魅せ突け、陽(よう)の明度を一切彩(と)らない不屈の機会(チャンス)を代物(もの)にして生く。

 そうした魅惑に四肢(てあし)を操(と)らせて仕事に就く際、緩々流行(なが)れる経過(とき)の許容(うち)では計らないまま要(よう)と不要に仕分けられ行く成果を決め行く犠牲の在り処を、個人(ひと)の感覚(いしき)は倫理を通した自己の眼(め)を保(も)ち覚悟を掲げて、初めから在る自分の教唆が成し得た仕業(しごと)を無垢に象(と)らせた自分の密室(へや)にて問わねば成らない。しかしそうした際でも、要(よう)に纏わる・不要に纏わる物の輪郭(かたち)を一々掴んで自分に葬る無駄の一途(いっと)は辿らずとも良い。自己(おのれ)を束ねる能力(ちから)に従い自然(しぜん)が束ねた偶奇の初歩(いろは)に黙して倣って言動(うご)いて生く内、自己(おのれ)の脳裏に企図を見せない樞(ひみつ)の許容(うち)にて線は仕上がり功(こう)を覗けて、見知らぬ間(あいだ)に不要の物とは個人(ひと)の仕業(しごと)に懐かないまま秋から冬にて自体(からだ)を散らせる銀杏(いちょう)の態(てい)して見得なくなるのだ。

「或る一定期間を生きた後(あと)、人は、一つの事を集中して成し始める」。そうした定理は神から零れた手腕の御業(みわざ)にほとほと象(と)られて人へと舞い生く、木洩れ日から成る無縁の盛者(じょうしゃ)に想像され得る。

      *

 〝都〟を脱(ぬ)け出て大阪城へと疾走(はし)って居る折り、俺の脳裏に執拗(しつこ)く忙しく上記の文句(ことば)が洗練され活き、神の輪郭(かたち)に久しく懐いたニーチェの精神(なごり)が、俺を衝動(うご)かす刹那を講じた両脚(あし)へと駆け落ち、俺の人生(みち)にて華を咲かせた妻と娘の煌(ひか)った表情(かお)が、宙(そら)を覆える暗雲(くも)を退(の)け得て俺を描いた。

 暗い空気が他(ひと)へと俺とを冷まして眺めて、俺の過去には自分の娘が妻に生れたお堅い基盤(どだい)がぴかりと光り、大阪下町、何処(どこ)かで見知った場末を醸せる饂飩屋に居る俺の右手は女の子を持ち、そうした場末の暗(やみ)に漂う店の角(かど)から父の実家へ辿って行け得る細い岐路など左手に見て、娘が彩る音無(しずか)な生気を自慢しながら、俺の周囲(まわり)に好く好く集えた労働者(ひと)へと気力を無意図に温存(あたた)め生長させ生く平らの労力(ちから)に埋没して居た。俺の娘は三つか四つで肌色(いろ)は白くて黒髪が映え、労働者(ひと)に対せる小柄な幼体(からだ)は子供服(ふく)に泳げる肢体(からだ)の畝(うねり)を個人(ひと)には魅せ付け鋼を象り、そうした娘の未熟に具わる果実を観ながら、早めに熟せる女性(おんな)の妙味が沸騰し始め、俺の思惑(こころ)は他(ひと)へ懐ける卑屈の優位を関する内にて実の歳など幾つか気取れぬ娘の裸体(からだ)を晒して行った。俺と娘は経過(とき)に溺れた目的(あて)を切り取り、未熟を被せる空想(おもい)の内にて揚々跳ね活き、茶ばんだ壁には労働者(ひと)の気色が揚々象(と)れ得る煙草の臭味が発(た)つその間(あいだ)に、父の実家に以前(むかし)から在る四畳から成る清閑(しずか)な狭筵(むしろ)へ、ととと、と歩める拙い気迫を胸中(うち)に秘めては、何にも識(し)れない場末の文句を宙(そら)へ放(ほう)って黙して在った。俺と娘につつつと近寄る初老の体(てい)した労働者(ひと)の泡(あぶく)や、俺と娘の円満から出る人の独気(オーラ)に吸い寄せられ得た若気を飾った労働者(ひと)の泡(あぶく)も、場末の無言にわたりつつ在る世情の並から擡げた流行りに、自ら独歩(あゆ)める気丈と煩悩(なやみ)の捌け口など観て陶酔して活き、娘の生体(からだ)と生気の加減を片手に添わせて弄(あそ)ばせ始めた俺の立場を羨み始め、各自が各自に用意して行く無形(かたち)を宿せる行為に入(い)り出し高揚は暮れ、店の茶壁(かべ)には生味(しょうみ)を保(も)たない人の残骸(むくろ)が大手を振りつつ止まって笑い、俺と娘と二派に分れた労働者(ひと)の愚かを嘲笑して居た。

 俺の残骸(むくろ)をひっそり映え出た輝体(きたい)を訝る真夏の汗には、可愛い幼女の美声に紛れる桃の分れが個人(ひと)を酔わせて独歩(ある)き続ける二葉(によう)に咲かせる女性(おんな)の芯(つぶら)がおっとり濡れ活き、無神経にも自分を侍らす幼女の無心(こころ)は無体(からだ)を連れ添い暗(やみ)へ辿れる人の弱味を晒け得る為、俺の小心(こころ)は無心を彩(と)りつつ幼女を見定め、自己(おのれ)の体裁(かたち)が他(ひと)へと懐ける初秋(あき)の散路(さんろ)を地均しして活き、〝場末の店〟から早く出て行く自慰の決意を敏く手にした。娘の幼体(からだ)が無体(からだ)を着飾り徘徊する折り、俺の心身(からだ)は饂飩屋を出て、外界(そと)の景色を見定め独歩(ある)いて穏やかを識(し)り、その時娘が何処(どこ)を独歩(ある)いて音を伏すのか、一向気付けず仄(ぼ)んやり在ったが、初秋(あき)を湿らす涼風(かぜ)の微温(ぬる)みが撓(しな)りを得るころ逆光(ひかり)が煌めき、寡黙(だま)った娘は一向萎えない色香(いろか)を灯して並行する儘、俺の背後にぴたりとくっ付き微動だにせず、俺の尻から両脚(あり)に掛けてをじっと観るうち険しくなった。

      *

 俺は娘をあやした。娘は一寸気難しそうで、べそ掻いて、愚図って居た。俺は娘の手を取り抱き寄せながら「よちよち」と機嫌を取った。俺の妻も何処(どこ)かに居たのかも知れない。饂飩屋を出た俺の真意は、娘を侍らす気色に埋れて転倒した為、他(ひと)に観られる娘と俺との卑屈の中身が急に膨らみ呼吸をした為、恥ずかしさを知り、一時(いっとき)だけでも娘を捨て去る勇気に染められ、長い旅路に初秋(あき)に彩(と)られた宙(そら)を冠する奈落へ赴き、過去を彩る無性(むせい)の記録を俺の掌中(なか)にて潰し切ろうと、一時(いっとき)考え思索に暮れ行く遊離の構図を観たかも知れない。事の深味(ふかみ)は迷走するまま初秋(あき)の日暮れへ落ち着き始めて、娘の無形(かたち)も妻の気体(からだ)も煩悩(なやみ)に象(と)らせた気運の許容(うち)にて温存(あたた)めて行き、俺を隠せる初秋(あき)の陰気は真夏の没我を甦らせ生く記憶の豊富に埋没する儘、他(ひと)に接せぬ哀れな孤独を俺の孤踏(おどり)へ懐かせて居た。

      *

 周囲(まわり)からの定評(うけ)は好かった気がする。俺は娘を自分の肢体(からだ)へ懐かせながらに初秋(あき)を彩る加齢の涼風(かぜ)へと赴いて行き、娘の体躯(からだ)はまるですっぽり俺の片手にふちを取られる匣の内へと吸い寄せられ活き、泣かない表情(かお)には桃の芳香(かおり)を漂わせた儘、自分の総身を丸呑みして行く白壁(かべ)の内での会話の途切れは、裸体を晒せる娘の気力を真夏に咲かせた華の延命(いのち)に還元していた。黒い黒子が幾つ在るのか、妻と娘の痩躯を辿って傍観する内、俺の気力は眠気を追わされ目的(あて)から退(の)がれ、饂飩屋から出た初秋(あき)の小路(こみち)を独歩(ある)いて居る折り、大阪城への脚色(いろ)の付き得た進路が現れ季節を向かわせ、娘をそうして抱えた俺から少し遅れた二人の背後に妻の姿勢(すがた)は薄ら仕上がり、つぶつぶ歩ける砂利の道には白砂を添わせる潔白(しろ)い畝(うねり)が幾つも表れ虚空を見上げ、城下町にか城内、境内、何れの場所にか、厚く敷かれた小石の広場は〝歴史浪漫〟から江戸に這わせる土の道など連想させ活き、俺と娘と、少し後方(うしろ)に離れた妻には、他(ひと)に観せ行く新たな家族の隠れた生気が薄ら仕上がり、彼等を取り巻く周囲(まわり)の景色は彼等を観る為そこに敷かれた労働者(ひと)の気色に彩(と)られて行った。経過(ながれ)を保(も)たない広場に集えた労働者(ひと)の内には、友人、知人に有名人など、何時(いつ)か何処(どこ)か腰掛け程度に軽く見初めた淡い暖気が他(ひと)へと絡まり、周囲(まわり)を束ねた人の残骸(むくろ)は景色を彩る生気を携え眠る間(あいだ)に、俺と娘と妻を認(みと)めた囲いの内にて、俺から具わる新たな体裁(かたち)を造った家族にその身を留めて、一向萎えない興味を宿した柔い目を向け暖気を貪り、俺を初めに娘と妻とに立場を上げ行く曇った熱気を投げ掛けながら俺の陽気は彼等を取り巻き淡い過去にて心地良かった。

 俺の感覚(いしき)は〝心地良かった過去の夢想(ゆめ)〟からふらりと逆行(もど)っておろおろ突っ立ち、初秋(あき)の空から狂々(くるくる)流行(なが)れる放蕩娘が揺ら揺ら生れて川を歩いて、何処(どこ)かへ向かってするする疾走(はし)った俺の前方(まえ)へと降(お)り立って居た。俺の感覚(いしき)は過去から崩れた時制の許容(うち)にて弄(あそ)ばれ始めて、白雲(くも)が流行(なが)れた現行(いま)を見上げて自嘲して在り、走るついでに緩い坂など上方(うえ)から零れた橋へ見出しくすくす笑い、溝の臭(にお)いがぷんぷん漂う見慣れた景色へ落ち着いていた。

      *

 俺達は何か、橋を走って居た。下は溝川だ。坂井が居り、他には知らん奴らも一緒に走ってた。俺達の周りには子供も居て、俺達と同じ方向に走って居た。前から来る子供が居た。俺達の周りに子供達と目が合うと互いに何人か笑い合って居た。それを見て俺が、

「まぁ、子供同士、通じ合うものが在るんやろう」

と少々可笑しく言って退(の)けると、坂井が爆笑し、暫くの間、柔い笑みを浮べて在った。他の何人かも釣られて笑った。何処(どこ)かそれ程(そんなに続く程)笑えるのか知らなかったけれど、まぁ(俺の話した)冗談に笑って貰えたもので、悪い気はしなかった。

      *

 俺の未熟がするする解(ほど)けて功を奏して、朝陽の当らぬ小さな許容(うち)にて坂井を連れ込み暖かくも成り、俺の感覚(いしき)に知らぬ間(あいだ)に連れ添う輩が、俺と田中と一緒に走った長距離走への参加者だとされ、笑う表情(かお)には初秋(あき)に空転(ころ)がる透った温身(ぬくみ)が凝縮され活き姿勢(すがた)を隠し、皆の行方の果てを識(し)れない漆黒(くろ)い限りが地に足着かずに屈曲され活き透明とも成り、明日(あす)の形容(かたち)を遂に見取れぬ人間(ひと)の噂を逆手に取った。坂井というのは俺と一緒に以前(むかし)を観て来た幼馴染の旧友であり、本名は坂田頼子(さかたよりこ)と言い、浅い黒味(くろみ)を肌へ咲かせた少し太目の女の子である。小学校からすくすく生育(そだ)って知識を取り付け、色々観て来た人見(ひとみ)の奥には影を宿せる暗(やみ)の一部が仄かに根付いて微動に伏されず、淡い美識(びしき)は屈曲違(たが)えぬ現行(いま)の言葉に揚々倣得て知恵を片手に男女を弄(あそ)び、白い景色に自分から往く強靭味(つよみ)を備えて可笑しく在った。小人(こども)の体(てい)から大人の縁(ふち)まで自ら進んで知識を得たのは自長(じちょう)を奏でる能力(ちから)を得た後(のち)、思春に煩う人間(ひと)の恐怖に自ら阿る狡猾(ずる)さに添い行く行為である為、どれもこれもが坂井の身元を寸分違(たが)わず魅了するのは俺の目前(まえ)でも他(ひと)の前方(まえ)でも、自然の行為に直ぐさま倣える女性(おんな)の好意に変らなかった。彼女が宿した拙い暗(やみ)には自然が崩れて耄碌して行く「言葉」の厚味がたわって在るのだ。初秋(あき)の宙(そら)から現行(いま)へと降(お)り着き、何にも操(と)れない柔い深手(ふかで)が女性(おんな)に就くのは、この瞬間(とき)延び得た白紙の肢体(からだ)に俺の四肢(てあし)が呑まれ始める自然の好意に変りなかった。〝坂井〟というのは以前(むかし)に憶えた彼女の脆身(よわみ)が俺へと現れ、〝自分の綽名を皆に呼ばせて軟く在りたい、小人(こども)に彩(と)られる淡手(あわで)の感覚(いしき)に自分の総身を払拭されたい幻想(ゆめ)が在る故浮かれて居たい〟と、自分の綽名を耄碌して生く女性(おんな)の能力(ちから)に巧く操(と)らせて、俺をも操(と)れ得る〝深手(ふかで)〟を認める遊女の姿勢(すがた)に自分を象(と)らせて、彼女が憶えた淡い思春(はる)には、小さく蠢く独創(こごと)の連呼が許容(かぎり)を見取れぬ幼い遊戯の妄想録へと、次第に回顧され得る不敵の活歩(かつほ)が充満して居た。

 他(ひと)には他(ひと)の、俺には俺の、沢山詰った宙(そら)の活気がひゅるひゅる流行(なが)れて前方(まえ)に現れ、両脚(あし)を掬える仄かな病みには、彼女に逆行(もど)れる陽光(ひかり)が眩しく、空虚を足さない彼女の熱気は俺の目前(まえ)にて如何(どう)して笑えて変らないのか、理解に苦しむ男性(おとこ)の調子が俺を抑えた。五年住み得た大阪の町は小さな俺には大きな宮(みやこ)で、堂々降(ふ)り往(ゆ)く男女の吐息に空を駆け得る冷たいシグマが涼風(かぜ)に晒され億尾へ失(き)え生き、俺と坂井の肢体(からだ)の前方(まえ)には言葉の要らない商人達が所構わず素早く歩いて初秋(あき)を退(の)け遣り、滅気(めっき)り醒め得た彼女の柔体(からだ)へ向かった奥義は俺の気迫をゆっくり持ち上げ、以前(むかし)から出た息苦しさなど、男女の並びに細かに問うては露を報さぬ初夏(なつ)の孤独がむんむんしている。長距離走では女性(おんな)の走力(ちから)が男女(おとこ)に劣らず小さな山から川を訪れ、宙(そら)を抜かせた虚空の暗(やみ)には誰もに見得ずの孤独の夢路が淡く光った。俺の目前(まえ)では未だそれでも男性(おとこ)に紛れた坂井の気色が徒党を組まずに凛として居り、疾走(はし)って翔(と)べない俺の精神(こころ)を現行(いま)に向け据え頑丈に在る。溝板長屋の渡航の町では人間(ひと)の姿勢(すがた)が人影(かげ)を見せずに上手に仕上がり、何でも無いのに涼風(かぜ)が這入れば黄金(きいろ)に輝く微昧(びまい)な色香を散々放した田中の描写と男女の素顔が大阪から来た俺の真摯を程好く見詰めて蹂躙して居り、俺の躰は汗(しずく)を垂らせて疾走(はし)って行っては、自身の人影(かげ)には華の咲かない荒野(こうや)の帳に暫く見取れた。何時(いつ)も何かが何処(どこ)か足りない脆(よわ)い人渦(じんか)は、渦に添えない、現行(いま)に咲き得る俺の精神(こころ)を余程に愛した死体安置(モルグ)の在り処をほとほと立たせて欠伸をして居り、初秋(あき)の空から虚空に咲けない律儀な音頭が根絶やされず儘、西日を受けつつ俺の足元(もと)へとゆったり辿って整列して在る。人間(ひと)の人工照(あかり)に煌々明るい懺悔の音符が何処(どこ)からともなく岐路に佇み俺へと映えて、俺の四肢(てあし)は長距離走から短距離走への未熟の孤独を浮き立たせる内、足を操(と)られた昨日の夢想(ゆめ)から〝彼女〟に仕上がる白地(しろじ)の描写は他(ひと)に退(の)け遣り血相変えて、ふとした気分に父母の姿勢(すがた)をおろおろ探せる俺の脆(よわ)さを写して在った。俺の両脚(あし)には鋭い力がぐらつき湧き発ち今後を覗き、他(ひと)から離れる軟い努力に投身して行く小人(こども)の開館(オルガ)を感じて在った。感動するほど彼女の肢体(からだ)を巧く発ち得た俺から仕上がる奇妙の気色は、朝に懐かぬ〝ぶらり歩き〟を用意した後(のち)、彼女の体裁(かたち)にきちんと相(あい)せる速さを持ち込み微笑み出した。凄い速さに駆け抜け始める周囲(まわり)の景色に埋れて行く迄、俺の心身(からだ)は何も嫋(から)めず規則に沿い生く明るい表情(かお)した情緒を貪り後方へと失(き)え、呆れた精神(こころ)は現行(いま)に生き行く土台を無くした自分の愚直に翻弄され活き、他(ひと)の目前(まえ)でも自然の目前(まえ)にも、何も掴めぬ華奢な惨さは人間(ひと)の頭上(うえ)まで軽く跳ねては、白紙に向かない他(ひと)の生味(しょうみ)が俺の背後(うしろ)にきっかり陣取り、拙く失(き)え行く競いの哀れな精進迄もを、現行(いま)から滅びる他(ひと)の常識(かたち)に添え付けながらに、明日(あす)を牛耳る男性(おとこ)の素朴を演出していた。疾走(はし)って居る折り、俺の後方(うしろ)を駆ける輩に目配せ程度に注意を遣りつつ黙認して居り、横目で観ていた〝輩〟の姿勢(すがた)は陽(よう)の明度に歪曲され行く男性(おとこ)の姿勢(すがた)を掲げて在って、俺の感覚(いしき)は輩の気配と予測とを保(も)ち、自分の背後(うしろ)に這い蹲るのは、小学校から中学校まで共に暮らした浜田(ぽん)の内実(なかみ)とソロソロ気取って景観を想い、右手、左手、左右に流行(なが)れて止らぬ川まで他(ひと)から離れて進み始める自分の欲心(こころ)を〝白紙〟とした儘、遠(とお)に忘れた〝彼女〟の姿勢(すがた)は終点(ゴール)に飽きずに黙って落ち着き暗(やみ)を透せる軟い力を俺へと投げ掛け微笑(わら)って在った。浜田と俺とは小学校から共に育って互いを見知り、見知って居ながら情(じょう)を交えず離れて居たので俺の記憶は綽名程度に浜田を捉えて対峙して居り、ぽんの居場所が卒業してから何処(どこ)にあるのかさっぱり分らず、右往左往に幻を魅せる気配の坩堝で彼に相(あい)した。彼の方でも卒業してから自分の用途に俺の影響力(ちから)を必要無いまま暮らして来たのか、一向経っても俺へと近寄る気配を観せずにふらふらして居り、彼が呈した闇の内(なか)では堂々巡りの雨天が映え行き俺を逃がして、自分と俺との密かな絆を食い散らかすまま溝へと捨て去り、明日(あす)の涼風(かぜ)から今日の涼風(かぜ)まで、所狭しと直る冷風(かぜ)から不思議な景色を自分と俺との軟い気色にそうっと置き捨て、帽子を被った男児の姿勢(すがた)を俺へ観せては溜息漏らさず、明日(あした)へ届ける自分の胸裏へ埋没していた。俺の記憶は浜田の輪郭(かたち)を光に見て取りなぞる儘にて、浜田の表情(かお)から〝何の良い物が出るか〟等を考えないまま活き活きして居り、俺の〝男児〟に細く隠れた過去の幻想(ゆめ)には徒労が生え活き可笑しく在るなど、〝ぽん〟の響きを綽名に添え置く樞(ひみつ)の用途を越え得なかった。

 白紙に咲き行く二つの用途が自然に彩(と)られて払拭され得ず、他(ひと)の吐息に無駄と成らずに昨日に生育(そだ)てた未学(みがく)の輪舞曲(ロンド)を自由に羽ばたき独自に小躍(おど)り、俺の夢想(ゆめ)には具に象り護られ始める白い火の粉が充満して来る。彼の背中は昨日に向くまま俺を捕えず、梨の礫の自分の感覚(いしき)は未熟に生育(そだ)てた褥の脳裏へほとほと包(くる)まり時間を隔てて、俺の背後へぴたりと付く儘、誰も無いのに涼風(かぜ)が吹き抜く主観(あるじ)の輪郭(かたち)に追随していた。俺と浜田(やつ)とは競争して居て、長距離走での規定の習慣(ルール)に沿えない儘にて自己(じこ)の調子を全く揃えて前衛へと化し、俺の感覚(いしき)が彼へ沿えない希薄な競争(レース)を展開していた。俺の脚力(ちから)が明日(あす)の涼風(かぜ)へと自体(からだ)を添い付け、ずんずん走った歩速を観ながら〝彼〟から脱けると、浜田(かれ)の姿勢(すがた)も同じ程度に歩速を強めて涼風(かぜ)を行き抜く未熟の体裁(かたち)を形成するまま自分の体熱(ねつ)からほろほろ零れた浮かない脚力(ちから)を真横に添え付け無効を観た儘、俺の背後へぴたりとくっ付く〝嫌悪〟を着飾る仇敵(ライバル)迄へとその実(み)を抑えて踏襲して行き、俺の感覚(いしき)は彼から外れる強い猛気(もうき)を自得(じとく)したまま浜田(はまだ)の表情(かお)から見慣れぬ臭味が漂い生くのを、じわり、じわり、と陰から見詰める両親(おや)の体(てい)して眺めて在った。浜田の過去には俺の感覚(いしき)を巧く外れる無用に伏された律儀な表情(かお)から熱意が逃がされ、何にも気取れぬ自然の覚悟が他(ひと)から外れた未然の覚悟へ〝自分〟を描(か)くまま自体を揃えて鳴き出す体裁(すがた)は俺の両眼(まなこ)にうっとり映え出す夢想(むそう)の衒いに存(そん)して明るく、失墜し得ない他(ひと)の豪気を生(せい)へと準え生き延びて居る。俺の足元(ふもと)に脆(よわ)く空転(ころ)がる硝子の小片(かけら)に透った夢想(ゆめ)には、「明日(あした)」が映らぬ鈍い記憶が散乱するまま浜田(かれ)が宿せる〝不思議の絆〟を巧く唱えて空転(ころ)がり続ける自分の夢想(ゆめ)など温もり始め、俺の感覚(いしき)へ零れ終った浜田の輪郭(かたち)は背後を気にする一(いち)にとどまり紛擾を挙げ、終えた場面を再び観得ない孤独の労途(ろうと)へ赴いている。強靭(つよ)い転機は明日(あす)の迷惑(まよい)に陥(おと)されないまま払拭されない夢想(ゆめ)の主観(あるじ)に上手く載せられ頁数(ページ)を捲り、捲った頁数(ページ)は現行(いま)に始まる脆(よわ)い体温(ぬくみ)を個人(ひと)へと与えて保身を連ねて、〝昨日を棄て去る明日(あす)〟へと阿る未覚(みかく)の臭気を放逐していた。所々で新緑(みどり)が束ねた他(ひと)の記憶が腐乱する後(のち)、俺の記憶に柔く生れる個人(ひと)への教義(ドグマ)は、これまで人間(ひと)の宮(みやこ)に永らく生え得た個人(ひと)を護れる淡い孤独に表情(かお)を固めて散乱して居り、俺の思惑(こころ)へ何時(いつ)しか懐いた〝縁起担ぎ〟の身重の定めは、仄かに飛ばした自分の体(からだ)を淡い空気に隠す儘にて、〝男性(おとこ)の不思議〟に一向問えない無欲の快感(オルガ)を愛して在った。意味を問えない奈落の橋には〝溝板長屋〟の輪郭(かたち)が映え出し空虚を準え、可笑しく留まる自分の孤独に銃口から成る不敵の正義へ相(あい)した瞬間(とき)でも過去の冷風(かぜ)には一向映得ない感覚(いしき)が留まり俺へと流行(なが)れ、無欲に徹した孤独の浪漫は男女の〝絆〟を巧く消し去る手頃な凶器へ改変され得る。俺の輪郭(かたち)は自分の体温(ぬくみ)を仔細に着替えて独歩して居り、底の見得ない溝を見詰めて溝の上方(うえ)へと巧く渡せた橋を蹴り行き暗(やみ)へと入(い)った。俺の環境(まわり)を上手く認(したた)め、俺の両眼(まなこ)に見得ず所で脚色付(いろづ)く周辺(あたり)は、俺と彼とに巧く空転(ころ)げて糧を成し生く〝小片(かけら)〟を拾ってにんまりして居て、俺の肢体(からだ)は固物(もの)を通せぬ固身(かたみ)を着て生き寡黙に従い、自然が写せる未然の動作へ巧く解(と)け入り虚無を侍らせ、俺から生え得た白い四肢(てあし)は無表(むひょう)を携え体温(ぬくみ)を失せさせ、明日(あす)に咲けない未動(みどう)の担ぎに欲を見たまま邁進して行く。浜田の体裁(かたち)に上手く隠れた男性(おとこ)の夢想(ゆめ)から巧みに零れる〝彼〟の輪郭(かたち)がほろほろ迷って笑顔を造り、木霊の少ない幻想(ゆめ)の古巣の〝溝板長屋〟に一本目立てぬ竜胆(はな)が生え活き個人に見入られ、俺の過去から嫉妬を宿せぬ酒宴(うたげ)の準備は、刻一刻、一刻、と、俺と彼とに警笛(サイン)を鳴らして明日(あす)の延命(いのち)を問い続けていた。明日(あす)の居場所が定めに従いほろほろおろおろ、結託し得ない未然の覚悟へ自体を侍らせ追い付く折りには、自体の周囲にうっとり生え得る気怠い感覚(いしき)の妄想から観て、仇敵(てき)を預ける脆(よわ)い気力に自己(おのれ)の覚悟はてんで咲かずに巨大な輪郭(かたち)にその実(み)を問われた悲劇の四肢(てあし)に絡まれ始め、俺を象る軟い主観(あるじ)は感覚(いしき)を富ませて競歩する折り、〝彼〟の姿勢(すがた)に浜田(ぽん)を取り付け相(あい)して居たので、俺に纏わる〝一々空転(ころ)がる律儀な景色〟は、幻想(ゆめ)を象る要(かなめ)を忘れて独走して居た。

      *

「何でそんなに早よ走れんねん」

      *

 俺の口から浜田(ぽん)に零れた〝律儀な文句(ことば)〟は〝定め〟を台にし自由に羽ばたき、羽ばたき損ねた可笑しな場面を〝溝〟に棄てては保身を見ている。浜田(はまだ)の表情(かお)には俺の味覚にほとほと馴染まぬ他所の〝不適〟が散行して居り自然に行き着け、〝自分と俺とは全く揃わぬ土俵の上にて独歩(ある)くものだ〟と瞬間(とき)の許容(うち)にて俺を見限り、俺に集まる白紙の虚無には〝彼〟の残像(のこり)がぱたぱた這い活き俺の目下(ふもと)へこっそり並んだ浜田(ぽん)の主観(あるじ)が倒立していた。

 内心苛つく俺の姿勢(すがた)は浜田(はまだ)の過去からこっそり挙がれる脆(よわ)い火の粉にその実(み)を覆われ、次第に遠退く俺の感覚(いしき)は彼に具わる〝不敵〟の美味へとその実(み)を切り売り浜田を見上げて、彼の背筋が離れて行くのを細い目をして遠くへ見送る諦め表情(がお)さえ象っていた。浜田(ぽん)は何も言わない。何か言うのは俺の役目と決ったように、幻想(ゆめ)の内では浜田(はまだ)の姿勢(体裁:すがた)を熱意に絆させ浮き立たせて在る。しかしそうした経過を脇へ退(の)け遣り、浜田(ぽん)の調子は歩調を緩めて俺から遠退き、俺の背後(うしろ)へ拡がる景色は浜田(はまだ)と俺との距離を隔てた〝遠い景色〟を浮き彫りにして、浜田の輪郭(かたち)は俺の気色に要(よう)を成さない愚図の過程へ演繹していた。走るついでに浜田(ぽん)の調子は一人熱意に拍車を掛け活き、浜田(ぽん)の姿勢(すがた)を遠くへ起き遣る努力を続けた俺を観ながら、

      *

「付いて行けない」

      *

等、戯(たわ)けた愚行に四肢(てあし)を操(と)られてその身を退(ひ)き出し、俺の目下(ふもと)を俯瞰出来得る別の境地を設けていたのだ。そうした景色を俺から背後へなるべく浮ばせ身を退(ひ)きながらも、浜田(ぽん)の姿勢(すがた)はそれまで辿った走る術(すべ)から逸れては居らずに俺の背中へ何時(いつ)でも飛び込む、俺から身近の軟い景色を赤らめて活き、浜田の失(き)え行く確かな場面を背後に見送り目前(まえ)を見た瞬間(とき)、浜田から成る人間(ひと)の熱意がぐらぐら湧き立つ動揺(うごき)を携え再生して活き、僅かな安堵を前方(まえ)に据え置き、自分の身重を少々緩めた俺であったが、浜田(かれ)の姿勢(すがた)が自分から見てやや後方(こうほう)へと活き俺へも伝わり、俺の心中(こころ)は〝一度失くされ消えた浜田〟が再度残力(ちから)をふっと返して起きた姿に驚愕させられ、浜田を動かす無体の主観(あるじ)が既に大きく成長したのを見逃さない儘、浜田の姿勢(すがた)を空(くう)へ押し遣り煩いを見た。振り返し、振り返し、浜田(ぽん)の姿勢(すがた)は俺を取り巻く闇の内へと埋没して活き、俺が象る浜田の輪郭(かたち)は言葉を以ては掲揚出来ない不思議な配慮に象られている。浜田が走った〝背後の途(みち)〟には木霊の通らぬ淡い固みが逡巡遅れてその身を現し、個人(ひと)の両眼(まなこ)を曇らせ始める哀れな労途(ろうと)に継承され行く。誰も彼の律儀を見取るなどせず、彼の姿勢(すがた)は独走(はし)る姿勢(すがた)に温身(おんみ)を重ねて取り次がれて活き俺の背後へ何時(いつ)でも辿れる能力(ちから)を携え眠って在るのだ。彼の姿勢(すがた)は孤独に在った。彼の両眼(まなこ)は思春を想わす人間(ひと)の努力に宛がわれて活き、如何(どう)ともし得ない自然に辿れる未然を牛耳り、淡い景観(かたち)に一向寄れない他(ひと)に芽生える孤独に在った。彼の姿勢(すがた)は浜田に纏わる人口(ひと)の景観(かたち)を空(くう)から引き摺る脆(よわ)い四肢(てあし)に象らせる儘、自分に彩(と)られた幻想(ゆめ)へと這い行く苦境の限りは放逐して活き、俺と他(ひと)とに余程に辿れる可笑しな〝記憶〟を夢想に仕立てて傍観し始め、微温(ぬる)く和らぐ個人(ひと)と他(ひと)とを隔てた郷里に敗退を採り、俺の記憶に巧く零れた浜田(ぽん)と彼とを無理の無いまま自然に繋げた一つの経過を垣間見させた。俺の思惑(こころ)は浜田(ぽん)の姿勢(すがた)に彼を見て取り、彼の孤独に浜田(ぽん)の吐息を象る儘にて、自分の幻想(ゆめ)から離れ間際に二人の生気を混濁して行く鈍い主観(あるじ)を疑い始め、どちらが如何(どう)とも説明し得ない人の弱味を痛感した後(のち)、俺の真横を疾走(はし)る彼には浜田(ぽん)の輪郭(かたち)を創造し得ない激しい秋風(かぜ)など唸って在るのが、閉じた両眼(まなこ)に伝わる程度にはっきり知れた。しかしそうした浜田(ぽん)の姿勢(すがた)は疾走(はし)る間際に俺を見限る能力(ちから)の緩みを痛感させ活き、俺の前方(まえ)へと不動に降り立つ男児の姿勢(すがた)も準えていた。

 夢想(ゆめ)の帰着へ細々(ほそぼそ)繋げる自然の熱意は俺へと伝わり、俺の幻想(ゆめ)には全く削げ得ぬ〝罷り〟の精神(こころ)が屈服し始め、浜田の姿勢(すがた)は独走(はし)る姿勢(すがた)を構築するまま俺の背後へきっちり赴き冷風(かぜ)に遊泳(およ)がす、長距離走での目的地(ゴール)を目掛けて自体を偽り、初めて独走(はし)れた〝溝板長屋〟に掛かった橋など、宙(ちゅう)を観るほど仄(ぼ)んやりしながら傍観して活き、自分に貸された定めの物体(かたち)を物色する折り、長距離走にて走った成果は誰にも何にも損壊され得ず自在に空転(ころ)がる柔身(やわみ)の強靭(つよ)さを俺達へと告げ、孤独に相(あい)した人間(ひと)の痩躯は〝基準(どだい)〟を護れぬ皮肉の流行(ながれ)を通底せしめ、人間(ひと)を疾走(はし)らす空気(もぬけ)の具体(からだ)は自ら起き生く天地を図って衝動(うごき)を据えた。無理を立たせぬ自然の道理は〝溝板長屋〟の上方(うえ)へ敷かれた悪意に散々捌ける歯牙無(しがな)い橋へと自体をたわらせ、矛盾を浮せず、幻想(ゆめ)に戯れ人を欺く未然の仕草に追従する後(のち)、己が晒せる経過(とき)の肌理には人煙(けむり)を立たせぬ冷風(かぜ)を吹かせて微笑み続ける。

 〝孤独の十里〟は俺の傍(そば)から次第に離れて自然が彩(と)らせる〝橋〟の上にて呼吸をして居り全き生(せい)へも自己(おのれ)を晒せる技量を保(も)たずに無暗に活き行く表情(かお)さえ観せて、経過(とき)の止まれぬ長距離走での途次(みち)の上では、明日(あす)の延命(いのち)の確約さえ無い他(ひと)の過去への挑戦(こころみ)なんぞをひけらかした儘、涼風(かぜ)に吹かれて不乱に歩める個人(ひと)の孤独を把握して居た。自己(おのれ)の正味を自己(おのれ)に呈せぬ他(ひと)の主観(あるじ)は自然の能力(ちから)の背中に負われて閉眼出来ない孤独の習いを終の棲家に大きく掲げ、掲げる記憶は実りの無いまま人間(ひと)に象(と)られる軟い残骸(むくろ)にその実(み)を奪われ改変され活き、密かに灯った孤独の憂慮を〝哲学・思想〟と呼称する儘、能わず能力(ちから)で〝正味〟を識(し)り抜く無益な努力に落ち込み始める。オレンジ色した夕日の脚色(いろ)から人間(ひと)に零れる〝過去の記憶〟が自決を免れ、人間(ひと)をこの地へ余程に這わせた淡い衝動(うごき)に呑まれて行く折り、人間(ひと)へ懐いた気風(かぜ)の緩みは〝孤独と相(あい)せる人間(ひと)の強味(つよみ)を鵜呑みにして生く人間(ひと)の景色〟を細々(ほそぼそ)と観せ、矢庭に独歩(ある)けた人間(ひと)の両脚(あし)には、生(せい)を終えても一向止まない脆(よわ)い息吹が永らえ在るのを、流行(ながれ)に沿えない無性(むせい)の主観(あるじ)は幻想(ゆめ)の許容(うち)にて気付かせて居た。田中の姿や彼の姿や女性(おんな)の姿や坂井の姿や、男性(おとこ)に懐いた素朴の姿勢(すがた)や過去の輪郭(すがた)は、幻想(ゆめ)の底へと薄ら溜まった常識(かたち)の許容(うち)には見付からない儘、人間(ひと)の孤独に薄ら取り憑く自然の病苦に緩々流れた終(つい)の孤独に臨在していた。

 俺の文句(ことば)は宙を彷徨い〝彼〟を追いつつ、彼女の目前(まえ)へと巧く敷かれた長距離走課程(マラソンコース)を横目に負いつつ涼風(かぜ)を知り抜き、男性(おとこ)に生れた自分の定めを喜びながらに窮屈だった。誰の為にと長距離走課程(マラソンコース)をとぼとぼとぼとぼ独走(はし)るわけでも、況してや自分の為にと疾走(はし)るのでもなく、行き着く合間に人間(ひと)と人間(ひと)との周辺(あたり)に木霊す重い空気に相対(あいたい)しながら、文句(ことば)の綾でも人間(ひと)の綾でも、無刻に定まる個人(ひと)の行方を追うだけである。どうりで淋しい空気(もぬけ)の愛撫が、田中を映(は)やした通りの端にてぽつんと飾られ、ごしごし、ごしごし、両の頻りが日頃の汚(よご)れを好く好く落す為にと、自ら這わせる滴を切らせて、俺の目前(まえ)から遠くへ遣られた人間(ひと)の淡身が浮んだものだ。田中の表情(かお)には〝彼女〟を照らせる痘痕の明かりが直射で疾走(はし)り、黒い夜には人間(ひと)の〝諸刃〟が姑息を憂いでぽつんと失(き)え得る軟い心地を謳って在った。過去にたえ得る文士の輪郭(すがた)が自己(おのれ)を覆える両手を白くし内実(なかみ)を魅せ活き、俺の温(ぬく)みがぽっくり憶えた夏目漱石『夢十夜』が俺の孤独へほろほろ寄り添い、とぼとぼ観る内、安く観る内、輪郭(かたち)を忘れた陽(よう)の光が俺から離れて冷酷にも成る。百年後に観る、俺に纏わる陽(よう)の気色は、田中の表情(かお)さえ女性(おんな)の表情(かお)さえ、紺碧(ブルー)に光った夢の記憶を漂う気力も、陽(よう)の端からぱたぱた跳び行き現行(いま)を改め、長距離走でのラストの気色を、俺から見得ゆく厚い〝成果〟に両手を添うのだ。自分の文句(ことば)が何処(どこ)から生れて何処(どこ)へ行(生)くのか、はっきり知れないこの世の明かりに〝得体知らず〟の自身を乗せては自分を振り見て、明日(あす)の栄養(かて)へと細々(ほそぼそ)畳める愉快な素振りに平凡を観た。女性(おんな)の貌(かお)には男性(おとこ)の気配を必死に彩(と)れるが、真心辺りの軋みに添い行き自身の居場所をとことこ辿ると、如何にも斯うにも自信を保(も)ち得ぬ柔身(やわみ)の解(ほつ)れを空(くう)に見るうち混沌を観て、自分の胸裏へ密かに添い得る女性(おんな)の活気に曖昧を象(と)る。こうする辺りの女性(おんな)の素振りが如何(どう)にも好かない俺の文句(ことば)と田中の表情(かお)とは、時間の経つのを忘れて男性(おとこ)の保(も)ち得る剛(つよ)い痩躯(からだ)に密かに添い付き、女性(おんな)の柔身(からだ)を傍聴して居る可笑しな密室(へや)へと失(け)されて行くのだ。紺(あお)い宙(そら)には初秋(あき)の記憶が悠々付けられ見事に転倒(ころ)び、昨日まで観た人間(ひと)の衝動(うご)きは煩悩(なやみ)の許容(うち)へと這入って行った。昼間の意である。

      *

『ペエンレッスは痛苦を飛び越え人間(ひと)を憐み、痩躯(そうく)を宿せる獣の知識を矢庭に掲げて意味芯をも成し、人間(ひと)と個人(ひと)との刹那の間(あいだ)を事々真昼に包(つつ)み返せる悪の輪郭(かたち)に崇拝して行く。死に生く躰の永久(とわ)の光(あかり)は明かりを見せずに人間(ひと)を投げ遣り、眺め損ねる人間(ひと)への因果は、かろかろごろごろ、音を惨めに断絶する儘、人間(ひと)の生気は悪の好意へ薄ら捌けて夕闇を観た。痛苦が転がる夢の広場の始まりである。』

      *

 長距離走にはラストの気色が早々(ささ)と走って俺から離れ、宙から零れる陽(よう)の暑さは厚味を成さずに涼感を寄せ、滔々零れた虚空の呼吸(いき)には人間(ひと)の輪郭(すがた)を頻りに生やせぬ無言の緩みが散行している。俺の柔身を細々(ほそぼそ)束ねる脚色(いろ)の明かりは他(ひと)へと見得ずに、孤独にはにかみ、一生懸命労役して生く人徒(じんと)の背後にぴたりと添い付く俺の躰を冷観して居り、灰に埋れた宙(そら)の水面(みなも)は紺(あお)さを照らせぬ硝子の細(よわ)さを映してあった。俺はひらすら懸命に成る。田中の表情(かお)には最早映らぬ白い吐息が女性(おんな)の仄香(ほのか)をほろほろ弛ませ、以前(むかし)に零れて囃(はや)され続けた黒い伽(はなし)が煌めいている。女性(おんな)の心身(からだ)は俺の真横へ順に並べぬ遠い淡味(あわみ)にほろ酔い始め、なるべく男性(おとこ)の気に入るようにと白い肌理から斑々(むらむら)零れる人間(ひと)の陽気が堕として行った。男性(おとこ)も女性(おんな)も独り身限りの〝毛布〟から脱(ぬ)け幻想(ゆめ)に包(くる)まり、これまで憶えた〝遠回り〟に咲く台詞(ことば)の在り処に易しく包(つつ)まれ、〝堕とされ始めた女性(おんな)の陽気〟が俺の眼(め)にさえ美しかった。緩々流行(なが)れる経過(とき)であるのに、高速気味にて手腕を象る烈火の気色が主観(あるじ)に表れ、幻想(ゆめ)の孤独は真白の歪みに俺の景色を横目に取り付け、鈍い努力に深々降り付く幻想(ゆめ)の温(ぬる)みは巡って在った。仇敵(ライバル)達には俺の温(ぬく)みが伝わる間も無く空気に解け入り、俺の目下(ふもと)に細々(こまごま)流行(なが)れた経過(とき)の一路(いちろ)に傾き始める。熟柿の態(てい)した赤い柔身(からだ)が俺の背後へ盗んで凌び、人影(かげ)を落せぬ残骸(むくろ)の凄みを見せ付けていた。俺の過去から蚯蚓の体を緩々真似して衝動(うご)かし始める人の嫉妬が不純に絡まり、とぼとぼ独歩(ある)ける俺の感覚(いしき)にすうっと解け入り寝首を擡げ、俺から失(き)え行く競争心へと意味を解(かい)せぬ文句(ことば)の限りをどんどこどんどこ放(ほう)って入れては、俺の躰が涼風(かぜ)に吹かれて自分に向くのを両脚(あし)を着かせて待ち侘びて居た。俺の心中(こころ)は仄かに明るむ幻想(ゆめ)の褥に包(くる)まり始め、明日(あす)に延び得ぬ人間(ひと)の延命(いのち)に順々絡まる経過(とき)の粗目(ざらめ)が俺と仇敵(てき)との黒身(くろみ)に誘われ純朴をも彩(と)り、段々段々、速度(スピード)を上げ俺の傍(そば)から離れて行くのを、俺の純心(こころ)は寡黙に観たまま脆(よわ)い仇(かたき)を確認している。仇敵(てき)の幻想(ゆめ)には俺を気取れぬ宙(そら)の軽身(かるみ)を追い立て始め、俺の幻想(ゆめ)から流れ零れる〝仇〟を目にした自然が在った。追い抜き始める仇(かたき)の姿勢(すがた)は輪郭(かたち)を忘れぬ非凡の精神(こころ)を浮き立たせて活き、幻想(ゆめ)の予測が予知夢に倣えぬ途切れた朝陽を冷やして行って、〝気配〟と〝予測〟が無駄に零れた自分の周辺(あたり)が灯る頃には、俺の弱味で温もり始める仇(かたき)の表情(かお)には明るみが差し、映った貌(かお)から浜田(ぽん)の輪郭(すがた)が浮び上がった。静かに横たえ何気に問われる徒労の幹には、二重に構える幻想(ゆめ)の覆いが匣を突き抜け失(け)される景色を揚々取り付け生気を相(あい)し、女性(おんな)と男性(おとこ)の矛盾の輪郭(かたち)が立脚するのを、俺に零れた〝人の欲目(よくめ)〟は斜(はす)に構えて眺めて在った。最後の場面は段々遠退く幻想(ゆめ)の周辺(あたり)で懐いて在った。

 浜田(ぽん)の姿勢(すがた)は走る姿勢(すがた)を続ける体(てい)にて、俺の背後(うしろ)へぴたりとくっ付く〝二重草鞋(にじゅうわらじ)〟の体裁を採り、定着していた幻想(ゆめ)の景色は浜田(ぽん)の姿勢(すがた)を浮かせず在って、思い掛けない夢の火の粉は延々語れる〝夢の溜まり〟をそっと映した。

 俺と浜田(はまだ)の流れる幻想(ゆめ)には得体を知られぬ鼓動の在り処が明るく差されて揺ら揺ら揺らめき、詰らぬ苦情(こころ)に〝名残〟を憶えぬ人の弱味が散乱している。人の体(からだ)が腐乱して行く胸の上辺(あたり)がきゅうっと締り、俺の体は浜田(はまだ)の寝床を捜索している。女性(おんな)の息吹が遠くで鳴って、俺と浜田の虚無の語りは〝可笑しな眼(め)〟を観て矛盾を気取られ、自分の躰に自信を尽せぬ他(ひと)の労苦が陳腐でもある。女性(おんな)の柔身(からだ)が陽(よう)を取り込み反射させ行く自然の道理に反せぬ間(あいだ)に、女性の生来(もと)から薄ら彩(と)られた肌理の蠢(うご)きが浮沈して活き、定着し得ない男性(おとこ)の条理が女性(おんな)の在り処を他所他所(よそよそ)疑い、何度も試した〝自然に対する生(せい)の挑み〟を、女性(おんな)の動きを空間(すきま)に隠れて傍観して居る俺の孤独が再びして生く。一つの〝記憶〟を如何(どう)して斯うして、生きる間に男性(おとこ)の幻想(ゆめ)へと薄ら隠れて夢を追うのは、女性(おんな)の感覚(いしき)に薄ら気付ける母性(はは)を宿せる俺の意である。俺を先頭(あたま)に、俺の背後(うしろ)に、漫々々々(ぞろぞろぞろぞろ)、そろそろそろそろ、うろうろひれほれ、必ず続いた男・女(だんじょ)の群れには、俺の背中を強く押し得る輪郭(すがた)の見えない透明味(とうめいみ)が在り、経過(とき)が配(はい)せた女性(おんな)の色香(いろか)が俺の目下(ふもと)にぽっと現れ、俺の真面目に嫌な貌(かお)して文句を言い出す不断の気色が浮んで在った。俺の思惑(こころ)に何気に滅んだ〝イリュージョン〟成る盲の在り処が〝正味〟を煌(ひか)らせぽんと這い出て、色めき立たない曖昧味に発(た)つ可笑しな虚構を盆に乗せては片手を零れ、俺に識(し)られた経過(とき)の緩みは情(こころ)を逃さぬ檻を仕立てて転倒している。転倒(ころ)び始めた人間(ひと)の〝微温味(ぬるみ)〟は記憶の在り処に共鳴する内、俺に生れた男性(おとこ)の能力(ちから)が矢庭に叫んで幸福(しあわせ)を観て、人に残せぬ経過(とき)の解(ほつ)れを台詞(ことば)に表し黙して居るのだ。俺と田中と〝彼〟と〝彼女〟と女性(おんな)と男性(おとこ)は、青空(そら)に浮べた〝確か〟を観ながら土踏まずを打つ茶色の在り処を無表情にて確認している。俺に始まる〝七つの小人〟は、坂を転げた軟味(やわみ)を吟味(あじ)わい白(しら)いで行く折り、宙(そら)から零れた〝土の道〟へと突っ立って居た。大阪城から下町長屋へ零れて行く折り、知らぬ間(あいだ)に走り続けた平らの路(みち)から土手を越え行き坂道へと出て、嘘を吐(つ)けない自然の臭味は他(ひと)を添え付け空気(もぬけ)へ縫った。川が流れる〝溝板長屋〟の橋の下には水の生気がしっかり立ち行き経過(とき)に沿うまま輪郭(かたち)を成すのに、水の温度が俺の躰を少し離れて音を成すのが幸(こう)を奏して幻想(ゆめ)を成すのか、〝水〟の在り処をはっきりさせずに歯痒さが鳴る。坂を走れる俺の思春(はる)には個人(ひと)の気配がほろほろ集まり、〝腰掛け程度〟の柔い蕾が、人間(ひと)に隠れてほっそり咲いた。坂井や田中や彼や彼女が、過去の俺へと懐いた姿勢(すがた)をその儘にして、〝一緒に走った楽しい記憶〟を未来に落して俺を迎えた。

 一緒に走る者達と走り、闇に込まれた俺の小止(ポーズ)は元気へ目掛けて、他(ひと)に解(かい)せぬお道化(どけ)た転倒(ころび)を逆さに眺めて目的(あて)を探した。此処から先は、記した通りに書く事。括弧内は臨機に。心に灯せず経過(とき)の住人(ひと)からぽろぽろ零れた夢想(ゆめ)のころびに夢中に成った。柔身に凌いだ言葉の迷いが明るみさえ無い俗世の柔みに従順に成り、白い魔の手はひっそり明るい靄を見せ付け有り触れていた。俺の体(からだ)が橋を乗り越え坂へ出た時、男性(おとこ)と女が硝子に透った華奢を見せ付け弱味を焚き付け、足に巻かれた気弱の自分が人を忘れて連続して行く。目的(あて)の裾には終着点(ゴール)に巻かれた俺の覚悟が上々和らぎ、拙い漫画の冴えない不良(やから)と長渕剛の若い火照りが、股を拡げて闊歩して行く孤独が空転(ころ)がりのそ反り出した。拙い漫画の冴えない輩は俺から見遣れば顎が大きく不細工であり、不細工ながらに仲間を想って気力を絞れる陽(よう)を気負った強靭(つよ)い柔みは、仄(ぼ)んやりしながら苦境に集える男性(おとこ)の輪郭(かたち)を逆さに差した。拙い輩は俺だけではなく、俺の周囲(まわり)に絡んで走れる小さな走者を目敏く見付けてぽんぽん駆け寄り、未熟に照らした頬を紅(あか)らめ拍手をしながら、素朴を追い駆け大きく笑って誰でも彼でも応援して行く体裁(かたち)を澄まして息を巻いてた。俺の気持ちはじゃんじゃん流行(なが)れる景色に従い抗わずに在り、陽(よう)の香味(こうみ)を嗅ぎ付けながらに英雄気取りの自分を携え、俺の周囲(まわり)に軟く集える他(ひと)の温(ぬく)みを一々払った妙な強靭(つよ)さが闇雲を保(も)ち、

「邪魔してんじゃねえ」

等、暗(あん)に籠れる無言(ことば)を取り上げ気丈を振るう。高みへ、高みへ、高みへ昇った人間(ひと)の過去から自分が見下ろし、〝そこが終着点(ゴール)〟と小さく呟く淡い脆(よわ)さが移ろいでいた。俺と誰もが目指した終着点(ゴール)は、知らずに辿れた坂の麓(もと)から〝或る程度昇れた地点〟にひっそり在るのだ。こっそりでも好い。俺の記憶は、彼等に知られぬ精神(こころ)の割れ目に気取って在った。苦労して行く俺の幻想(ゆめ)から外れた気色は見る見る間(あいだ)に両手を拡げて裸体を晒し明日(あす)の過去から〝意味〟を探せた脆(よわ)い絆を人間(ひと)に観て居た。俺に零れた幻想(ゆめ)幾多は小片(かけら)を集めて宙(そら)を仕上げて、光の内(なか)から激しく映った経験(きおく)の傍(そば)から羽ばたき始める。新緑(みどり)に映った人間(ひと)の発声(こえ)には両親(おや)の人影(かげ)さえぽつんと映らず、暗(やみ)に失(き)え行く柔らの四肢(てあし)を差し出し始める。俗世(このよ)の目下(ふもと)にほっそり咲き得る他(ほか)を見下し慌てふためく朧に〝定め〟を浸した俺には誰にも会えない無重の空間(すきま)がほっそり立ち行き宙(そら)へ羽ばたき、微かな希望(ゆめ)さえ地中に埋め行く孤独の鎮歌(ちんか)を上手に撫でた。人の気配がほとほと酔えない俗世(このよ)の許容(うち)での〝文学〟である。俗世(このよ)の許容(うち)からしっかり起き発(た)ち、人間(ひと)の胸中(うち)へとすっぽり抜け切る無感を与えた静かな華(あせ)には、人間(ひと)から操(と)れない闇の星々(あかり)が瞬く間に咲き、孤独を連れ添う人間(ひと)の憐れにこっそり寄り添う可笑しな表情(かお)した宇宙人など瞬く間にして俺から見得行く掌、木霊に明日(あす)へのシグマに他(ひと)の言動(うごき)に、如何(どう)でも咲けずの細い発声(こえ)等ふらふら蹴られて紺(あお)さに従い、やがて失(き)え行く男女の絆を俗世(このよ)の新緑(みどり)にふらりと返し、自分の姿勢(すがた)はのうのう活き行く背後(うしろ)の気配へ退(さ)がって行って、白亜に塗(と)られた〝慌てた絵画〟を俺へと宛がい存在(すがた)を消した。

 発声(こえ)の行方が俗世(このよ)を上がって何処(どこ)へ行くのか(向くのか)一向辿れぬ生身の妙味を他(ひと)に象(と)れずに憎音(おと)を吐き出し独歩(ある)く最期は死体に沿えない〝奈落〟を観ながら過したようだ。これまで出会った人間(ひと)の背後は他(ひと)に彩(と)れずに〝最果て〟だけ観せ、事のついでに荒々(あらあら)上がった素朴の動作を未熟の貌(かお)して眺めて在るのだ。俺の目下(ふもと)を遠くへ離れた〝人間(ひと)の掟〟に過せた常識(かたち)は新緑(みどり)の目下(ふもと)をそっと切り抜け〝白亜〟の下(もと)から利潤を照らした文句(ことば)の在りきを柔く見据えて桃源郷(さと)へ還った。何時(いつ)まで過ぎても俺の背後へ決して懐けぬ脆(よわ)〝古巣〟は俗世(このよ)の経過を華に寄り添え、〝汽笛〟を鳴らせる孤独のmoan(もあん)に激しく立て突き、俺の目下(もと)から揺ら揺ら振(ぶ)れつつ、人性(ひと)を離れる「明日(あす)」を幻想観(ゆめみ)てぶらり返った。〝真昼〟が逆巻く、晴嵐(あらし)の表情(かお)した〝桃源郷(とうげんきょう)〟が俺の記憶に仄かに揺れ活き〝吞んだくれ〟を観て、俗世(このよ)の音源(おと)から何かへ跳び付き、感覚(いしき)を新たに逆行(もど)って行った。何処(どこ)へ向くのか一向識(し)れずの虚無の旅路の始まりでもある。

 明日(あす)を逆手に、今日の〝目下(ふもと)〟を順手に持ち替え、凍り付けない〝今日の旅路〟は「明日(あす)」を照らさず終局して生く。初めに相(あい)せた女性(ひと)の主観(あるじ)はトーテム・ポールの茎を観ながら、そこへ集まる〝何か〟の表情(かお)など〝自然が宿せる美和(びわ)の積り〟に欠伸をしながら象り始め、〝弄(あそ)ぶ女性(おんな)〟が一向萎えない俗世(このよ)の悪魔の不思議な小躍(おど)りを、俺の眼(め)から見て自然の日から観て、如何(どう)とも言えずの透った発声(こえ)など順手に持ち替え、新緑(みどり)の気色へ〝慌てふためく虚無の動作〟に屍(しかばね)さえ観た俺の感覚(いしき)が「明日(あす)」の識(し)れない陽気を象る楽園(パラダイス)を知り俗世(このよ)を外せる自然の倣いへ準じて行った。他(ひと)から昇った虚無の感覚(いしき)は罵倒出来ない俺の弱味がするする抜け去り硝子の容器へ細々(ほそぼそ)埋れる〝眺め〟を気にして無関を頬張り、光に入って光を掴めぬ〝闇〟の一滴(しずく)を傍観する儘、俺の覚悟は活きる覚悟へ化(か)わって行った。

 両脚(あし)の下(もと)から踏ん張り切れずの〝地に足着かない丈夫の板〟から外れて活き得る、未熟を逸せる強さに構えた男性(おとこ)の仕草は、女性(おんな)の存在(ありか)を揚々謳えぬ樞(ひみつ)の歪(まが)りに気兼ねをする儘、他(ひと)の生気と符合し得ない通りの花など、〝色眼鏡〟で観て合点(がてん)していた。俗世(このよ)に咲け得る竜胆(はな)の延命(いのち)に何を幻想観(ゆめみ)て〝合点〟したのか、一向気取れぬ人間(ひと)の記憶に矛盾を起(き)す儘、俺と小さな肢体(からだ)を気丈に立たせる虚無の体温(おんど)は非常を報されぽかんとして行く。唖然、閉口、言葉の限りを「明日(あす)」の曇りへ投擲した儘〝白亜の幻想(ゆめ)〟から順々溺(こぼ)れる無敵の存在(かぎり)を置換させ行き、孤独に失(き)えない俗な酒宴(うたげ)は、幼心(おさなごころ)にぽとんと堕とせる稀な寝覚めを見付けて在った。俺の人体(からだ)は見る見る身軽に〝この世〟を象る晴嵐(あらし)の水面(みなも)を離れて行って、楽園(パラダイス)へ向く淡い飛躍は、幼体(こども)の頃から幻想(ゆめ)へと根付ける絵画を描(か)きつつ他(ひと)へと寄り付き、昼下がりを見た脆(よわ)い記憶は、幼体(こども)の光景(ひかり)をぽろりと忘れた辛(から)い帳に蔓延している。俺の記憶は女性(ひと)を観たままほろりと寄り付き、寄り付く先には何にも見得ない虚無の帳が可笑しな貌(かお)して気怠く居ながら「明日(あす)」の路(みち)へと一向行けない他(ひと)の体温(おんど)にほとほと萎えた。如何(どう)して在っても俺の胸中(むね)から降(お)り得た〝奈落〟は人間(ひと)から突き出る延命(いのち)の憐れが虚構に紛れて物を言い出し、ほとほと冷めない無益の信徒は、「明日(あす)」に沿えずに小躍(おど)り始める心の準備に追われて行く儘、通りに咲けずの〝淡味(あわみ)〟を介せる青い花には、キリシタンから継承され生く余程の記憶が転々(ころころ)空転(ころ)がり、如何(どう)にも成らずの他(ひと)へ束ねた俺の無体(かたち)は他(ひと)の群れからぽろぽろ零れた人間(ひと)の限度(かぎり)を愛して在った。

 小雨がぱらつく何処(どこ)とも言えない脆(よわ)い光景(ひかり)を宿せる俺の目下(もと)では、女性(おんな)の四肢(てあし)がにゅっと伸び行く樞(ひみつ)の暗号(コード)が延命(いのち)を突き止め、明日(あす)の孤独にずんと咲けない〝天使〟を象りおろおろして生き、俺の目下(もと)から一足飛びにて暗(やみ)へと失(き)え行く晴嵐(あらし)を見せ付け止まって在った。

 〝トーテムポール〟は他(ほか)から突き出る七つの貌(かお)から〝虚無〟と〝酒宴(うたげ)〟を仄(ぼ)んやり照らして説明付けずに、想いの無い故、理解を差せない現代人への絶望から成る生身の傷へと印(しるし)を付けて、屈託無いほど脆(よわ)まり始める〝奈落へ繋がる酒宴(うたげ)のコース〟を、俗世(このよ)に彩(と)られた宙(そら)の上から地上へ目掛けてそうっと放り、遣られた宮(みやこ)は女性(おんな)の体へするりと落ち着き〝虚無〟さえ失(け)し生き、〝宙(そら)〟を咲かせた未亡の主観(あるじ)に仄(ぼ)んやり射止める恋の成就を馴らして行けた。俺の風体(からだ)は小雨の露にてずんぐり濡れ得たトーテムポールへ対して居ながら女性(おんな)の宮(みやこ)へ永らく集える口火の猛火に俺の男性(おとこ)を失(け)せる否(ひ)を観て、たじたじ躊躇(たじろ)ぐ未熟の坊には俺の純心(こころ)を揚々解(ほぐ)せる未開の帳が一向降りずに、どくどく解(と)け得た毒の火の粉を女性(おんな)へ振り込み宮(みやこ)を辞した。〝宮務(みやこづと)め〟の永らく続いた稀有な場面の昼下がりである。

      *

「そこで目が覚めた。漫画みたいなキャラに陥って、英雄(ヒーロー)気取りした自分が先ず恥ずかしく、笑っちまうものに見え、次に、娘を持って居た自分に驚いていた。」

      *

 過去に弾けた七つの吐息は俺の〝無駄〟から可笑しな木の実が転々(ころころ)空転(ころ)がり大事を観て取り、明日(あす)へと流行(なが)れた記憶の琴音(ことね)が俺の延命(いのち)へ付随するもの、欺くものだと、闘気を絶やさぬ〝無駄〟の琴音(ことね)に妙に集まる定めを見ていた。記憶の定めがほとぼり冷め行く以前(むかし)の上手へ実(み)を散らせる頃、明日(あす)へと架かった〝土手〟の路(みち)には奇妙が降り立ち男女(ふたり)を分かち、覚めて行かない真白の屏風に静かな画(え)を描(か)き〝帳〟に伴う人の遥かを幻想(ゆめ)へと棄てた。人間(ひと)の幻体(からだ)を蝕み続ける〝無駄〟を省ける自然の業(わざ)には簡単極まる身軽の調子を幾度と無いまま凍らせ続ける〝止まった瞬間(とき)〟での面白さが在り、俺の夢想(ゆめ)にも何時(いつ)とは咲けない青い造花が産卵して活き、ちっとも萎えない〝蝙蝠傘〟へと世間を喩える虚無の鼓動(うごき)を上手に観て居た。両親(おや)の目下(ふもと)が次第に暗がり東(あずま)の風にてその身を切る頃、男女(ふたり)に宿され丈夫に育った人の残骸(むくろ)の新たな延命(いのち)は世間に映え得た電子の明かりにその実(み)を萎えさせ限界(かぎり)を切りと採り、人間(ひと)が生き抜く可笑しな〝虚無〟には「昨日」が行かない打ち解(ど)け水から一向発(た)てない人躯(じんく)の巨体(からだ)がほろほろ昇って遊覧を着せ、俺の目下(もと)へと一向経っても静まり返らぬ未亡の主観(あるじ)が大口(くち)を開(あ)けつつ宙へと萎えた。

 俺から始まる人間(ひと)への景色がこれまで観て来た〝田中〟の貌(かお)やら女性(おんな)の貌(かお)まで自然の白さにその実(み)を任せて一向吹けない涼風(かぜ)の温度を体感する頃、男女(ふたり)へ添い得る俗世(このよ)の男児は自分の身元へほろりと酔いつつ、定めの通りの〝可笑しな巨躯〟へと段を踏みつつ足場を寄せた。俺の発声(こえ)から独歩を始めた人の発声(こえ)との混ざりの密には、明日(あす)の宙(そら)へは一向割けない未熟の主観(あるじ)がほろほろ泣き出し我欲へ身構え、端正(きれい)に彩(と)られた「明日(あす)」の身元を片手に寄せ付け相対(あいたい)していた。働く男性(おとこ)と奥まる女性(おんな)が〝堂々巡りの愛餐〟を越え、その身が過ぎゆく瞬間(とき)の経過に主観を凝らせて溜息(いき)を吐く頃、外の流行(はやり)で男女(ふたり)を絡めた罪の小躍(おど)りが案(やみ)に慕われ両手を振った。朝の寝床は何だか気怠く、その実(み)の許容(うち)には他(ひと)から問えない不審が寄り付き身悶えしており、〝俺から始まる不思議な景色〟は音を発(た)てずにさらさら流行(なが)れ、明日(あす)の身元へひたりと添い得る粗々(あらあら)しさから脱(ぬ)け出て在った。大した助力(ちから)に一向成らない俺にとっての女性(おんな)の体は俗世(このよ)に降り立ち、古い着物を総手(そうで)に着たまま何にも寄り得ぬ無根を呈して愛撫に遣られ、白体(からだ)は今でも何時(いつ)でも一向萎え得ぬ白光(ひかり)に宿され諸火(もろび)を識(し)った。

「わたしのゆめからはらはらこぼれる〝ムダ〟のなみだはあすをしらさぬむだんの過日にほとほとそめられ、アダムとイブからひたしくもらえるけもののこのみをきちょうにしたがえじゅんおりあらため、あすにさけないひとつのくみにて、ことばをかえれぬもろみのこのはをくだしてあった。しろさにみとれたしぜんのきょうみは男女のいろはをふとしてもらして、エデンのそのからきおくをとばせるひとのこころにじゅんぐりつきそい、こころのさけびはエノクのこどくをようやくわすれて、ためにならない神へのざんげをみもとへかえせるふたつの力をゆうしてあった。わたしのことばはあなたのかこへとようやくのぼれる。あすのさだめをみぢかにおきやるひくつなこころをあがめられうる。こころのさだめは神によりそい、キスしたこころのありかをようやくきれいにまとめあげうる。女(ひと)のこころはけもののざんげをとおくききつけかけだしはじめて、うたにならないこどくのきおくをくらにあずけてあるいていった。わたしのおしえをききゆくものには光がそなわる。わたしのもとへとかけゆく男児は〝こうもりがさ〟からのがれられうる。よみからはずれたひとの生きちはことばをかりえぬみじゅくのけはいにほとほとまとまり、きもちをしれないあすのゆくえがみかいをとおしてふんきされうる。学をきわめたソロモン王でも、この葉一枚かざっておらずに、あすへの延命(いのち)に段をともさせ、あくびにたえないふてきのろんど(ロンド)をしたがえている。おまえの持ちえた娘のみもとは しぜんがかたどるふたつのきおくをふらフラとび活きかっせいをみて、たばねそこねるおかしなことばは、れきしの砂へとむかえ入れられ、ちょうしをそこねた王女のていしてわたしへかえる。

 とばりの少ない俗世(そのよ)の主観(あるじ)はどうどうめぐりの食卓へとつき、あいさつしながら男女のゆくえをくちびるかみしめわらっていながら、とうとうながれた〝れきし〟の人渦(うず)へと一つのまれて失(け)されていって、ことばをしらないおかしな〝調子〟は、ふとんにくるまる王女をなげすてねくびを噛んだ。

 ひとづてならないよるのもし火はかけ火さえ無い一つのばめんをそうていしながら、男性(おとこ)の主観(あるじ)を決してゆるさぬみわくの共躯(きょうく)を共にしている。

 あすにしらない人の延命(いのち)をどうして昨日がしれようか。はてからのぼった金のうたには、はなげを抜かれた男児の姿勢(すがた)がかくせいしてゆく晴嵐(あらし)にうなずき、人になえないよろいをきかざり幻想(ゆめ)を知りぬく。こどくは酒宴(うたげ)だ。キョムも酒宴(うたげ)だ。くらしも酒宴(うたげ)で初歩(はじめ)も酒宴(うたげ)だ。おまえの姿勢(すがた)は暗(あん)にしたがいわたしから去りげっけいじゅのない像の目前(まえ)にて酔わされている。とうめん咲かない酒宴(うたげ)のきせつを、のどをからして大手をふりつつ、ぬくみをしらないもぬけのしぐさを、じぶんにつれそう生身に操(と)らせてすくいを観ている。キョムのはてには明日(あした)はこない。蜃気をゆめみたおまえの主観(あるじ)はボンヤリしたままぼんやりを見て、身元に割けない余裕(ゆとり)をさがしてはいかいしていた。わたしのせかいはこのよのせかいだ。わたしをきどったこのよのゆめにはあらしにまつわるぶたいがあがる。女性(おんな)の生きちはホトホト馴らせぬ他界(たかい)の許容(うち)にてそんざいしてあり、おまえにやどしたあくまのたね火は瞬間(とき)をしらさぬうれいにまかれてりんざいしている。女を識(し)るのだ。女を識(し)りぬき智の実(み)をたべれば、人見(ひとみ)がかがやき、きらめく間(ま)にして生身(からだ)が衝動(うご)いて、かみのやいばをのがれられうるきかいのしぐさをゆうしうるのだ。キラキラかがやくみちのきおくが、おまえのしるのをまちわびている。おまえの人生(みち)はおまえのまえにてむげんに延びゆき、おまえのしぐさやこころのむせびはおらばないでもわたしへとどく。わたしの人影(かげ)からおまえは生くのだ。わたしがいるからおまえがあるのだ。わたしのきおくはおまえのきおくにいつでもよりそい、おまえのきおくを多く咲かせて、神の宮からほとぼりさめうるけしきをとりそえおまえにみせよう。わたしとくるのだ。わたしの巨躯(からだ)をたべさせてやろう。わたしとくるのだ。わたしのもとにはおまえのみしらぬ水面(みなも)がたわってじゅんじゅんゆたかに、おまえをそだてる足(あし)ばをかためて自然に解(と)けうる…」

 女性(おんな)の覚悟が俗世(このよ)を活き行く景色を見て取り、当面咲けずの竜胆(はな)を付け添え俺へと気立ち、俺の横から抜け行く真風(まふう)の檻から貌(かお)を覗かせ、滅多に云わない煌めく文句を片手に取っては、自分の身軽を宙(そら)へ返せる狡さを従え俺へと発(た)った。

 女の正理(せいり)が生理を期しつつ俺の目下(もと)へとすっかり来ると、それまで背後に漫ろ並んだ可笑しな景色は涼風(かぜ)に飛ばされ止んで仕舞った。何気も呑気も人の〝憐れ〟にほとほと熟(じゅく)した生気の延命(いのち)を見過す為にと、時の声など矢庭に片付く幻想(ゆめ)の内へと澄み始めている。俺の心身(からだ)は男性(おとこ)の感覚(いしき)を携えながらも女性(おんな)が発する幼児の幼体(からだ)に所構わず〝当り〟を付け行く気剛(きごう)の正理に鈍(どん)と従い、明日(あす)の定めに揚々懐ける季節の竜胆(はな)へと、牛歩に憶えた退屈(ひま)な衝動(うごき)に賛同して活き、過去を知らない明日(あす)の〝通り〟へ堕ちてしまった。俺の記憶が微かに保(も)ち得た〝自分の娘に纏わる幻想(ゆめ)〟など時の経過に余程の折り見て従えながら、他(ひと)の表情(かお)など文句を言わない〝おどろおどろ〟へ傾倒して活き、嘗て観得ずに口火を落せた女性(おんな)の柔身(からだ)を縦断しながら、初春(はる)が来るのを晩秋(あき)の記憶で佇み待った。俺の躰に終始を見て取り、自分の立場を疎く繕う詩人の群れには、見慣れぬ女性(おんな)の背中に挙がった幼稚な男性(おとこ)の貌(かお)が見て取れ、三寒四温にその実(み)を着せざる毒舌(した)を観忘れ、俗世(このよ)の華へと身軽に立ち去る獣の様子が〝古巣〟を飾って騒めいている。日本の情緒も異国の情緒も、日本の常識(かたち)も異国の常識(かたち)も、日本の正義も異国の正義も、日本の神楽も異国の神にも、俺の目下(もと)にて正規を採れ得る他(ひと)の霞は既に上がらず、日本に生れた〝古巣の記憶〟は一人上手に芝居を着飾り、ぼりぼりぽりぽり、ぼそぼそぽそぽそ、頭を掻いては俗世(このよ)の全てに絶望するまま男女の要(かなめ)に温(ぬく)みが無いのを幸せとも観て、俗世(このよ)の女性(おんな)が何を意味して存在するのか、一向解らぬ無言の気配が俺を取り巻き薄く嘲笑(わら)った。俺の過去から酷く小さな溜池サイズの水面(みなも)の光がぽんと浮き出て夢想(ゆめ)を頬張り、俺の孤独が他(ひと)の見知らぬ奇妙な過去へと巡行するのを温(ぬく)い眼(め)を持ち薄ら見守り、明るい〝虚無〟には二度と咲き得ぬ季節の景色が竜胆(はな)を連れ添い暗(やみ)へと失せ活き、見慣れぬ女性(おんな)は俺の気力(ちから)を滔々離れて無形に這い活き、意味を成さない無言の外観(うつり)を啄み始めた。啄み始めた九十五年の冬の頃から春の頃迄、俺の男性(おとこ)へ決して沿わない柔い孤独を浮き立たせるうち自分の容姿を酷く気にして煌々(きらきら)着飾り、小山(こやま)の麓で身軽に飛び交う丈夫な蜻蛉(とんぼ)に化(か)わり身したまま永久(とわ)に活き行く異星の〝女性(おんな)〟と成って仕舞えた。人間(ひと)の罪へと多くの行為を容易く堕とせる闇を愛した他(ひと)の群れから、〝俺〟を重ねる過去の記憶は伝文伝いに〝憐れ〟を見限り冒険をして、俗世(このよ)の〝華〟から延命(いのち)を避けさせ、暗い夜路(よみち)にすうっと延び行く永い梯子へその実(み)を掛けた。他(ひと)の柔味(やわみ)は空気(もぬけ)を着飾りぬうっと出た儘、俺の背後でごしょごしょごしょごしょごしょごしょごしょごしょ見知らぬ同士が互いに頷き俺の行方を敏く見据えて相対(あいたい)しながら、腰掛け程度の柔(やわら)の温味(ぬくみ)を小声に冴えさせ運動して活き、見知らぬ鋭利な〝溝板長屋〟でぎらぎら澄まして輪唱している。

 明日(あす)の肴を何にしようと現行(いま)を生きつつ自分を足らしめ、両親(おや)の無い子を少し想って、自分独自の姿勢(すがた)・建前、体裁(かたち)を手に取り考え出した。俺の環境(まわり)は薄ら煙った野菊に見舞われ、男女の住まない宮(みやこ)の景色を事毎細かに刻んで澄み活き、〝御伽噺〟の旧い神話が、矢庭に駆けて来、俺の単身(からだ)を隈なく舐め生く未開の古巣を投げ掛け始めた。如何(どう)で在っても、何処(どこ)に行っても、俺の幻想(ゆめ)には男女の住めない旧い空地(あきち)が泰然に在り、俺を葬る旧い気力(ちから)は自然の清閑(しずか)を薄ら這い出て自活を憂い、軽い嚏(くしゃみ)で何処かの異国へ吹き跳び行く程、孤独を怖がる根城の様子が俺へ対して首(あたま)を擡げ、男性(おとこ)と女性(おんな)が自由を描(か)き生く古手(ふるて)の道具が何者にも無く保守を承け採り萎えて生くのが、俗世(このよ)の華から見事に咲き行く習いに巻かれて全身(からだ)を折った。

 俗世(このよ)の孤独を孤独と採れずに、自分の生れた主観(あるじ)の捜せる地球の紺(あお)には、以前(むかし)に捜した透った木霊がぽつんと幻想(ゆめ)観て記憶を逆立て、脆(よわ)い記憶の横死を識(し)るのは、初春(はる)に生れた男児(こども)の活路を塞いで在った。桃(はで)を映せる〝空蝉〟にも似た学(がく)を取らない無品(むひん)を逆巻く脆(よわ)い奴等は、自分の脆(よわ)さを他へ知らさず努めに努めた自分の修業(わざ)へと往来して生き、活性損ねた身分の主観(あるじ)に両脚(あし)を操(と)られて〝おんおん〟嘆き、来る日も来る日も、行方知れずの異性の目下(ふもと)へぽつんと降り立つ黒い魔術に煩悩(なやみ)を識(し)った。自分の躰が俗世(このよ)に在りつつ宙に浮くのは自分の主観(あるじ)が活きながらだと、〝黒い魔術〟は奴隷を操(と)らずに自分を荒立て飛沫を上げつつ、男女の苗床(ねどこ)に丁度好いのを宙(そら)から落して地上に絡ませ、自棄を頬張る無極の迷路に、「明日(あす)」を報せぬ〝根拠〟の遊離を解放していた。俺の両眼(まなこ)に火の粉の様子を具に着飾りもしもしもしもし寝床に唱(しょう)した淡い記憶に過去を遣りつつ、自分の女神の変らぬ居所(いどこ)が何処(どこ)に在るのか、他(ひと)に問わずに宙(そら)へ目掛けて追い駆け始めた。何にも無いのが自然で在った。何にも象(と)らない男女であった。俺へ寄らない女性(おんな)であった。永遠(ずっと)は添えない男性(おとこ)であった。糠喜びにて小さな吐息を一つ漏らして、俺の心身(からだ)は〝男・女(だんじょ)〟離れて、自体を象(と)れない脆(よわ)い日差しに巻かれて行った。過去を知らない脆(よわ)い日差しは、これまで生き得て一度も識(し)らない仄かな余裕(あそび)を暗(やみ)へと取分け、俺の延命(いのち)がそこへ向くのを静かに静かに、銀河を眺めた人間(ひと)の両眼(まなこ)の輝(ひか)りを象り俺が通れる夢路の在り処を仄(ほ)んのり悟らせ、俺の心身(からだ)は宙(ちゅう)へ浮き生く魅惑を解(かい)せて〝くす…〟と笑った。〝への字〟に歪(まが)った宙(ちゅう)の辺りに、男女の活路へ上手く乗らない自分が逃がされ黙々挙がる。

 白粉(しろこ)の虎には幻想(ゆめ)を逃せぬ不遜の主観(あるじ)が煌々(きらきら)降り立ち、灰雲(くも)の彼方へ仰け反る姿勢(すがた)は俺の過去から蹴上がる程度の華(あせ)が添えられ無言を捩り、事毎天下を揺るがす不敵の刃(やいば)が牙に飾られ敵を伏すのを、人煙(けむり)に巻かれる端正(きれい)な幻想(ゆめ)では、延々語って上手を突いた。

 活きる気力(ちから)が段々萎え行く俗世(このよ)の目下(もと)では獣(あくま)が微笑み、本能だてらに人間(ひと)を喰わせる可笑しな幻想(ゆめ)から魔の手が仕上がり、個人(ひと)と夢想(ゆめ)との間壁(かべ)を毀せる楽園(パラダイス)を観せ、人に添い生く柔い茂みは所々の空間(すきま)を掴ませ、活きる姿勢(すがた)の脆味(よわみ)を握らす能力(ちから)を片手に俗世(このよ)を愛した。

 過去の茂みをぽいと負い捨て、生き地へ辿れぬ悔し紛れの俺の孤独は他(ひと)へ懐かぬ輪舞曲(ロンド)の発音(おと)から尽力(ちから)を得る内、次第に眠たく心身(からだ)を空転(ころ)がす〝堂々巡り〟を糧として活き、桃(はで)と添えない男性(おとこ)の残像(のこり)を幻想(ゆめ)に追い立て蹴散らす姿勢(すがた)に、自分に問われる延命(いのち)の瑞穂を啄んでも居た。田中の表情(かお)から幻想(ゆめ)に纏わる気迫が挙がって俺へも跳んだが、如何(どう)にも解(と)けない俺から這い出る嫌悪の巨躯(からだ)が幹を撓(しな)らせ宙(そら)へと延び活き、過去を隠せぬ純朴(すなお)な宿りが、俺の四肢(てあし)を上手く操(あやつ)り堂々巡りの〝食〟を想わせ生気を異にさせ、ひたすら独走(はし)って女神の目下(ふもと)へ強く落ち込む男性(おとこ)の容姿(すがた)を、小雨がぱらつく旧き軒端に散乱させ得た。白い人影(かげ)から真横に延び行く稲穂の光景(ひかり)が景色を描(か)いた。そうこう成る間(ま)に俺の心身(からだ)に上手に仕上がる幻想(ゆめ)の藻屑は枠さえ外(ず)らし、男女を解けない桃(はで)の真綿が俺の四肢(てあし)を巧く包(くる)めてほうほう哄笑(わら)い、何方(どちら)付けずの気候の順序を暗(やみ)に投げ去り俺へと映えて、俺から仕上がる虚無の藻屑は俗世(このよ)の女性(おんな)を一掃して生く生死の絆を純化させ得た。豊穣極まる海に込まれた海潮音(かいちょうおん)等、透り行かない人間(ひと)の余力が上手く失せ行く密室(へや)の体温(おんど)を巧く差し出し孤独と真向き、冷風(かぜ)の吹かない長閑な毎度を自宅の居間へと上手く侍らす未重(みじゅう)の白髪(しらが)を余程に弛ませ後進させられ、幻想(ゆめ)の前方(まえ)では一向咲かない強靭(つよ)い無感(オルガ)を貴重に手に取り、何処(どこ)でも哄笑(わら)える無効の〝気迫〟は女神(おんな)を彩(と)れない俗世(このよ)の女性(おんな)を一向酔わせず悪へと疾走(はし)らせ、そうした跡へと旅を重ねる俗世(このよ)の男性(おとこ)は女性(おんな)に合せて〝程度〟を失う、各自が各自で自分の定めを寸分違(たが)えず、踏襲して行く原罪(つみ)の痕跡(あと)へとその実(み)を投げた。

      *

 白い蛍が黒い暗(やみ)へと尻を突き出しふらふら飛び行き、俺の傍(そば)から遠く離れた〝思いの森〟へと姿を消した。夜の襖に根付いた呼吸(いき)には過去から蹴上がる人の記憶が薄ら活き活き、この世の様子を透して行くのは人の定めに他成らないまま俺へ懐ける秋の夕日は孤高を澄ませて賄う為だと、決して揺るがぬ自然の動為(どうい)が矢庭に膨らみ華さえ付けた。紅(あか)い華にも紺(あお)い華にも、人の手数(てかず)が何かする前、涼しく落ち着く初春(はる)の庭では橙(オレンジ)にも似た夕日の屯(たむろ)が久しく身構え、俺の目下(ふもと)で過去を識(し)れない与太者だらけの旧びた竈で、えっちらおっちら、今日の〝古巣〟を如何(どう)にか斯うにか紡ぎ出そうと、俺に手向けて沈着して行く。俺の前方(まえ)には七つに分れた虹の梯子が俗世(このよ)を忘れて浮遊して活き、人の体を細々(ほそぼそ)照らせる灯(ともしび)を借り、硝子の小片(かけら)に細々(ほそぼそ)埋れた俗世(このよ)の掟を自信有り気に頭上(うえ)へと掲げる。「果ての無いが終りである」と、俺の精神(こころ)へ暫く落ち着く孤独の真顔が他(ひと)の身を借り嘆いて在って、俺の記憶が現行(いま)を生きても一向萎えない幻想(ゆめ)を取り添え軒端に揺られ、明日(あす)の記憶を白紙へ醸せる無為の能力(ちから)を目下(ふもと)に捕え、「明日(あす)が無いのが明日である」など、文句を基準に毒舌吐くのが女性(おんな)に対した俺の所為だと、真綿に包(くる)まる延命(いのち)の畔で女性(おんな)を憶え、俺に生れた華の延命(いのち)は俗世(このよ)を着忘れ過去へと去った。明日(あす)の水面(みなも)にひっそり息衝く俺に巻かれる今日の延命(いのち)は、「幻想(ゆめ)の帳が降り立たないのに他(ひと)の孤独は孤独でない」など、在る事無い事分らない儘、生命(いのち)の妙味を程々聴けない暗い企図へと没頭して居た。俺の頭上(うえ)には永らくその身をひっそり横たえ、孤独が無いのに孤独を曇らす紺(あお)い夜空が冷風(かぜ)を吹かせて堂々落ち着き、何処(どこ)へも行けない〝迷い〟を呼び寄せ、俺の精神(こころ)に初めから在る孤独を笑って知らん顔した。

 橙色(だいだいいろ)から黒い暗(やみ)へと執拗(しつこ)い孤独を星と侍らせ、俺の個人(ひとり)を余程に遊ばす冷たい空気にその実(み)を近付け、在る事無い事交互の孤独を連続して行く日々の許容(うち)にて囁き続ける俺の仕草を俯瞰する内、暗い夜空は明るい夜空を寸択違(たが)えず拡げて行って、俺の目下(もと)から仄(ほ)んのり仕上がる人煙(けむり)の震えを夕日へ還す。記憶の在り処が酷く散らかり、俺の文句(ことば)が宙(そら)へ昇って散漫足る欠伸の枝へと降り立つ頃には、転々(ころころ)空転(ころ)がる〝水面(みなも)〟の行方は俗世(このよ)を離れて男女を忘れ、勇ましいほど体躯を挙げつつ、俺の目下(もと)へと逆行(もど)って在った。両親(おや)の貌(かお)から理解を語れぬ二つの規則(ルール)が四方に降り立ち生気を違(たが)え、ぐんぐん伸び行く俺の巨躯には明るい小片(かけら)を上手く取り添え、順々疾走(はし)って俗世(このよ)を煩う煩悩(なやみ)の印(しるし)がほとほと上がり、友にも供にも、海にも陸にも、一向寄れない不思議の合図が肢体(からだ)を寄り添え降下し始め、具体的には何にも彩(と)れない猛火の並びへ逡巡して行く。自己(おのれ)に上がった無理を彩(と)れない規矩の手筈を準え始めて、俗世(このよ)を徹する他(ひと)へと習いが如何(どう)で在っても、白体(からだ)を侍らす始終の快感(オルガ)を体験して行く。過去の記憶が俗世(このよ)を活き抜き、〝未曾有〟とも鳴る二つの規矩へと空転(ころ)がり入(い)っても、明日(あす)を象(と)れ得ぬ人間(ひと)への賛美は巨躯を従え滅法死に活き、供へと宿らす不思議の木の実(み)は明日(あす)へと落ち着く俗世(このよ)を待った。

 白い気色が人間(ひと)から削がれて燃え尽き生く頃、俺の右手をふらと離れた分身(かわり)の主観(あるじ)はじりじり躊躇(たじろ)ぎ、俗世(このよ)で起った七つの不思議を遠い目をして傍受して行き、聖書に記(き)される人への〝手毬〟を巧く弾ませ気性を念じた。

 慌てふためく俺の感無(オルガ)はそれまで観ていた〝不思議の木の実(み)〟を如何(どう)にか斯うにか俗世(このよ)に降り立つ七つの悪魔に近付きつつも、心身(からだ)へ頬張る一つの行為を天使に寄り添い見守る最中(なか)にて、集め損ねた他(ひと)への温味(ぬくみ)は俗世(このよ)に散らばる丘の上にてドウドウ転がり、両瞼(まぶた)の内から稀有の光明(ひかり)が真綿に包(くる)まれ堕ちて来るのを、宙(そら)の高嶺に腰掛け観ていた俺の文句(ことば)を操り出した。女性(おんな)の科学が俗世(このよ)を離れて何処(どこ)まで生くのか〝未曾有〟の最中(さなか)に、俺へと生れる〝科学〟の経過は満場一致の奇怪を従え〝古巣〟を偽り、白体(からだ)の芯まで、融合し得ない自然の在り処は自体を報さずうっとり身構え、じっくり、唯じっくりと、文句(ことば)を違(たが)えた俺と他との微妙な感覚(いしき)を神々しくさせ、宙(そら)の目下(ふもと)へ寸とも割けない空間(すきま)に埋め込みじっとり観ていた。じんわりやんわり、俺の躰が自然の妙味にほとほと解かされ、起きる覚悟の緩みが覗かれ撓(しな)んで行く頃、男女(りょうしゃ)の弾みは俺の感覚(いしき)を狂々(くるくる)空転(ころ)がり温味(ぬくみ)を携え、明日(あす)の思惑(こころ)を決して識(し)れない段を踏まえて仁王に立った。幻想(ゆめ)の外界(かたち)は罅を忘れて日々さえ失くし、過去の記憶が現行(いま)を脚色付(いろづ)け孤高を練る頃、未熟を徹する〝根拠の遊離〟は新緑(みどり)を忘れて初春(きせつ)を失くし、孤高の目下(ふもと)へ緩々咲き付く人の調子を紡いで在った。桃(ぴんく)の空間(すきま)が白体(からだ)を着忘れ丈夫を識(し)りつつ幻想(ゆめ)を取る頃、俺と他(ひと)との夢遊の景色は深(しん)と静まる〝花火〟に降り立ち防寒して生き、マラソン選手の体の冷えなど所具(ところつぶさ)に眺めて活きつつ、明日(あす)の目下(ふもと)へじんわり辿れた俺の分身(かわり)を大事としていた。夢想(ゆめ)の在り処を夢遊に問えずの人の規則に辿って行く頃、行李を濡らした旅人(たびと)の行方にぽっと煌(あか)るい篝(かがり)が浮き立ち非常と燃え尽き、明日(あす)を謀る俺と他(ひと)との脅威の行方は、俺の思惑(こころ)へ密かに宿れる主観(あるじ)の文句(ことば)へ順繰り染み付き、手札を透せぬ脆(よわ)い諸実(もろみ)は他(ひと)と失(け)されて燃えて居ながら京都の古巣へ酷く還れる延命(いのち)の上手を傍観して居る。〝意味〟を問えない他(ひと)の溜まりは俺の目下(ふもと)をこっそり抜け出て荒野を行き出し、やがて白ける神話の余韻(なごり)を供と一緒に蹂躙して行く人間(ひと)の企図へと従い始め、俺と他(ひと)との〝生きる掟〟は文句も交さず無信を仰ぎ、硝子ケースにひっそり留(と)まれる白壁(かべ)を呈して立脚していた。生きる糧など無心に探せる他(ひと)の興味は主観(あるじ)の嘆きにひたと従い、自体(からだ)の在り処を俗世(このよ)で蔓延る飽(あ)くの古巣へすっぽり埋もれ両手を振りつつ、暗(やみ)が始まる無性(むせい)の合図を桃(はで)に従い静かに待った。

 白体(からだ)の鳴らない文句(ことば)の飾りが何処(どこ)まで行っても彼等を苦しめ俺の記憶に足の着かない軽い月光(あかり)が撓(しな)んで降り立ち呼吸をする頃、明日(あす)が化け行く想いの企図には幻夢(ゆめ)の畔が棚引いてもいた。人の独歩は明るい闇から暗い闇まで、どっち付かずの脚色(いろ)の零れた気化した夜雲(よぐも)にすんなり透って既実(きじつ)を失くされ、旧い宿へと〝意味〟の咲かない幻想(ゆめ)の文句がほとほと成り立ち俺から生れる明日(あす)への賛美は退(ひ)かない世界へ自体(からだ)を伸ばされ、行方知れずの〝降下〟の黄泉路(よみじ)は夢に語らう古巣の傍(そば)へとすんなり降りた。足の着かない日光(ひかり)の果(さ)きには他(ひと)へ飛び立つ無性(むせい)の総体(シグマ)が自然に成り立ち、これまで観て来た俺への陽気が自然に成り立ち、これまで観て来た俺への陽気が俗世(このよ)の臭味を総て根こそぎ払って活きつつ、溜息交じりの俺の熱気は何時(いつ)まで超えても何も咲けない紺(あお)い外観(かたち)を映して在った。俺の背中へぴたりとくっ付く無数の総体(シグマ)は他(ひと)から発する稀有な気色を仄(ぼ)んやり薄めて出奔させ行き、滔々流行(なが)れる目下(ふもと)の一滴(しずく)は、俺の華(あせ)へとその実(み)を従え、陽(よう)の集まる他(ひと)の〝古巣〟へとにかく疾走(はし)って私情(こころ)を保(も)った。怠(だ)れた記憶が暗(やみ)の組織を悠々漏れ活き、昨日を呼べない今日へ活き生く綻ぶ華へとその身を落す。個人(ひと)の限度(かぎり)が生(せい)を受け得てこの世に放られ暫く過ぎれば、何処(どこ)へも行けずに笑わないまま俺の存在(からだ)に頭巾を被せる白雲(くも)の白体(からだ)を自由に呼び込み、初めに憶えた地上(このよ)の暗(やみ)には俗世(このよ)の限界(かぎり)が、音も絶えずに足踏みして活き、過去から現行(いま)へと、現行(いま)から未来(さき)へと、新緑(みどり)を呼べない明るい限度へ、文句(ことば)を漏らして生きて行け得る個人(ひと)へと空転(ころ)がる夢想(ゆめ)の主観(あるじ)が人煙(けむり)を挙げては俺へと振り向く。何も無いのが自然なのだと、何でも無いのが未然なのだと、人間(ひと)が束ねて人間(ひと)の〝古巣〟へ都合好いまま内実(なかみ)の在り処を追想出来ない罪の体裁(かたち)にその身を操(と)られて、人間(ひと)が堕ち行く自然の在り処は俗世(このよ)に寝転ぶ〝見得ない主観(あるじ)〟の温味(ぬくみ)を従え何も知らぬが〝仏の華〟だと、罪を問えない感覚(いしき)の緩みを痛感して居た。

 旧(ふる)びる夢想(ゆめ)二つの芽が出て、俺の心身(からだ)は堂々巡りの汽車へ乗せられすんなり透り、「華が無いのを華だ」と言いつつ、他(ひと)の並びにほとほと離れる孤独の帰路へと不乱に辿れる強靭(つよ)い快感(オルガ)へ見舞われながらも、自分の肢体(からだ)へしっかり与した夜半(よわ)の音頭を愛してあった。夜雲から出た月の光はその実(み)を侍らし、見る見る解(と)け行く他(ひと)への賛歌は芋虫程度の青味(あおみ)を帯び行く気性に彩(と)られて泡(あぶく)を抜け出し、俺の目下(ふもと)へ揚々懐ける世間の煌(あか)りは現行(いま)も変らず温(ぬく)んで在って、溜まった記憶が温存され行く独創(こごと)の描写を連続して行く。

 如何(どう)とも象(と)れ得ぬ俺の肢体(からだ)へ盗んで近寄り、明日(あす)の並びに至極通れる今日の覚悟は益々固まり、女性(おんな)の吐息が自己(おのれ)を化けさせ清閑(しずか)な規則(ルール)へ男性(おとこ)を忍ばせ従い生くのを、俺の遠目は青葉が茂った空間(すきま)の陰から〝男性(おとこ)〟を呈せず孤独に観ている。「明日(あす)」の逆行(もどり)が現行(いま)の目下(ふもと)を薄ら離れて黄泉を透らせ、思惑(こころ)の共感(さけび)が空間(あな)を転じて〝規則〟を成す頃、白体(からだ)に割き生く精神(こころ)の柔(やわら)は「明日(あす)」の狡さにそっと通れる囲いを象り、俺の白体(からだ)へ〝俺〟が帰すのを、平行して行く現行(いま)の間延びにしっかり眼(め)を閉じ閉口する儘、微睡む事無く、忙(せわ)しく言動(うご)ける幻想(ゆめ)の主観(あるじ)を自分の寝床へそっと落ち着け、知らずに眠れる病魔の方針(かたち)は他(ひと)の常識(かたち)をせせら笑った。幻想(ゆめ)の主観(あるじ)へ我儘さえ無く孤独を並べて追従(ついしょう)して行く俺の白体(からだ)は薄く在る儘、男女の区切りが俗世(このよ)で識(し)れない軟い合図を象れない内、奇妙に和らぐ孤独の〝汽笛〟は「明日(あす)」へと向くまま結局折れ活き、何にも知れずの孤独の〝合図〟は俺に纏わる〝果て〟を越えない俗世(このよ)の記憶を大事とする儘、「明日(あす)」の感覚(いしき)に到底割けずの現行(いま)の樞(ひみつ)を上手に保(も)った。煩悩(なやみ)から出た懊悩(なやみ)の本能(あるじ)が人に付き合い万(よろず)を見遣れば、自分の目下(ふもと)にそよそよ空転(ころ)がる未覚(みかく)を呈した私闘の絵夢(えめ)には、軟い方針(かたち)がほろほろ綻び、仮面(かお)の無いのが事実を束ねた虚構であるとの言(げん)を吐き付け幻想(ゆめ)を観るなど、他(ひと)の好意を緩々浮遊(はな)れた桃(あで)を取り添い小言へ泣き付く、虚空の目下(もと)へと俺は返った。

 拙い軒端にすんなり逆行(もど)れる俺に採られたか細い意識は空間(すきま)の陰から仄(ほ)んのり茂った無重の共鳴(さけび)を傍観して居り、人の主(あるじ)を忘れる頃にて、現行(いま)の空間(すきま)に延命(いのち)を灯せる〝その日暮らし〟を繰り返していた。



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~三度の空間(すきま)~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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