第4話 終わりゆく神々

 パンテオンはローマの古くからの神々を祀る神殿だ。アウグストゥス帝が3年前に建てたものだが、もう植物の暴走に巻き込まれているのか。


「分析をしている暇はなさそうだ。早速頼むよ、エリカ」


「はい。【エリュシオンの庭に繁りし木々よ。皇帝のものは皇帝のところへ、神のものは神のところへ】」


 私が手を触れてそう唱えると、蔦は急速に萎み、茶色の枯れ草となって崩れ去った。あっけなかったな。私はすぐに手を離そうとする。


 だが同時に、奇妙な声が頭の中で響いた。


【我らの威光は地に落ちるだろう】

【救世主の到来は近い。そうすれば、我らは忘れ去られる】

【ならばいっそ、こんな神殿などなくなってしまえばよいのに】

【君もそう思うだろう?】


 有無を言わさぬ強制力を孕んだ声だ。思わず返事をしそうになるが、それはなんだかマズイ気がする。


「エリカ、耳を貸すな」


 私の肩に手を置いた師匠が、そう制止した。師匠にも聞こえていたようだ。


「オリュンポスの神々は色を好む。あまり真面目に取り合わないことだ」


「ひょっとして私、口説かれていたんでしょうか?」


 確かに、ゼウスの子を生まされた娘の話は、神話にも多い。


「少し違うと思うが……例のユダヤの王の件で、神々も危機感を覚えていのだろうよ」


「最高神ユピテル様の威光をも脅かすほどの存在になると?」


「さぁ? 件の新たな王となる子も、まだ生まれたばかりだろうから、分からないけどね」


 分からないことだらけだ。スカッとしたい気分になってきた。さっき力を使ったせいで、精気を吸い取られたような気もするし。


「なんだか疲れました。公衆浴場でも行きません? せっかくローマに帰ってきたんですから、たまには骨休めをしたいです」


 私がそう申し出ると、師匠は途端に顔を赤らめた。


「君のようなうら若き乙女と浴場だなんて、はしたないことはできないよ!」


「はい? あそこは混浴ですよね? 普通に皆入っていますが?」


「とにかく、こういうのは個別に入るべきだ」


 師匠らしくもない。どこぞの異民族の文化にでも影響されたのだろうか。


「はぁ、ではアレネさんにでもマッサージしてもらいますよ」


 私は、師匠お抱えの奴隷に身体を揉んでもらうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る